軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

お化けの気持ち

【Side:ジュリエッタ】

秋も深まってきた頃、デウス様から観劇のお誘いを頂いた。舞台"青髭"の招待券が贈られてきたそうだ。

「早めに連絡すれば別日でも大丈夫だそうですが、招待は初日に受けています。ご都合がよくて観てもいいとお思いならいかがですか?」

「十五日ですね。大丈夫です、勿論喜んで」

「少々血生臭い話ですから、苦手な女性もいるかもしれないなと。気が進まないということはありません?」

「ああ……わたくしは平気ですわ。ご心配なく」

怖い話をその場で素直に怖いとは思うけれど、その後も引きずるほど苦手ではない。

少し前に学院の寮生に伝わる幽霊の話を女子で雑談した所感だと、アルピナ様やエーデル様は噂話が好きなだけあって、怖いですわ~! と騒ぎながらもそういうお話が大好き。リリーナは信じてないのか怖くなさそうだった。

カリーナは「遭遇したらどうやって対処すればいいのかしら……寮生の安全のためには討伐したいですわ」と呟いた(カリーナは寮生ではないのでまず遭遇しないが)。存在すら定かではないものの退治は騎士に依頼も出来ないから、確かに対処法は考えておきたい。

「護符を投げつけたら浄化できないかしら?」「ヤコカの蹄は御守りにすると幸運を呼ぶとされてますし、効くかもしれませんわね」と考えを出し合った。

「何故立ち向かおうとするのです?」とプリムラに窘められた。

その手の話が意外と苦手そうなのがプリムラだった。

「幽霊なんて存在しませんわよ。目に見えるということは光が当たっているということで実体があるはずですし実体があるなら霊ではないし、きっと寝惚けた人が見間違えただけに違いありませんわ。それか夜中にうろうろする生徒が出ないようにするための作り話でしょう」

……と、自分に言い聞かせるかのように早口で語っていた。実際にあった血生臭い話は特に怖がったりはしないけれど、『幽霊』『お化け』『祟り』などの不確かな存在は認められないらしい。

気持ちはわかる気もする。得体が知れないものって恐ろしいから。

「初日ですので評判もわからないですし、もしかすると退屈な出来である可能性もあるんですが……その時はお詫びします」

「デウス様とご一緒ですもの。退屈でも悪い思い出にはなりませんわ」

「ぅ……」

何故か彼は目をきゅっと瞑って胸を押さえた。

「どうされました……?」

「嬉しいことを仰るから……」

ほんのり頬を染めて照れている。私も嬉しくなって心臓がきゅっと掴まれるような心地がする。

私の言葉にこんなに純粋に照れてくれる男の子は、きっとこの世に二人といない。

※※※

騎士団の訓練に参加しようと早めに帰宅した放課後、急に来客があった。

父は外出していたので執事が私に判断を仰ぎに来る。父に用事だったら出直してもらおうと思ったが、私への面会希望だと言う。

名前に覚えがあったのでひとまず会うことにした。

「ジュリエッタ様……!」

「グラトー・カーリアン様。本日はどのようなご用件でしょう」

カーリカ侯爵家の分家の……次男だったはず。一つ年上で、紫がかった濃灰色の髪に薄紅の瞳。肌は綺麗で睫毛が長く、なかなかの美男子。

私の第二夫に立候補してきた一人だ。

――――カーリカ侯爵家といえば、ルドヴィカ嬢。彼女は去年とある伯爵家嫡男との婚約が決まった。表向きはデウス様に興味を示さず、相変わらず女友達はほぼいないようだが特に問題なく過ごしている。二組と三組を行ったり来たりしているが今年は確か三組に落ちていた。

「私は分家の者ですから、お目にかかる機会が滅多に無く……。もう一度お会いしたいと焦がれておりました……」

「は、はあ」

「数回お会いしただけですが、ジュリエッタ様のご見識と凛々しい立ち振る舞い、慈悲深いお心に、深く感銘を受けたのです。お傍で貴方とシレンツィオ派をお支えする柱になりたいと思う私の心を知っていただきたく……不躾とは思いましたが、直接お伺いしました。どうかお許しください」

「なるほど……」

「勿論、具体的にお考えいただくのはアマデウス様とのご成婚の後で結構ですが……今お約束を頂けたなら、いつまででも待てます。貴方をお慕いしておりますから……」

「そ、そうなのですね」

「私を貴方の恋人に、そして夫にすること……今一度、お考えいただけませんか?」

「ええと……」

曖昧な笑みで誤魔化してお茶に口を付けると、グラトーは笑みを深めた。照れていると思われているかもしれない。戸惑っているだけだ。

なんだか……甘い言葉をかければすぐ靡くと思われているような気がする……!

――――会って一日でデウス様にすっかり惚れてしまっていたのだからそう思われていても仕方ないのかもしれない。

グラトーが本気で私を慕っているとは露ほども思っていないが、侯爵家の血筋と繋がりを持つことは益がある。個人的なことは抜きにして次期当主として考えれば悪い話ではないのだ。顔を無理に褒めず振る舞いと中身を褒める言葉も悪い気はしなかった。

しかし私にデウス様以外の夫はいらないし……そもそも目の前の彼が私の夫になるのは無理だと思う。普通に。

「……『婚約までに一度も素顔を見せないのはマナー違反』とされていることはご存じで?」

「えっ……ええ」

アンドレア・グリージオ様の提案で少し前にデウス様と一緒に学院に広めたマナーだ。社交界にもユリウス殿下の配下が広めた。

「日常的に化粧を施すとはいっても、結婚したら夫に全く素顔を晒さずに生活するのは難しいということもご理解いただけますね」

「ええ、ええ、勿論ですとも」

「では、お化粧を落として参ります。わたくしの素顔を見てもグラトー様が問題ないご様子で、かつもう一度よく考えていただいて、それでもと仰るならば考慮致しますわ」

「……っ!! ありがとうございます!! ご心配なく、私の心が変わることはございません」

考慮すると言っただけだ、婚約するとは言っていない。だがグラトーはもう望みが叶ったかのように眉を上げて笑った。

ほんの少しだけ罪悪感を覚えないでもない。

「彼の護衛騎士は玄関で待機しているわね? 一人、応接室までご案内して」

執事にそう指示して、一番近場の洗面所で顔を洗う。また改めて洗顔するからその場の石鹸を泡立てて適当に洗った。肌が突っ張る。モリーは少し心配そうに私を見ていた。

ベールを持ってきてもらう。ベールを被ることも減ったので、今では(こんなに視界が悪くてよく平気でいたものだわ)なんて思ったりもする。

「お待たせ致しました。それでは、侍従と護衛の方は後ろを向いていてくださいませ」

「ふふ、大丈夫ですよ、うちの者もそんなに柔ではございませんから……、……――ヒッ……」

二人がちゃんと後ろを向いたのを確認してから、ベールを上げる。

絶望したような表情になったグラトーは、ひゅっと息を吸い込んでから暫し固まり、白目を剥いて前のめりに倒れて机に頭をぶつけ……そうになったが、横に控えていたメイドの一人が「失礼」と一言、彼の肩を受け止めて防いだ。

古株のメイドなので私の顔からは眼を逸らしつつも状況をしっかり見て先回りしてくれた。後で何かご褒美をあげよう。

素早くベールを被り直す。妙な物音に護衛と侍従が思わずといったふうに振り向いて驚きの声を上げる。

「グラトー様っ……!? どうされました?!」

「わたくしの顔を見て気を失ってしまわれました。家にお連れして休ませてあげてくださいませ」

腰を抜かすくらいで済むかと思ったのだが、気絶させてしまった。落ち着き払った声で言う私に怯えた視線を向けた彼の侍従は、ハッと体を強張らせた。

「た、大変なご無礼を、何と謝罪すればいいか言葉も見つかりませんが……主に代わり深謝致します」

冷や汗をかいた侍従が深く頭を下げた。

次期公爵に無礼をして怒らせたともなれば家門から勘当されてもおかしくはない失態だ。顔色が悪くもなるだろう。

「彼が目覚めたら伝えてください。――――予想しておりましたから、気分を害しておりません。お家に苦情なども送りませんので重ねての謝罪も不要です。か弱い女性などは気を失ってしまう方もおります、お気になさらず。貴方様に素顔をお見せすることも二度とないでしょう、……と」

『怒ってはいないけど貴方を男として見られないし婚約も結婚も有り得ない』と迂遠に告げる。

なるべく優しげな声で言ったが、侍従も護衛も小さく震えて頭を下げていた。怒ってると思われてそう。少々煩わしかったけれど本当に怒ってはいない。

気絶した令息は二人がかりで運ばれていった。侍従だけだと運べないかもしれないので護衛も一人呼んだのだ。

グラトーの言葉が胸に響かなかったのは、どうせ本気じゃないだろうと思っていたからだけれど……婚約当初、デウス様の言葉も完全に信じきれてはいなかったが、嘘だったとしても死ぬほど嬉しいと感じていた。

きっとそれが恋か恋でないかの境目。

しかし『婚約までに一度は素顔を見せる』という突貫捏造マナーがこんなに早く自分の役に立つとは思わなかった。

「お嬢様……」

「大丈夫よモリー、気疲れしただけ」

モリーは私が落ち込むんじゃないかと心配していたようだ。確かにデウス様に会うまでは自分の顔を見せては恐れられて、傷付いていた。

久々に自分の顔がお化け並みだと突き付けられたし、溜息は吐きたくなったけれど、傷付いたというほどではない。今日の話をデウス様にしたら少し妬いてくださるかも……なんて考える余裕もある。

でも、急にデウス様が恋しくなった。彼の瞳に見つめられたい。バルコニーに出て赤く遠い夕日を眺め、暫し物思いに耽った。

もし、私がお化け……幽霊になったとしても。

きっと彼だけは、私を怖がらずに笑いかけてくれるんではないかしら……なんて夢想した。