軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

吉日

【Side:コンスタンツェ】

…上位に入れと言われても。

流石に、あんな大勢の歌自慢の中からさらに選りすぐりの人の中で上位3人に入るなんて自信がない。

金髪を出して目立てば少しは票が取れたりするだろうか…。審査員の票はダメでも観客の票…そんなに甘くないわよね~…?

集会所のお手洗いで全身が映る鏡を見ながら溜息を吐いた。ここの奥の個室ではミリーが微かな呻き声を出して座っている。

私の暮らしていた町では公共のお手洗いにこんなしっかりした鏡なんて付いてなかった。盗まれないか心配になっちゃう。治安が良いということかもしれない。でも一枚しかないから順番を待っている人がいる。

「あ、ごめんなさい」

「いえ、いいのよ」

さっき見た人だ。そうだ、本選に残っている人。

赤茶色の髪の女性は懐から小さな丸い箱を出して開いた。そこからまた丸い物を出して、それを顔に当てて軽く叩いている。

あれは……もしや化粧品?

ジュリエッタ様が使い始めてから学院で噂になったが実際に見たり使ったりしたことはない。

私はそもそも自由になるお金がほぼ無いし、別人のように綺麗になれる、なんて囁かれているようだけれど何だか胡散臭い話だと思っていた。

…別人、みたいに……

「…興味があるの? 使ってみる?」

女性はじっと化粧品を見ている私に気付いて話しかけて来た。

「いえ、それ…結構高いんでしょう? 悪いわ」

「一回貸すくらい平気よ。あ、でも…娼婦でも役者でもない人が使うと周りから何か言われるかもしれない、もしかしたら親は怒るかも…」

「……いえ、その心配はないから…じゃあ少しだけ、貸してもらってもいいでしょうか?」

決心して頼むと後ろからぬっと白い丸い箱が差し出された。

「あたしが貸してあげるよ」

「…スザンナ様!」

赤茶の髪の女性からスザンナ様と呼ばれたふくよかで小奇麗な女性はにっと私に笑いかけた。

その名前は―――確か今回唯一のど自慢大会に参加するアマデウス様の楽師だ。道行く人が、今回は彼女が優勝するだろうと話していた。

「あんた、リリエさんだね? ロージー…様の昔馴染みの。この間は遠目で会っただけだから話すのは初めてだね。よろしく、負けないよ」

「え、ええ。よろしくお願いします」

「あんたの白粉は私物だろう? あたしのは仕事の備品として買ってもらったやつだから、ほら娘さん、遠慮なく使っていいよ」

「そうなんですか…スザンナ様、化粧をしているんですか?」

「人前で歌う時はしてるよ。うちの楽師でしてないのはマリア…様とバドル様くらいさ」

「…というか…喋り方、前と違うような…」

「あ、様付けはいらないよ、あたしは貴族じゃないからね。仕事中はアマデウス様に恥をかかせないように頑張って行儀よくしてるけど普段はこんなもんだよ、あたしは元々小さい畑の農婦だし」

「農婦!? ウソでしょ?お金持ちの奥さんだとばかり…」

「あははは、そんな立派に見えたかい?! シャムス様…ロージーの養父様にね、しごかれた甲斐があったよ」

顔見知りだったらしい二人が話している間に、そのスザンナさんの白粉を使わせてもらった。

運が良く私の肌の色にも合いそうだ。細かい粉を顔に押し付けるように付けていく。

そばかすが目立たなくなった私の顔を鏡でじっと見た。

「すごい……誰この美人……」

「嬉しいよね、あたしも初めて化粧した時は感動したよ。寝る前にはちゃんと石鹸を泡立てて洗って落とすんだよ」

放心したまま二人に礼を言って集会所を出る。

「遅かったな、コン、……? …人違いか… ん?」

合流したネレウス様も護衛の人も、私の顔を見て固まった。この反応を見て私は いけるかもしれない、と思った。

※※※

「本選に出るミリーなんですが、実は私、金髪なんです。これで出てもいいですか?」

カツラを外し、予選審査員の一人だった若い灰茶の髪の楽師を見つけて頼み込むと、最初ぽかんとした顔で固まった後「……あ、ああ、問題は無いと…思うが…」と返事を貰った。

横を通り過ぎる人が二度見してくる。ネレウス様ではなく私を。

平民の時も金髪はよく見られていたけどこんな、憧憬のような視線は浴びたことが無い。落ち着かないが、大会が終わるまでの辛抱だ。

私の番は10番目だ。

他の人も上手いが、3番目のリリエさん、5番目のスザンナさんは本選の中でも群を抜いて上手かった。

特にスザンナさんは歌声も圧巻だったが歌もとても良かった。遠く離れた土地に嫁ぐ女性が麦に想いを重ねる唄。泣きそうになってしまった。これ多分アマデウス様が出す新曲って奴だわ。宣伝も兼ねてるのね。

順番が来て、深呼吸してから舞台に上がる。私に視線を向けてザワザワと「金髪!?」「誰だあの美少女!?」「予選にいた?」と声が上がる。審査員も演奏者も司会の夫人も少し固まっていたが、すぐに気を取り戻し「それでは10番!ミリーさんで『絹の来た道』!」と曲名を拡声器に乗せた。

※※※

大きな拍手を貰って舞台を降りるとネレウス様と護衛の人が待ち構えてくれていた。

「君、なかなか上手いではないか。見た目の追い風もあるしこれなら上位に食い込めるかもしれん。よくやった」

「お褒めに預かり光栄です…」

「その顔なら君だとはバレないだろうしな。良い手を見つけたものだ」

めちゃくちゃ目立っちゃったけどね…。本選終わったら急いでカツラ被ろう。

観客の間に箱が回され、票が集まったら裏で集計が始まる。集計の間は楽器隊が演奏をしてくれるようだ。

「お、『月光』!」「私は『星空』が好き…あ、始まったわ!」と客たちのはしゃぐ声が聞こえた。楽器が奏でる曲に合わせて口ずさんでいる人もいる。

スザンナさんが「…舞台に上がって歌っちゃダメかね…」とうずうずと体を揺らしリリエさんに「ダメでしょ」と笑われていた。

『集計が終わりました。上位三名のみの発表になります。それでは三位から! 第三位は~~~~~~~~~~~~~……審査員合計25点、客席から47点で合計72点! 3番、リリエさん!!どうぞ前へ!!』

リリエさんが口を抑えて驚き、嬉しそうに前に出た。

『そして、第二位! 第二位は~~~~~~~~~~…審査員合計20点、客席から55点で合計75点! 10番、ミリーさん!! どうぞ前へ!』

っ…上位に入っ、た――――――――――――!!!!!!!!

いやリリエさんの方が上手かったわよどう考えても。少し申し訳ない気持ちになる。恐ろしいわね金髪の力。そして化粧の力。

『そして第一位! 第2回スカルラット領のど自慢大会の優勝者は~~~~~…! 審査員合計28点、客席から57点! 合計85点! ――――5番! 歌姫スザンナ~~~~~~~~!!!』

ワァっと大きな歓声と拍手の中、上位三人は花束を渡された。

私に花を渡すのは楽師バドルだった。好機…! と思ったが流石に舞台の上では質問出来ない。

舞台から全員降りて観客も捌け出した時、ハッとミリーのことを思い出し司会の夫人に「参加賞のクッキーが欲しいのだが賞金の一部で買い取れないか」と頼むと「あら大丈夫よ、予備があるから差し上げましょうね」と快く一つ貰えた。

一位に小金貨1枚、二位には大銀貨5枚、三位に大銀貨1枚という破格の賞金。

お針子をしていた時とは違って自分で気兼ねなく使えるお金はほとんど手元に無いので、正直嬉しい。

集められて賞金を受け渡しに貸金庫に登録しに行く説明をされる。

まずい、偽名だから本人確認の時に変なことになる…と思って焦っていると後ろにいたネレウス様に「とある富豪の娘で、親に黙って出場したので偽名を使った、と説明して現金で受け取れ」と耳打ちされた。なるほど。

さぁ貸金庫に移動…となった段階で、ジークリート様が現れた。

ヤバい、流石にこんな近くで見られたらバレる…?! とヒヤヒヤしたが、侍従に紹介され、「本日はおめでとうございます。素晴らしい歌声でした。どうかこれからも研鑽なさって下さい」と全員にお褒めの言葉をかけられただけだった。バレてない。バレてないわ。

司会の夫人に大金を持ち帰るのは危険では、と心配されたが護衛がいるので大丈夫だと示して納得してもらった。カツラも被り直した。

賞金の受け渡し(護衛に預けた)も無事完了し、花束を取りに集会所に戻って解散…となった。

隙を見て楽師バドルに質問を…と窺っていると、ジークリート様からの視線に気付く。しかしそれは、私にではなくネレウス様に向けられていた。

「ジークリート様と面識が?」とこっそり訊くと「実際に会ったことは無い筈だ」と返される。

警戒されている? 何故だろう。怪しかっただろうか? 気になって踏ん切りがつかない。

「あれ、アマデウス様!」

スザンナさんが見ている方に目を向けると、―――近付いてくる赤髪が目に入った。

え!? アマデウス様が来る!?

どうしよう、バレ…ないか! 今はカツラも被ってるし…!

「兄上?」

「ああ、間に合った…」

「何か問題がありましたか?」

「いや、大会は大丈夫だよ、集会所の二階で見てたんだけど…コンスタンツェ嬢! どうしているんですか、驚きましたよ」

なんですと????????

「えっ? コンスタンツェ嬢って…え?」

ジークリート様が狼狽えているが、私も狼狽えている。

「コンスタンツェ嬢でしょう?」

アマデウス様は私の顔を真っ直ぐ見て確信した声で言った。

「な、何で……」

バレた。こんなに別人みたいなのに。今はカツラだってあるのに。

なななな何でわかったの。自分でも鏡見て誰? って思うレベルよ。きっとユリウス様は気付かないと思う。…気付いてくれたら嬉しいけど。別人だと思って口説いてくるかも…? …そっちの方がありそう。

「何でって…そのカツラで顔だけ見たら他人の空似と流したでしょうが、金髪に声まで聴けばわかりますよ。…わからない?」

問われたジークリート様が呆然としつつ首を振った。

「あぁ、ジークは入学式でくらいしか顔を合わせたことがないんだっけ? なら仕方ないか…」

…いやアマデウス様とも二、三回くらいしかちゃんと顔合わせたことはない筈なんだけど?!

「ああ、別に咎めるつもりで声を掛けた訳ではないですよ。貴族がのど自慢大会に出ちゃいけないなんてことは無いですし…。でも領内に他領の貴族が来てることは何か問題が起きたら事ですし、出来れば把握しておきたいので、次からはいらっしゃる時は事前に伯爵家にお伝え頂きたいと……」

そうですね、はい、本来なら伝えないといけないのよね。お忍びだから黙っていたのだが。ひとまず頷いて「申し訳ありません…」と謝る。

「次からはお願い致します。この話はこれでおしまいにしまして…改めて、準優勝おめでとうございます! 歌がお上手だったんですねぇ! 声量もあるし、滑舌が良くていらっしゃる」

アマデウス様はぱっと晴れやかに笑ってくれた。怒ってはいないようで良かった。結構ズルい手を使ったと思うから素直に褒めてもらえると少し良心が痛む。

「あの…私がのど自慢大会に出場したことは内密にして頂いても…」

「やはり親御さんの許可を得ていないのですか? ご安心下さい、貴族社会には知られないでしょう」

よ、よかった。助かった。ありがとうございます。アマデウス様が優しくて良かった…いやアマデウス様さえいなければ正体がバレなかったっぽいけど。

「っ…あの! コンスタンツェ嬢、そちらのお嬢様はお友達ですか…!?」

会話が一段落したところにジークリート様が割り込んできた。ずっと護衛の後ろに半分隠れていたネレウス様のことを示して。

この時初めて彼を認識したらしいアマデウス様は目を丸くして「…ネッ……」と言って固まり、黙った。

これは完全にバレてるやつ。

私がバレてネレウス様がバレない訳がない。アマデウス様とは面識有りだったか。

「…ええと…はい、お友達です」

「平民のお友達ですか、貴族のお友達ですか? あ、どちらでも構わないのですが、出来ればお名前を教えて頂けないかと…」

じっとネレウス様を見つめて、目が合うとジークリート様は頬をふわっと薄紅に染めた。

おっと……??????

「おっと……?」

私の心の声と同じ反応をしながらアマデウス様が表情に焦りを滲ませた。この銀髪の美少女が男子であることを知っているからだ。

ネレウス様は無表情のまますっと目を伏せ、「名乗るほどの者ではございません」と言った。

「そう仰らずにどうか…」

「…では、ネリーとお呼び下さい」

一回躱したのに結局教えるんかい! 偽名だけど!

「コンスタンツェ、もう帰りませんと…」

少し高めの声でそう促される。一応彼も逃げなければと思ってはいるようだ。

「そ、そうね! それではアマデウス様、ジークリート様、御前を失礼致します!」

「あっ、待って下さいネリー嬢……―――」と呼び止めるジークリート様の声を聞こえない振りして早足で進んだ。

クッキーを届けると、ミリーは「金髪はカツラだったの!? そんなもの売ってるのね~! すごく高そう…顔もびっくり、化粧!? すごいのね化粧って!!」と興奮していた。

その発想があったかと思い、金髪はカツラだったということにしておいた。

賞金を手に入れたのは嬉しいが、結局楽師バドルに質問することも出来ず、青少年の初恋泥棒をしただけになってしまったのだった…。