軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

世界は救えないが、娘だけは守る!

斯(か) くなる上は……。

「聖女様とは再婚しないで!うえぇん」

わたくしは精一杯の力で夫に抱きつき、 幼子(おさなご) のごとく駄々をこねた。

「ど、どうした?リナリーは死なないし、俺は再婚なんてしないよ」

「でも、王様はたとえわたくしが死ななくても病気で役立たずだから、きっと、第二夫人に聖女様を娶って子を生せと命令されますわ」

「王命なんか知ったことか。俺は最強の勇者だよ。くだらねえことをグダグダ宣いやがったら、あのハゲ頭を凍らせた上で粉々にかち割ってやるから、安心して」

いや、そこまでするな。心配しかない。

「ゼノ様が王様の命令を拒んだところで、聖女様はゼノ様をあきらめませんわ!わたくしが死ぬのを待ってゼノ様に近づき、隙間から侵入するゲジゲジのごとく屋敷に上がり込むに違いありません。ゼノ様はまだお若いし、幼い娘にも母親が必要だとわかってはいるのです。でも、イヤなのです!ゼノ様はわたくしだけのゼノ様ですわ!お願いします!この先一生、聖女様と喋っちゃイヤ!目も合わせないで!イヤイヤイヤなのですわぁぁ!」

うーん……大分イタいわね、わたくし。でも、言っているうちに、まんざら芝居だけでなく本心だと気づく。夫よ、わたくしはとてもとても、あなたを愛していたよ。死してのちも、あなたに一番近い妻のポジションを、聖女にも、他の善良な女性にも誰にも譲りたくないよ。

「大丈夫だよ、リナリー。俺はいついかなる時も、この世で君だけを愛している」

そこは、娘も愛そうよ。

「聖女様と再婚しませんね?」

「しない!リナリーの病気を治すこともできない、あんな役立たずのクソ女なんかと口きかない!7年前、そもそも俺が魔王討伐を引き受けたのはリナリーを娶るためだよ。ドミンゴ兄貴との結婚資金に褒賞金がほしいココと二人でサッと行けば10日で帰れたのに、勇者パーティーとしての体裁が必要だとかで神殿だの騎士団だの貴族だの 柵(しがらみ) の足手纏いをねじ込んできやがって、3カ月もタラタラ旅している間にリナリーが他の男に奪われたらどうしてくれるって、ずっとイライラしていたよ。帰ってきて『勇者と聖女がお似合い』なんて言われたのにも、リナリーに誤解されるような戯言吐くなって、ムカついた。なあ、やっぱり誤解した?あの時、誰かに何か嫌なことを言われて傷ついたりした?だから今、病気で心が弱っちゃって、心配になった?でも、俺は聖女なんか最初から眼中にないから!好きだとか結婚してほしいとか告白されたけど、迷惑なだけだった。ハッキリキッパリ断ったから!そのあとも『一緒に旅した仲間のよしみで悩みを聞いてほしい』とか何度も呼び出されたけど、行っていないからね!『既婚者の異性に相談するな、他の4人にしろよ』って断ったら『わたくしって同性に嫌われがちだからぁ』だとさ。そりゃ嫌われるだろ。そういうとこだろ。だから『幸せになりたかったら、この世の至高の女性であるリナリーを見習って清く正しく精進しろ』って、ビシッと言ってやったよ」

おお、いっぱい語ったな。そうか、告白と求婚をされて断っていたのか。だが、それは他の女にバラしてやるなよ。おまえ、普通にヒドイ男だぞ。あと、相談女あるあるは確かに「それな」と肯けるが、そこでわたくしの名前を出すな。いらない恨みを買うだろうが。大体、見習えとは?聖女が МP(マジックポイント) 3のわたくしの何を見習う?いろいろと間違っているぞ、夫!

まあいい。今の段階で聖女をサイコパス殺人鬼扱いするのは冤罪だとしても、少なくとも、既婚者の略奪を目論む性悪相談女であることが判明したので、敵と認定して対策を講じさせてもらう。

「でも、他の4人に相談されるのも心配ですわ。皆さま既婚者ですし、聖女様は魅力的な方だから、ご自身にそんなつもりはなくとも 余所(よそ) の家庭を壊しかねないもの。特にココは5人目の子を妊娠中でしょう?相談を口実にドミンゴさんに近づかれたら不安になると思うのです。ああ……わたくしが健康なら前回のように出産に立ち会えたのに。双子ちゃんは元気かしら」

木こりのドミンゴさんはモシャモシャの茶髪と髭に茶色い糸目の筋骨隆々で寡黙なナイスガイ。黙ってエールを飲む姿が渋い30歳だ。体力は無尽蔵だが魔力はない。6歳、4歳、2歳(双子)の男の子たちにもまだ魔法は発現していない。

ココは姓と爵位を辞退したので、二人は平民のまま、代わりに上乗せされた褒賞金とポッサロ山を貰い、ドミンゴさんの建てたログハウスで暮らしている。

ご両親は「急に遊んで暮らせと言われても落ち着かない」とコテージの管理人を続けているそうだ。大金を得ても身を持ち崩さない堅実な人たち。両親ともに収納魔法を使えるが、容量は父がウェストポーチ、母がバニティバッグ程度らしい。

ゼノの両親も魔力は微量。

本来、ココは聖女よりも圧倒的に強い。だが、小説ではほぼ魔力なしの村人たちを人質に取られてココが負ける。お前が死ねば子どもの命だけは助けてやると言われ自刃するのだ。しかし聖女は「約束は守られるものと信じるアンタのお気楽さが忌々しい」とココの死体を踏みつけて幼い子どもたちまでも惨たらしく殺害し、ポッサロ村は滅ぶ。

あの話は泣いた。だが、たとえ小説通りに聖女の凶行が始まっても、ポッサロ村に勇者ゼノがいれば回避できる筈。

「ゼノ様、わたくし、ポッサロ村の澄んだ空気が懐かしいですわ」

「うん、行こうよ。だから早く元気にならないとね、リナリー」

「ええ、またジュヌヴィエーヴを連れて行きたいです。そして、人生を終えたら、ゼノ様と出会えたあの村で眠りたいものですわ。寂しいから、娘と一緒にずっとわたくしのお墓の傍で暮らしてくださいましね」

夫よ、まずは聖女の執着から逃げ、娘を連れて王都を離れろ。勇者に王都を護ってほしい王がゴネようが、そこは無視だ。間違っても殺してはいかん。そしてわたくしをポッサロ村に埋葬し、反魂の珠など探しに行かず墓守をするのだ。わたくしのお墓の前で泣くがいい。心ゆくまで泣いたら、笑い喜び楽しみ歌い踊れ。そこにわたくしはいるぞ。

「そうだね、二人で長生きして、80年後ぐらいに一緒に埋葬してもらおう。墓守は娘とココの息子たちに頼んでおけばいい」

わたくしはそろそろ死にますってば。

「ところで、ジュヌヴィエーヴは?」

窓のカーテンも 天蓋布(てんがいふ) も閉ざされているので薄暗いが、とうに夜は明けて、女神ピノの祝福祭が始まっている頃だろう。気を失って眠っていた時間を考えれば、タイムリミットはそう遠くない。死ぬのは今日の宵らしいが、それまで会話が可能なほどの意識を保っていられるかもわからない。まだ喋れるうちに、娘に伝えておきたいことがあるのだ。

「まだ寝ているのだろう」

「侍女たちは?」

「まだ寝ているのだろう」

「そんなわけないですよね?ゼノ様、シールドを解いてくださいませ」

氷雪の勇者はシールド魔法も得意。鍵や扉を凍らせているのか何なのか、原理はよくわからないが、妻との時間を独占したい夫によって、元気な頃から監禁されがちなわたくし。まあ、元々が出不精な性質なので閉じ込められてもさして苦痛はないが、今は困る。

夫がバツの悪そうな顔をして指を鳴らすと、バアン、と扉が開いて娘と7人の侍女たちが駆け込んできた。

「おかあさまっ!」

「とびつくな。ここに座りなさい」

わたくしを抱き込んだまま、娘の首根っこを捕まえて自分の膝に座らせる夫。

「あぁ、おいたわしい~でも病み 窶(やつ) れてもお美しい~」

むせび泣きながらベッドの周りをぐるりと囲む侍女たち。

「うるさくするな」

いや、おまえも大概うるさかったぞ。

「ふんっ、いつもおかあさまをひとりじめしてズルイ!とうさまなんかキライ!」

どうするのよ、夫。もう娘に嫌われているではないか。

1008話目で聖女が死亡退場したにも関わらずウェブ小説が続いていたのは、深淵から新たな魔王軍が誕生したからだ。

コメント欄は魔王軍の正体についての推理で溢れていた。

両耳の後ろから紺色の巻角が生えた銀魔と7人の配下。

はい、推理するまでもなく、魔王は勇者ゼノでしょ。夫で決定。そこは読者の皆さん同じ意見。でも、7人の配下って誰?聖女に殺された誰かが実は生きていたの?それとも新キャラ?と、予想コメントが飛び交っていたわけだけれど……謎は解けた。わたくしの7人の侍女たちね。

で、最後は勇者の娘が魔王になった元勇者の父を斃すって話でしょ?

「ジュぬうぃ……」

あ、嚙んだ。1分1秒が惜しい今、王が付けた娘の名前が長過ぎる。いい名前なのだけれどね。ここはもう、愛称でいこう。

「ジェニー、わたくしの可愛い娘」

「おかあさまぁ」

「お父様はとっても強くて偉いけれど、寂しがり屋でちょっと困った人なの。だからね、ジェニーがいつも一緒にいてあげて。メソメソしたら、お母様の代わりにお尻を叩いて叱ってあげてね」

夫に娘を任せられないなら、娘に夫を任せるより他ない。まだ小さいのに申し訳ないが、この愛すべきボンクラを頼んだぞ、わが娘よ。

ウェブ小説の作者め……ギリシャ三大悲劇のひとつ『オイディプス王』の古代から『父殺し』は文学作品に於ける普遍的テーマではあるが、娘にそんな過酷な宿命を負わせてなるものか。

尊属殺人ダメ、絶対!

「お母様はお墓に入っても、お空の光になっていつも見ていますからね」

まあ、3Wだが。

「それから……」

わたくしはお仕着せの胸に①~⑦の名札を付けた黒髪オカッパ頭の侍女軍団をぐるりと見回し、微笑んだ。

「いままでわたくしに仕えてくれてありがとう。あなたたちは皆、わたくしの大切な家族です。今後はミッテ家に戻ってもらっても良いけれど、もし叶うならば、引き続きヴァンクール家に仕えて、わたくしのお墓のお世話をしてもらえるかしら?ほら、夫と娘ではお掃除が行き届かないでしょうからね……」

墓縛りで魔王軍結成阻止作戦だ。

「我らはお傍を離れませぬ~、いっそ殉葬されまする~」

「イエ、それはヤメテ。ちゃんと生きて墓守してください」

「あうぅぅ~承りましたぁぁ~」

ああ……だんだん視界が霞んできたわ。

そうだ、娘に頼んでおこう。

「ジェニー……お母様ね、未来の夢を見たの。あなたは16歳になったら、光魔法に目覚めるわ」

「おかあさまとおんなじ?」

「そうね。でも、お母様よりも、とってもとっても強い力よ。勇者にだってなれるくらい強いの」

「じゃあ、ひかりのゆうしゃになって、まおうをたおす!」

「いいえ、勇者にはならないで。あなたの治療の力で、お母様と同じ病気で苦しんでいる人を治してあげてほしいの」

聖女の神聖魔法はこの難病を治せない。それが嘘だとして、邪魔者のわたくしが死んだ後になって急に「治せるようになりました」とは言わないだろう。つまり、わたくしと同じ難病に罹った人は今後もずっと見殺しにされ続ける。

でも、光魔法に目覚めた娘になら治せる。荒野を彷徨いながら母親と同じ難病の女性を治療して「過去に戻ってお母様を治したい」と涙するシーンがあるのだ。

「じゃあ、ひかりのおいしゃさまになる」

「ええ、いい子ね、可愛いジェニー……」

ああ、女神ピノよ……わたくしの愛する人々に祝福を。

「リナリーィィィィィィィィィィィィィ」

「ふふっ」

わたくしは夫のおかげで死への恐怖感も悲壮感もなく、笑いながら意識を手放したのであった。

さすが勇者。肺活量、凄いな。