軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

悲喜交々

祝賀パレードから九日目、朝。

軽くピアノを弾いてから(アンヘンに早めに切り上げさせられた)寝て、目覚めは良好。寝具の有難みが身に染みる。

休んでも良いぞと父上は言ってくれたが、少~し疲れが残ってる程度なので甘えずに登院することにした。ジークも普通に行くみたいだし。

それに馬に乗って駆けていた騎士達の方が疲れているだろうに、馬車で送ってもらった身で「疲れてるから休みます」とも言い難いぜ!

王家がお知らせを出してはいるからもうこの国の大体の貴族は俺の無事を知っている筈だが、健在であることは早めに示しておいた方がいいだろう。捜索・心配してくれた人達にお礼も言いたい。

ポーターは今朝から何事もなかったかのように復帰していた。

昨日の夜に俺が様子を見に行ったことは知っているだろうか。仰向けの体を真っ直ぐにしてこれ以上なく行儀よく静かに眠っていたので起こさなかったのだが。

……寝顔を見られるの嫌がりそうなイメージあるから黙っておくか。

俺を起こしに来た彼に笑っておはよう~と言ったら「……随分とお遅いお戻りでしたね」と皮肉げな笑みで言われた。はい。

馬車の移動中、ジークと一緒に休んでいた間の授業の教科書範囲を黙々と確認していたらあっという間に着く。

馬車を降りた瞬間から視線が凄かった。

注目されるのはもう慣れてきたが、姿を見せるだけで「おお……!」「生きてる」「ご無事だ……」なんてずっと囁かれ続ける日はそうないだろう。二度とないと思いたい。珍獣を実際に初めて見た人みたいなリアクションが続く。

ジークと別れて自分の教室に向かうと顔見知りがザザッと寄って来る。

「あああ、アマデウス様~~!!! よくぞご無事でェ……!!!」

「お顔を拝見してようやく安心しましたわ」

「ええ……やっと安眠できますよ」

待ち構えていたらしいエーデル様、アルピナ様、エンリークに"信奉する会"の皆が涙目でやいのやいのと無事を喜んでくれた。

皆、出来る範囲で騎士を俺の捜索に回したりしてくれていたらしい。感謝……。

「よく無事で戻った、アマデウス」

「傷一つなさそうではないか、人騒がせな奴め!」

通り掛かりの顔を赤く染めながら慈愛の笑みを浮かべて歩み寄ってくるアルフレド様と、眉を釣り上げているハイライン様。無言の微笑みを向けてくれるペルーシュ様。

「おかげさまで! ご心配をおかけしまして……」

「私は心配なぞしとらん、悪人を一斉に捕まえる良い機会だったからついでに捜してやっていただけだ」

ふん! と腕組みしながらそんなことを宣う。ハイライン様はツンデレ台詞が死ぬほど似合うなぁ。婚約者のアルピナ様もご満悦といった笑顔で「とっても心配していらしたのですよ」と小声で俺に囁いた。

国中で有志の捜索隊や騎士団が怪しい奴に片っ端から突撃した結果、俺とは何の関係もない犯罪者が一気にとっ捕まったそうだ。そのせいで各地の騎士団はごたごたしているが治安は良くなり一般平民は喜んでるとか。

「アマデウス様、よくぞ五体満足でお戻りになりました! 天晴ですわ!」

ずいっと出てきたフォルトナ様。言い方が地味に物騒。

「ええ、運が良かったです」

「兄も無事を喜んでおりました! わたくし達マルガリータ様のことも心配していましたのよ、貴方の誘拐を聞いてとっても動揺していらっしゃったので……」

そういえばパレードの日はヴィーゾ侯爵家の方々といたんだったな、姉上は。こんなルートで俺を心配していたことを暴露されてるとは夢にも思ってなかろう。

「デウス様、今日くらいはお休みになってもよろしかったのに。お疲れでしょう」

「おはよう、デウス」

ジュリ様はリーベルトにカリーナ様、プリムラ様と一緒に教室に来た。

「大丈夫です! 早く皆に会いたかったですし。……ジュリ様は俺に会いたくなかったですか?」

手を差し出すと慣れた様子でジュリ様の手が乗る。後ろから聞こえた「ゥフゥーッ!!」という口を押えたようなくぐもった歓声? 悲鳴? は多分エーデル様。

「そ、そんなことはないに決まっていますが……もう」

調子が良いなあ、と言いたそうな顔で微笑むジュリ様。もうすっかり通常運行ですよと示すためにもチャンスがあればすかさずイチャついておこうと思う。

「ご無事で何よりでしたわアマデウス様、大変でしたわね……!」

「まだ疲れが残っておいででしょうが登院してくださって良かったですわ。貴方に有事があればシレンツィオ派も揺れますから、御姿を見せるだけでも皆安心します」

挨拶を交わした後労われる流れ。カリーナ様は直球でプリムラ様はドライな感じだが、(プリムラ様すっごくホッとしてんだろうなぁ……)なんて思って、同じことを考えたらしいジュリ様と目を合わせて小さく笑った。

「……お二人してなんですの?」と少し嫌そうな顔をされた。

パシエンテ派の生徒はどうやら休んでいる者が多い。

俺の誘拐事件で株が大暴落した四家のうちコレリック家とシプレス家はパシエンテ派である。これからどうするかそれぞれの家で話し合って、或る程度方針が固まるまでは登院しづらいのだろう。

なんでもシモーネ・ベイヤート嬢は修道院に入ることになりそうだとか、スチュアート・シプレス君は爵位を継げなさそうだとか不穏な情報が耳に入った。

少々気の毒に思う気持ちにはなった。まあフォローする気とかは全くないけども。

「アマデウス様! ご無事で本当に良かった! 近いうちにネレウス様にもお顔を見せに行って差し上げてください!」

コンスタンツェ嬢もわざわざ俺の教室まで出向いてくれた。周囲にはキリッとした少年少女が数人控えていて、要人としての体制が整っていそうだ。何より。

「ええ、そうします。ああ、コンスタンツェ嬢、ソフィアの件……私の楽師を救っていただき、本当にありがとうございました」

俺が姿勢を正して頭を下げると、彼女は慌てて手をブンブン振ろうとしかけたけどピタッと止まり、ゆっくりと手を胸に当ててニコッと笑う。

動作をなるべく優雅に見えるよう心がけろと王家から指導を受けてるんだろうな。

「御礼には及びません! ソフィアさんは私の歌手仲間、お友達でもありますから。あれから会えていませんが予後は……」

「魔力酔いも抜けたようで元気でしたよ。ソフィアもですがマリアが特に、改めて御礼をさせていただきたいとずっと収まりがつかないようなので、もう少し落ち着いたらうちの楽師達とまたお茶でも是非」

「それは勿論喜んで!」

この日はそんな感じで学院中の知り合いに労われては礼を言ってを繰り返した。

「ご心配をおかけしました」が口に馴染みすぎて「ご機嫌よう、また明日」と言おうとしたのに「ご心配をおかけしました」が勝手に口から出てきたくらいだった。先生をお母さんと呼んでしまう現象に近い(?)。

帰りに久々の馬車チューした後、ジュリ様はふと憂いを帯びた顔になる。

「大司祭様が王都の聖職者を引き連れてコレリック領に向かった、という話は御存知ですか?」

「ああ、それなんですが……実はノトスも一緒なんです」

ロージーから聞いた話をそのまま伝えるとジュリ様は片手を顎に当ててじっと考え込んでいた。

「……コレリック家が平民の抗議に耳を傾けるとも、相手が教会だからといってすんなり要求を呑むとも思えませんが、そんな大規模な抗議があったとなれば王家が捜査を強行する口実にはなりそうですね」

「ええ。あのペティロ卿ですから、下男下女を救い出すまではしてくれそうな気がします……今は、死人や重傷人が出ないことを祈るばかりです」

どんなに気を付けてもトラブルや怪我は有り得る。ノトスが無事に下男下女達、そして恋人のセシルと一緒に戻ってきますようにと、楽師一同祈っている。

……ああ、そうか。コレリック家が王家の捜査を受けることになれば、すぐにシルシオン嬢も王都に引き渡さねばならなくなるだろう。彼女の自白内容の詳しいことは俺には知らされていないが……どういう沙汰が下るにしても軽くは済まない。

どうしようもないとはわかりつつ憂いているのはそこなのだろう。ジュリ様が、あの日死ぬはずだった彼女を生かしたのだから。

「私はあまり大司祭様のことを存じ上げませんが……正義感が強い方のようですものね」

「あー、正義感が強いというか……」

「え?」

「いえ、正義感が強い方……ですね、はい」

ペティロ卿のあの感じを"正義感が強い"で済ませていいものかとちょっと思ったが、それ以外に何て表現するかすぐには出てこなかったので一旦保留した。

そして、パレードから十日目。

コレリック領にて、数え切れない人数が参加した抗議の行進。

十一日目、大司祭ペティロの手により侯爵令嬢メオリーネが公開処刑。

その情報は十一日目の昼過ぎに王都に届いた。

事態を観察していたコレリック家周辺の領の影が報告を持ち帰り、十三日目には社交界に知れ渡った。

パシエンテ派以外の派閥も例外なく騒然とし、寮にいる子を一旦領地に呼び戻す家が続出した結果、学院長の判断で貴族学院は一月の休院が決まった。

※※※

「――――――そこまでしていいとは言っとらん!!! いや、私は何も言っとらんが……!!」

ジャルージ辺境伯夫人を王都へ連行し、諸々の手配を済ませたユリウスに飛び込んできたのがコレリック領での惨事であった。

パレードから十一日目の夜、影が持ってきた情報をまとめたネレウスに呼ばれ、ユリウスとアンドレアは第二王子の離宮に出向いた。

ペティロ率いる中央教会がコレリック領での抗議行進に協力することは、事前にペティロ本人からネレウスへ手紙で知らされていた。しかしその手紙にはコレリック侯爵邸前まで人を集めて行進し下男下女の解放を迫る、ということまでしか書いていない。

国王まで上げるとパシエンテ派の宰相の目にも止まる可能性が高くなるため、ネレウスはひとまずユリウスに報告した。

止めようと思えば王家の騎士団で止めることが出来たが、ユリウスは静観を選んだ。言い逃れの余地を残しつつ、許可を与えたようなものだった。そんな大騒動が起きればパシエンテ派の反発も下火になり、無理なくコレリック家の内部捜査へ持ち込める、と。

その翌日に大司祭が貴族の娘を公開で処刑するだなんて誰も予想していなかったことだった。

思わず大きな声で叫びつつ片手で頭を抱えた兄に弟は冷静な声を投げる。

「罰されるのは覚悟の上でやっているでしょう、ペティロは」

「わかっててやってんすか、ヤバいっすね」

アンドレアが暢気な声で言ったが表情は深刻だった。

ウラドリーニ王国で貴族が死刑に処されたことはない。

しかしそれは『貴族籍の者が』という意味で、大罪を犯し貴族籍を剥奪されてから極刑に処した例はしっかり記録にある。

貴族身分の名誉が毀損するのを避けるため、裁判を通して貴族籍から抜き平民に落とすという手順は殊の外重視されていた。

手順を無視して刑を決め実行に移したのが問題の一つ。

二つ目は、コレリック家の罪がコレリック領内の罪で収まらないこと。

領内の罪人を裁く権利はその領の法務官か領主にあるので、コレリック侯がメオリーネの処刑を決めそれを大司祭が断行したことには、早急すぎることと父が実の娘の処刑を是としたという惨さはあるものの一応問題はない。

しかしコレリック家とメオリーネにかかっている容疑は下男下女の虐待と殺人だけでなく、王都で起きた大量殺傷事件と王命違反の奴隷売買もある。

罪人が領を跨いで罪を犯していた場合、最も重い罪を犯したとされる領に引き渡され裁かれる。どこで裁くか判断がつきにくい場合は王都にて法務官が、重大事件であれば王が裁く。

王家直轄地の王都で凶悪事件を引き起こしたと目される容疑者は、詳細を調べるためにも王都に引き渡さねばならないのだ。そのルールを無視したことが問題だった。捕縛する際に暴れたり戦闘になって致し方なく殺した場合などは許されることもあるが、今回は明らかにそのケースには当てはまらない。

「だいぶ勝手してくれたみたいっすけど、この状況大司祭を咎めるってのも結構むずいっすよね」

「ああ……ペティロ大司祭は教会内で強い支持を得ている。迂闊に罰すると教会組織全体を敵に回すことになる。この世相では民からの反感もこの上なく買う……しかし聖職者が貴族を勝手に処刑したこと、社交界からは相当非難の声が集まるだろう……罰を何も与えんわけにもいかぬ……ああ、行進のことを知りながら黙っていたこと、父上に怒られるな……」

「僕も一緒に怒られます。……コレリック家の罪の詳細に関しては、一人は捕獲できたのである程度は事足りるでしょう。娘の方が情報を多く持っていたということもないはずですから」

ネレウスの冷静な声に二人は一旦頷いて息を吐く。

「……残りはメテオリートとヴィペールか……国の中にも外にも放牧すべきでないな……」

「"二つ黒子のヴィペール"、相当手強いみたいっすね……ジャルージ家の血を引いてるっての、正直腑に落ちちゃいましたわ」

メオリーネの処刑に沸く声のさなか領主邸を脱出しようとしていた者の一人、コレリック侯は金品を抱えてもたついたところを王家の影が捕らえた。侯爵令息メテオリートとヴィペールは捕まった侯爵を振り返ることなくとっとと雲隠れ。

そこから、コレリック領主邸にヴィペールが戻ってくるはずと睨んで見張っていたシレンツィオ家の影に見つかって戦闘になり、ヴィペールには傷を負わせたがすんでのところで捕まえられず。

『動けない』と刺繍された布を敵の肌に触れさせたら、込めた魔力が切れるまで無力化することが出来るヴィペールの技術は厄介だった。

「……また国境に厳戒態勢を敷かねばな」

「寛ぐ暇もないっすねぇ~~~飲まなきゃやってられねっすわ」

「よいな其方は、二日酔いをしない体質で……」

弟のいつもの無表情がどことなく沈んでいるのを感じ取り、兄は弟の肩を親愛を込めて軽く叩いた。

「友の無事を喜んだ直後に腹心の蛮行を知るなど、振れ幅が激しくて感情が忙しかろうが……あまり思い詰めるな。ちゃんと寝るように」

予知を使ったりせずにちゃんと休めと含められ、ネレウスは少々くすぐったく思いながら頷いた。