軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第8-1話 到着する魔術師

手を動かす。痺れはない。違和感もない。

問題なく動く。魔力切れは既に治っている。

「……ありがと、アリシア」

「気にしないで、イグニ」

イグニの頭の底には未だにアリシアから何度も重ねられた唇のことが渦巻いている。彼女にキスをされた、好きと言われた。

それは、イグニにとって初めての経験ではない。彼はモテの探求者、”極点”を倒し、ドラゴンを倒し、咎人を倒してきたのに……女の子に惚れられてないことがあろうか、いや無い。なので、イグニには生まれて数度となる経験だったのだが……。

(も、モテてる……ッ!?)

生まれて始めてキスされたかのような驚きと、己がモテているという実感と相まってイグニの頭はフリーズ。完全に思考を停止させていた。それでも普通に動いてるんだから彼が普段から何も考えていないことがよく分かる。

「イグニ、みんなはもう先に行ってるわ。私たちならすぐに追いつけるだろうけど、あまり遅くなってもいけないから追いかけましょう」

「ああ、分かった」

イグニはそう答えて『 装焔機動(アクセル・ブート) 』で飛ぼうとしたが、その前にアリシアに止められた。

「イグニ、ちょっと待って」

「ん?」

「まだ魔力切れが治ってすぐよ。危ないから、後ろに乗って」

「良いのか?」

「また空中で落ちる方が危ないじゃない」

「悪いな」

「気にしないで」

一理あると思ったイグニはアリシアの箒の後ろに腰掛ける。

「飛ぶわよ、『 風よ(ヴェントス) 』ッ!」

アリシアの詠唱とともに周囲から暴風が巻き起こると、そのままイグニとアリシアの身体を空へと押し上げる。刹那、イグニは夜の闇の中に燃え盛る森林を見た。

「……凄いな」

そして、思わずそう呟いた。

「これがドラゴンたちの戦ったあとよ」

おとぎ話で聞いていたそれを、実際に目の前に出来たというのがイグニの心になんとも言えない高揚感を残す。そのまま炎の山を抜けて、イグニたちは北へと向かっていく。北へ、北へ、『魔王領』のある北へ。

真っ暗な夜空の中、月明かりだけを頼りに飛んでいたアリシアがふと口を開いた。

「イグニ」

「ん?」

「私、本気だから」

「……ん」

「負けないから」

それは、誰に言ったのだろうか。

ローズか、リリィか、それともあるいは他の誰かなのか。

だが、イグニは彼女に優しく返した。

『ありがとう』と。

空を飛ぶ最中、アリシアは空白を埋めるようにふとイグニに尋ねた。

「それにしても、珍しいわね。イグニが魔力切れで倒れるなんて」

「それなんだが……」

イグニは先ほどの違和感から得た直感を口にする。

「サラが……危ないかも知れない」

「サラが? どうして?」

わずかに後ろに振り返って、アリシアがそう言った。

「アリシアは俺とサラがパスを繋いでることは知ってるだろ?」

「えぇ、アビスと戦ったあとでしょ」

「俺は魔法を使う時に魔力を全て熾す必要がある。だから、魔法を使うと魔力切れになるんだが……サラとパスを繋いでいるおかげで魔力切れにならなくて済んでいるんだ」

その時、ごう、と一際強い風が吹き荒れるとイグニたちの身体を激しくなでた。

「でも、さっき魔法を使った時、サラからの魔力供給がいつもの10分の1以下だった」

「……どういうこと?」

「分からない」

イグニもそれにはお手上げ。彼は『ファイアボール』には詳しいが他の魔術については人並み程度の知識しか持っていない。もしパスの専門家がいれば話を聞きたい所だが、こう有事も有事だとすぐに聞くことも叶わないだろう。

「前線についたらロルモッドに連絡を取ってもらいましょう。きっと学校もすぐに動いてくれるわ」

「……そうだな」

サラは『魔王の娘』。

当然、此度の魔王と前回の『大戦』の魔王が別人であることくらいイグニとて知っているが……しかし、それでも気になるものは気になるのだ。

「イグニ、見えてきたわよ。あそこが今日の寝床」

アリシアがそういって夜闇の奥を指差すと、大きな石造りの砦が見えてくる。夜の闇の中にひっそりとそびえ立っており、月の光に照らされて輪郭を妖しく空の中に映し出してた。その周りでは警備に当たっている兵士たちが【光】属性魔術によって生み出した小さな光を松明代わりにして、巡回している。

砦の屋上にはすでに人へと戻ったハイエムと、アーロンたちが到着しておりイグニたちを見るやいなや、手を振ってきた。

「イグニ! 大丈夫だった!? そこの女に変なことされなかった!!?」

屋上に到着するや否や、ローズが駆け寄ってきてそう言った。イグニは「何にも無かったよ」と誤魔化しながら、何度か深呼吸。そして手のひらを握って開いてを繰り返して……自分の体調が完璧に戻ったことを把握した。

その時、屋上の扉が開いて……気合の入った服装と、アホみたいに勲章を付けている男がぬっと現れた。

「アーロン殿下。使いの者を出せず申し訳有りません」

「構わぬ。私は無理を言ってここに来たのだ。そのような気遣いは不要だ」

「しばらくこちらに滞在されるということですが、我々は前線の騎士。殿下の生活を世話することはできませぬ。至らぬばかりで申し訳有りません」

そう言って、男は深く頭を下げる。

「自分のことは自分でやる。これ以上、迷惑をかけるわけには行かないからな」

アーロンは快活に笑うと、男はほっとしたように顔をあげた。

「では砦の中を案内いたします。こちらに」

そう言って男は砦の中に入ると、イグニたちもその後ろを追うようにして砦の中に入った。小さい丘の上に作られたそれは、丘の中をくり抜くようにして通路や部屋が構成されており、イグニは興味本位できょろきょろと見回したかったが、傍から見た時に明らかにダサく、モテ無さそうなのでぐっとこらえた。

「2つ部屋を用意いたしました。何もありませんが、どうぞご活用ください」

男はそういって隣り合っている空き部屋をイグニたちに進めると、近くにいた騎士と交代するようにして、どこかに行ってしまった。

さて、部屋が2つということで男女に分かれるのは必至。2つの部屋の中でも狭い方にイグニはエドワードと共に押し込まれることになった。

「……ふむ」

地下にあるからか、部屋はじわりと湿っておりどこか薄暗い。換気のための穴はついているが、どこまでの性能か分からないので『ファイアボール』で火を灯すのは辞めておく。

アーロンが到着して慌てて用意したのだろう。

支給用の毛布と、薄いマットだけが用意されているだけだった。

イグニとエドワードは互いに何も言うことなく、お互いの分をそれぞれ取って勝手に敷くと横になった。王都からの脱出。ドラゴンとの対敵。そして、『英雄』という言葉。

考えることが多すぎるが、それはどうにもイグニには苦手なこと。

自分がやるべきなのはアーロンを守ることだ、と割り切ったイグニは、まず寝ることにしたのだ。エドワードもそれは同じだったのか、同じように横になると毛布を被って目を瞑っていた。

「イグニ」

「ん?」

だが、ふと隣にいたエドワードが急に彼の名前を呼んだ。

「お前は……強いな」

「最強だからな」

「……“極点”よりもか?」

「当たり前だろ」

「どうして、そんなに強いんだ?」

イグニの強さは同年代どころか、その他の魔術師たちと比べても非常識だ。

だから、エドワードがそう聞いたのも不思議なことではないだろう。

彼らはまだ15歳。己のアイデンティティに悩む歳なのだから。

「……エドワード」

「どうした?」

「モテたいか?」

真っ暗な闇の中、イグニの声が石造りの部屋の中に反響した。

「……そ、それは……モテたい、が……」

「強い男は、モテるんだ」

「……っ!?」

イグニはそれだけ答えた。

それ以上、言葉は必要ではなかった。

ただ、1つ彼が失念していたとすれば……、

「だが、イグニ。僕は 治癒師(ヒーラー) だぞ……?」

エドワードは、戦わない。