作品タイトル不明
対顔
ニフリート先生の授業のすぐ後くらいに、ハイライン様とアルピナ様の婚約が正式に決まり掲示された。
親を通して決まったようなので子爵家のアルピナ様側は断れない形だったと思うが、お祝いの言葉を伝えに行ったら彼女もちゃんと嬉しそうだった。
良かった、ハイライン様の一方通行じゃなくて……。(失礼だけどほんのちょっとだけ勝手に不安だった)
「でも、ここだけの話ハイライン様ってアルフレド様のお話ばっかりなさるし、ちょくちょくアマデウス様のこと悪くお言いになるでしょ。正直そういうところ嫌ではないのです?」
エーデル様がこっそりと(つっても当事者の一人である俺の前で堂々と)そう訊くと、
「彼はアマデウス様を嫌っている訳ではないですから。あれも一つの愛ですわ。それに、人の好きなものの話を聴くのは好きなのです、わたくし」とアルピナ様は口元を綻ばせた。
オタクの話を喜んで聴いてくれるとは聖母である。幸せ者だよハイライン様。
めでたい話の後に、めでたくない話。
タンタシオ公爵夫妻に見合いの申し込みがいくつも届いたらしく、アルフレド様は受けなければならなくなった。なかなか自分で決めない息子、見合いしろや…… となるのはまあ仕方ない。そして相手は揃ってパシエンテ公爵派。
ジュリ様が言うには、中立だったエストレー侯爵家がロレッタ様の嫁入りでシレンツィオ派に加わったことで、シレンツィオ派の勢力が大きくなりすぎることを嫌ったパシエンテ派がアルフレド様とカリーナ様の婚約を防ぎたい気持ちはわかる、と。
カリーナ様のヴェント侯爵家はバリバリのシレンツィオ派なので。だから幼い頃からジュリ様とカリーナ様は交流が多かった訳で。
アルフレド様としては困る展開。
もうカリーナ様が好きだとご両親に伝えた方が良いのでは? と思ったが、そうなるとまず間違いなく家から家に打診が行ってしまいカリーナ様はまず断れないし、政略で都合が良いから申し込んだと誤解されたくはないのでそれは避けたい、とアルフレド様は考えている。残念ながら『自分でアプローチするからちょっと待って』は通じなさそうなご両親らしい。親の許可得るのが先だしな、正攻法だと。
俺も地位目当てだとジュリ様に思われたくなかったから、気持ちはわかる。先に婚約だけ決まっちゃったらその誤解を解くのは地味に難しいと思う。ただでさえカリーナ様は容姿が(俺は納得いかないがこの世界の評価では)ちょっと冴えないので周囲から愛がある婚約とは思われにくい。婚約後に色々言われてしまうであろう彼女の精神面の為にも初手でしっかり愛を伝えておきたい気持ちは、うん、わかる。
両親が見合い話を受けてしまった以上、それらとの顔合わせが一旦終わりちゃんとお断りするまではカリーナ様に告白する訳にはいかなくなった。他と見合い話が進んでいる途中で別の令嬢とくっついただなんて知られたら見合い相手の面目が丸潰れだしタンタシオ家も非難されてしまう。
そんな訳でまだるっこしいがアルフレド様はおあずけ状態続行中である。
先日の『黒が好き』発言でカリーナ様はかなりアルフレド様を意識している様子なのだが、意識しちゃってるからこそ恥ずかしくて距離を取ってしまう期、っぽい。俺の所感では。
ラブコメとかでよく見るやつ~!!!
ほどほどにしてあげてくれ!!!!
アルフレド様は憂いを帯びておりペルーシュ様はピリピリしている。ハイライン様もちょっとピリついているが、案外落ち着いている。婚約が整ってから態度に余裕がある気がする。
※※※
ダフネー・ルバート法務大臣とロールベル様との会合は割とあっさり実現した。
大臣の行きつけだという王都の富裕層向け茶屋にお招き頂いた。貸し切り。白と金と淡い水色系で室内の装飾がまとまっていて明るく、爽やかな印象。
本日の俺の同行者は、正装ロージーと男装マリア(あと従者としてポーター)。
ロールベル様の推しがマリア、ダフネー様の推しがロージーである。
今日もそれぞれの担当色のスカーフをロールベル様は頭に巻き、ダフネー様は首元に巻いていた。
「っま、ままマリア様、本日は足をお運びいただきィ…大変うれしく…心臓が…大変です…」
「ご機嫌麗しゅう、ロールベル様。いつも声援を頂いていること、感謝の念に堪えません」
赤い顔でもじもじしているロールベル様にマリアが一歩近付きにっこりと笑いかける。すっかりファンサに慣れていて頼りになるぜ。
「あっあっ、ぁぁ、あのう、握手して頂いてもよろしい、でしょうかっ!?」
「勿論ですとも」
「…ん、んんぁっ、あっ、ああん♡ あっ、ありがとうございますっ…はぁん…♡ もうこの手袋は洗いませんわ家宝に致しますぅっ♡♡♡!!」
………握手で喘ぐな!!!!!
何か恥ずかしくなっちゃって目を逸らした。ロージーもポーターも気まずげに目を逸らしたがマリアは営業用笑顔を崩さず泰然としている。流石だ。
それぞれ挨拶をした後、長方形のテーブルでマリアはロールベル様、ロージーはダフネー大臣の前に座ってもらい俺は上座に座るよう案内された。所謂お誕生日席というやつだ。俺が上座でいいのか? と思ったが二人とも推しが目の前に座る方が良いか。
ダフネー様はルバート侯爵家に籍を置いたまま婿を取って王都で職を得た。夫は伯爵家の出で近衛騎士団の幹部。ダフネー様の妹君がストレピオ伯爵夫人で、ロールベル様の母だ。
……ルバートと聞いてどっかの何かで見た名前だなと首を捻ったが、すぐ思い出した。以前マリアに求婚の申し込みがあった侯爵家の血筋の男性がルバート姓だったのだ。
その時の書状を引っ張り出して確認すると何とダフネー様の息子さんであった。近衛騎士団にいるらしいのでエリートと言って良かろう。
「ほら、しゃきっとなさいロールベル。まあずっと応援している麗しい方と相対したら無理もないかしらね…。うちの息子もマリア嬢の歌をとっても好んでおりますのよ。一度、是非息子の第二夫人にと申し入れをさせて頂いたのだけれど丁重に断られてしまいましたわ」
ほほほ、と笑ってさらりと言われた。根に持って…はなさそう? だと思うけどヒヤッとした。
ダフネー様も夫君も音楽が好きで、劇場に通うのが趣味らしい。夫君はスザンナとソフィアの歌が好きだと言ってくれた。
「歌の上手い女性が好きなのよ、今日は仕事でここに来られずとても残念がっていたわ」と笑っていた。プライベートのお偉方に平民のスザンナとソフィアを会わすのは少々不安もあるので、貴族籍を得たマリアとロージーで済んで俺としては助かった。
暫くは皆で他愛のない話をした。
ダフネー様は『ラモネ』でロージーにビビッと来たらしい。師匠バドルや養父シャムス、嫁リリエとのことなどを聞きたがった。ロージーの家族の話を興味深げに聴いていた。純粋にファンでいてくれているようだ。リリエが出産を控えている話になると妊娠中に大変だったことなどの話を色々してくれて盛り上がった。
ダフネー様の陣痛が始まったと知らせが届いて慌てて職場から駆け付けた夫君が、馬車から出る時に足を踏み外して家の壁に勢いよく頭をぶつけ、額からダラダラと血を流した状態で家に入ってきたものだからメイドが「旦那様が(何者かに)襲われたー!?!?」と勘違いして叫んで家中大騒ぎ、ダフネー様は動けないから「何事?!襲撃を受けてるの?!なんで?!」と思いながら出産した… という愉快なエピソードが出て来た。
色々な領地に公演に行った時の話や他の歌姫の話など、俺たちにしてみればもう普通のことでも外部の人にとっては新鮮だったりするから割と話題はいくらでも出て来た。
「アマデウス様と楽師たちはとても仲がよろしいようで、応援している側としても嬉しいですわね」
「…仲が良くないところがあるんです?」
「噂だとカーセル伯のところはギスギスしているって聞きますわ。カーセル伯に気に入られる為に演者や歌手が互いに蹴落とそうと争っているとかで…」
「おやまあ。……ロールベル様はカーセル伯爵家のシルシオン嬢と交流があったとお聞きしたのですけれど、今も?」
ダフネー様がカーセル家の話題を出してくれたので自然に尋ねることが出来た。
「昔は…シオンちゃんがお披露目を終えた後くらいから数年は親しくしていたのですが、今はもうほとんど。わたくしが伯母様と親しくするようになってからは距離を取ってしまうようになったのです。カーセル家はパシエンテ派ですから、わたくしと親しくすることでシレンツィオ派と通じていると疑われることを恐れたのではないかと。
わたくしとしては『派閥をそこまで気にすることないのに』と当時不満に思いましたが……彼女、第二夫人の子で、父からも母からもあんまり大事にされていない様子だったので、派閥の上の方の伝手でもないと良い職も縁談も得られないという焦燥があったのかもしれない……と今では気の毒に思います」
そう言ってロールベル様は寂し気に目を伏せた。
シレンツィオ派であるルバート侯爵家のダフネー様とロールベル様が親しくなったからという理由で距離を取った……?
「…ダフネー様とロールベル様は元々そんなに親しくなかったのですか?」
「ええ、だって伯母様ってちょっとお顔が怖そうでしょう? 小さい頃は疎遠だったのです」
「まあっ失礼ね、こんなに朗らかな人間を捕まえて」
軽口を叩いて気楽に笑い合う伯母と姪。確かにダフネー様は一見厳しそうに見えるが、話してみると気さくな人だった。
「アマデウス様の楽譜をお互いに買っていることがわかってから仲良くなったのです。ふふ、伯母様とわたくしが仲良くなれたのはアマデウス様のおかげですわね」
…シルシオン嬢とロールベル嬢の関係が変化したのは案の定俺(の音楽)の影響か~~……。
ネレウス様のジト目を思い出して申し訳なく思った。