軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第5-28話 ”咎人”と魔術師

イグニがミノタウロスに大きく吹き飛ばされた直後、先頭の馬車の前に1人の青年が飛んできた。

「 ミノタウロス(あれ) も節操ねえな」

そう言ってため息をつく青年の手元には黒い炎。突然、舞い降りた異分子に皇族のために残っていた騎士たちが地面を踏み込む。そこにあるのは慈悲も何も無い一撃。このタイミングで、皇族の前にやってきた者が敵でなくてなんだというのだ。

疑わしきは罰せよの精神によって騎士の剣が振るわれて、

「いや、遅ぇよ」

嘲笑するように青年がそう言うと、巻き起こった黒い炎が若い騎士たちの身体を吹き飛ばした。

「『 大地は捻じれて(テツラ・トルクエント) 』ッ!」

その隙に魔術を詠唱したのはイリス。男が誰であろうと、騎士を倒した以上はいかなる言い訳も弁明も無意味。ここで無力化するのが一番だ。

帝都の石畳がイリスの詠唱によって槍のように形を変えると、青年に向かって飛んでいく。

「『 火炎槍(ファイアランス) 』」

だが、青年は黒い炎槍で迎撃。

お互いの魔術が空中でぶつかり合って、爆ぜた。

「アリシア、逃げてッ!」

状況が状況なので、もはや敬称もつけずにイリスが叫ぶ。

「いや、逃がさねえぜ?」

青年がそう言うと、炎が皇族たちの馬車を覆うようにして展開される。

その時、アリシアは初めてちゃんと青年の顔を捉え、そして目を見開いた。

「……っ! アンタは!?」

「こいつは……面白ぇ」

青年の方もアリシアをしっかりと認識して、小さく声をあげた。

「イグニと酒場にいた奴じゃねえか」

「……フラムッ!」

赤い髪の青年。それは、イグニと酒場に向かった時に1度だけ出会った相手。

イグニと言葉に出来ないような 近(・) し(・) さ(・) を感じる相手だ。

「その通りだ」

フラムが口角を釣り上げて笑った瞬間、イリスの生み出した岩の砲弾が彼の背後から無音で襲い掛かる!

だが、まるで彼は後ろに目でも付いているかのように直撃する直前に身体をひねって、岩の砲弾を全弾回避。イリスが慌てて魔術を解除する。

「そう言えば、まだちゃんと名乗っていなかったな」

フラムは魔力を熾して、臨戦態勢を取りながら言葉を紡ぐ。

「俺の名前はフラム。“黒炎”のフラム」

「……シィッ!!」

後ろから飛び出してきたエリィが大きく踏み込んで、フラムに拳を振るう。

「おっと、肉弾戦か?」

フラムはそれにも余裕の笑顔で返すと、エリィの大振りの拳を回避する。そのエリィの後ろから水で構成された不可視の拳がフラムに向かって飛んでいく。それはエリィの魔術。

肉弾戦と魔術を交えた、近距離、中距離戦が彼女の得意とする魔術領域である。

しかし、フラムの周囲で何かにぶつかったかのように水の拳が弾かれた。

「『 風は牙となりて(ヴェントス・タクト) 』ッ!」

そこにアリシアの魔術による支援が飛ぶ。

ババッ! と何かを穿つ小さな音が世界に響く。

だが、フラムはどこにも傷を負っていない。

魔術を見切って、ギリギリで回避することによって服の端だけ小さく穿たせた。

「帝国のお姫様ってのは、みんな過激なのか?」

「『 大地は捉えて(テツラ・ジェイル) 』ッ!!」

イリスの吠えるような詠唱によって、フラムの立っている地面がぱくりと口を大きく開くと、獰猛な牙を丸出しにしてフラムを飲み込もうと大きく噛り付く。

だが、フラムは重力に引かれて地面に落ちない。

ただ、空中に浮かんだまま、岩でできた口に飲み込まれて――内側から、それを爆破した。

「ああ、もう。無駄なことをするな」

フラムが呆れたようにそう言うと、しゅるりと黒い炎がアリシアたちを包む。

「良いか。俺が許可したときだけ、喋れ。それ以外の時に一言でも喋ればお前らを骨まで焼き熔かす」

目の前にあるのに、炎はアリシアたちには触れずしかし、少しでも身体を動かせば触れてしまうような位置で留まっていた。そして、何よりも恐怖したのは、目と鼻の先にありながら一切の熱を感じない所だった。

「俺は別にお前らと戦いに来たわけじゃない。取引をしに来たんだ」

「……取引?」

「そうだ。『 獄炎籠(ヘルフレイム) 』」

次の瞬間、帝都を 覆(・) う(・) よ(・) う(・) な(・) 巨大な炎の籠が出現した。

「俺はエスメラルダ帝国の皇族、その身体が欲しい」

「……身体? 何に使うの」

「剣聖の血を継ぐお前らの遺体は、降霊の素体としては最高級の素材になる。だから、欲しい。無論、タダでは言わねえ」

フラムはそう言うと、ニッと笑った。

「お前らがOKというまで、このまま帝都にいる奴らを焼き殺す」

そう言って、フラムが指を動かすと『 獄炎籠(ヘルフレイム) 』によって生み出された籠が凄まじい速度で 小(・) さ(・) く(・) なり始めた。

「黒炎ってのは、特殊な炎だ。一度、燃えてしまえば そ(・) れ(・) が燃え尽きるまで消えない。死ぬまで絶対に消えることの無い炎だ」

フラムは歌うように紡ぐ。

その時、一陣の風が吹いた。

それに乗って遠く、街の遠くから叫び声が聞こえて来た。

炎によって焼き殺される叫び声だ。

生きたまま肉を焼かれ、骨を焦がされる悲痛な叫び声が風に乗ってアリシアたちの元に届いた。

「……何が、取引よ。私たちにメリットなんて無いじゃない」

「あ? そりゃそうだろ。お前らは取引のテーブルにすら乗れてねェんだ。 弱(・) い(・) んだからよ」

フラムの言葉に奥歯を嚙み締めるアリシア。

だが、フラムの言っていることに何も言い返せず、ただ黙ってしまう。

「俺とまともに交渉したけりゃ、強くなってから出直してこいや」

そう言ってフラムが笑うと、両手を広げた。

「さて、無駄話ももう良いだろ。さて、お姫様たち。ここで、決めてもらおうか。自らの国民を犠牲にして、ここで俺に抗うか。それとも、自らを犠牲にして国民を救うか」

「…………もし」

アリシアはその瞬間、占いの意味を理解した。

『犠牲』のカードは、いまこのタイミングの暗示。

「……もし、私たちがアンタについていけばみんなは助かるの?」

「アリシアっ!」

エリィの窘めるような声が響く。

だが、フラムはそれを気にせずアリシアに答えた。

「俺だって無駄な魔力は使いたくねえ」

「……分かった。なら、私を」

――連れて行きなさい。

と、アリシアが言おうとした瞬間、フラムの上から降り注いだ莫大な『ファイアボール』によって、言葉がかき消された。

「なァ、フラム。知ってるか」

そこに飛び込むのは、同じように燃えるような炎髪。

たった1つの魔術を極めた魔法使い。

「囚われのお姫様は、絶対に騎士が助けるんだぜ」

「……へぇ。ミノタウロスに絡まれたのが、お前だったとはな。イグニ」

イグニの怒気に包まれた顔と、笑顔で対峙するフラムは酷く対照的で、

「交渉のテーブルが何とか、随分と格好つけてたな。フラム」

「はッ。お姫様のピンチにでも駆けつけて、英雄気取りか。イグニ」

両者、共に魔力を熾して、

「ここで死ね。イグニ」

「ここで倒すぞ。フラム」

開戦。