軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

来訪者

【Side:コンスタンツェ】

違法媚薬を使ってアナスタシア王女が迫った事件についてアマデウス様に報告する場に、私はいた。何故か。

いつもの定期報告の後、ネレウス様に付いてくるよう言われたのだ。

事件の内容と犯人は前回の時に教えてもらったが、どういう沙汰になったのかはまだ詳しくは知らない。

捕まった表向きの理由は『ヤークート様が違法薬物を使用・売買した』ということになる予定のようだ。

隠蔽やら役職の配置換えなどに尽力したユリウス様は憔悴していた。人前では平気そうに振る舞ってはいたが、二人になった時は酷く落ち込んだ様子を見せた。まあ、抱き締め合った時にお尻を散々揉んでいったから案外元気だとは思うけど。

私もヤークート様と多少は交流があったから悲しく思う気持ちがある。

アマデウス様が監獄送りにしないでくれて正直ホッとした。

ネレウス様、沙汰を個別に伝えると面倒だからまとめて教えてくれるのかな? でもアマデウス様には何でこいついるんだ? と思われるんじゃないかしら…と思っていたら。

「君は、誰だ?」

ネレウス様がそんなことを言い出した。

アマデウス様はきょとんとして沈黙し、じわじわと困惑顔に。そりゃそうだ。

「―――僕は、アマデウスを知っている。

何度も何度も、予知で見て来た。剣術くらいしか周りにまともに教えてもらえなかった哀れな男で、女好きで、勤勉とは言えなかったが、性根はひねくれていなかった。ジュリエッタの求婚を受けたとしても己は結局別の女を愛してしまうから、ジュリエッタも自分も幸福にはなれないとよくよく理解していた。

どんなに利点があってもジュリエッタを選ばない、アマデウスはそういう男だった。…アマデウスは、ジュリエッタとの婚約を維持するために自傷なんて、絶対に、しないんだ」

予知能力者の王子はぴっと人差し指をアマデウス様に向けた。

「君は…君の中身は、アマデウスではない。そうとしか思えない」

…ええええええ??? それってつまり…?

「じゃ、じゃあ、アマデウス様が異界からの来訪者だっていうんですか? バドル翁じゃなく?」

「え? バドルが何ですって…?」

つい口を出した私の言葉に、アマデウス様が首を傾げる。

「君、“黒い箱”について把握してるか?」

「黒い箱? …神話の?」

「…おそらくは神界からきた者だから色々知っているかと思っていたが、そういう訳でもないのか…」

ネレウス様は少しだけ考える素振りをした後“黒い箱”と聖女について話し始めた。

いいのかな、王家にだけ伝わる機密事項の筈だが…。でも本物の聖女であるジュリエッタ様の婚約者なんだし、ネレウス様は異界からの来訪者だと確信しているみたいだし、いいのか。

それに今回の事件も実は聖女と無関係の話ではない。

宰相は『聖女であるジュリエッタ様』をユリウス殿下に嫁がせたかったのだ。だからヤークート様にそれを命じた。その企みから生じたいざこざにアマデウス様は巻き込まれたのだから。

数十年ごとに現れ、災いを生む“黒い箱”。それを封印する、予言者と聖女という存在。

「今回の予言者が僕。封印の聖女がジュリエッタ・シレンツィオだ。…それは知っていたようだな。何故だ?」

黒い箱の話は目を白黒させながら聞いていた彼が、聖女がジュリエッタ様と言った時は驚かなかった…らしい。表情をよく観察していればわかる、と言われたが私にはわからなかった。

「…えーっと」

アマデウス様曰く、シレンツィオ公爵家に長く勤めていた治癒師が、古い文献と昔の留学の記憶とを照らし合わせた結果の推論だった。

「…なるほど。そもそも聖女の存在自体は秘匿していないし、特徴が後世に伝えられていても不思議ではない。ジュリエッタが魔力測定で聖女だと判明しなかった理由はそれか。シレンツィオ公が何かしたな…」

アマデウス様と婚約しなかった場合も、シレンツィオ公はジュリエッタ様を聖女と判明しないように画策したということ。娘が聖女という理由だけで王家に、望まぬ人に嫁ぐことをよしとしなかったのか、跡継ぎとして育てた娘を取られることの懸念か、外見に劣等感を持つ娘がこれ以上徒に注目されることを嫌ったか…まあ、色々考えられる。

「あの~…それで、『異界からの来訪者』っていうのはなんなんです?」

現在、予知と全然違う様相を呈していること。その要因が“異界からの来訪者”と思われることの説明、了。

「つまり、この世界に異物が現れたから予知が上手くいかない…ということで?」

アマデウス様は難しい顔をしている。こんな話聞かされても困るわよね。

「そういうことだ」

「…その“来訪者”を見つけたら…どうするんですか? そいつを消せば歴史は正しい方向に行くとか…?」

いやいや、そんな……いや、そうなのかな、もしや? とネレウス様に視線をやると呆れたような目で見られた。

「神界から来た者を消すだなんて罰当たりな真似を神殿が許す訳がないだろう」

「ああ、確かに…」

異界とはすなわち神の世界のようなものと考えられている。来訪者は神に連なる、特別な存在。封印や未来のことについて知っていることがあるなら協力を仰ぎたいだけで、敵対などという発想は基本的にないそうである。

「いや…神界じゃないんですよね…」

「え?」

「普通の、異世界ですよ。普通の異世界って何か変な言い方だけど…人間の世界です。神の世界ではないと思います…うん、多分」

「…うん?」

アマデウス様は片手を口元にあて、困ったように目を泳がせながら言った。

「私ですね、はい…。異界からの来訪者……」

「えっ? ……は?」

※※※

アマデウス様の出す楽譜は、異界のもので間違いなかった。バドル翁が集めてきたという建前にしただけ。

薬草の栽培に手を出していたのは、バドル翁から未来の話を聞いたからという予想を立てていたが…ジュリエッタ様が聖女であるという推論を聞いて立てた案だったらしい。歴史を振り返ると聖女と疫病はセットだから。封印が上手くいった時は聖女がそこまで有名にならないだけなんだけど。

薬草を栽培して備蓄し領主認定の販売店を作るという案を周囲と相談して出した。

それを姉君のマルガリータ様が引き継いで計画を詰めている。私が自領でも是非取り入れたいと思ってマルガリータ様にお話を聞きに行ったら、「教えてやる義理は無いわ。知りたいのなら勝手に付いてきなさい」と言われて書類整理させられたり王立研究所に荷物持ちとして同行したりした。

マルガリータ様は、教えてなんかやらないわよ という姿勢を崩さないが、書類の整理は私にそれを見せてくれるためだし荷物持ちとは言いつつ私にも研究所を見学させてくれようとしているのはわかった。

素直に親切に出来ない性質なのか恩を着せないようにしてくれてるのかわからないが、良い人だ。感謝している。態度は無駄に高飛車でちょっと面倒くさいけど。

「でも…アマデウス様はもともとこの世界に存在した人でしょう?」

私は?で頭の中が大半だが、ネレウス様はしたり顔だった。

「異界から肉体を伴って来るとは限らなかったということだ。思い至らなかったが…魂だけが来た。そういうことなのだろう」

アマデウス様はこことは明らかに異なる別の世界で生きていた記憶があるという。

その世界では体が弱く、17で死んで、気付いたらこちらで生まれていたらしい。

「魂…魂ってあるんだ。本当に…」

「こちらでは魂が巡るって考え方はないそうですね。…元々の“アマデウス”の魂が何処に行ってしまったのかと考えたことはあります。でもその辺は常人には知り得ないことなんでしょう。もしかすると、私がいた地球に行ったのかも、なんて…あ、でもそれはちょっと酷かな…」

「酷? …厳しい世界だったんですか?」

私がそう訊くと彼は変な味のものを食べたような表情になった。

「いや、あー、こちらの記憶が消えてたら問題ないでしょうが…そうそう、向こうの世界とこちらの世界で決定的に異なるところの説明をまだしていませんでしたね…」

「文化や文明の違いではないのか?」

「それも無くはないんですが、もっと目立つものがありました。…美醜観、というか…」

「……なるほど、そうか。君がジュリエッタを好いているのは其処に起因するということか」

「美醜観…?」

「美しさの基準というものは文化や時代に左右される。古代には髪が長いほど美しいとされたり、首が長いほど美しいとされる国もあったという」

「首…?! …あ、あぁ! アマデウス様のいた世界の基準では、ジュリエッタ様は美人の条件に当て嵌まる…ってこと?!」

理解した―ッ!! …という高揚感でびしっと指を突きつけてしまった。あまり行儀の良い振る舞いとはいえない、反省。アマデウス様は特に気を悪くした様子はなかったが、神妙な顔で答えた。

「そうなんですが…少し違います」

「違った!」

恥ずかしい。

「あの…ここだけの話にしてほしいんですがよろしいですか? 私が異界から来たってことも」

「ああ、変な目で見られるだけだろうからな…口外はしない」

「あ、はい、大丈夫です」

頼まれずとも『あの人異世界から来たんだよ!』なんて言えない。狂ったと思われてしまう。

小さく息を吸って吐いた彼はカップを持ち上げ、視線を紅茶の水面に落としながら口を開いた。

「私には…ジュリ様だけでなく、特に条件とかもなく、この世界の人間全員が美形に見えます」

沈黙が下りた部屋は静かだった。窓の外、遠くで微かに鳥が鳴く声が耳に届く。

私は思わず笑ってしまいそうになったが、ふざけているようには見えなかったので堪えた。

「……全員?」

「もれなく、全員です」

「ジュリエッタ様も…私も?」

「はい」

「えっっっ、私美人? 化粧しなくても?!」

「失礼を承知で言いますが化粧しても大して変わったように見えません」

「はぁ~〜!?!?! 何ですってぇ!?」

「うるさい、怒るなコンスタンツェ、煽っている訳ではないのだ」

「そ、そうだ、失礼しました…元から美人だからそんなに変わらないってこと、です…もんね?」

「そうですそうです。…未だにピンと来ないんですけど、こちらの美醜って顔にそばかすや黒子、吹き出物の痕があるかどうかで決まってますよね? あと、金髪や金眼がより格上の条件…。それに気付くまで結構かかりました。12年くらい」

「12年も?!」

「だって誰にも相談出来なかったので…異常者だとはなるべく思われたくないじゃないですか」

「え、待って、っていうことは顔にそばかすがあっても美人なんですか? そのチキュウでは」

「そばかすは…多少野暮ったい印象にはなり得ますけど…美を損なう条件とまではならないかと。黒子は規格外に大きいとかでなければほとんど問題にならないと思いますね。むしろ、目元にある黒子は好印象です」

「な、なんで?!」

「色っぽいから…?」

「何で黒子が色っぽいの???」

「なんでと言われると…なんでだろう。そばかすも、牧歌的というか純粋? な雰囲気で好印象を持つ人もいると思いますが、何でと言われると……うーん、メディアの影響……?」

わ、わからない。何を言ってるんだ。

でも感覚の断絶があるということは理解出来た。美的感覚が決定的に違うのだ。

価値観の違い。ネレウス様がいつか言っていた、来訪者が私たちと決定的に違うところというのがこれなのだ。

「じゃあ、ジュリエッタ様の痣も恐ろしくないんです…?」

「私は正直結構…綺麗だと思うんですよね。芸術的な模様というか…目立つ痣が乗っかっていると思うだけで、恐ろしいとは思ったことありません。こちらの価値観としても、あの痣が無ければ綺麗な御顔だと思いませんか?」

「…痣が無ければそれはそうだが。痣があるのが問題だろう」

ネレウス様も珍しく“よくわからん”という顔をしている。

「顔が変形してる訳でも無し、姿形が美形なら美形でしょう? …というのが私の感覚なんですが」

「つまり…君のいた世界では肌の上にそばかすや黒子、痣があっても基本的には顔形で美しいと判断される。もっと醜い者が大多数存在する…ということか。なるほど、こちらの価値観が残っていたら酷な世界だ」

た、確かに酷かも…。美形に見える人がほとんど存在しないかもしれないのだ。地味に恐ろしい。

「そこで生まれ育てばそんなに酷い世界って訳でもないと思いますけどね…個人的には、暮らしやすさでいえば前の世界の社会が上でしたよ。私の生まれた周囲の環境が良かったこともあるでしょうが」

戦々恐々とした私たちを見てアマデウス様は苦笑した。