軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第8-10話 隣に立つ者として

地平線に設置されていた3つの魔術陣に魔力が走った。

遠隔型の設置地雷魔術。それはモンスターたちの海を全て捉えたときに真価を発揮する。

遅れて、凄まじい閃光がユーリたちの目を焼いた。

そして、爆音。

ドォォオオンンンンッッッツツツツ!!!

鼓膜が破けそうになるほどの凄まじい轟音が腹の底をぐるぐると揺らしてくすぐった。信じられないほどの音を前にして、鼓膜がやられないように耳を塞いでいたユーリたちも、「キーン」という高い音が耳の奥底でなってしばらくは会話ができないほどだった。

それもそのはず。

地雷魔術などと名を打っているが、その規模は地雷などというものではない。

大規模魔術『 殲滅炎爆(ファイア・デトネイト) 』。

広範囲をまとめて吹き飛ばす戦争用に開発された大規模殺傷魔術が3つ同時に起爆したのだ。

山1つ分を吹き飛ばしてしまうような威力のそれを中心に食らったモンスターたちの軍勢はひとたまりもなく全体の4割ほどが消失した。

しかし、4割だ。

「各員、構えッ!!」

地面に大きく空いたすり鉢状のクレーターを乗り越え、仲間の死体を踏み潰して、モンスターたちの行進は止まらない。あれだけの爆発があったのだ。普通のモンスターたちなら恐慌状態に陥ってもおかしくないというのに、それでも彼らは前に進む。

防衛拠点の前に並んだ魔術師たちが、掛け声と共に自らの足元にある魔術陣に魔力を通す。予め魔術陣を記しておくことで、長ったらしい詠唱を省くことができるのだ。それに魔力が通った瞬間、巨大な水の球体が100を超えるほど出現するとやってくるモンスターたちに向かって射出。

ユーリはその魔術陣を見て……彼らが何をしたいのかを理解した。

あれは『 粘水弾(ウォーター・シェイブ) 』。小規模魔術に該当する 弱(・) い(・) 魔術だが、面白い特性があり込められた魔力の量に比例して水の粘着性が向上するのだ。それによって、敵の動きを止めることができる非殺傷系の魔術である。

それが同時に放たれて、モンスターたちに着弾した。そのまま水風船を地面に叩きつけたときのように水が四方八方に散らばると……モンスターたちはそのまま地面に縫い留められた。

否。地面だけではない。

水はモンスターたちの間を這うようにして散っており、地面だけではなく互いにモンスターたちの身体を縫い止めているのだ。

「……モンスターたちで、壁を作ったんだ」

先陣を切っていたモンスターたちの動きが止められたことで、軍勢の歩みが止まった。それどころか、後方の進軍と中腹の進軍速度の差異から、どんどんとモンスターたちが押しつぶされているではないか。

「ね、ねえ。ユーリちゃん。このまま私たち……勝つ、かな」

「ど、どうだろ……。上手くいけば……だけど」

視認できる距離にまで近づいてきたモンスターの軍勢をユーリは見渡す。そこにいるのはゴブリンやオークなどの数を用意しやすいモンスターたちだけなのだ。

「モンスターが弱い気がするんだ……」

「弱い?」

「う、うん……」

いくら『魔王』とは言っても、強いモンスターを数多く用意できないだけなのだろうか。それとも、こんな辺鄙な防衛拠点には強いモンスターを送り込まなくてもいいと思っているのだろうか。

「……なんか、おかしいんだ」

違和感がつきまとっている。

何故、モンスターたちは愚直に直進を続けるのだろうか。

彼らだけなら連続して叩き込まれた大規模魔術で数を減らして、動きを止められた今も同じように何発か大規模魔術が叩き込まれている。どうして後方にいるモンスターたちは逃げ出さずに、ただ直進を続けるのだろう。

まるで、人間の意識を縫い止めてるようじゃないか。

「……っ!」

はっ、とユーリは顔をあげた。同じように何人かが空を見上げた。

雪(・) が(・) 止(・) ん(・) で(・) い(・) る(・) 。

いや、雪が止むのはおかしなことではない。

雲に何本もの裂け目が走っているのだ。

まるで、何者かが無理やり剣で斬ったかのように。

「……あれは」

昔、入学したばかりのころにイグニから聞いたことがあった。

――――――――――――

『え? ワイバーンの見つけ方?』

『う、うん。だって、ほら……イグニってワイバーンを倒したことあるんでしょ? ワイバーンってすごい疾いって聞くから、どうやって見つけたのかなって』

『簡単に見つかるぞ。空を見れば良いんだ』

『空?』

『ああ、あいつらは疾いから』

『うん』

『雲が切れてるんだ』

――――――――――――

「……ッ!」

ユーリはとっさに真横にいたナトを押し倒すようにして、覆いかぶさった。

それは奇跡などではない。ユーリがこれまでにくぐりぬけてきた場数によって選択された最善手。

刹那、隣に立っていた男の胴体が真横に両断された。

いや、隣に立っていた男だけじゃない。

先ほど、モンスターたちを水で縫い止めた魔術師たちも、周りにいたユーリと同じ隊の仲間たちも、隊長も。みんな、真っ二つに断ち切られた。

「……ッ! 『闇は我が身体に纏て守れ』」

遅れてユーリの詠唱。

ユーリと、押し倒されているナトの身体を闇が覆っていく。

ぱしゃ、と周囲に血と身体の破片が飛び散って、寒空に白い蒸気をあげた。

「これって……?」

「わ、ワイバーンだよ……!」

意識の外からの電撃作戦。

モンスターたちは最初からこれを狙っていたのだ。

「最初からあっちの軍勢は囮だったんだ。ワイバーンが、本命で……っ!」

ユーリがそう叫んだ瞬間、再び閃光が駆け抜けた。

先ほど逃した人間たちを軒並み狩っていくつもりなのか、ワイバーンたちは波状攻撃を仕掛けてくる。先ほどの攻撃で斬られたなかった仲間たちが断ち切られた。ユーリとナトにも翻ったワイバーンの翼が刃のようにかすめたが、防御魔術が多少削られた程度で済んだ。

ワイバーンたちは拠点内部にいる人間には攻撃できないのか、彼らは外にいた人間たちを軒並み殺しきると空高く舞い上がって行く。

それで、外にいる魔術師たちはユーリとナトを残して……1人もいなくなってしまった。

外にいる魔術師がやられたということは、ゴブリンたちを食い止めていた魔術師がいなくなったということである。粘着性の水によって食い止められていたモンスターたちを踏み潰すようにして、後方のモンスターが前に出てくる。

「『溢れ出せ』っ!」

簡易詠唱。

しかし、ユーリの“適性”は【闇:S】。

たったそれだけの詠唱で、質量をもった闇が海のように溢れ出すと……ドウッ! 鉄砲水のように駆け抜けて、モンスターの軍勢に激突した。

「ユーリちゃん!」

だが、そのせいで空を駆けていたワイバーンたちがキラリと光ると直上から急降下。

「『 流纏装(ウォーター・ドレス) 』ッ!」

手の放せないユーリの代わりにナトが詠唱。

ごぽり、と生み出された無数の水がユーリとナトを卵のように包み込むと防御を形成。そこにワイバーンが激突。

ナトの防御魔術を柔肌のごとく切り裂いて、ユーリの防御魔術がその威力は最小限に抑え込んだが……ばッ! と、『 流纏装(ウォーター・ドレス) 』の中にユーリの血が舞った。

かろうじて張られていた防御魔術によって致命傷は避けられた。

だがそれは、避けられただけだ。

「ユーリちゃん!」

「だ、大丈夫……だから……っ!」

ユーリはそう言いながら、魔力を熾す。

いま、手を離すわけには行かないのだ。

手を離せば食い止めているモンスターたちが一気にこちらに押し寄せてくる。先ほどのワイバーンの攻撃で、防衛拠点としての形をなしてはいないが、それでも拠点の中には非戦闘員がいる。

もしユーリが手を止めてしまえば、彼女たちが蹂躙の対象となってしまう。

だから、魔術を止めるわけにはいかない。

「だ、駄目だよ! 今すぐ戻って『 治癒師(ヒーラー) 』に治してもらわないと……!」

「大丈夫だよっ!」

ユーリの影を媒介にして、魔力が溢れる。

「イグニは……腕がなくたって戦ってたんだ! ぼ、ボクだって、お腹が切られたくらいで……!」

それがやせ我慢だということくらい誰よりもユーリは知っている。

でも、ここで耐えないと……自分は、きっと、彼の隣には立てないから。

「ボクが、止めるんだ……っ! ここで……っ!!」

攻撃を防がれたワイバーンはUターン。

加速の魔術と共に空を駆け抜けると、再びユーリをロックオン。

「だめだよ! ユーリちゃん、死んじゃうよっ!」

ナトは音の速さを超えて空を飛ぶワイバーンに魔術を放つが、当たらない。当たるはずもない。ワイバーンは専門の訓練を積んだ狩人たちが何ヶ月もかけて追うモンスター。そこらにいる魔術師が、一朝一夕で倒せるわけがないのだから。

「逃げてっ! ユーリちゃん!!」

血まみれになったユーリを抱きかかえて逃げようとして、血で滑って逃げ出せないナトの悲鳴が響く。

ワイバーンたちはユーリの直上で角度を地面と直角に切り替えた。

ギラリ、と太陽の光を反射してワイバーンたちの身体が鈍く光って、

その全てが、閃光によって貫かれた。

「『 装焔(イグニッション) : 彗星(メテオ) 』」

刹那、ワイバーンたちが切り開いた空を塗り替えるようにして巨大な炎の星が生まれる。紅蓮に染まり上がる空をユーリも、ナトも、モンスターたちも見上げる。空を駆けていたワイバーンたちは、その熱に耐えきれずバタバタと地面に落ちていく。

そこにあったのは、星だ。

炎でできた、星が突如として現れた。

「『 落星(ファイア) 』」

そして、 星(・) が(・) 堕(・) ち(・) た(・) 。

「……なんで」

たった1人で戦況を書き換えた赤髪の魔術師が、ユーリの前に降りてくる。

「どうして……ここに……」

「友達だからな」

遅れてやってきた傷の痛みにユーリの視界が暗く染まっていく。

……また、自分は守られた。

染まっていく中、自責の念がユーリを貫いた。

彼に敵うわけがないと知っていた。彼の方が強いことなど知っていた。

それでも、自分は彼の友達だから。守られるべき者じゃなく、彼を支える者として隣に立っていたから。

「……ボクは、まだ」

手を伸ばす。ここで倒れてしまえばいつもの自分と変わらない。

いつもいつも守られている弱い自分と変わらない。

だが、その伸ばした手を彼は軽くタッチした。

パン、と乾いた音が鳴る。

それはまるで、選手交代のような。

「ユーリの お(・) か(・) げ(・) で(・) 間(・) に(・) 合(・) っ(・) た(・) 」

その言葉に、はっとする。

なんで君はそんなに欲しい言葉を……。

「後は任せろ、ユーリ」

その言葉に、ユーリは微笑んだ。

友達として、仲間として、後を託す時は、

「うん。任せたよ、イグニ」

そして、ユーリは今度こそちゃんと意識を手放した。