作品タイトル不明
絵姿
録音円盤再生機は国中の貴族が購入したのではないかと言われるほど売れた。
貴族は新しい物は手に入れたがるし、高値過ぎるほどではない価格にしたおかげで買わないとよほど家計が苦しいのかと侮られる風潮が出来てしまったのが追い風になった。
裕福な平民にもよく売れて、邸宅でパーティーを開いて再生機と録音円盤を見せびらかして自慢したり、見物料を取って自宅で公開する者なども現れた。おかげで平民たちにも録音円盤の存在が知れ渡り、俺の名前もやたら有名になったらしい。
『恋に浮かれる』演奏会で発表した曲も次々円盤にして販売した。
新しい曲も選定して練習し、円盤に録音して売り出してから演奏会、という順番にすることになった。CDを出す→ライブである。知ってる曲の方が盛り上がりやすいし生演奏との違いも楽しめるしな。勿論ライブで新曲発表するのも良いけども。
そして解説書…ライナーノーツ、もしくはブックレット。を、作り始めた。
レコードやCDに付属する、楽曲の歌詞や解説文が載っている冊子だ。
俺はそれを読むのが好きだったので作りたいと思っていた。この国の印刷技術はまだ浸透しているとまではいかないが、徐々に盛んになってきていた。カラー印刷は版画のような感じで少しだけ出来るっぽい。付属させるにはまだそれ自体がお高くなりそうなので、別売りにしようと思っている。
楽曲の説明・解説文はバドルやラナドに任せた。歌い手と話し合いつつ俺の元の歌詞から推測出来る範囲で書いてもらう。
歌詞、解説文、歌い手の肖像(上半身)を画家に依頼してその元絵を銅版画に起こし、少なめの何色かに絞って染める。円盤と同じ大きさになる折り畳んだ一枚に収めたいと思っている。
自分の絵を見て歌い手たちは感動していた。印刷の試作品をあげると大層喜んだ。
ロージーは「少し良い男に描かれ過ぎではないでしょうか」と言ってたが満更でもないようだった。全員化粧して衣装もばっちり決めた状態でモデルになったためそばかすやクマは描かれてないからな。
マリアは「自分の墓に一緒に入れてもらいたいです」と真面目な顔で言った。そんなに感動したんだ…と思ったら手に持っていたのはソフィアの絵だった。ソフィアと交換したらしい。ソフィアはマリアの絵をうっとりと眺めていた。仲が良いことで。
スザンナは「ワタクシが死んだらレクスにあげます。顔を忘れないでいてもらえる」とにこにこして言った。
「この画家は良い腕ですね、少し高いが今度頼もうかな…」とラナドが呟いた。結婚した時記念に夫婦揃って肖像画を描いてもらったらしいがそれ以来描いてもらってないので、息子と一緒に描いてもらおうか、と。
バドルの絵もこれから何かに使うかもしれないので描いてもらった。印刷した試作品を見て「こんな立派に描いてもらえる日が来るとは、人生とは何が起きるかわからないものです…」と微笑んだ。
思いの外皆の感想が重め。
そうか、写真とか無いから会えない人の容貌は薄れていってしまうのだ。貴族は腕の良い画家に依頼して肖像を残したりも出来るが、画家も絵の具もお安い物ではないので中流までの平民には難しい。人の顔は記憶頼りだ。どんなに忘れないと思っていても人間は忘れていく生き物である。
俺も地球にいた時の家族、友人の顔…まだ忘れていないが、薄れてはいる。もうハッキリとは思い出せない顔もある。絵に描けと言われても無理だと思う。でも憶えていられるだけ憶えていたい。
「そういえば、デウス様は描いてもらわないのですか? 欲しいのですが…」
ラナドが期待を含めた目でそう尋ねてきた。
「え、私? …そういえば、『小夜曲』の解説書に付けるのに要るか」
俺が学院に行ってる間に皆を描いてもらったのだが、自分のことをすっかり忘れていた。
「御自分の予定をお決めにならないので嫌なのかと思っていましたが、忘れていらっしゃっただけですか?」とポーターに呆れた顔をされた。
「忘れてた…別に嫌じゃないけど」
暫くじっとしていなければならないので子供は絵に描かれるのが嫌い、というのが割と一般的なイメージらしい。
すぐに予定を組まれ、描かれることが決まった。
…俺もジュリ様の絵、欲しいな。
※※※
「それでは、その解説書を買えばデウス様の御姿が家でも拝見出来るのですね…? 発売が待ち遠しいです」
「…ジュリ様の肖像、私も欲しいんですけど、絵に描かれる御予定あったりします?」
放課後の教室。解説書を作っている話の延長で訊いてみた。
化粧していれば画家が失神することはないにせよ、容姿に自信はないだろうしジュリ様は絵に描かれるのは嫌かもしれない。
でも俺も思春期なので好きな子の写真(絵)を部屋で眺めてドキドキニヤニヤしたりしたい(前世でやったことはないが漫画か小説でそういう描写みたことある)。…妄想も捗るし…。
ジュリ様は驚いた顔で固まった。一緒にいたカリーナ様とプリムラ様もぴたっと止まった。センシティブなことを言ってしまったかもしれない。でも欲しいもんは欲しいのでダメ元でも口に出しておく。
「勿論、ジュリ様がお嫌でしたら無理にとは言えませんが…欲しいと思ってることは知っていて頂こうと思って」
「は、はい…」
「私たちこれから成長するでしょう、今の年齢のジュリ様のお姿が絵に残っていたら将来懐かしく振り返ったり出来ますし。お小さい頃のジュリ様も見られるものなら見たかったですし…絶対可愛いし…」
「か、かわいくは…なかったですが…そっ、そうですか。お察しでしょうが、絵に描いてもらったことはないのです。気も進みませんでしたし…でも、その、デウス様のお願いでしたら…」
「…いいんですか?」
「検討、致します…」
「是非前向きにご検討下さい」
期待に突き動かされぎゅっと彼女の両手を握って懇願するように見つめると真っ赤になってしまった。最近は距離が近いのにも結構慣れてここまで赤面するのは珍しくなってきた。この可愛い初心な反応も写真に撮って残しておけたらいいのになとニマニマしてしまう。脳みそに焼き付けておく。
「近い近い、ここは教室教室!」
と赤くなったカリーナ様に引っぺがされた。
※※※
絵に描かれる日。
画家のサビア氏は50代くらいの愛想の良い紳士だった。じっとしておくのも暇なので背もたれのある椅子に腰かけてリュープで曲を練習しながら待ち、描いてもらった。絵の具の溶き油のツンとしたにおいが部屋にこもり、少し顔を顰めたメイドが窓を開けた。でもこのにおい、俺はそんなに嫌いではない。
絵画といえば…と思って選曲したのはムソルグスキー作曲『展覧会の絵』。
若くして亡くなった友人画家の展覧会の絵に触発されて作ったとされている曲。有名なフレーズが沢山ありオーケストラ版が有名になったが、元はピアノ組曲。難易度高めで長くて疲れる。練習なのであまり気負わず気楽に弾いた。
歌い手たちは斜め45度くらいでどこかを見つめているところを描かれていたが、俺は目線が手元に行っている。薄く微笑んだ顔に上半身、リュープを弾く手。音楽家っぽくて良い。
印刷版は色の種類が限られるので髪と服の黒い部分だけ着色されるが、元絵は油絵フルカラーだ。
「実に素敵です。ありがとうございました」
「恐縮です。こちらこそ、御礼申し上げます。音楽を聴かせて頂きながら秀麗な神童を描くというのは、実に得難い経験でございました」
と深々と礼をされた。
秀麗だなんてお上手ですね……ん? ……神童…???
この後知ったがどうやら社交界で俺は『神童』と呼ばれ始めたらしい。
そんなモーツァルトを思い起こす渾名は恐れ多いというか、買い被りだから正直やめてほしい。冷汗が出る。
まあ『音楽神の愛し子』とか呼ばれといて今更、ではあるんだけども…。
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【コーネリアス・サビア画『アマデウス・スカルラット伯爵令息』世界暦497年
・制作地:スカルラット伯爵邸
・所蔵:国際シレンツィエルロ音楽院
・画材:油絵/サイズ90×60メンチ
・備考:アマデウス・シレンツィオ(※婿入り前のため姓はスカルラット)の肖像。当時14歳。同年発表・発売した録音円盤の解説書に印刷された版画の元絵。現存するアマデウスの肖像画として一番古く、サビアの子孫が行った723年の競売にて400万ミーロで落札された。】
(ウラドリーニ教育舎出版・『上等大学校 音楽の教科書・上』より)