軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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「シレンツィオ公爵閣下、スカルラット伯爵閣下! 許可が下りました、お通りください!!」

「迅速な対応に感謝する。続け!」

シレンツィオ・スカルラット騎士団がジャルージ領に入ったのは五日目の夕方だった。

領の関所において人の行き来は小銅貨を数枚支払うくらいで可能だが、騎士団となると領主の許可がいる。アマデウスの行方不明は王家の早馬もあったので辺境まで知れ渡っていて、通ってきたほとんどの領ですぐさま許可が下りた。しかし領主が領地に不在の場合もありところどころで時間を取られてしまった。

結界の影響を受けて魔力の放出がかなり抑えられた結果、"追尾"の魔力はまだ切れていない。直近で"尾"の字が地図上に現れ薄くなって停止した場所は、リェーヴ湖の畔だった。

暗くなっても慎重に移動しその場に辿り着いたが、既に誰もいなかった。警戒しながら散らばって湖の周辺を見回る。

その中のスカルラットの騎士に、一人の少年が話しかけた。

「あの! ……この手紙を騎士団に渡せって言われたんだけど」

その場で手紙を読んだ騎士は慌ててスカルラット伯爵の元へ走る。少年は夜闇に紛れて何処かへ消えた。

【 敬愛する捜索騎士団の皆様へ

草花が芽吹き、春風の心地よい季節になってまいりました。いかがお過ごしでしょうか。

わたくし共は、王太子殿下と聖女様の婚約祝賀パレードの日にさる御方と意気投合し、暫しの間旅のお伴を致しました。音楽神の愛し子とも名高いその御方と我々は共に音楽を楽しみ、笑い合い、食事をし、酒を呑み、逸楽の時を過ごしました。

されど愉快な時間も束の間、船上にてさる御方は深酒の折に足を滑らせ、水底に沈んでしまわれたのです。直ちに引き上げようと捜しましたが、夜の湖は視界も悪く、我々は彼を見失ってしまいました。

どうか捜索隊の方々の御力で彼をお救いいただきたいと思い、筆を執った次第です。

何卒よろしくお願い申し上げます。 二つ黒子の男より 】

スカルラット伯は急いでシレンツィオ公と合流した。その場にはジュリエッタ、セレナとゲイルのバーリント夫妻、ジークリート、スカルラット騎士団に随行したリーベルトもいる。

「アマデウスが、この湖に……!?」

「……兄上は、水泳訓練受けたこと、ないから……」

泳げない、と続くのは誰もが察し、顔色を悪くした。

騎士コースの訓練の中には水泳があり、夏の休暇中に一度は参加するよう学院で定められている。広く深めの浴場に水を張ることで水泳訓練に使える施設が王都にあった。

平民の場合、漁に関わる職や水場の近隣住人であれば泳ぐことが出来る者はいるが、それ以外は基本的に泳ぐことは出来ない。

「で、でも彼は具現化魔法が得意ですわ、泳げずとも、何とか……」

「そっそうです、デウスが魔力は多い方だし、小船くらいは出せるはず……」

「…………訓練で、小さな筏を出したことがありますが……半時も持ちませんでした」

ゲイルが蒼白になりながらそう呟く。ゲイルの魔力量は二百五十ほど。大きく重い物を出すほど魔力の消費は激しい。筏や船を出した場合、十分で百くらいの魔力が持っていかれると考えてよかった。

アマデウスが湖に落とされてからどれくらいの時間が経っているかわからない。しかし手紙を岸まで持って戻ってくるほどの時間が経過していると考えるとーーーー彼の魔力が七百あるとはいえど、生存は絶望的であると言えた。

「字が動きました! ……っ……!」

地図を見張っていた公爵の侍従が声を上げ、皆が注目する。薄くなって止まっていた地図上の"尾"の字は、湖の中心辺りに現れた。そしてゆっくりと薄くなり、消えた。

魔力切れだった。

「――――至急、近隣の漁業関係者に船を借りられるよう交渉します。行くぞ!!」

悲観的な気配を振り払って一足先にスカルラット伯が飛び出した。伯爵に続いた騎士達にジュリエッタとジークリート、リーベルトも続く。

全員暗い顔をしないように努めていたが、焦りと不安は隠せなかった。

「……デウス様……!」

「……っ」

目の前に広がる底無しの闇を孕んだ夜の湖。人間一人飲み込んで永遠に消すことなど容易いと感じさせられる。

早足で自分の馬の所へ行く道すがらジュリエッタが溢した震える声、ジークリートが顔を歪めて大きく息を吸う音、横から吹き付ける風の音を聞き、リーベルトは考えるより先に口を開いていた。

「――――――デウスは、こんな所で死ぬほど、普通じゃないと思うんです」

冗談や気を遣ってなどではなく、どこまでも真面目に本心からそう言った。

何の根拠もない台詞だったが、数秒呆気にとられた二人は内容を飲み込んだ後口元を緩める。

「……わたくしも、そう思います」

「確かに……兄上ですからね、困りつつも案外けろっとしているかも!」

不安に圧し潰されないように声だけでも明るくし、前を見て足を進めた。

※※※

頭から水に落ちた俺は、立ち泳ぎしながら去り行く船をただただ見送った。己の無力さに黄昏る。

船は魔石の動力に加えて人力も加わり、泳いで追い付くのは難しそうだし追い付いたところで引き上げてはもらえまい。暫し呆然と浮いていたが、我に返ると呆然としている場合ではなくなった。

人質生活二日目には(風呂に入りてぇ~~~……!!)と思っていた俺ですが(時々体を拭く濡れタオルは渡されてた)、大自然の風呂に入れましたね~~~!

……なんてふざける余裕もない。

――――――さぁむいさむい寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い!!!!!

春の湖、普通に水温低めの水風呂!!!!!

えーと、えーと、浮く物、ただの浮き輪では体が浸かったままになるから、……アレだ!! ……エアーマット!! プール用の寝そべるやつ!!!!

急いで魔法で水色のエアーマットを出す。形と質感、重さと構造をしっかりイメージ出来れば具現化可能である。こっちの世界に存在しない物を出すと精神異常者扱いされるのでポリカーボネート盾以来控えていたが、誰も見てないし命には代えられない。

「さ、さむ、さむさむさむシャレにならん……あ゛ーっ!」

エアーマットを二回ひっくり返しながらもどうにかよじ登り、急いで濡れた服に手をかける。濡れた服って脱ぎにく過ぎる。吹きすさぶ風に当たると死ぬほど寒い、死ぬ死ぬ死ぬ。

落ちないようにバランスを取りながら頑張って脱ぐが、ぐらりと揺れ最初に脱ぎ捨てた靴が左右ともポッチャンとかわいい音を立てて水底に沈んだ。

あ゛ーっ! と言いつつ構っていられない。脱いだ服はマットの上にべしゃりと置き、魔法でバスタオルを出す。ガタガタ震えながら超特急で体を拭く。そして毛布を出して体をくるむ。

……そこまでしてやっと寒さが耐えられるくらいになり、落ち着いた。

死ぬかと思った。多分本当に死ぬまではまだ猶予があったとは思うけど、体感としては死を覚悟する寒さだった。

前世で学校の体育はほとんど見学してたが、小さい頃に水泳教室に通ったこともあるし、病み上がりの体に負荷が少ない健康法としてちょくちょくプールに行ってたので水泳は普通に出来る。でも手を縛られてたら地味に厳しかった、ビート少年に感謝。手首の縄を切ってくれたのは彼の独断だろう。

水泳教室のイベントで着衣水泳もやったことあったなぁ。服は重いから脱ぎたくなるけど脱がずに空気を入れたりして、浮きながら救助を待つのがいいんだったか……この状況ではやめておくが。

確かタイタニック号が沈んだ時は、極寒の海に投げ出された人々の多くが低体温症によって命を落としたのだ。冬じゃなくてよかったが春でも充分、めちゃくちゃ寒い。

素っ裸で毛布にくるまって体を擦り、体温が戻ってきた。下着だけ限界まで絞って履こうかなとちょっと考えたが冷たいのでやめた。我が下着、ボクサーパンツ型の黒。助けが来たらせめてこれだけでも履こう。

元来こっちの生活で与えられたパンツは生成りか白ばかりだったのだが、白一色のパンツって前世じゃ幼児の頃しか履いてなかったからなんか落ち着かず、伯爵家に来て少し経った頃に「色が付いていた方がいいな」と言って以来、俺のパンツは色付きになった。貴族の服は基本オーダーメイドなのでそういう融通はきく。濡れても透けない色だ、助かった。

寒さに関しては一旦事なきを得た。しかし問題は……救助が来るまでこの装備ではいられなさそうなこと。

多分……いや確実に、魔力が持たない。

ビートが騎士団に手紙を届ける……って言ってたから、捜索隊に俺が湖にいるってことは伝わるのだろう。でも船が岸に行って、ビートが移動して、手紙を受け取った騎士団が状況を把握して俺を見つけ出すまで……上手くいっても数時間かかりそうだ。

酒飲ませたのももしかして魔法を覚束なくさせるためか?

ーーーー殺す気満々やないかい!!!

今更ながら腹立ってきた。捜索隊がどういう方法で追ってきているのかわからないが、俺がここに落ちたと知らされればこの広い湖を人海戦術で捜さざるを得ないだろうし……あいつらがその隙にまんまと逃亡成功したらマジでムカつくな~~……!!

しかしムカついていても仕方ない、この状況から生き延びる方法を考えねばならない。

残念ながら月と星くらいしか光源のない夜の中、船がどっちに行ったかももうわからん。しっかり見てればよかったんだろうけど寒すぎるのを何とかするのに夢中で、それにエアーマットもくるくる回るので……。

湖岸は星明りのおかげで目を凝らすと遠くに見えるが、それは全方向同じなのだ。現代日本と違って夜も灯りが煌々としていたりしないし、どっちに行けば近いのかとかがさっぱり判断できない。遭難した時はむやみに動き回らず待った方がいいっていうけど……それは山だっけ、どうだっけ。

漕ぐためにオールを出すのも魔力の消費を早めるだけになっちゃう気がする……。幸い俺は魔力が枯渇しても気絶したりしないことがわかってるけど、なんにせよ魔力が切れたら一巻の終わりだ。

抽斗の中からあるかもわからない物を見つけ出そうとするように、あれでもないこれでもないと頭の中の記憶をかき返して引っ張り出して漁り、助かる方法を探す。

勝手に流れてきた脳内BGMはさがしものは何? と訊いておきながら踊りましょうと誘ってくる有名フォークソングである。いや夢の中で踊ってる場合じゃないんですよ。

…………逆に考えてみれば、魔力さえあれば何とかなるんだな?

魔力は生物の血に宿っているとされている。

しかし魔法・魔術が使えるのは人間と魔物くらいで(魔法を使う動物・植物が魔物)、普通の動物や植物の魔力は微々たるもので魔法を行使できるほどの量がない。

具現化魔法では生き物を出すことは出来ない。そのため授業中にふと(具現化魔法で出した物は、菌とか……微生物とかが全くついてない状態ってことなんだろうか)と考えたことがある。目に見えない生き物は生き物としてカウントされているのだろうか? という疑問。

『目に見えない生き物』の時点でこっちの人にとっては「は?」という話なので、答えはわからず仕舞いなのだが。

この国の生物学で微生物はまだ発見されていないのだ。技術的には見つかっていても不思議ではないと思うのだが。どっかの外国ではもしかしたらもう発見されてるかも。生態系とかちょっと違うし、微生物がいても地球とはちょっと違うんだろうなぁ。

……微生物……この湖にも多分、プランクトンとかいるよな?

それに魚とか水草とか……色々いるはずだ。近くには見当たらないけど。

血に宿るのなら魔力は電気みたいに水に流れるとも考えられる。目に見えないくらい小さな生き物や水の中の生き物にも魔力があれば……

……集められるかも?

「……ダメ元でやってみるか……」

めっちゃピンチだし人目も気にしないでいいし、ひとまず思いついたことは試そう。

独り言を口に出すことで決意を固め、俺は冷たい湖に片手を入れる。

少しドキドキしながら祈るように目を閉じて、口の中で『エナジードレイン』と唱えた、次の瞬間。

何かが弾けるような音を聴いた。

――――――――――パチッ パチ……バチ バ チ バ チ バ チ バチバチバチ

「……ッッンぎゃぁぁあああああああ!?!?!」

俺は電に打たれたかのような衝撃を受け、思わず叫んだ。