そうやって相手を縛り付ける
作者: 高月水都
本文
わたくしの婚約者は、優しくて守ってあげたい女性が好き。守る必要のない 婚(・) 約(・) 者(・) との間に倦怠感があったから た(・) ま(・) た(・) ま(・) 出(・) 会(・) っ(・) た(・) 貴族社会の縮図である学園に迷い込んでしまった平民の少女に入れ込んでしまう。
――そう乙女ゲームにあった。
それを思い出したのは婚約者との初顔合わせ。わたくしはいきなり流れ込んできた情報量に耐えられず気を失い。それから毎晩魘され続けた。
その情報量の多さを何とか整理しようとしたが、子供のわたくしには整理が出来るわけもなく、負担を強いられた脳はその前世の記憶をそっとしまい込んだ。
あたかも本棚の本の中に収納したような感覚で。
わたくしはその収納された記憶を慎重に読み進めていく。頭の痛い内容で時折脱線もしている物だったが、何とか呑み込むのはその前世の記憶の内容が今のわたくしに直面している問題があったからだった。
「セチア……嬢。お見舞いに来たのだが………」
本当は渋々来たのだろう。たまたま目に入った野草をお見舞いの花として持ってきたのかしっかり土がついているし、物によっては根っこもしっかりある。
「ありがとうございます……オオイヌノフグリですね……」
お見舞いに持ってくる花かと言えば首を傾げるが、お見舞いにと気を遣ってくれた気持ちが嬉しい。メイドはどうか瓶に入れるべきかと困っているが、それを考えるのはメイドの仕事だろうからガンバッテと心の中で応援しておく。
「セチア嬢は体調が悪いのか。あんな風に倒れて」
ぶしつけに聞いてくるが、これはゲーム本編でもそうだった。主人公のことを無神経に扱うが、実は彼女が貴族の常識が分からずに孤立しているのに耐えていることに気付いて守ろうとする。正義感がある設定。
女子ってそういうタイプに弱いのよね。
前世のわたくしもそういうタイプに弱かった。
だけど、今のわたくしはそう感じない……。
「カランさま。ご心配をおかけしました……」
ベッドの中から頭を下げる。
本当は声を掛けるのも怖いので体が小刻みに震えている。声が掠れているのは体調が良くないからと思われていればいいのだが。
「いえ。………ただ」
そこで言いよどむ。言わなくてもいいと思ったのに漏らしてしまったのは怖いからだろうか。
「セチア嬢?」
カランさまに覗きこまれて言い逃れが出来ないと誤魔化すことはできないかと考えていたのは無駄だと悟る。
言いたくないのなら最初から言わなければよかったのだ。
「夢を見るのです………。変な夢を……」
どう言っていいのか分からない。だけど、ここまで漏らしたのなら告げた方がいいだろう。
「カランさまに会った時にいきなりいろんな光景が頭に流れてきました。――わたくしは強い女性だから守らなくていいだろうと形だけの婚約関係をしているカランさまが、守ってあげたくなる少女に出会って、その子を大事にする。それを咎めたら守りがいのない一人で立っていられる女性であるわたくしよりもその少女が大事だと告げて婚約を破棄するものでした………」
信じたくない内容だった。家同士が決めた婚約。相性の問題があるから仲が良くなる。ならないはあるかもしれない。だけど、守りがいがない。それだけの理由で蔑ろにされて。咎めたというだけで婚約を破棄されるのだ。
頭の中に流れてきた記憶では、確かに強い凛と一人で立つ印象のある未来と思われるゲームの中のわたくしがそこにはいたが、ゲーム内で主人公を咎めている内容が今まさに貴族令嬢として当然のこととして学んでいる内容なのだ。
鞭を何度も打たれて覚えてきた内容。そのはしたないと現段階で言われている諸々を平然と行う少女を婚約者が庇う。
それが悲しい。
ぼろぼろぼろ
幼い心が悲鳴をあげている。わたくしのしてきたものは何だったのかと理不尽に耐えられずに涙として溢れている。
「必死に頑張っているのにそれを否定されて、捨てられる……そんなの嫌です。ならば、婚約はしません!!」
まだありもしない未来なのに、前世の記憶がいきなり湧いて出てきたがそれで精神が大人になったわけではない。
いや、もしかしたら。そんな前世の記憶が流れ込んだことの恐怖で今まで学んでいた淑女教育が抜け落ちるほどの恐怖が襲い掛かっていて子ども返りしてしまっている。
ぼろぼろぼろと泣き続けているわたくしに、カランさまがそっと涙を拭こうとして拭く物がないのでシーツを外して顔に当ててくる。
「セチア嬢。約束します。俺は貴方を大事にする。――そんな薄情なことをしません」
だから、婚約してください。
頼むように告げてくる様に信じていいのかと不安になりながらも家同士の繋がりでの婚姻。わたくしのそんな前世の記憶……表向きには変な夢の影響でなかったことに出来ない。
「セチア嬢……」
緊張したように、震える手でカランさまがわたくしの手に触れる。
「約束します。――だから」
だから、そんな夢を信じないでください。
騎士の誓いのような宣言。
そして――。
「なんで、そんなひどいことを……」
涙ぐみながら告げている少女は、かつて前世の記憶にあった乙女ゲームのヒロイン。彼女は貴族令嬢に窘められたことを酷いと言っているのだ。
「酷い? 何のことですか? 婚約者のいる男性にむやみに触れない。それは身分関係なく普通のことでは?」
「だ、だって……」
ますます涙ぐむ少女を見て、わたくしの婚約者はどんな反応をするのかと心配になり、そっと右上に視線を向けると、
「分からないと言いながら学べる環境だったのに身につかなかっただけだよな」
と首を傾げて尋ねてくる。
「ええ。そうですね。学園に入る前に学ぶはずですから」
言葉を返しながら、安堵する。
幼かった頃は無自覚だったが、わたくしは彼に向かって守ってあげないといけない内面を見せつけたことで、彼はわたくしを一人でも大丈夫に見えるほど凛と立っているが、実は今でも内面は弱い少女と思い込んでいる。
幼いころに精神まで大人だったら正直そんな演技は出来なかったけど、幼かった精神に感謝する。
おかげで今も彼を縛り付けられているのだから。