軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第5-34話 次代の厄災者

「なに? 私だったのがそんなにおかしい?」

鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしながらイグニが部屋の入り口で呆けていると、エリィが急かすようにそう言った。

「い、いや。違う。意外だったんだ」

「どうして?」

「だって、皇族だろ……?」

別にこんなことしなくても、と続けようとしたイグニを遮ってエリィが言った。

「そうよ。だから、私が直々にお礼するってわけ」

エリィはそう言って胸を張った。

「ほら、はやく触りなさい」

猫耳をぴょこぴょこ動かしながらイグニを誘うエリィ。

そうやって耳動かせるんだ……と、少し感嘆するイグニ。

イグニはそのまましばらく硬直していたのだが、据え膳食わぬは男のなんちゃらということで部屋の中に一歩踏み込んで、エリィの頭に手を伸ばした。

耳に手を伸ばすと、ふわりという柔らかい毛の感触がイグニの手に伝わってきた。

「……んっ」

くすぐったそうに声を漏らすエリィ。

なんだかエッチだ。

「柔らかい」

「み、耳だもの」

そう言って耳をさわさわしながら、イグニはエリィの横に座った。

「これって、触られてるとどんな感じなんだ?」

「く、くすぐったいわね。我慢できない感じじゃないけど」

身体をくねらせながらそう言うエリィは、少しだけ顔を赤くしてイグニのそれに耐えているようだった。

「ありがとうね。イグニ」

「……ん? 何が?」

「救ってくれて」

「帝国をか?」

「……うん。それも」

それも、というのは意味深だな。

「あと、私も」

「……エリィを?」

「うん。私と他人は別で良いって言ってくれたの。嬉しかったんだ」

エリィの耳がぴんと跳ねて、イグニの手に堅さが伝わってくる。

耳に力を入れて硬くなるという状況に物珍しさを感じていると、エリィが続けた。

「私ね、やっぱりこの耳にすごくコンプレックスがあるんだ」

「そうなの? 可愛いのに」

「ありがと」

照れくさそうにエリィは笑う。

「でもね、やっぱり私だけなんだ。獣人とのハーフって」

「……まぁ、そうだな」

セリアもアリシアも、ともに獣人の要素を持っていない。

エリィだけが、獣人と人間のハーフなのだ。

「凄く嫌だったんだ。いろいろ言われてるし」

その“色々”という言葉の中に多くのニュアンスが含まれていると思った。

それはきっと、帝国の人間からだけではないのだろう。

もしかすると、城の中の人間からも。

「だからね。イグニが言ってくれたことが、私を救ってくれたんだ」

「そっか」

顔を赤くして、こちらを見ようとしないエリィにイグニは笑って応える。

「俺の言葉がエリィの助けになったんなら、何よりだよ」

イグニはエリィの耳から手を離して、そっと彼女の頭を撫でた。

「ありがとう。エリィ」

「それはこっちのセリフ」

そういってお互いに笑いあった。

――――――――――

「イグニ。久しぶりじゃのう」

「……1日で戻ってくるんじゃなかったの?」

宿のフロントで優雅に紅茶を飲んでいたルクスを見つけて、イグニはそう尋ねた。

「ん? そんなこと言ったかの」

「言ってたよ」

そんなことを言っても効果は無いだろうなぁ、と思いながらもイグニは一応言っておく。

「ま、ワシがおってもつまらんじゃろうて。どうじゃ? 帝国は楽しかったか?」

「ああ。楽しかったよ」

「うむ。ならば、良し。そろそろ帰るか」

「そうだね」

イグニはルクスの目の前に座って、尋ねた。

「じいちゃん。何してたの?」

「ん? ちょっと昔馴染みの友人にな」

「ふーん、そっか」

イグニは相槌を打つと、逆に聞き返した。

「なんでハイエムを倒さなかったの?」

「うん?」

「知ってたんだろう? 本当は」

すっとぼけるルクスにイグニは問い詰めた。

「王国から帝国までの最短距離は海を突っ切って渡る道だ。でも、じいちゃんは大きく迂回するように陸路を通って帝国に向かった」

「海を渡ってもつまらんじゃろうて」

「確かにそれもそうかも知れない。でも、じいちゃんは“極点”だ。そして、王国に近い港町に竜が現れたのなら、その話は聞いてるはず」

「ふむ。それで?」

「俺にハイエムを倒させたかったんじゃないのか」

「はて。そうかも知れんし、そうじゃないのかも知れんの」

ルクスは話をはぐらかすと、紅茶を全部飲み干した。

「イグニ」

「ん?」

「いま、楽しいか」

「急に深いこと聞いてくんね。ボケた?」

「なんじゃ、失礼なやつじゃの。ワシはまだ元気じゃ。質問に答えんかい」

「楽しいよ」

「ならば、よし。帰るか」

イグニを置いてけぼりにして、ルクスは立ち上がると上の階にいるユーリとサラを誘いに行った。イグニはルクスの問いの意味を考えて、もしかして「いまモテているか?」と聞かれたのじゃないかという結論に達した。

ということは今ので「まだモテてない」と言えば新しいモテの作法や極意を教えてもらえたんじゃないのか、と勿体ない返答をしてしまったのだと考えた。

――――――――――

『魔王城』直上。

ドラゴンも、 吸血鬼(ヴァンパイア) も、“咎人”すらも住みはしない『魔王領』最奥の空が大きく裂ける。

誰がそれに気が付いただろうか。

いや、それには誰も気が付かない。

この状況を予期していた者が、これを知れば 地下監獄(ラビリンス) にて笑うだろう。

だが、その者も既に敗北し今は深き 深淵(アビス) の底にいる。

かつて『魔王城』に居た、たった1人の生き残りは赤髪の少年の側におり、彼女を守るためにあった全ての結界とモンスターは、意味を無くして消えていた。

故に、それは 彼(・) の執念によって呼び出された。

どろりと、黒く重たい液体が『魔王城』に注がれる。

彼(・) は歴史の敗者である。

勇者に敗れ、既に敗北し、過去に散った弱者である。

何も出来ず、名前を無くして、だが人類に大きな傷痕を残した。

だからこそ、それに憧れる者がいた。

そして、それに焦がれる者がいた。

彼らに憧憬する者たちが1人1人と力をつけるたびに、多くの人々が恐怖し怯えた。

彼(・) に対する恨みと恐怖は『人の澱み』として、『魔王領』に溜まり渦巻き 次元(とびら) を開く。

名を無くし、過去を無くし、たった1つの守る者を守り切って死んだ『魔王』。

だが、そこには常人ではたどり着けない執念があった。

どこまでもどす黒く、そして冷たい恨みがあった。

ならばこそ、『人の澱み』がそれに感応し、そして呼び出される者がいてもおかしくはない。

どろりとした黒い液体が全て吐き出された後、そこから1人が落ちてくる。

そして、全ての恨みを受け止めるような虚ろな眼窩で、地平を見渡す。

『魔王』は死んだ。

だが、彼の意志は世界に残された。

彼の後を継ごうとするものが、

次代の彼になろうとするものが、

願ってやまないそれこそを災厄と言わずしてなんと呼ぼう。

悪意の下に、それら全てを受け入れて弱者の代弁者たりて世界を破壊しようとするそれこそ、彼の後釜に相応しい。

異次元からの来訪者。

何よりも彼の意志に感応した者。

だからこそ、彼こそが次にその名を冠するのに相応しい。

かくてその異邦人を――――『魔王』と呼ぶ。

To be continued!!!