軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔力計

【Side:ジュリエッタ】

モデスト伯爵令嬢と揉めたことや王女殿下の好意に気付いた(リーベルト様がバラした)ことを気に病んでいるのかと思ったが、夢見が悪くて… とデウス様が言った。

デウスはひたすら困ってる様子でした―――とリーベルト様からの言伝(プリムラが受け取った)にはあったようだけど、ルドヴィカ嬢のように性格に難有りという訳ではないし、実は心が揺れてらっしゃるんじゃないかしら…なんて不安に思っていた。でもどうやら彼の頭を悩ませていたのは王女殿下のことではないらしい。

何か隠しているような気もしたが、彼がひどく憂いているのは本当で。

どうか安心してほしいと言葉を尽くした。彼の胸の中で安心しているのは私の方だけかもしれない、そう思いながらも。

初めて「好き」ではなく「愛している」と言ってもらえた。好き、でも勿論嬉しかったけれど、愛しているという言葉は特別に響いた。私は彼に一生愛を捧げるつもりがあるけれど、それを許してもらえたような気がして。

いつもの優しく探るようなものとは違い強引で性急な口付けも。

甘くて苦しい、いつまでも味わっていたい恋の喜びだった。

帰宅すると父から夕食の誘いの言伝が届いた。

時間が合う時は一緒に食べているけれど、わざわざ言伝してくるのは珍しい。何か話があるのだろう。

夕食は共に済ませ、食後の茶を飲む。緑茶にしてもらった。デウス様に頂いたものはもっとのんびり味わいたいのでこれは自分で購入したもの。緑茶の香りは心が落ち着く。

「これが緑茶か。良い色だな」

勧めたところ初めて飲んだ父も悪くないと思っているようだった。デウス様から贈られたことは侍女から報告が行っている。味ではなく色を褒めたのは揶揄われているのだろうか。父にしては珍しい。

「はい。…彼の瞳によく似た色です」

「…そういえば、彼はマルシャン商会に白粉の調査をさせていたようだぞ。体に悪いものが入っていないか、長期利用によって体調を崩すものがないか…」

「え? 長期利用で害が出ることが…?」

「中にはあるらしい。そうとわかったものは今後マルシャン商会で取り扱わないと決まったようだ」

肌に合わなそうなものは除外したが、長く使うと体に悪い物があるかもしれないとは思い至らなかった。

化粧品はデウス様に話してからはマルシャン商会で購入している。

知らないところで彼が私の為に気を回してくれていた。嬉しくて顔がにやけてしまう。

「他の商会にも周知したり、業者にこの材料は危険性があると丁寧に通達したり…中には営業妨害かと気を悪くしているところもあるようだが…その辺りも承知の上でやっているようだな」

私が使うようになってから貴族にも興味が広がっているようだが、まだ化粧品の主な使用者は娼婦や役者だという。彼は普通の貴族なら軽んじるような存在も気にかけているのだろう。

私もそうでありたい。シレンツィオ領の民、ひいてはこの国の沢山の民が心地よく暮らせるように心を砕いていきたい。

他人の幸せを願えるのは、自分が幸せでないとなかなか難しいと思う。昔はもっと自分のことばかり考えていた気がするから。

私が自分以外にも気を回すことが出来るのは、彼のおかげだ。

「健康被害が出てからでは遅いですものね…わたくしも、これから先新商品など出たら成分の調査を依頼します。化粧品を学院に周知した身としては気を配らなければ」

「そうだな。…本題に入るが」

てっきりこの話をしたかったのかと思ったら違ったらしい。

父の侍従が私の前に木箱を二つ置き、一つを開けた。

「これは…?」

細身の銀の腕輪だった。装飾も無く単純な作り。贈り物にするには素っ気なさすぎるしおそらく違うだろう。

「お前がアマデウスと滞りなく結婚する為に必要な、魔道具だ」

…どういう意味だろう。目で続きを促す。

「お前の魔力量は、どうやらかなり多い。王家から聖女として認定されるくらいに」

「せ…聖女?まさか…」

聖女という存在が夢物語ではないことはわかっているが、どこか御伽話のように感じているのは事実だった。

そして自分がそうかもしれないなんて夢にも思ったことは無い。

「魔力量を抑える魔道具の試作品だ」

そもそも、魔力量を計る道具・魔力計は王家が管理しており仕組みは極秘である。魔力量を誤魔化す輩が出るのを防ぐ為だ。量が絶対ではないが、魔力が多ければ魔術・魔法を扱う部署では有望とされ優遇される風潮がある。そういう不正を防ぐ為にも厳重に秘されている筈。

魔力計の仕組みがわからなければこんな道具は作れまい。王家の機密を探ってまでこんな道具を作ったということは冗談でも何でもなく……

侍従が二つ目の箱を開ける。大きい懐中時計かと思ったが盤の数字の表記が時計とは異なる物が入っていた。流れから言ってこれが魔力計。

まずは腕輪をつけずに計るよう言われる。

侍従が魔力計の上のボタンを押し、私の手に乗せる。二本ある針の長針が勢いよくぐるぐると回り出した。時計と同じで短針が大きい単位、長針が小さい単位を示しているらしく短針はゆっくり進み、長針は素早く何周もする。回り続けて二本とも最初と同じ位置、てっぺんに戻った。振り出しに戻ってしまった? と思ったら、またぐるぐる回り出した。

それを三回ほど繰り返してようやく止まった。

壊れているのではないかと思ったが、父が「こんなにか」と溜息を吐いた。

「私が計った時は短針が半周ほどだった。私も魔力は多い方だが、お前は段違いだ。計ったのは学生時代だが、短針が一周したという話は聞いたことが無い」

次は腕輪を付けて計ってみる。

すると針はゆったりと回り、短針が一周する直前で止まった。

「大分抑えられているようだが、まだ多いな…もう少し改良を頼もう。どうだ? 付けてみて、違和感はあるか」

「…少しだけ、暑いような気もします」

意識すると体の周りに薄らと幕が張っているような…ベールを付けている時と似ていた。

ひとまず丸一日付けていられるか試すよう言われる。具合が悪くなったりしたら外せと。

魔道具は自身の魔力を消費するので魔力が吸われ過ぎると体調を崩す。こんなに無駄に魔力がある私にそんな心配はないのでは? とは思ったが頷いた。道具との相性もあるのだろう。

…しかし警戒しているのは魔力を多く見せようとする輩なのに、魔力を少なく見せようと画策されているとはおそらく王家も想定外だろう。

腕輪を付けたまま寝る支度を整え、寝具の中で思考を巡らす。

魔力量は個人差があり、多い者同士の子は多くなるとも言われるが親の量を絶対に受け継ぐとも言えない。聖女という存在は恩寵と言われる。苦難に晒された人々を救う、神の情け。

デウス様が言っていた…流行り病が起こる夢。もしや予言?これはその災いを治める為に与えられた魔力? 流行り病が本当に起こって私がそれを治めたなら、おそらく王家に嫁がされてしまう。でも救う力がありながら苦しむ人たちを見捨てるなんて、きっと私には出来ない。

父は私の異常にどうやって気付いたのだろう? 魔力の多い人を感じることが出来る人がいるとは読んだことがあるが…。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

※※※

断片的に浮かび上がるのは、学院の風景。

練習場で訓練をしていて、仮面が外れてしまった。私の顔を見た生徒たちが次々と悲鳴を上げたり倒れたりしている。どうしよう、失敗した、早く仮面を付けなければ。手が震えて、泣きそうになっていた時、一人の男子が心配そうに私の顔を体で隠してくれた。

彼が。

アマデウス様が。

ロッソ男爵家のアマデウス様。

私の顔を見ても平気な人。優しい人。勉強はあまり得意でないようで、剣術がお好きな騎士見習い。

女性好きで、色んな令嬢と楽しく話をしている。美人かどうかよりも話していて楽しい女性を好んでいるように見える。きっと私は彼の好みではない。そもそも容姿が悪すぎる上、人目が怖くて明るく振る舞えないし、面白い話も出来ない。でも諦められなかった。

勇気を出してどうか妻にしてほしいと懇願したが、断られてしまった。

他に愛している人がいるのです、と。

わかっていた。最近とても懇意にしている人がいることは。彼に女性として意識してもらえていないことは。

わかっていた。それでも。

どうして。

私には彼しかいないのに。

―――――――――――ある日、彼の母親が人目を避けて私を訪ねて来た。

アマリリス・ロッソ男爵夫人は美しく、笑っていても冷たい瞳をしている人。彼と同じ瞳の色なのに全然違うように見えて不思議だった。

彼女は親し気に私に語り掛けた。

そして、「息子を気に入って下さって嬉しいわ」と囁く。

「息子は今、程度の低い女に騙されています。どうかあの子の目を覚ましてあげてほしいのです」

彼女は私に気配が薄い数人の男女を紹介した。それは隠密だった。

「彼らをお使いください。大丈夫、きっと息子はジュリエッタ様の愛の深さに気付きます」

甘く絡みつくような声が私の耳に残響する。

はっきりは言われなかった。でも彼の愛するあの令嬢を排除するのがいいという、明確な意図だった。

悩んだ。ほとんど眠れない日が続いた。そんなことをして彼を手に入れてもきっと上手くいかない。でも、ほんの一時でも彼を手に入れられるかもしれないなら。

後悔する、

いや、しない、

でも。

もうこれしか。

………結局私は、彼女から借りた隠密に命令を下した。

愛する人を亡くした痛々しい彼に声をかけた。何も知らない風を装って。

…でも、彼には見抜かれてしまった。私の内面の醜さ。外見だけでなく中身まですっかり醜くなった私に。

――――――――――――

生きるのはどうしてこんなに苦しいのだろう。

彼に拒絶された私は死んだように生きていた。モリーがどうしてもと縋るから食事は少しだけ口に入れるけれど、何故か味がしない。お父様や伯父様がきっと婿は見つけるからこれ以上気を落とすなと言って下さるけれど、私にそんな価値は無いと思った。無理矢理婿にしても相手を不幸にしてしまうだけだ。

唐突に王家から使者が来て、私に聖女としての勤めを果たせと要求した。気力が無くて無視していたが、何度も来た。ついには無理矢理城に押し入ってきた。

私は断じて聖女なんかではない。心まで醜い私がそんな訳はない。

見せてあげよう。証明してあげよう。そして正しい聖女をさがしに行ってもらおう。

そうだ、終わらせることが出来る、苦しいのも、悲しいのも、恋しいのも、何もかも。

「―――わたくしはこの国に救われたことなどないのに、何故わたくしが救わなければならないのです?」

※※※

「――――――――ハッ…! ハァ、ハァ、ハァッ……!!」

寝台の上で目を覚ます。汗だくになっていて、息が苦しい。空気を胸にいくら取り込んでも足りないような苦しさに飛び起きた。

まだ暗い、夜中のようだ。手探りでランプをつけ、部屋を見渡す。

死んで――――――ない。

恐ろしい夢を見た。夢の中で私は自害した。剣で喉を突いて。死んだかと思った。数秒だけ走った熱い痛みがまだ喉元にあるようだった。

……本当に夢?

不安になって急いで鏡台に近付き抽斗を開けて耳飾りを見た。デウス様とお揃いの、片方だけの耳飾り。

良かった。こっちが現実。さっきのは夢。私は彼と婚約しているし、愛されている。大丈夫、大丈夫 と自分に言い聞かせるけれど、ばくばくと心臓が弾けそうに早くて涙が出て来た。

耳飾りを痛いくらいに握りしめて深呼吸する。

―――少しずつ落ち着いてきた。

…デウス様の話とお父様の話、それがうまく混ざり合ってこんな夢を見たのだろう。それにしたって悲観的な。

愛していると言ってもらったばかりなのに、まだ私は信じ切れていないの?

冷静になって思い返すと、不自然な夢だった。

デウス様の容姿が少し違った。髪があまり跳ねていなくて、今の彼より背が少し低かった。体つきも、騎士見習いっぽく少しがっしりしていた。

夢だとロッソ家の子だったけど、そもそも出会った時には彼は既にスカルラットに移っていらっしゃった。彼は騎士見習いではないし剣術をやることには興味が無い。私を見る目も―――違う。初対面から彼はもっと朗らかな目をしていた。

一度も会ったことが無いアマリリス夫人が出て来たり。これは私の想像かもしれないけれど。

夢なんて出鱈目なものだ。そう切り捨ててしまえたら良かったけれど、腕輪をはめたまま寝たことが影響したのではないかとひっかかる。腕輪のせいでこの夢を見たとしたら…魔力が関係しているのかもしれない。

まさか予知? これから先数年の出来事も断片的に出て来た。でもそれまでの経緯は全然違う…。

……私が夢の中で彼に振られていたのは、時系列で言えば今から約2年後くらいのこと。

夢のことなんて考えても仕方がないのに、つい思い返しては泣くことを繰り返し私は朝を迎えた。