軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ネレウスの遊戯

王女殿下のお茶会。途中までは順調だった。

予想外だったのは服に飲み物をかけるというベタな嫌がらせ ――と言っても上位貴族の主催の会には魔法でシミ抜き出来る給仕が待機しているものなので、着替えも必要ないし割とすぐに戻って来れるけど――― でジュリ様が退席した間に王女に軽く迫られたくらい。バルコニーに部屋からの死角があることに気付いてドロシー嬢を巻き込んだ判断は我ながら正しかった。めちゃくちゃ困ってたみたいでちょっと気の毒には思う。ちょっとだけ。

つーか男女逆で考えたらかなり怖いからなこの行為。俺が相手よりでかい男だからヒヤッとしたくらいで済んでるけど。もうちょい権力を持つ存在であることを自負してほしいもんだ。

王女殿下…何かよくわからん。

俺とジュリ様のラブラブな様子をあんだけ見といて何故あそこで俺が慰めると思ったのだろうか…。

…いや、すごーく単純な話なんだろうか。貴き美少女であるが故に、近くの人間に慰めてもらえないなんてことが今までなかったのだろうか? 他人の婚約者でも例外ではないと?

お披露目前後の子供だったら許せるくらいの幼稚な思考回路だと思うが、そうなのかもなぁ……。

ロレンス様には廊下で詰問されたが王女殿下がその場にいない貴重な機会、言いたいことを言わせてもらった。

あんたが口説いてないのが全部…悪いんだぜ! くらいの勢いで言い返せて結構スッキリ。

いなかった間の報告がてら少し息を抜こうとジュリ様をバルコニーに誘った。特に理由なく肩を抱き寄せたり髪を触ったりしてもいい時間であることはこのお茶会の唯一良い所である。

一通り話すと「…抱き着かれたというとどこか触られたのですか?」と拗ねたように見上げられた。女子じゃないしそんなに気にしてなかったが、「まあ…この辺り?」と胸から下を大ざっぱに示すと、不満そうに唇を少し尖らせている。

柔らかそうな、赤みがかったピンクの唇。あーあー、今はキス出来ないのにあざといお顔を…と思ってたら「少し屈んで下さいませ」と言われる。ここじゃ必要ないのに内緒話?と思ったら首に腕を回された。性急に唇が唇に当たる。

驚いてなすがままになっていたが、数秒で離れた。

「……口付けはダメだって仰ってたのに」

「…負けっぱなしでは、悔しいですから…」

俺はニヤニヤしてしまいながら、大胆な真似をしたのに恥ずかしそうな様子の彼女を柱の裏、部屋からの死角に連れ込んだ。見せつけはさっきので充分だろう。

「私からしてみれば、ジュリ様が負けてたこと無いんですけどね」

『○○しか勝たん』って言い回し、こういう時に使うんだなと心で理解する。ジュリ様しか勝たん。

「! も、もう…お上手でいらっしゃるんですから…」

照れた様子のジュリ様とキスしたり抱き締め合ってイチャイチャしてから部屋に戻ることにした。あんまり長くてももしかしたら誰かが迎えに来てしまうかもしれないので数分に抑えるけど。

そんなこんなで部屋に戻ると、王女殿下はおらず激昂したロレンス様に決闘を申し込まれて、それをジュリ様が煽りながら受けようとしてめちゃくちゃ狼狽えたが、そんな時ネレウス殿下が素知らぬ顔で闖入してきた。

後ろの方に止めようとしたが止められなかったらしき困った顔の騎士や給仕が見えるから紛れもなく闖入だ。王族だから断り切れなかったのだろう。

「ネレウス殿下…!?」

「外で多少聞かせてもらったが。ロレンス、君は姉上に社交をさせないつもりか?」

「…え?」

ネレウス殿下は真顔でロレンス様を見据えた。

「姉上が君に嫁いだと仮定して。茶会夜会に限らず、仕事でも公爵夫妻が同席する機会は少なくないと予想出来る。重要な会に公爵夫妻が参加しないなどとなれば調整に国全体が迷惑被るだろう。そうなると、取り決めを守る為には自然と姉上がその場に出席しない方が簡単になる。姉上を辺境に閉じ込めておく方が楽になる。それが狙いなのなら悪くないやり方だが」

「そ、そんなことは決して考えておりません!」

「それならば、『二度と現れるな』などと実現困難な要求にすべきではない。『個人として交流するな』程度の接触厳禁に留めるのがいいだろう」

淡々としたネレウス殿下の物言いにその場の空気が落ち着いてくる。

確かに、公爵夫になれば俺がシレンツィオの社交の顔だ。爵位持ちの配偶者に社交はマスト。というか主な仕事と言ってもいいくらいの重要度である。社交が好きじゃない人は、第二夫・第二夫人あたりに落ち着いた方が後継者を作らなきゃというプレッシャーも薄めだし気楽だという考え方もある。

「力を持つ者こそ、力で押さえ付けることに慎重であるべきだ。違うか? ロレンス」

「……浅はかな言動をお許し頂きたい」

ロレンス様はばつが悪そうにネレウス殿下に頭を下げた。権力に自覚的、大事。ネレウス殿下の好感度が上がった。うちのジークを誑かしてることは許してないけど。

「しかし、今の言葉は飛去来器だな。僕はもう辺境伯と同じくらいの格であるのに」

飛去来器とはブーメランのことである。

「ロレンスも一方的に物を言われたくなかろう。そこで一つ、ゲームでもしよう」

ネレウス殿下は徐に懐から何か取り出した。

それはサイコロだった。5つある。

サイコロは地球と同じで、六面体。反面と合わせると7になるように点で数字が打たれている。

木製のコップを持ってくるように給仕に言って、ネレウス殿下はゲームの説明をした。

サイコロを二つ、器の中で転がして置き、出た数字の合計が奇数になるか偶数になるかを当てる。

10回やって多く当てた人の勝ち。同点で勝敗が決まらなければ5回ずつ追加することにする。

奇数か偶数かの予想は手に持ったサイコロをせーので1か2で出す。他の人の後追いは出来ない。

漫画で見たことある博打の丁半ってやつっぽい。

「僕と、ロレンスと、アマデウス。一番多く当てた者が、二人に一つずつ命令出来る。これで禍根は無しとせよ」

ネレウス殿下も臣籍降下した身として、同じ格の相手に圧力をかけたと思われたくないらしい。王族なんだから気にしないでも良さそうなものだが、後々家同士の関係に溝でも出来たら確かに嫌だしな。

決闘は諦めてゲームで勝敗を決めろと。俺としては逆らう理由はない。無用な争いをジュリ様にさせるのは気が進まないし。いやジュリ様はロレンス様をぶちのめしたかったのかノリノリだったけども。

「…承知致しました」

負けてロレンス様に命令されるにしても、今の流れだと『王女殿下と個人的な交流を禁ずる』になりそうだしそれは全然構わない。むしろ望む所である。

ネレウス殿下から命令される場合、は…予想つかないからこわいけど。でもそんな無茶は言われないだろう、ここで無茶振りしたらさっきの“力で押さえ付けるのは慎重に云々”の下り何だったの? ってなるし。

俺に続いて「…異論ありません」とロレンス様が答えた。

器を振る者を誰か君らが選べ、とネレウス殿下が言って、ロレンス様がカーティス殿を指名。

えっ!? ヤだな…でも仕方ない…という顔をしながらしぶしぶ引き受けていた。

「全部のサイコロを触って振って、怪しいところがないか確かめておきたまえ」と言われる。

俺とロレンス様はサイコロを眺めたが仕掛けなどはなさそうに見える。軽くて角が丸くなく、黒い点が描かれた簡素な木製。王族が持つ物にしては安物っぽい。数回転がしてみたが普通だと思う。詳しくないから仕掛けがあっても気付けるかどうか怪しいが。

「…彼に見てもらっても構いませんか?」

勿論、と返されたので俺はディネロ先輩に見てもらうことにした。

ディネロ先輩は突然振ったにも関わらずすぐに頷いてサイコロを手に取り、掌で転がしたり摘まんでじっくり眺めたりした。目利きの眼光である。本当いつも頼りになるな先輩は。

「…重みも、塗料にも不可解な部分は無し…仕掛けは無い筈。…です」

彼がそう言うなら、と皆納得した顔になる。お茶の味利き等によって先輩の感覚には信用が置かれたのだ。

大分単純なルールにしてあるし、運ゲーだと思っていいだろう。確率とかあるんだろうけど知らん。

別に二人に命令したいこととかも無いけど…それは運良く勝った時考えるか。

※※※

―――――――結果。

俺が当てたのは、4回。完全に勘だしそんなもんだろう。博打は向いてないな…。

ロレンス様は7回当ててみせた。

だがしかし。ネレウス殿下は――――9回当てた。

イカサマじゃねえの????? …とはその場の全員思ってたと思う。

でも証拠はない。始める前に色々確認させてもらったし、一応挙動をよく見ていたつもりだが特に怪しい動きなどもなかった。カーティス殿が実はネレウス殿下の手の者の凄腕賭博師だった…というのも考え辛い。巧妙な魔法とか…いや、魔法を使うと手や体が多少光るものだからこの場では魔法は使ってない。周囲に光ってた人もいない。

外した一回は9回目だった。今になると(全部当てたら流石に変だから一回外しとくか)みたいなノリに感じる。

平然とした顔も、自分が勝つと知っていたかのよう。

疑いは持ちつつも負けを認めざるを得ない。

完敗である。

「僕の勝ちでいいな。さて、何を命じるか」

口角を少し上げた顔は、綺麗だからこそめっちゃ悪そうに見えた。