軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

一張一弛

散髪屋というのは町に普通にあるのだが、無防備な喉元で刃物を使われるとなるとその辺の平民に任せるわけにもいかず、必然的に貴族は家で整えることになる。男爵家の頃はメイドに切ってもらっていたが、伯爵家に来てからは髪を切るならこの人、という決まった係がいるのでその人に任せている。

ノトスは赤褐色の伸びた髪を六四くらいで分けて垂らしている。伸びたら仲間内で適当に切っていたらしく後ろ髪が少しガタガタしていた。

雑談の中で 少し整えない? と提案したら、息子の髪も度々切っているというスザンナが「気になってたんだ」と切る役を買って出た。庭先の石畳に出て首元に大判の布を巻き、淀みない手付きで切った。

スザンナに任せて大丈夫かな……と失礼ながら少し不安だったが(世間一般のお母さんが子供の髪を切るとちょっとモサくなるイメージがあったので……)普通に良い感じになった。襟足がすっきりした。

先端が少しカールする髪質のようで無造作ヘアでも様になる。外に出ることが少なかったからか男にしては色白。俺からしてみれば言わずもがなイケメンだが、こちらの価値観からしても肌が綺麗な美青年だった。手は荒れているし手足に仕事中に作ったらしきちょっとした傷跡はあるが、目につく部分に目立つ傷はない。

法務大臣がちらっと言っていたが、コレリック家は使用人も美形を使いたがる傾向があるらしいので顔は傷つけないようにしていたのかもしれない。

因みにこちらの価値観で顔に傷があるというのは、不細工というよりも"強面"扱いらしい。怖い、近寄りがたい印象になるようだ。その感覚はまあわかる気がする。

男でガタイが良ければ強そうに見えるので、見栄えは良くないがそばかすや黒子がある人よりはマシで、一部の女性からモテるという。その感覚はわか……わかるようなわからないような。

男性騎士だと体の浅い傷痕はそこまで気にしないが、顔周りは速やかに治癒師に治してもらう(女性騎士はどっちも気にするので急いで治癒師にかかる)。だから貴族で顔に傷がある人は見たことがない。

不慮の事故で顔に怪我を負った平民は治癒師の伝手を求め、多額の借金を負って治してもらうこともあるとか。金の当てや担保などが無い場合は……諦めるしかない。

ノトスは、マリア時々ロージーに歌を、バドルに読み書きを、ロージーとラナドに楽器の基礎を習い始めた。ラナド曰く、物覚えは悪くないが練習期間が足りるかどうかはわからない。

担当の歌と皆で歌う『世界で一輪だけの花』の二曲を重点的に練習する予定。

ノトスがどうしても舞台に上がれないとなった時の代役はマリアにお願いした。

万が一に備えて俺も歌えるようにしておくつもりだが、マリアは快く引き受けてくれた。

「急にもう一曲覚えてもらうことになっちゃって悪いね」

「いえ、良い曲は何曲でも歌いたいと申し上げたでしょう。お任せを。……怖気づいたら私に任せればいいからね、ノトス」

マリアの台詞は親切さで飾られていたが、ちくりと刺すような挑発が込められている。

「マリアさんったら……ごめんなさいねノトス、マリアさんは演奏会の評価が落ちることを心配しているの。アマデウス様の評判にも直結してしまうから……」

ソフィアがフォローしたが、ノトスは複雑そうに眉を下げた。

「マリア、そう圧をかけるな。不安があるのはわかるが、私達と違ってノトスは自ら歌うと決めた者ではないんだから……」

ロージーがそう庇うとノトスはぼんやりとした目で何かを思い出しているような顔になった。

「俺……歌うのは、好きなんです。昔ロー兄とバド爺に教えてもらった歌を歌ってる時は嫌なことを忘れられたし、年下の子に歌ってあげたらいつも喜んでくれたから。……皆さんに色々してもらってばかりで何も返せない俺……私が、ほんの少しでも恩を返せる機会。それがこの歌を舞台で歌うことなんですよね?」

音楽に結びついた記憶は長く続く、と聞いたことがある。

ノトスが嫌な思い出だけでなく、ロージー達との良い思い出のことも忘れずにいてくれてよかった。

「……そうだね」

別に恩返しをしてほしいわけではないのだが、俺的に助かるには違いないので頷いた。

「それなら、舞台に上がります、必ず。もっと上手くなって」

遠慮がちだった視線が、今は揺るぎなく俺に向けられていた。

これまでひとまず"やらされている"感じが否めなかったが、彼の気持ちが能動的に変化したのは喜ばしい。俺は彼に笑顔を返した。

「――――やる気が出たならいいのよ。練習時間増やしてもっと厳しくいくけどいいわね」

「は、はい。よろしくお願いします……」

ガシッと後ろからノトスの肩を掴んでマリアがにっこり笑った。急いで鍛えなきゃいけないとわかりつつも彼の事情を鑑みて遠慮して、それでピリピリしてたのかもしれん。

「わかってると思うけど練習のし過ぎには気を付けてね。喉を壊したら元も子もない。……ま、成功するのが一番だけどさ、失敗しても死ぬわけじゃないから!」

前世で初めてのピアノ発表会で俺は緊張して水を飲み過ぎ、トイレに行くのを我慢しながら演奏する羽目になった。あれはひどい出来だった……帰ってから大泣きした。何度やっても発表会は緊張した。トチる度に帰ってから頭を抱えた。努力の成果を発揮する場にプレッシャーはつきものだ。

失敗してもいいわけではない。でも失敗したってなにも死ぬわけではない。一体何回自分にそう言い聞かせてきたか知れない。

ありきたりな励ましではあるが、雇い主がそういう寛容な姿勢を見せることは多少プレッシャーを和らげることだろう。

ノトスは目を丸くして黙ってしまった。そしてぽつりと呟いた。

「……そっか……死ぬわけじゃないんだもんな……」

……失敗したら殺されるかもしれない場所で働いてた人に言う言葉じゃなかったかも……。

音楽には様々な効果があるといわれている。ストレスを軽減するとか、前向きになる脳内物質が出るとか、声を合わせることで一体感を覚え、集団への帰属意識を深めるだとか。

先に挙げたように俺の評判の回復とか有名にすることで身を守りやすくするため、もあったが、彼に歌手をやらせるのはその効果も狙っていた。

皆で歌うことで、彼の抱える苦しみがほんの少しでも紛れること、軽くなることを祈っている。

……いやまあ、無茶ぶりだろと言われたらそうなんだけども。

※※※

「お前宛てよ」

「お? ああ……ありがとうございます」

マルガリータ姉上がそっけなく折り畳まれた便箋を俺に差し出した。何度目かだからわかる、フォルトナ嬢からの手紙だ。周囲の目に触れて誤解されないようにファウント様から姉上への手紙に同封されている。

何やら、『青髭』を舞台にしたいと申し出てきた所があって、それの許可取りだった。

許可が出るなら、脚本を作るにあたりバドルに取材したいという申し出もあったそうだ。

舞台化か~~~! 『青髭』は色んなメディア化していた話だし、俺も見てみたい。OKOK。

でもバドルへの取材はNG。細かい設定はもう自由にしていいよってことにしよう。

うちの歌い手達が国民的人気を得てから、何度かバドルに近付こうとする不埒な輩が出てきた。

狙いはバドル自身か、バドルの持つ『楽譜』。

数えきれない楽曲を記録してきたバドルから曲を得て円盤にしているってことになっているので、大量の楽譜を所持していると思われている。それを盗みに来る。もしくは本人を確保してどこかで楽譜を書かせようと企んだと供述。

今や泥棒の間で『バドルの楽譜』はお宝として知られているらしいのだ。

すかさずシャムスの家の用心棒に御用になっているが、念のためにバドルの情報は外にあまり洩らさないように周知した。取材を一度許すと何回も依頼がきてしまうかもしれないし、その中に変な輩が混ざらないとは限らない。一応避けておこう。

『青髭』は大人にも好評で、というかどっちかといえば大人の方にウケが良かったようだ。

確かに、美人が見初められる話よりは悪者をやっつけて財産ゲットだぜ! な話の方が、大人にとっては夢があるかもなぁ。

「……ん?」

終わりかと思ったら下にもう一枚あった。上の便箋を後ろに重ねて読み始める……とすぐに気付いた、筆跡が違う。

「姉上~~~……あの、一枚混ざってました……」

「!!!」

返しに行くとボッっと赤くなった姉上に便箋をひったくられた。

「読んでないので! ……さわりしか……」

「忘れなさい!!!!! 忘れないとどうなるかわかってるわね!!!」

「ハイ……」

どうなるんだ。わからんがハイと言っておいた。

最初の方だけ不可抗力で読んでしまった。

『恥ずかしがり屋のあなたが手紙では情熱的なので、私も負けてはおれないと思い……』という感じのファウント様の文章。

そうなんだ……。

姉上、手紙では素直になれるタイプか。こんな失敗するなんて相当浮かれてたんだろう。まあ上手くやってるみたいで良かった。

ジークもちょくちょくネレウス様と文通しているようだ。この間手紙を嬉しそうに抱えて部屋に戻る所を見た。ネレウス様はもう元気だが結局長期休養という形で休学中。暗殺の黒幕が捕まるまではなるべく王宮に籠るのかもしれない。今はそれが安全だろうが、早くジークと会えるようになるといいな。

コレリック家を糾弾するのにはあと一手が足りない。

メオリーネ嬢はお茶会で元気にジュリ様に嫌味を言ってきたらしい。ジュリ様がそれに『アマデウスの動向は全部把握しているから大丈夫』と返したことで、俺は婚約者からめちゃくちゃ監視されている男だと広まってしまった。まあ間違ってはないんだけど……。

たまに「嫉妬深い婚約者がいると大変ですね」みたいな同情を寄せてくる男衆がいるが「私は全然平気です!!」と元気よく返して変な奴を見る目で見られている。

そんな中、正式にユリウス殿下とコンスタンツェ嬢の婚約が発表。王都で婚約祝賀のパレードが行われることになった。

それに対してネレウス様が『非常に嫌な予感がする』と宣った。