軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

最善手

「あ、……年が明けましたね」

俺に寝る前の白湯を出してくれたベルが鐘の音に気付いてそう言った。

時計は存在しているのだが、全員は持っていない。貴族は時間を区切って行動することが多いので基本的に持っているが、平民はまだそこまで時間に対して厳密に動いていなかったりする。

ではどうやって時間を知るかというと、地域の教会が時報として鐘を鳴らしている。朝から夕方まで三時間置きにその時間の数だけ鳴らす。普段は夕方から次の朝までは鳴らさないが、年越しの時だけは日付が変わる時に鐘を十三回鳴らす。

普段は寝ている時間だが大晦日は年越しを祝うために起きてる人が多く、町も灯りが付いているしところどころで酒盛りしていたりするそうだ。俺も十歳超えた辺りからはだらだらと起きて年越しの鐘の音を聞いてから寝ている。この世界の人間も年越しの瞬間ちょっとテンションが上がるらしい。

「今年もよろしくね、ベル」

「こちらこそよろしくお願い致します。坊ちゃんももう十八になられましたのね……。ご卒業やご結婚の準備にとお忙しい一年になることでしょう」

俺は十八歳になった。これは俺が元旦生まれという意味ではない。

この国は数え年スタイルなのだ。新年に皆一斉に一つ歳を取る。

そうなった背景には魔術の影響があった。

魔術学の教科書曰く――――昔、魔術・魔法が学問として成立していなかった頃。魔法使いは胡乱な存在として恐れられていた。

そして『魔法使いは対象の名前と誕生日と髪さえあれば、呪ったり殺すことが出来る』と信じられていた。実際はそんな魔法はない(昔はもしかしたらあったのかもしれない。廃れただけで。それか一魔法使いの固有魔法だったのかも)のだが。御伽話に、誕生日をうっかり人に話してしまった男がこっぴどくフッた魔女に呪い殺される話があったりする。

広く信じられていたその迷信の影響もあり、誕生日は極近しい身内しか知らないもの、むしろ本人すら知らなくてもいい、という風潮が出来た。

平民も貴族も誕生日を人に言わないし、そもそも自分の誕生日を知らない人も多い。「〇月生まれ」「夏生まれ」などのざっくりしたことしか言わない。誕生日は秘密にするものという空気が出来上がってしまったのである。人に誕生日を尋ねるのもちょっとデリカシーに欠ける行為とされている。プライベートに踏み込み過ぎ、という感覚が近いだろうか。俺からしてみれば不思議な慣習だった。

……なんでも、一月生まれが一番多く十二月生まれが一番少ないとか。

誕生日を人に言わない風潮をいいことに十二月生まれの子供をこっそり次の一月生まれということにしてしまう親が多い、ということだ。ズルいな~とも思うが、一月生まれの子供と一年近く差を付けられてるのに同い年としてスタートさせたくない、と思う気持ちはわからんでもない。

そんなわけで、俺も自分の誕生日を知らず誕生月が四月ということしか知らない。

変わった慣習だとは思いつつ、自分に子供が出来たら誕生日は記録しないようにするかもな、と思った。万が一子供が呪われたりすることが無いようにと、祈りを込めて。

※※※

雪解け後、学院が始まる直前。ジークと一緒にネレウス様に呼び出された。

新年のご挨拶ということで自家製の羊羹を手土産に持っていく。

兄弟を代表して俺が「昨年はお引き立ていただき誠にありがとうございました。無事に新年を迎えることが出来て喜ばしい限りです。今年もよろしくお願い奉ります」……と形式的な挨拶を述べる。

「うむ」と短く返される。お手軽。手土産の羊羹を渡すとネレウス様の付き人が配膳の支度をしに一旦部屋から出ていく。

「ジークリート、悪いが隣室に移れ。暫しアマデウスに説教がある」

「えっ」

「えっ……あ、はい、承知しました」

ジークは困ったような笑みで隣の部屋へ。どうやら俺は新年早々叱られるらしい。兄が王子に叱られるという事態に弟が特に深く疑問を抱いていないことが切ない。時々何かやらかす奴だと思われてしまっている……。

既に用意されていたお茶の席に着き互いに一口飲むと、ネレウス様は心なしか呆れたような目でゆるりと俺を見た。

「君は、自覚が足りない」

第二王子曰く。

俺が自白薬を飲んでコンスタンツェ嬢との関係を根掘り葉掘り聞かれたら"聖女"と"黒い箱"の話を避けて通るのは難しい。ジャルージ辺境伯と直接あんな約束をしてしまったら辺境伯の関係者を自白の場から排除も出来ないし、質問内容の制限などしたら王家とスカルラットへの不信感が増すだけだ。

要するに『もう少し深く考えてからものを言え』と叱られてしまった。

「謂れのない噂に罵倒にと、腹に据えかねたのはわからなくもないが。尋問が『コンスタンツェ・ソヴァールと恋愛関係にあるか?』『いいえ』……程度で済むとでも思っていたのか、君?」

思ってた………!

言われてみればそれでハイそうですかと引き下がるわけないか……。

「そういう事情であるからして、自白薬使用条件緩和案が通っても王家がなんのかの躱して有耶無耶にする。そのつもりでいるように」

「有耶無耶に……出来ますかね……?」

「ニネミアのあの様子を見れば辺境伯も強行は出来んだろう」

俺に飲ますならニネミア嬢にも飲ーます! と宣言したから向こうも及び腰になっていると思っていいのか。

潔白を証明する機会は失われたが、王家の秘密漏洩のリスクを説かれたら諦めるしかない。

一旦息を吐くと、良いタイミングでお付きの人が羊羹の皿をそっと俺達の前に置いてくれた。暫しのブレイクタイム。

四角く切られた茶色いフォルムの中にはごろりと黄色い実が埋まっている。

ただの蒸し羊羹ではない。栗蒸し羊羹……こちらでの名前は命名:ロネヨウカンである(ロネとはほぼ栗と同じ味のこっちの世界の木の実。トゲトゲのイガに守られていない、見た目はでかいどんぐり。男爵家時代に籠一杯のロネをメイドが洗っているのを見た時はそのドデカどんぐり食うの?! とびっくりした)。

蜜漬けにしたロネは普通に町で売っていて、庶民にも馴染みのある味だ。小豆や栗ではなくよく似たもので作っているので地球のものとはやはり風味が異なるが、質の良い砂糖のおかげか上品な甘さ。

羊羹はスカルラットの薬局でお菓子として売る予定。具合が悪くなくても気軽に入れるきっかけにしたい。ひとまず伯爵家の使用人が作って納める予定だが、売り上げが安定しそうなら修道院に依頼を出そうと計画している。修道院にはパンやお菓子を作る設備が揃っている。修道院が協力している孤児院から希望者を募って指導し、薬局で売るお菓子や物の包装、在庫管理(薬以外の管理が簡単なもの)などを任せたらどうかと。相談したらソフィアも「領主様の薬局に携わるお仕事を頂けるならとても光栄ですし子供達も助かります」と歓迎の意を示してくれた。

就職先が乏しくなりがちな孤児院出身者の雇用対策になるかも……と提案したら姉上は嫌そうな顔をしながらも「……そうね。細かいところを詰めてみるわ」と頷いた。姉上はツンなので俺が良さげなアイデアを出すと嫌そうな顔をする。悔しいらしい。ジークは「良いお考えだと思います」と素直に褒めてくれた。

……いっそのこと薬局か孤児院でカレーも売れないか? 専売とかにして……と思ったりもしているがそれはまだ思っているだけだ。

ロネ羊羹を見たネレウス様は「この茶色い部分は何で出来ている? シャン豆? 豆……? この黄色いのは? ロネの実?」としげしげと眺めてから食べて、「……変わった食感だな。少々甘いが……茶には合うか……」とお茶と交互にもぐもぐしている。割とハイペース。口に合ったようで良かった。

閑話休題。

「つまり……私あの謁見の時、"黒い箱"を知ってる方々には『こいつぁアホだ』と思われていたわけですね……」

恥ずかしい。黒歴史になってしまった。

「いや……結果だけをいえば、君の評価は上がったと思うが」

「へ?」

「ーーーーまず前提として。君とコンスタンツェの仲を怪しんでいる者は兄上の周囲にもいる。君の『アスモデウス』記事のことや噂を耳にして、王太子が一派閥の掌でいいように転がされているように思われてしまうことを危惧し、ジュリエッタと君をある程度遠ざけた方が良いと兄上に進言する者も複数いる。兄上の立場を慮ってのことだから無下に出来ないが、今シレンツィオ派と距離を取るのは中傷記事を撒いた者の思うつぼであるし、コンスタンツェの立場や精神に良い影響を与えないことも明らかだ。兄上は臣下とコンスタンツェの間で板挟みになっていたといえる」

「ほ~~……」

「そんな最中で君は、自ら使用条件の緩和を推進し、王族の面前で自白薬を飲むとまで宣った。王家への叛意、コンスタンツェとの不貞、どちらか一つでもあれば決して口に出来ないことを。王族とその側近が君への疑心を解くのに充分な材料だ。兄上も、公の場で自白薬を飲むとまで宣言した貴公子を疑うのならそれ以上に説得力のある不貞の証拠を見つけて持ってくるべきだと臣下を宥めることが出来る。君はコンスタンツェの後援として最善の一手をあの場で打ってみせた」

「へえぇ~~~~……」

完全に他人事みたいな声を出してしまった。

そうなんだ……。

「しかも、ニネミアに後ろめたいことがあると見抜いてジャルージ辺境伯家を巻き込んだ。コンスタンツェがただの男爵令嬢であれば厳重注意程度で済んだことでも、聖女として認められたコンスタンツェに悪質な嫌がらせをしていたことが判明すれば、謹厳実直で通ってきたニネミアは破滅と言っていい。王子妃どころか社交界にも居場所はない――――あの場にいた者達は、たとえ王家の秘密や多少の女遊びが漏洩して咎められようとも王子妃争いの政敵ニネミアをここで完膚なきまでに叩き潰す! ……という強い意志を君から読み取って、感心したことだろう」

「そ……そこまでの意志はなかったんですけども……!?」

色狂いだの何だの言われてじわじわムカついていたことは認める。

こっちにそこまで言うからにはそちらさんはさぞかし潔白なんでしょうなぁ、だったら飲めるよな、飲めないとは言わせねえぞコラ! 道連れじゃい!! ……という気持ちはあった。

でも『破滅しろや!!』とまでは思ってなかったんだけど……!

「そうだろうな。だから自覚が足りないと言っている。結果的には最善手であったことと君の考えが足りなかったことは別だ。自分の行動が周囲にどう捉えられるかをもっと深く考えるように」

「仰る通りで……はい、反省します……」

「それはそれとして。未知の魔術の手がかりを掴み、祝賀パレードの惨劇の被害を大幅に減らしたことは手柄だ。パレード後に王家から褒美を出す。何がいいか考えておくように」

……あれっ、シームレスに褒められのターンに移った??

ネレウス様、ずっと淡々としたテンションで喋るからお説教の続きかと思った。わかりにくい。