軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

59:事件ではあるが

「さて、残すは市場ですね」

「不審物が無いか、不審者が居ないか、怪しげな品が売られていないか、異常な値段の品が売られていないか、でしたか」

「ええそうです。とは言え、私たち宮廷魔術師が居ると分かっている状態でおかしなことをする人間はそう居ないので、殆ど牽制が目的の仕事になりますね」

舶来品を扱う店を後にしたワタシたちがやってきたのは、平民街にある露店が立ち並ぶ市場だった。

とは言え、ワタシとヘルムス様が出会った下級よりの露店市と違い、こちらは場合によっては男爵家や子爵家の使用人も日常的に活用している事もある、露店市の中では上級のものとなる。

なので、取り扱っている品の質も良ければ、行き交う人々の身なりも整っていて、治安も非常に良い。

常駐の兵士が居るくらいなので、正直なところ、ワタシたち宮廷魔術師がわざわざ来る必要があるか怪しいぐらいである。

「ふむ。小麦にしろ、肉にしろ、果物にしろ、それらを加工した品々にしろ、おかしな値の物はありませんね」

ヘルムス様が露店に並んでいる品の値段を素早くチェックしていく。

公爵家の三男ともなれば、露店市で買い物をする機会など滅多に無いと思うのだが、その確認の手際に淀みはなく、手慣れた様子である。

「意外ですか? ミーメ嬢」

「バレましたか。そうですね。少し意外ではあります。ヘルムス様はこういう細かい物の値段まで把握している立場とは思っていなかったので」

「これでも交易と流通に関わる家の出ですからね。これくらいは把握しています。そういうミーメ嬢は……値段はあまり気にしていませんよね」

「質に見合った値段かは気にしていますよ。なので、流石にぼったくりの類には遭いません」

なお、ワタシは多少の値動きは気にしない方である。

その……お金など、魔境で魔物を狩って来て売れば、幾らでも稼げてしまえると言う認識で人生の半分近くをやって来てしまったので、はい。

流石に腐ったリンゴを買うような事はしないが、少し割高のリンゴを割高だと気づかずに買う事はある。

「でもヘルムス様の手慣れ加減は家で教わっただけではありませんよね? 宮廷魔術師として仕事をしてきた経験のおかげですか?」

「それもありますが、第二属性に目覚めてから二年ほど、平民に混じって生活していたと言うのが大きいですね」

「平民に混じって生活していた?」

「ええ。第二属性『船』に目覚めた私ですが、直ぐに自分の中に今ある船の知識だけでは駄目だと気づきまして。それで父に多少無理を言って、おおよそ二年ほど平民の船員として、様々な船で働かせてもらったのです。その中で市場に自分で行って買い物をする機会もあり、無事に慣れましたね」

「そうですか。その……大変でしたか?」

「大変ではありましたが、それ以上に楽しかったですね。船の知識も得られて、あの二年間は得難い物でした」

「なるほど」

ヘルムス様が平民に混ざって生活をしていた事もある、か。

確かに自分の第二属性について学ぶには、それが一番良い手だったのかもしれない。

四年前のワタシとの一週間を問題なく過ごせていたぐらいだから、平民に混じって行動する事自体には忌避感はないだろうし。

そして、その経験が本人にとって間違いなく実になっているのだから、周囲の誰かが何かを言う事ではないのだろうけども……。

これもまたワタシがヘルムス様に与えた影響の一環だとも思ってしまうので、何とも言い表すのが難しい気持ちにもなる。

「「「ーーーーー~~~~~!?」」」

「おや?」

「何か起きたようですね」

と、ここで市場の一角が急に騒がしくなる。

聞こえてきた声は……物盗り、医者を呼べ、兵士を呼べ、と言ったもの。

「犯罪のようですね。ヘルムス様」

「ええ、向かいましょう」

ワタシたちは騒ぎがあった方に向かう。

と同時に、ワタシは周囲の闇を不審な形で裂く何かや、不審な動きをする人間が居ないかを属性感知の要領で調べていくが……。

流石に人が多過ぎる上に、既に騒ぎにもなってしまっているから、判別しきれないか。

「宮廷魔術師が一人、『船の魔術師』です。何がありましたか?」

と、現場が見えてきたな。

いち早く駆け付けていた兵士たちにヘルムス様が声をかけている。

その間にワタシは兵士たちの隙間から現場を確認。

兵士に介抱されているのは三十代後半くらいの男性で右目は紅色……肉体属性で、左目は包帯のような物で隠している。

頭に怪我を負っていて、傷口からは軽い流血をしている。

が、重傷ではないようで、上半身を起こすことは出来ている。

ただ、ショックそのものはデカいようで、項垂れていて、どうしたらいいのかと言ったような表情をしている。

「周囲で見ていた者の言葉通りなら、どうやら風属性魔術を用いた物盗りのようです。犯人は店主であるこちらの男性と話をしていた所、突然、店ごと吹き飛ばすような突風を起こした上で、品物を盗り、路地裏の方へと飛び去ったそうです」

「なるほど。犯人については?」

「女である事、風属性の魔術師であることまでは分かっていますが、それ以上は何も。一応、足取りを追っている者も居ますが、速さに優れた風属性魔術師が相手ですので、魔術そのものを使えない我々ですと……」

「追う以上の事はしないようにお願いします。魔術師は魔術を使えない者が敵うようなものではありませんので」

「心得ております」

兵士とヘルムス様が話している間に、ワタシは闇人間を呼び出すと、魔術師が飛び去ったらしい方向に向けて走らせておき、不審者が居ないか見回らせる。

ワタシの属性感知にかかる範囲に居ない時点で期待は出来ないが、それでもまあ、一応だ。

それと同時に、散らばった商品から、此処が何の店だったのかも確認。

売られているのは、肉体属性の魔術……恐らくは身体強化の魔術が込められた魔道具のようだ。

たぶんだが、店主御手製の品なのだろう。

念のために確認しておくが、第二属性が含まれている品や、こんな市場で売るには強力過ぎるような大量の魔力が込められた品は無い。

「店主殿。お話を伺っても?」

「え、ええ。拙者に話せる事であれば」

ヘルムス様は店主にも話を聞いている。

店主は魔物素材と金属を組み合わせて作る手製の魔道具売りで、名前はノスタ。

売っている魔道具の効果は簡単な身体強化、治癒の促進、病気の予防と言ったものであるとの事。

犯人については値段交渉をしていた所、突風の魔術を突然放ってきたそうだ。

この突風の魔術によって店主は転倒し、露店と言う事で簡単な造りだった店は倒壊。

そして、犯人は大量の魔道具を入れていた袋を持って、逃げ去ったそうだ。

「どうして袋に魔道具を?」

「そりゃあ、店頭に並べてある品が全部ではございませんから。入れ替えの品、余った品、要は在庫ですが、それは何処かにまとめておくものでしょう? まあ、今後は幾つかの袋に分ける事も考えないといけないかもしれませんが……。はぁ、金がかかりそうだ」

店主はそう言うと悲しそうに俯く。

そうしている間に何処からか医者も到着したようで、傷の状態を確認している。

が、既に肉体属性である店主は自分の魔術で傷を治していたらしく、血をぬぐっただけだった。

なお、左目を隠す包帯については、昔魔物に襲われて負った傷を隠すためのものとの事で、今回の事件とは関係ないそうだ。

うーん、特に店主に怪しい点は無さそうだし、普通に被害者のようだ。

なら、犯人の女魔術師とやらを捕まえれば、それで終わりそう。

と言うわけで、店主は兵士と医者に連れられて、この場を後にした。

「ミーメ嬢。どう見ますか?」

「魔術を使っている点を除けば、普通の物盗りだと思いますが……何かあったのですか?」

「そうですね……。どうにも、あの店主が我々に向ける視線に何か言いたげな物を感じたのですが……。ミーメ嬢との時間を邪魔された事で気が立っていただけなのかもしれません」

「ワタシはそれにどう返せばいいのかで、今は困っています……」

ヘルムス様が店主に少し深く尋ねていたのは理由は分かったが、後半の言葉のせいでどうすればいいのかが分からなくなってしまった。

真面目にやれと怒ればいいのか、婚約者として照れればいいのか……。

「それにあの店主、どことなく貴族の所作を感じました。もしかしたら元貴族なのかもしれません」

「なるほど。そうなると……物盗りでないのなら、もしかしたら貴族時代にその女魔術師から恨みを買っていたとかありそうですね」

「……。可能性として一応考えておきましょうか」

店主は元貴族、か。

うーん、流石にそう言うのはワタシには分からない。

そして、ワタシの思い付きを可能性として考えてしまうのか。

まあでも、いきなり見ず知らずの相手に魔術を放ったよりは、そっちの方が納得は行くか。

「ところでミーメ嬢。闇人間を向かわせていたようですが、成果は?」

「ありませんね。追っているらしい兵士の方々も追い抜きましたが、怪しい人物は居ないと闇人間は認識しています」

ちなみに今回の闇人間は半分オートで、建物や地面の表面を影として駆け、事前に指定したような不審者が居ないかを見てくれている。

が、結果は空振り。

もうちょっと術式の調整が必要かもしれない。

「そうですか。……。此処から先については、兵士の方々の地道な仕事に期待するしかなさそうですね」

「そうですね。本当に目の前で犯行が行われたのなら、どうとでもなったのですが」

まあ、捕まえられなかった以上は仕方がない。

今回は相手の運が良かったと思うしかないだろう。

「ミーメ嬢。そろそろ時間も良いところですので、家まで送らせていただきます」

「分かりました。ただ、ヘルムス様」

「分かっています。ミーメ嬢の家に着いた後に家の馬車を呼んで、それに乗って王都屋敷には帰ります。こうして王都内で魔術を使った強盗事件が起きたのですから、するべき警戒はしますとも」

「ならいいです」

これ以上現場に居ても出来る事はない。

ヘルムス様とワタシは他にするべき連絡をすると、市場を後にして、ワタシの家に向かう事にした。