軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第7-15話 日常と魔術師

「イグニ。起きて」

「……ん?」

柔らかい声が耳に届くと、イグニは目を覚ました。

それは、いつも彼を起こす声ではない。

「起きて。遅刻するわよ」

「……アリシア?」

「おはよう」

椅子に腰掛けて、風の魔女はそう言って微笑んだ。

「……あれ、なんで。アリシアがここに……?」

「起こしてって頼んできたじゃない」

そういえばそうだった気がする。

イグニの寝ぼけていた頭がだんだんと覚醒状態に移行すると、その話を思い出した。

「ありがとう、アリシア」

「どういたしまして」

イグニはのそのそと起き上がると、凄まじい速度で支度を終えた。

「……早いわね」

「寝坊したときはいつもギリギリだからな」

「ふ、ふーん」

アリシアは興味なさげにそういうと、そっぽを向いた。

別にイグニが朝弱いことを知っていたが、毎日のことだからだんだん朝の支度が早くなっていくことを可愛いなどと思ってしまったことがバレないようにと、顔をそむけたわけではないのだ!

「行くわよ」

「ちょっと待ってくれ。……よし、行こう」

アリシアが先導するように寮から出る。

管理人は、そんなイグニとアリシアを優しげに見守っていた。

ちなみに男子寮は女子立ち入り禁止なのだが、アリシアは顔パスで入っている。

男子寮と言っても、寮がぶっ壊れてからというものそこに住んでいるのはイグニとユーリだけなのだ。

「今日は箒に乗ってないんだな」

「たまには歩かないと足の筋肉が衰えるのよ」

「なるほどな」

イグニはこくりと頷いた。

アリシアは別に、深い理由があって歩いているわけではない。

そう、決してローズが突然現れたことで、イグニが取られそうになり焦って距離を詰めるために2人で朝登校するのが良いな……などとは。

せっかく2人で登校するなら箒じゃなくて、2人で歩いたほうが良いな……などとは考えてはいないのだ!!

「イグニさまー! って、あれ? アリシアも一緒?」

「おはよう、イリス」

「何だぁ、せっかくイグニ様と一緒に登校しようと思ったのに!!」

女子寮の方から走ってきたイリスと合流すると、いつものように学校に向かう。だが、そこにはいつもいた1人がいない。

「イグニ様。ユーリはいつごろ帰ってくるんですか?」

「……俺は聞いてないけど」

イグニはそう返す。

王国の国境に敷かれた防衛線。

その中でも要所の砦の防衛隊として、ユーリは駆り出されたという。

いや、ユーリだけではない。

王国がこの時のために行ってきた、禁術の被験者たちが皆そこに集められているという。

「一度、ユーリの実家に行ったことあるが……遠かったからな。行くのにも時間かかるし、戻るのにも時間がかかる。まだ、かかるだろうな」

イグニがそういうと、イリスは「ユーリがいないと寂しいですね」と漏らした。それが、よく分かるイグニは無言で頷いた。

「イグニ! 一緒に学校に行きましょ……って、イグニが女の子に囲まれてる!?」

大きな声で道の向こうからローズが走ってくる。

その後ろには保護者のように付き添っているフローリア。

「な、なんで! そんなに女の子と学校に行きたいなら私に言って! 私もイグニと一緒に学校に行くのが夢だったんだから!」

ローズはそういうと、イグニの手を掴んだ。

「さ、行きましょ!」

「ちょっと」

それに待ったをかけたのは、アリシア。

「なんで、さらっとイグニの手を掴んでるの?」

「なんでって、私とイグニが婚約者だからよ! 恋人なの!」

「婚約者と恋人は違うでしょ」

「私にとっては一緒だわ」

なんのためらいもなくそう言ったローズに、アリシアはわずかに舌を巻くと……負けじと反論。

「そ、それに急に手を繋ぐなんて……だ、ダメよ!」

「何がダメなの?」

「だ、だって……」

ローズに問い返されて、自分の言ったことが無理筋だと悟ったのか急にアリシアは黙り込んだ。そして、わずかに考えてから反論した。

「危ないじゃない!」

「危ない? どうして」

「こけたりしたらどうするのよ」

その説得は無理があるって、アリシア……。

と、イリスは思わないでも無かったが、

「そうなったらイグニが助けてくれるわ」

「2人でこけたら?」

「そ、そこまでは考えてなかったわ……」

と、ローズが納得したのを見て、イリスは何も言えなくなった。

ちなみに2人ともイグニは放置である。

そんなこんなで学校に行くと……始まりのHRでエレノアの口から、ロルモッドが休校になるということが伝えられた。

だんだんと、日常が『魔王』に侵食されていく中……生徒たちは仮初の平和を享受する。

――――――――――――――――

『 地下監獄(ラビリンス) 』の一室。

罪を犯した魔法使いを閉じ込める迷宮の中で、“最強”が1人の男と対峙していた。

「まさか、お主の言ったことが正しいと思える日が来るとはのう」

どろりと、固体と錯覚するかのような『人の澱み』の中で正気を保てる者はそう多くない。呼吸困難、魔力不足。そして、精神が弱いものは『澱み』に精神を犯される。その中にて、保つ正気が正気であると誰が断ずることができるだろう。

「随分と、早いご到着だなァ。おい」

彼は、それが来ることを知っていた。

故に、行動を起こした。

「お主の言っていたことは正しかった。じゃが、それでお前の罪がなくなるわけではない」

「知ってンよ。でも、それは別に構わねェ。いつの時代も、先駆者は理解されないもんさ」

「仮釈放じゃ。条件は、2つ。1つはワシの監視範囲にいること」

「監視範囲? ふざけたことを言うジジィだな。お前の監視範囲は、この星の 半(・) 分(・) だろうが」

それは、実質的な釈放と何が変わるのか。

がちゃり、と音を立てて 磔(はりつけ) になっていた腕の拘束具が外される。じゃらじゃらと音を立てて、全身を縛り上げていた鎖状の封印具が解かれていく。

「もう1つは『魔王』と戦う際に、最前線に立つことじゃ」

「最前線? 俺ァ、お前らみたいに戦うことにしか能のねェ馬鹿じゃなくて研究者だぜ?」

「それが飲み込めない場合は、この釈放は無しになる」

「よく言うぜ。さっさと拘束をはずした癖によ。俺がその条件を飲むってこと、分かってンだろ」

「当たり前じゃろ。少なくとも“極点”にまで上り詰めたお前が、人類の危機に立ち向かわないわけが無かろうて」

「はッ! 食えないジジィだな。……で? 『魔王』を倒した暁には? なんかあるんだろ、報酬」

「お主の起こした罪を不問とする」

「ふゥん。まぁ、適当な落とし所だな」

「やるんじゃな、 ア(・) ビ(・) ス(・) 」

「当たり前だろ? 老いぼれは後ろで俺の活躍をよく見とけ、ルクス」

男はそういうと、犬歯をむき出しにして笑う。

かくて、“深淵“のアビスは解き放たれた。