軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

巡り合わせ

リストで名前は確認したけど、会ったことがないので顔を見てもピンと来ない人が結構いる。ファウント様の研究関係の参列者だ。

ジュリ様にはフォルトナ様と一緒に親族席に座ってもらっている。光沢のあるピンクベージュのドレスに、俺が贈った簪を付けて来てくれていた。

「……想像していたよりもお似合いです」

「そっ、そうですか? ……良かった」

エスコートしていた時はあんまり後頭部が見れなかったが、隣に座るとよく見ることが出来るのでついしげしげと眺めてしまった。内緒話のように耳に囁いたからか、照れてほんのり赤くなった彼女の横顔にキュンとする。

桜を思わせる花簪をつけた恋人を、世界中に見せびらかしたいような、やっぱり誰にも見せずに自分だけの視界に留めていたいような、矛盾した気分。

誓い合う姉上達を見届け、司祭様が退場すると暫し軽食タイムに入る。皆が一杯くらい飲み終わった頃を見計らって改めて挨拶して回る予定だ。

もう少し後に余興として俺がピアノ、ロージーとバドルが歌を披露する時間も設けられている。

「今更ですが、不思議な気分ですわ。ファウント兄様が恋愛結婚だなんて……」

フォルトナ様は優雅な仕草で果実酒に口を付けながら、遠い目で兄を見た。海のような青のドレスを着た麗しい侯爵令嬢に、周囲の若い男達の視線がちらちらと投げられている。

「フォルトナ様から見て、ファウント様は恋愛結婚しなさそうな方だったのですか?」

「上の兄達は研究にかまけてばかりで、皆親が勧めた見合い結婚ばかりです。ファウント兄様だけですわ、結婚相手を自分で見つけてきたのは」

「へえ~~……」

「……ここだけの話ですが、わたくしが親の持ってきた縁談を退け続けているのはお二人のせいもあるんですのよ?」

「へ?」

「二年生の時からジュリエッタ様とアマデウス様を同じクラスで見ていて……欲が出てしまったのです。世の中には運命の人というのが本当にいるのかもしれないと。もしかしたら己にも……と」

俺とジュリ様は驚き、そして照れくさい気持ちで目を合わせた。

「ああ、見合い結婚が運命ではないなどと宣うつもりはありませんわよ。わたくしの運命は其処にはないと確信しているだけでして。

あと、ファウント兄様の影響もありますがね。マルガリータ様と会って数回目の時、"自分はこの人の夫になる"と不意に思ったそうなんですの。直感や思い付きは研究においても馬鹿に出来ないものです。ここまで来たらわたくしもそういう巡り合わせを待とうと思います。行き遅れと囁かれるのを覚悟で粘りますわ」

「……良い巡り合わせがあるのを祈っていますよ」

「まあ、別に一生独身でも困らないとは思っているのですがね~~~~~~」

「ふふ、フォルトナ様ならば結婚してもしなくても、明るくて目まぐるしい日々を送っていらっしゃいそうですわ……」

独身で通す貴族も割といるが、金銭に余裕がない人か見目が良くない人が多い。フォルトナ様は珍しいケースだ。美人だし迫られることはまだまだあるだろうが、いつかはフォルトナ様自身が納得できる結論が出ることを祈る。

フォルトナ様がご両親と合流し、俺達もそろそろ挨拶回りに行くかと思っていたところ、ディネロ先輩が近付いて来てくれた。

「ジュリエッタ様、ご無沙汰しております。アマデウス、顔を合わせるのは久しぶりだな」

「ディネロ先輩! そうですね、ようこそおいでくださいました……あれ?」

マルシャン家に出した招待には、ディネロ先輩とエイリーン様が出席すると返事が来た筈だが、先輩の隣にいたのは先輩のお兄さんの一人だった。

「実はエイリーンの具合が少々優れなくてな。代わりに兄を連れてきた。ああ、その、病気という訳ではなく……」

「……もしかして……」

先輩は耳を薄っすら赤くして頷いた。

ご懐妊だ。

「まあ……!」

「おっ……めでとうございます……!」

大きな声を出しかけたけど小声に切り替えた。先輩は「まだここだけの話にしておいてくれ。体調が安定したら公表するつもりだ」と囁いた。

ランマーリ伯爵家は伯爵、エミリオ様、エイリーン様と金髪続きなので、金髪の子が生まれる可能性が高い。跡取りかつ金髪だったら気の早い釣書が山ほど届くかもしれない。

ふと、未だ休学している金髪美少年スチュアート・シプレス子爵令息を思い出してしまう。彼は今後どうするんだろうなぁ。事実上の廃嫡にはなったが、超美形だけあって彼を婿にと望む人はいると聞いている。

客同士の歓談がしばし落ち着いた頃、ファウント様は拡声器を取り出して話し始めた。

来賓への謝辞、薬局設立計画を通じて姉上と親しくなったこと、新薬完成までのちょっとした苦労話と関係者への感謝を述べ、『万能魔力薬』の話へ。正式に販売を開始することを発表。

姉上からは、カリーはスカルラット家の料理長(+俺)がシデラス国の料理をアレンジした新メニューであること、様々な薬効があるため国指定薬物として登録し、レシピは売らないがアンパンとカリーパンはスカルラットの薬局で販売することを表明する。

そこで使用人が一斉に出て来て、軽食の並んだテーブルの中にパンだけをずらっと並べたコーナーが作られる。

話を聞いた客がわいわいとパンを手に取る。三口くらいで食べられる小さいサイズを大量に焼いて用意してあったが、少ししたら全部なくなった。それぞれをお客の数よりも少し多めに作ったはずだが、「片方食べられなかった」という声が上がったので一人で何個も食べた人がいるな。

カリーパンを食べたジュリ様が「美味しいです」と笑ってくれて安心する。アンパンも一緒に食べて好感触を得た。口に合って良かった、結婚したら食卓で一緒に食べたいし。

「カリーというのはふんだんに香辛料を使っていると聞いたので、主張の強い味を想像していたのですが……奥行きのある味がしますわ。これは食べただけでは作り方が想像できません」

「この味に辿り着くまで結構試行錯誤しましたからね~~。レシピが無ければ簡単には再現できないと思います!」

俺が創作したわけではないが、カルドと一緒に整えた味なのでちょっと自慢げに胸を張った。特徴的なスパイスの数種類なら当てられるだろうが、ブレンドされて加熱調理されたスパイスの配合を再現するのは多分無理だ。

数人くらいは苦手な味だった人もいたかもしれないが、見渡した限りではアンパンもカリーパンも好評で、全く口に合わないという人はいないようだ。よしよし。

ディネロ先輩のお兄さんがババッと俺に寄って来て、「こぉんなに売れそうな物を広く売らないんですか……? どうしてもですか……??」とうるうるした目を向けてきたが、スカルラット薬局専売なんですすいませんと優しくお断りした。

先輩は「売りたいなら最初からうちに声をかけてるはずだろう」とお兄さんの首根っこを掴んで引きずって行く。先輩は相変わらず頼りになる。

俄かにざわざわとした一角があり目を向けると、ファウント様が何人かの男性に囲まれて議論をしている……ように見えた。

ディスカッションから言い争いに進化しそうな雰囲気の中で何故かファウント様はワッハッハという感じの余裕の笑顔だったため、大丈夫……なの、か? と護衛騎士も戸惑っている。

少し経つと男性達は納得してなさそうな顔で離れて行き、ざわつきも治まった。

「ど、どうしたんですか? 今の……」

「ああ、お気になさらず。カリーの作り方を教えろと迫られていただけです。薬というより食べ物なのは明らかなのだから国に登録して申請すれば参照できるようにしろと」

「あ、ぁあー……」

開発者が国に薬の作り方を提出して、知りたい治癒師が申請して金を払えば作り方を知ることができる、という仕組みがある。国に手数料を取られて取り分は減るが、一人で大量生産するのは骨が折れるので需要が大きい薬はそうしておいた方が楽だ。

しかし万能魔力薬を差し置いてカリーは国指定薬物に登録されている。ファウント様がどさくさに紛れて登録した。公的には王家治癒師か王家治癒師の監修・認定を得た者しか作ることが出来なくなっている。ファウント様が王家治癒師にもレシピを明かしていない上にレシピを売らないとなると、作り方を知る方法がない。

これがもし病に効く薬で困ってる人が大勢いるとかだったら秘匿するべからずと王家からお叱りを受ける恐れがあるが、カリーは全然そんなんではないしスカルラット薬局ではパンに入れて売っているのだ。責められる謂れはない。

ないのだが……責めたくなる気持ちはわかる。有り体に言えば美味しい料理のレシピを独り占めしてるだけなので……。

「彼らはここから微妙に遠方に住んでいましてね、日常的にスカルラットまでパンを買いに来るのは難しい距離なんです」

「それならレシピを売って差し上げてもよかったのでは? 多少お高めにして、このレシピで商売をしないとか条件を決めて……。カリーのレシピのせいで人間関係が悪くなってしまっては良くないですし……」

結婚式に呼んだのだからそれなりにお付き合いのある関係者のはずだ。広めたくないとはいってもカリーで飯食ってる(※生活している、の意)飲食店ってわけでもなし、人を選べば売る手もあると思うが。

「ハハハ、ご心配なく。彼らの対応は任せてください」

「……そうよ。お前は気にしなくていいのよ」

姉上は動揺もなくスンとしている。ファウント様から今後の展望を聞いているということか。

スカルラットにおけるカリーの扱いはひとまずファウント様に一任することにしたが、予期せずカリーが大物になってってる気がする……。

姉上が納得しているならスカルラットにとって悪いようにはならないんだろう。

俺は不可解に思いつつ言われた通り静観することにした。

余興の演奏は、まずは馴染みのある伝統曲を楽団と一緒に披露。そして俺がピアノソロで『ランケ(カノン)』。その後ロージーとバドルに『麦の唄』を歌ってもらった。

歌姫達も招いて歌ってもらおうかと思ったのだが「それだとお前の演奏会みたいになるでしょ……」と姉上が微妙に嫌そうだったのでやめた(確かにマリアが歌ったら主役よりも目立ってしまうだろうな……お客は喜びそうだが)。スカルラット家の楽師として古株のラナド、ロージー、バドルと楽団のみで余興を担当することにした。

因みにランケは姉上、麦の唄はファウント様のリクエストである。

ロージー歌唱バドルコーラスの『麦の唄』、レアだ。これはこれでとても良かった。持ち歌をシャッフルした公演とかも面白いからいつかやってみたいなぁなんて思う。

麦の唄が終わった時、嬉しそうに拍手するファウント様の目尻がきらりと光った気がした。

※※※

式の後すぐにジャルージ辺境伯家もといニネミア嬢からの手紙を、ニフリート先生を経由して受け取った。

『全民裁判義務法令』の提案者の役目を引き受ける旨と今後の段取りなどが事務的に綴られている。

ネーヴェ妃殿下からは既に快い御返事を頂いているので、体裁が整った。ジョアンナ大司祭様に連絡して、後は三者にうまくやっていただく。

肩の荷が下りたな~~~と思っていたところ、ネレウス様からもお褒めの言葉を頂いた。

「王家としても辺境伯家との間に不和を抱えたままというのは問題だからな。ジャルージ家の評判が好転する『裁判法令』を歓迎している。ジョアンナも人心地がついたろう。"カンパーネの毒"の被害を事前に防げたことも非常に助かった。

それと、君が湖水を通して魔力を集めることに成功した話だが……"エナジードレイン"の研究において非常に有益な情報だと喜ばれている。

陛下と兄上が、君に与える褒美は一体何なら喜ぶのだろうかと僕に訊いてくるくらいだ」

誘拐から戻った後にリェーヴ湖でのことをネレウス様にざっくり報告したら、「全部書け」と返されて詳しく書かされたことがあった。魔力を奪う魔法の研究は俺の知らないところで進んでいる。

役に立てたなら嬉しいけど、監獄で囚人から魔力を採取するのに使われてることを思い出すとちょっと背中がぞわぞわしてしまう。

「別に褒美を出さなくても……」

「君主としては褒美を出さずにいる方が据わりが悪いのだろう」

「そういうものですか。……うーん」

「思いついたら随時僕に連絡するように。一つはもう僕が決めた」

「えっ」

「褒美の一つとして、王家直属研究室の深部への立ち入りと見学を許可する」

「……それって、魔物がいるっていう……!?」

「そうだ。君、興味がありそうだったろう。不吉な魔物を見たがる者などほとんどいないのだがな……」

「あ~~るあるあるあります! え、いいんですか? ありがとうございます!」

そういえばこっそり魔物飼ってるって前に言ってたなぁ!

珍しい生き物を見たいと望む人はいても、魔物を見たい人はあんまいないという。遭遇すると襲われたり呪われたり生命力を吸われたりと大抵ロクなことにならないから。動物を餌にしているだけで無害だったり、マンドラゴラみたいに薬の素材になる魔物もいるが、基本的に魔物は人間に害をなすものと考えられている。あれだ、やっぱり妖怪みたいな感じだ。

俺は写生大会に行く小学生みたいにスケッチブックを抱えて王家直属研究室へ向かった。