軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

幻覚

準備万端で迎えたと思った演奏会当日。異変が起きたのは開場の40分前。

「…マリア? しっかりしろ! どうした?」

ロージーの声が聞こえた。劇場の舞台の前、リハーサルも終えて体を休めたり最終確認をしたりと各々過ごしていたところ。マリアと踊り子が集まっていた所が何やらざわついている。

「――――――い、今、そこに…ど、どうして、……」

「おい? 具合が悪いのか?」

「ひっ…!」

マリアがロージーの手を払って怯えたような顔をした。足元がふらついている。

「っ、ち、近寄らないで………なんで、ここにリーマス様が…」

…様子がおかしい。赤い顔で微かに震え、汗をかいている。

「マリアさん? 大丈夫ですか?」

ソフィアが声をかけるとマリアはびくりと驚いたように後退って、口を片手で覆う。

「っ…! ソ、ソフィア、みっ見ないで…あ、あなたにだけは、見られたくない…こんな」

「えっ…」

一瞬傷付いた顔を浮かべたが、ソフィアはぐっとマリアに駆け寄ってスカートを前に広げる。その二秒後にマリアが嘔吐した。

「うっ…げほっ…あ、…う…」

「まだ気持ち悪いですか? 全部出しちゃってください! 大丈夫ですから」

ソフィアが躊躇なくスカートで全部受け止めていた。流石小さい子や貧しいお年寄りなんかの世話を普段からしている人は違う。素直に尊敬する。

「っバドル! シャムスは今家?!」

「いいえ、ここの救護室にもうおります!」

「呼んで参ります!」

ポーターが走ってくれる。今回も客が倒れたりした場合の救護役の一人として来てくれることになっていたのだ。他の治癒師はまだだがシャムスはバドルと一緒に既に来ていて助かった。

スザンナに支えられ座り込んだマリアは吐いてすっきりしたようには見えない。目がどこか虚ろで手が震えている。

「どうしたんだい、今朝は何ともなかったのに…!」

「食あたり? でもロージーもスザンナも同じ物食べてるよね?」

「はい…あっ! そういえば少し前に…」

シャムスが駆けつけて来たのと同時に、「ザーラ!! あんた…何か入れたの!?」と声がした。若い踊り子の胸倉を掴んで怒りの形相を浮かべるリリエさんが見える。

「リリエ…? 何か入れたって…もしかして差し入れの飲み物に?」

「今ザーラが『なんでマリア様の方が』って小さい声で言ったの!! 言ったわよね!!」

二時間程前に踊り子たちが町で大きい瓶のジュースを買ってきて、『恋』をやる面子皆で飲んだらしい。

ザーラという子がコップに入れたそれをリリエに渡し、リリエが飲もうとしたところシイア夫人とマリアに踊りの立ち位置の確認に呼ばれた。話を終えて、「それ何?」と訊かれたリリエはそのコップをどうぞとマリアにあげて、シイア夫人と自分にもと別のコップを取りに行ったと言う。

「毒を入れたの!?」

「ど、毒なんて入れてないわ!! 毒じゃない!!」

「毒でないとすると…モルメスか?」

マリアを診察しながらシャムスが会話に割り入った。モルメス、という単語を聞いたザーラは硬直した。これは図星だろう。リリエさんがさっと顔を青くした。

「モルメス…?」

他の皆はその単語を聞いてもぴんと来ていない。俺はどこかでその字面を見たことがあるような気が―――

「っあ! ……香辛料!?」

そうだ、植物の図鑑で見たんだ。

「はい。異国のものでウラドリーニではあまり流通していない為、ほとんど知られていないでしょう。なるほど…」

シャムスがぶつぶつと治癒の術式を唱えてマリアの喉から腹辺りに手をかざしていく。

「でも何で香辛料でこんな…」

「…モルメスは、ほんの少ししか一度に食べたらダメなんです。ほんの少しなら体に良いけど、多めに取ったら具合が悪くなるから、量には気を付けなきゃいけないって…」

青くなったリリエさんが小さい声で説明した。彼女が薬草や野草について訊きまわっていた時に一緒にそれを聞いたザーラが、リリエさんにこれを盛ろうとしたってことか?

「どっ毒を盛るなんてそんな、馬鹿なことしないわ! ちょっと具合が悪くなって本番に出られなくなればいいと思っただけで…!! それにマリア様にじゃない、リリエ先輩に渡したのに! 何で飲んでないの!?」

ザーラはマリアに盛るつもりはなかったと弁解したいらしく、気が動転しているのもあってリリエを狙ったと自白した。

「―――モルメスは一度に取っていいのは5メラムまで、それ以上の量を取ると嘔気、腹痛、幻覚、痙攣や麻痺などの中毒症状。耐性には個人差がある。酷い時は死に至る例も確認されている」

マリアへの処置を終えたらしいシャムスの、怒りを含んだ声が通る。

「えっ…!?」

「死っ……」

何か、地球にもそういう感じのやつあったなぁ! 確か…ナツメグ? 致死量がある要注意香辛料。量を誤って病院に運ばれたってニュースがあった。

「マリアは耐性があまり高くなかった。…私がいなかったら危なかったかもしれません」

「…その子を捕らえて」

俺の言葉を受けた女騎士セレナが素早くザーラの腕を後ろに回して捕まえた。

「う、嘘よ、死ぬかもなんて聞いてない!! 知らなかった!!」

「知らなかったで済む訳ないでしょ馬鹿!!」

「あ、あ、あんたがブスのくせに特別扱いされてるからいけないのよ!! おかしいじゃない!! 私の方が美人なのに、なんで皆あんたを…!! 本番に出られない役立たずなら貴族との結婚だって流れたはずなのに!!」

真っ直ぐ恨み言を吐き出すザーラにリリエさんが一瞬怯むと、

「はぁ!!?? 流すかそれくらいのことで!!!」

ロージーの荒くれ者部分が久しぶりに顔を出し、リリエさんが泣きそうな顔で頬を染めた。

ザーラはそんなつもりじゃなかったと泣き喚いたが、セレナとゲイルによって騎士団の詰め所に連行。

狙ったのは別人でも、貴族籍のマリアに危害を加えたのだ。ひとまずは牢に入れられ、後にさくっと死刑かもしれない…。でも殺意はなかったんだから情状酌量の余地はある、か…? でもシャムスは許さなそうだし許せとも言えんな…。

苦い顔になるが、後でまた考えよう。今はマリアだ。

苦しげだったマリアの赤い顔は普通に戻り、シャムスの治療が効いたようで、支えられながらなら歩けたし救護室で横になる。汗ばんではいるけれど呼吸は普通になったように見える。

「気分はどうだい?」

「マリアさん、お水で口を濯ぎますか?」

スザンナと、汚れた衣装を修道服に着替えて駆けつけて来たソフィアが甲斐甲斐しく世話をしてくれている。ああ、ソフィアの衣装どうしよ。

「…とにかく、もう命に別状はないんだよね?」

「ええ。…しかし、舞台に出るのは難しいでしょう」

シャムスの言葉に目を見開いたマリアが「もっ、うだいじょ…うぶです、気分は…」と掠れ声で抗議する。しかしその声を聞けば確かに無理だとわかる。

「麻痺がまだ残っています」

「完全に治すことは出来ないの…?」

「一気に魔力を流し込んで症状を完治させることは可能です。一刻を争う重体の場合はそうします。しかし多量の他人の魔力を浴びると眩暈や吐き気などの体調不良が出る為、どのみち暫く安静にする必要があります。今のマリアにこれ以上魔力を流すと自然治癒の場合よりも体調不良が長引く可能性が高いです」

強い薬に副作用があるように、治癒魔法も万能ではなく。

万全に戻るには時間が足りない。

「…変わった味、だとは…思ったのに、飲ん、でしまって…、…すみません…」

「いや、マリアのせいじゃないよ。ほら、横になってな」

貴族としては確かに注意が足りなかったのかもしれない。でも狙われてたのは別人で盛られたのも毒ではなく食べ物で、手渡したのも身内になる予定の信頼してる人、ときたら……

いやもー仕方ないんじゃないか?!???!

貴族になって日が浅いしな…。今度から気を付けるってことで一つ。

横になったマリアはぎゅっと眉を寄せて、その目からは次々涙が湧いて彼女の耳を濡らした。

「……わ、わたし、…わたくしばかり、いつもご迷惑、をおかけして、…もっ、もうしわけ、ありません……」

あの気の強いマリアが泣いているのを見るのはいたたまれないものがあった。

…症状の一つに 幻覚、といったか。

さっきマリアはロージーがリーマス殿の姿に見えていたみたいだった。リーマス殿に暴力を受けていた頃の自分に戻り、そんな自分をソフィアに見られることに怯えた。

吹っ切れてるように見えてたけど、見せてたんだろうけど、やはり首を絞められたり執着された恐怖は簡単には忘れられないのだろう。

迷惑と言うか…確かにマリア周りは面倒が多かったな…。

現在進行形で俺の愛人だと誤解してる人もいるみたいだし。

つっても大体の面倒ごとはマリア本人のせいじゃない。ほぼ周りが悪い。マリアが悪いとしたら平民にしては美し過ぎた、多分それだけ。それはわかってるだろうに、やはり人は具合が悪いと気が弱って懺悔したくなるものらしい。わかるよ。俺も地球の病弱時代苦しい時はめっちゃ懺悔したし神に祈った。そのせいで転生出来たのかもしれない。

「何言ってんの、稼ぎ頭が。元気になったらまた馬車馬のように働いてもらうから、今は安静にしてなさい」

「で、も…舞台に、穴を…申し訳、なくて…」

「大人しくしてな。これは命令」

軽く彼女の肩の先を叩いて、笑って見せる。

「大丈夫、舞台に穴は作らないから」

「…それは…どう、やって…」

「……もしや」

ラナドがこんな状況なのに少し興奮した面持ちで俺を見た。

「まぁ…俺が出るしかないでしょ」

顔は笑みを作っても冷汗が出る。しかし悩んでいる時間は無い。