作品タイトル不明
恩恵
「…………」
ディネロ先輩をうちの音楽室に招待し、レコードと蓄音機(ひとまず録音円盤と再生機、と呼ぶことにした)を披露したところ無言になってしまった。
音が再生された時は驚いた様子でじっと耳を傾けていたが、再生が終わってからもう3分くらい真顔で黙っている。
「あの~…どうですか?」
技術的にどうなっているのかとか考察してるのかもと待っていたがそろそろいいかと声をかけた。
「…この再生機と録音円盤…を一台作るに当たって必要な素材や魔石を一通り教えてほしい」
目を鋭くさせた先輩は商人の顔をしていた。
「この円盤に音が…魔術を使わずにそれが出来ているというのが不思議だが、録音する時にしか魔石を使わないのも驚きだ。しかも拡声器に使うほんのわずかな魔力の魔石でそれが可能……画期的な発明と言っていい。…アマデウス、君は本当に天才だったんだな…」
「この発明についてご相談があるのですが」
エジソンへの称賛は一旦聞き流してディネロ先輩に椅子に座るように促した。ポーターがお茶を給仕してくれて一口飲んで落ち着いた後、俺はお願いする。
「この録音円盤と再生機、俺とディネロ先輩が共同で開発したってことにしてくれません?」
「……は?」
先輩は首を少し傾げて眉間に皺を寄せた。
「…何故そんなことにする必要がある?」
「素材のこととか沢山助言を頂いたし、多分これを量産するにも売るにも沢山協力して頂くことになると思いますし…」
「それはこちらに利益がある以上当然だ。発明はそれを創作した者の手柄だ、補助や助言した者は発明者には含まれない。手柄を半分譲らないと僕が協力しないと思ってるのか? 心外だ」
「いえいえ、そうじゃないです。単純に…俺が一人で作ったことにしたくないんですよ」
「…?」
俺が分け合いたいのは手柄ではなく罪悪感なのだ、ということは俺の前世を知る由もない先輩には伝わらない。
なので俺は彼に利益を提示しなければ。
「この録音円盤と再生機以上の発明はもう俺から出て来ません。若い時に何かしら偉業を成し遂げてしまうとこれからも同じように何か出てくると期待されるでしょう。それが嫌なんです。誰かとの共作ならあれは幸運な発見だったと言い訳も立ちます」
「…まぁ、わからんでもないが」
「この録音円盤は偶然の産物のようなものです。どうやって考え付いたのかなんて聞かれても正直答えようがないし…色々と手がかかるから普通の楽器のようには売り出せない。俺一人で気を配れる範囲を越えてます。…だから、その辺りの諸々、ディネロ先輩とマルシャン商会に大体お任せしたいな~…っていうのが目論見です」
「製造や普及、機密の保持など丸ごと委任したいということか。…僕が開発者の一人ということになれば商会の格も上がるし、取引でも有利にことを運べるだろう…次期公爵夫のアマデウスと親交が深いことも示せる…」
先輩が小声でぶつぶつ呟きながら考えをまとめている。
マルシャン商会の頭が開発者なら、商会も一丸となって売ってくれそうだし。
レコードの作り方や仕組み等はいつかは公表してもいいと思っているけど、ある程度商売として確立して利益を得てからでないと赤字になってしまうのでその辺の管理なども任せたいのだ。発明者としての栄誉の共有くらいで済むならむしろ安いのではないだろうか。利益の分配とかはまだ色々話し合わないといけないけど。
「あと…これは余計なお世話だとは思いますけど。名声があれば陞爵もしやすいのではないかと…」
「…陞爵だと?」
治水に尽力したり戦争で武功を上げたりした貴族の爵位が褒美として上がることは稀にある。あと金。大金を国に納めることによって貴族になる金持ちも時々いる。マルシャン商会は富豪になったことから国から男爵の位と領地を与えられたが、それだけ多くの税金を納める重要な存在だからだ。
発明だけでは弱くとも発明で得た名声と富、寄付金…心付けを携えて爵位を願えば、子爵に上がることは過去の例から見ても不可能ではないと思われる。
「…もしかして君、陞爵すれば僕がエイリーン嬢に求婚出来ると思ってそんな提案をしたのか…?」
「いや、それはついでですけどね。おまけ的な…そういう利点もあるといえばありますよと」
「お、おまけ…」
はぁ~~~~~~~~~~~…と深い溜息を吐いて先輩は俺を呆れたような目で見た。
「子爵に上がったからと言って女神が申し出を受けるかなんてわからないだろう…そもそも恋人でもないし伯爵家が許すかどうかも…」
「まぁその辺は俺からは何とも言えませんが」
「…でもまぁ、僕だって…可能性があるなら彼女に愛を乞いたいという気持ちは、勿論…あるが」
先輩は目を伏せながらほんの少し赤面した。普段知的クールなイケメンが照れている、初々しい。
「…わかった。これらの発明は君と僕の共同開発。商品化に向けて細部を詰めよう。…僕を選んだこと、君に後悔させない」
「心強く思います。末永くよろしくお願いします、先輩」
ぎゅっと握手を交わして微笑み合う。
この世界の未来の教科書で録音円盤、再生機の発明者はどう書かれるだろう。
ライト兄弟みたいに二人ということになるか、代表者として俺か先輩どちらかの名前が残るか。それとも教科書に残るほどではなく終わるか。この星の裏側とかではすでに発明されていたりするかもしれないしな。
でも、この国の音楽記録媒体の歴史はここからだ。
※※※
先輩が帰った後、シャムスとバドルに来てもらえるように頼んで、侍従も部屋から出てもらう。
バドルは音楽室に通っているからいつもいるが、シャムスには朝から言付けを頼んでわざわざ来てもらった。
「どうかされましたかアマデウス様。体調に不安でも?」
シャムスは相変わらずしゃんとした背筋で医者っぽい。呼び出しておいて目の前にいるのに口に出すのを暫し躊躇したが、意を決して口を開く。
「いや、…ちょっと、個人的に相談が。あまり大袈裟には受け取らないでほしいんだけど…… もし、近いうちにこの国に新しい疫病が流行ったとしたら……俺に出来ることって、何かあると思う?」
「疫病…?!」
「! ……」
バドルは不安そうに顔を歪め、シャムスは目を瞠った後考えるように手を口元に当てた。
「…もしやジュリエッタ様のことで何か?」
「何か、そういう予兆にお気づきになったのですか? 異界の知識で…」
シャムスとバドルはそう言ってからお互いに「?」を浮かべて顔を見合わせる。
ジュリ様の聖女疑惑と俺の異世界から来ました宣言を二人はお互いに知らない為、そこから擦り合わせることになった。
「…なるほど。ジュリエッタ様が聖女様だとしたら、歴史から鑑みてこの先疫病が出る可能性が…」
バドルは飲み込めたようだがシャムスは「異界……」と呟いて難しい顔をしている。実は異世界から来たんですよ~ って言われてもすぐにハイ理解とはいかないよな普通。時間を置こうね。
「……まぁ、その辺を前提としてもらって。先日不吉な夢を見て… 疫病が流行ってたのは、多分…今から大体三年後くらいだったと思う。夢の中ではだけど」
「どういう病だったか憶えていらっしゃいますか?」
シャムスに訊かれ出来る限り症状を思い出す。息が苦しくなって食事が困難になる系だったと思う。結構早く広まっていたと思うがどういう条件で感染していたかなどはわからない。
「トーポ病とは違う気がしますね」
「やはり新しい病でしょうか…」
前回の流行り病の時に当事者だった世代なので今から俺に備えられることが無いか訊きたかったのだ。バドルは身内が死んでいるのだから嫌なことを思い出させるかなと迷ったが、立場によって見えているものも違うかもしれないし意見を聞いておきたかった。
「言った通りただの夢だし、本当に流行り病が出るとは限らないんだけど…俺は今ただの学生で出来ることっていってもたかが知れてるだろうし…でも、何もしないのも不安で」
大きな不安はジュリ様に慰めてもらって消えたけど、全く忘れると言うのも無理だ。何かしら出来ることを模索したい。
「歴史に出てくる“予言者”と呼ばれる魔術師は夢で予知を行ったとも言われます。魔力が高い貴族にとっては夢といえど馬鹿には出来ません」とシャムスが言う。
未来予知というのは特別なギフトらしく普通の魔術では出来ない。出来ると判明したら国と神殿に囲い込まれるかもしれないらしい。じゃああまり外で口に出さない方が良いな、予知夢ではないことを祈ってるし。
「そうですね…治癒師を増やすことが出来れば備えになるかとは存じますが…それは国ぐるみの政策でもないと難しいことでしょう」とシャムス、「あまり増やしても腕が良くなければ就職先がありませんからね」とバドル。
魔術の素養があっても治癒師よりも騎士の方が就職先が多い為どっちかなら騎士になる人が多いのだ。
「……薬草を育てるのはどうでしょう」
「…いいかもしれん」
バドルが呟いた言葉にシャムスが同意した。
「薬草?」
「直接の治癒ほどの効果はありませんが、薬である程度回復していれば治癒魔力も少なく済みます」
薬学は4年生から習う科目の為まだよく知らないが、治癒師は薬草などを自分で調合して薬を作りストックしているそうだ。治癒師が扱える魔力量には限界があるので、薬で一度症状を緩和してから治癒をかけた方が魔力切れになる恐れが少ないという。確かに節約は大事だよね。
「流行り病で大勢が倒れると治癒師も治癒師の魔力も足りず、せめて多少は楽になれる薬を、と当時下級貴族や平民は駆けずり回っておりました」
「ああ…粗悪な薬や偽物を売り捌いていた者もいたと聞く」
悲しげなバドルと苦い顔をするシャムス。
「というか薬って、どこで売ってるの?」
「求められれば治癒師が作って売ります」
「貴族はそれが出来るけど…平民は伝手とかないよね?」
「町に何人かは元下級貴族の薬師がおります。平民相手に治癒をしたり薬草や薬を売っていますが…薬ならば軽い病気はすぐ治せますが、平民が買うには高価です。薬草そのままは安価ですが効果が弱いですね」
シャムスは平民の薬事情は知らなかったようで、バドルの説明に「平民はそうなのか…」と呟いた。
平民の町に降りる治癒師は貴族の家に雇われるほどの実力はなく騎士にも向いていないかなりたくない者なので、あまり重い病気の治癒は期待できないという。
シャムスが「薬草を栽培する農家を増やすように伯爵に進言するのならアマデウス様にも可能ではないか」と提案してくれた。俺の症状から推測して役に立ちそうな薬草の種類も見繕ってくれるという。
疫病が流行らなかった場合でも、その薬草を比較的安価に平民に販売する機関を作れないだろうか。
治癒魔術の実力が足りずとも薬草の知識をしっかり持っている人を雇って、その機関にいてもらって…つまり薬剤師だ。
―――――そうか、薬局だ。薬局を作ることなら出来るかも。
「薬局…領主が認めた、ちゃんとした薬を売る店、ですか? それは…実現すれば平民にとってかなり助かると思います」
バドルが嬉しそうにする。そういえばバドルは俺がロージーを雇った当時風邪で弱ってたんだもんな。シャムスも興味有り気にしている。
「異界にはそういうものがあったのですか? 平民が気軽に薬を購入できる店が…」
「あったね。病院も結構あちこちに沢山あったし…国民皆保険っていうのがあって、医者にかかるのは案外簡単だったんだよ」
国民皆保険が無い国は医者にかかると高くつくので、体調不良を我慢する人が多いと聞いたことがある。
逆に医療費が全くタダの国だと順番が回ってこないで手遅れになってしまう、とか。国によってそういう制度は合う合わないあるんだろうから一概にどれが良いとかわかんないけど。国民皆保険も保険料の負担のバランスがどうとか色々言われてたし。俺は体が弱くて病院にはお世話になってたから、恩恵を受けた方だと思うけど。
保険についてざっくり説明するとバドルが「町の組合などで積立金を支払えば、事故や怪我に遭った時見舞金が支払われるという制度と似ていますな。それを国が…」と感心していた。似たような制度は既に民間にあるのか。
「それほど治癒師の数が多いとは…」とシャムスが不思議そうにする。そういえばこちらだと医術の勉強が出来る=字の読み書きが出来ないといけないから必然的に貴族か富裕層だ。字の読み書きが出来なければ医者になるのは不可能とはいかずとも難しいだろう。
やっぱりいつかは学校作りから始めるのがいいかな…音楽の普及にも字の読み書きは大事だし。
大人になったらじっくり情報を集めて、平民も通える学校を建てる計画にも着手したい。
でもひとまずは薬草と薬局か。提案書を書いてティーグ様に提出することから始めないといけない。
突飛なことでも相談したら真面目に考えてくれる人が近くにいる俺は恵まれているなぁ、と改めて環境に感謝する。
やることが具体的に定まったおかげで不安が小さくなった。