軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第40話 この村をもっと幸せに

翌日。領民たちに、ミカからアイラを紹介する場が設けられる。マルセルの呼びかけで全領民が集合した村の広場へ、ミカはアイラを案内する。

「大丈夫ですよ。皆、アイラさんの服装のこともアンバーのことも知っています。その上で、皆アイラさんがこの地へ来ることを楽しみに待っていました」

「……はい」

ミカの隣に並び、ディミトリとビアンカに伴われながら、アイラは昨日以上に緊張した面持ちで歩く。

百人の領民たちが集まる広場を前にして、アイラは足が竦んだのか立ち止まる。そんな彼女にミカは手を差し出し、優しく微笑む。

「アイラさん。一緒に行きましょう」

ミカと目を合わせたアイラは、小さく深呼吸して頷き、ミカの手をとる。

「皆、紹介するよ。こちらが僕の婚約者で、来年には僕の妻になるアイラ・ヒューイットさん。君たちにとっての奥方様になる人だよ」

「……アイラ・ヒューイットです。皆さん、これからどうぞよろしくお願いします」

アイラが名乗ると、領民たちは拍手や歓声で応えた。皆、アイラの服装やその腕に抱かれたアンバーを不思議そうに見ているが、眉を顰めたり、馬鹿にして笑ったりする者はいない。ミカの事前の説明がしっかりと効果を発揮していた。

「ねえねえ、あの人、おひめさま?」

と、幼い女の子がアイラを指差しながら、母親に向かってそのように尋ねた。ちょうど拍手と歓声が一段落したときだったので、その言葉は領民たちにも、ミカたちにもよく聞こえた。

「おとぎばなしのおひめさまは、皆とちがう、もっとすごいふくをきてるんでしょう? じゃあ、あの人はおひめさまなの?」

「……そうね。あの人はこの村のお姫様よ」

娘に微笑みながら、母親は答える。

「ははは、領主家に嫁ぐご令嬢なら、確かにお姫様で間違いないな」

「あの不思議な服も、お姫様の特別な服だと思えば納得だわ」

「こりゃあいい。俺たちの村にお姫様が来たぞ」

「ヴァレンタイン領へようこそ、お姫様!」

領民たちは口々に言う。ジェレミーが明るく呼びかけると、他の者たちからもようこそ、と歓迎の言葉が飛ぶ。

お姫様、と呼ばれて満更でもなさそうな表情で振り返ったアイラに、ミカも笑顔を向ける。

「これでもう、アイラさんはヴァレンタイン領の一員です。何も心配は要りませんよ」

「……はい、安心しました。皆さん、ありがとうございます」

最初のような緊張した面持ちではなく、安心感に満ちた穏やかな表情で、アイラは皆に答えた。

彼女と領民たちの初対面が大成功に終わったことに内心で安堵しながら、あの幼い女の子には後で何かご褒美を贈ろうとミカは考える。

・・・・・・

さらに翌日。パトリック率いるヒューイット家の一行は帰っていき、後にはヴァレンタイン領の住人となったアイラと、彼女のお目付け役となる使用人が一人残った。これから来年の結婚式までの間、季節ごとにアイラの様子を確認する使者がヒューイット家から送られ、その際に交代のお目付け役が新たにやってくる予定だという。

この時期、農村では大麦が収穫時期を迎えている。昨年までは納税用の小麦やパンにするためのライ麦が優先だったが、今年は新たに開墾された農地に膨大な量の大麦が実っているため、その収穫作業は大変に忙しく、そして賑やかなものとなっている。

「この村も去年までは、領民たちが食べる麦も不足する状況だったそうです。僕が魔法で犂を使って耕すことで、農地面積あたりの収穫量は増えて、こうして世話をできる農地面積そのものも広くなりました。これから少しずつ領民たちの生活が楽になって、領主家であるヴァレンタイン家も裕福になっていくと思います」

アイラに農地を案内し、領民たちが大麦の収穫作業に臨む様を一緒に眺めながら、ミカは語る。

「そうなんですね……領主になって一年で目に見える成果を上げておられるなんて、ミカさんは本当に凄いと思います。心から尊敬します」

アイラからうっとりとした表情を向けられ、真っすぐな称賛の言葉を語られ、ミカは照れたように笑う。

「恐縮です。とはいえ、まだまだアイラさんのご実家のヒューイット家とは比べ物にならない小領です。もっと頑張って発展させていきます」

「私も一緒に頑張ります。あなたの夢は、私の夢でもありますから」

アイラは優しく微笑しながら言い、そっとミカの手を握った。彼女の体温を手に感じながら、ミカは心強さを覚えた。

「次の目標は、確か、農耕馬の導入ですか?」

「はい、まさしく。この地の農業生産力を最大限に高めて、なおかつ僕の魔法を他の仕事に割り振れる体制を作るのが最優先だと思っています」

農地を巡りながら、ミカとアイラは言葉を交わす。

「この地の農業生産力がより高まって、僕が森の開拓をはじめとした領地発展のための仕事により多くの時間をかけられるようになれば、以降は移住者を迎えて領地の人口を増やしたいと思っています。ヴァレンタイン領の経済力や軍事力を高めて、この地をより豊かで安全な場所にするには、領地規模そのものを大きくする必要があると考えています」

「確かに、仰る通りですね。領内人口は、領地の経済力や軍事力に直結しますから」

二人で語らいながら歩いていると、時おり領民たちがミカとアイラに気づいて一礼したり、親の収穫作業を手伝う子供たちが無邪気に手を振ってきたりして、ミカたちもそれに応える。早くも領民たちに受け入れられているアイラは、嬉しそうに微笑んで手を振り返す。

「それと、木造の小さなものにはなりますが、城を造りたいと思っています」

「お城、ですか?」

領地の北側、村の方を振り返りながらミカは頷く。

「はい、城です。この村の領主館は前の領主家が建てたもので、建造から五十年以上が経ってだいぶ古びていますし、一般的な領主館と比べても小さいので、領地が発展すればきっと手狭になります。それに、非常時の領民たちの避難場所や防衛拠点としてはあまり役に立ちそうもないので、このまま居所とするには不安が大きいと考えています。なので、少しずつ城の建造準備を進めていきたいです……個人的なことを言うと、自分の城を持つことに憧れもあります。この地を捨てた前領主家のお下がりの領主館ではなく、僕自身の意思で造った自分の城に住みたいです」

一国一城の主と呼べる存在になるのがミカの夢。領地は手に入れたが、他人が建てた小さくてぼろぼろの領主館は「我が城」などと呼ぶにはあまりにも心許ない。生涯をかけて夢を完遂するのであれば、自分の城を、本物の城を築き上げたい。

領主として見据える実益に加え、そのような願望もあって、ミカは城を造りたいと考えている。

最後の方は微苦笑交じりにミカが言うと、それを聞いたアイラは小さく目を見開いた後、にっこりと笑った。

「とても素敵なお考えですね。ミカさんが自分の城を持つのだと思うと、私も心が躍ります……こうしていつも一緒にいられるようになっただけでも十分すぎるほど幸せですが、ミカさんの憧れが詰まったお城で一緒に暮らせば、きっともっと幸せになれると思います」

「そう言ってもらえてよかったです……これから先、一緒にもっと幸せになりましょう」

ミカがアイラを見つめながら言うと、彼女はミカの言葉を噛みしめるようにゆっくりと頷いた。

そして、ミカは村から農地まで、己の領地全体を見回す。

領地の開拓に、城の建造、そして来年に控えたアイラとの結婚。この先やるべきことも、楽しみなことも盛りだくさんだった。きっとこれからますます忙しくなるが、それは言わば嬉しい悲鳴というもの。負うべき責任も大きくなるが、それは己の夢がより一層の完成形に近づくという喜びを伴うもの。

ミカはただひたすらに、この先の人生が楽しみだった。未来の全てが希望に満ち、輝いているように感じられた。

亡き父母に、そして前世の家族にも、叶うのならば伝えたい。自分は今ここで、この世界のこの時代で、日々を夢に満たされながら人生を歩んでいると。

この人生を守るためにこそ、自分はこれからも生きるのだ。大切な家臣と領民たちを、愛する女性を、皆の暮らすヴァレンタイン領を――この村をもっと幸せにするために、ここで生きていくのだ。