軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

43:婚約の挨拶を終えて

「ふぅ……無事に終わりましたね」

ボースン様、それにボースン様の奥様との会食を終えたワタシは、トレガレー公爵家の馬車に乗って、ヘルムス様と共に自宅へと向かっていた。

時刻は既に夜。

周囲は完全に闇に包まれていて、その気になればワタシは何処までも知れる状態である。

「そうですね。でも、ミーメ嬢が心配するような事は無かったでしょう?」

「それはそうですね。ボースン様もディム様もお優しい方でしたし、ワタシの両親は……まあ、ワタシの両親ですからね。ただ、それと気を抜けるかどうかは全くの別問題ですから」

「そうですか。ふふふっ、そう思って行動出来るのは、間違いなくミーメ嬢の美点ですね」

今日の挨拶回りは無事に終わった。

これでワタシとヘルムス様の婚約は、少なくとも当事者間で認められたものである事が正式な物になった。らしい。

なので、ここで横槍を入れて来る人間は、トレガレー公爵家とアンカーズ子爵家を敵に回すことになる……に留まらず、色々な家を敵に回すそうだ。

うーん、貴族って怖い。

でも仕方がないね。明確に約束しているところに、無関係かつ論拠もなく割り込んでくるような人間なんて、誰から見ても厄介者なのだし。

ワタシ視点でもただの敵なのだから、擁護も容赦もする理由がない。

「ちなみに私としては機会を見て父と長兄にもミーメ嬢を紹介したいですし、トレガレー公爵領についてもミーメ嬢にお見せしたいと思っているのですが、如何でしょうか?」

「嬉しいお誘いですね。機会があれば是非。あ、でも、ワタシの礼儀作法がもう少ししっかりすると共に、自然なものになってからでお願いします。先ほどの会食ではぎこちない部分もまだまだあったと思いますので」

「分かりました。そこは教師役とも相談しつつ決めましょうか。あまり勝手に動き過ぎると兄上にも怒られそうですし」

「そうですね。そこはしっかりと相談していただければと思います」

トレガレー公爵領は海沿いの土地だったか。

海沿いと言う事は海の魚が獲れて、日常的に食べられているイメージがあるのだけど……ちょっと気になるな。

ワタシはずっと王都、王都周辺の平地、グロリベス森林のいずれかで活動してきたから、海の魚の味は前世知識の中にしかない。

うん、機会があれば行ってみたいものだ。

さて、それはそれとしてだ。

「ところでヘルムス様。婚約の挨拶回りをどうしてこれほどに急いだのですか?」

ヘルムス様に聞かないといけない事もある。

「……。流石はミーメ嬢。気づきましたか」

「気づいたのはボースン様との会食が終わってからです」

「それでも十分です。何がおかしいと思いましたか?」

今回の婚約の挨拶回りはとても慌ただしいものだった。

ディム様への挨拶とお礼については、単純にワタシの礼儀作法の試験も兼ねた物だったのだろう。

平民であるワタシの両親への挨拶は、本当にただの婚約の挨拶だったと思う。

「色々とあります。ワタシの礼儀作法が及第点程度なのに進めたりとか、一日で終わるように日程を詰め込んでいたりだとか……。一番は相手がヘルムス様の御父上ではなく、王都駐在官であるボースン様であった事でしょうか。王都駐在官であるボースン様でも問題は無いと思いますが、ヘルムス様がより本気なのを示そうと思ったら、どうにかして公爵様の前にワタシを出したと思います」

「ミーメ嬢の言う通りです。少々、急な用件がありまして、今日の挨拶はこのような形になってしまいました。申し訳ありません」

「いえ、怒ってはいないので、謝ってもらう必要はないです」

実のところ、今日、トレガレー公爵家の人間の中で挨拶をした相手がボースン様で良かったとワタシは思っている。

いきなり公爵様相手に挨拶だとか、平民であるワタシにとっては恐れ多いどころではない。

「それで、何故このような流れに? 今も魔術を使ってまで、ワタシたちを追いかけてきている方がいらっしゃいますよね? それも複数」

「そうですね……」

ワタシは馬車の外へと視線を向ける。

馬車の外、通りに沿った建物の屋根上では、風属性の魔術を用いて屋根から屋根へと飛び移っている魔術師が居る事を、ワタシの感知能力は捉えている。

そして、この一人だけでなく、他にも魔術を使ってこの馬車を追いかけている魔術師は居る。

で、これらのワタシたちを直接追いかけている連中を、更に後ろから追いかけている連中もまた居る。

どうしてだか、二重尾行のような形になっているようなのだ。

なお、当然の事だが、街中を魔術を使って飛び回ると言うのは、特別な事情や許可がない限りは違法行為に当たる。

高所からの落下や、高速度での移動中に、誰かへ不意にぶつかった時の被害が洒落にならない可能性があるからだ。

それなのに、ワタシたちを追いかけているのだから……相手は普通ではない。

「少し前の希少素材倉庫の件を覚えていますか?」

「勿論です」

希少素材倉庫の件と言うのは、希少素材倉庫と言う名前の王城内にある倉庫に保管されていた素材が盗まれていたり、すり替えられたりしていた件の事だ。

最近になって、ようやく被害の全貌が明らかになったと、王城内で誰かが噂をしていた気がするが……。

「どうやら、私とミーメ嬢の婚約に反対するであろう人間の一部と、希少素材倉庫の件で嫌疑がかかっている人間の一部が重なっているようなのです」

ヘルムス様の言葉にワタシは手を打つ。

「なるほど。ワタシたちは囮ですか」

「はい。その通りです。申し訳ありません、ミーメ嬢。折角の婚約の挨拶を利用するような事になってしまい」

「いえ、この程度なら宮廷魔術師として活躍出来ているようで、むしろ嬉しいくらいです」

つまり、ワタシたちを直接追っているのは反対したい連中の手の者で、それを更に追っているのは王家側の人間……諜報部隊の類と言う事か。

で、今日の件を糸口として、その家がこれまでに隠していた犯罪行為にまで切り込もうと言うのが、王城側の算段なのだろう。

うーん、貴族恐い。

「嬉しい、ですか?」

「ええ、嬉しいです。ワタシたちならば囮となって、何かしらの危機に巻き込まれたとしても対処できる。だからこその囮でしょう?」

「……。ふふっ……そうですね。ミーメ嬢を害せる者など居ないでしょう。それはミーメ嬢の弟子である私が一番よく分かっている事でした」

とは言えだ。

ワタシを囮に使うのは悪くない。

ワタシの魔術の実力なら、ワタシ自身に降りかかってくる災難はどうとでもなるのだから。

ヘルムス様が一瞬、ぼうっとしたのは……まあ、今回は見逃しておこう。

婚約者を囮にして心配しない方が問題だし。

「と、ミーメ嬢の家に着きましたね」

「そうですね」

ここで馬車が止まり、ワタシはヘルムス様に手を引かれて馬車を降りる。

ワタシたちを付けていた人間たちも、出来る限り自然な風を装って、散っていく。

きっとこれでワタシの家を突き止めたと報告するのだろう。

まあ、そこは魔術で対策しておけばいい。

辿り着けないようにしても良いし、反撃で落としてもいい。

ワタシの家だから、ワタシがどうとでも出来る。

「ヘルムス様。少し待ってもらってよいですか?」

それはそれとして、今日の所は二人で家の入口まで行き、ワタシだけが家の中へ入るのが本来の流れなわけだが……。

ここで一つ思いついたことがあった。

「構いませんが何か?」

「渡しておくものがあります。えーと、うん、問題なし」

ワタシはヘルムス様を入り口に待たせると、家の中からとある物を持ってくる。

「これは?」

見た目は一辺が3センチほどの小さな鉄製の箱で、ワタシが魔術によって溶接したので隙間はない。

振っても音も何もしない。

中に闇が詰まっているだけの箱である。

かかっている魔術も、ワタシとワタシが認めた相手以外には箱を認識させないだけの魔術である。

「少々特別な魔道具です。万が一に備えて、肌身離さず持っておいてください。あ、加工する場合は箱を傷つけないようにお願いします。傷が付いたら意味が無いので」

「魔道具? 分かりました。ミーメ嬢の言う事ですので、常に持っておくことにしましょう」

だが、相手がワタシではなくヘルムス様の方へと来た時の対策としてはこれ以上ないとは思う。

ヘルムス様の実力ならば必要無いとは思うが、一応は持たせておくべきだろう。

「それではヘルムス様。今日はこれで」

「ええそうですね。と、別れの前に一つだけ」

さてこれで、いよいよ今日は終わりと思ったのだが……。

その前にヘルムス様がワタシの前で跪き、片手を優しく握っていた。

「ミーメ嬢。婚約者として、弟子として、同僚として、何があったとしても貴方の事を守って見せますので、安心して務めを果たしてください」

そして囁く。

優しく、優しく、とても優しく、ワタシの目を真っすぐ見て、囁いてくる。

守って見せると。

その姿は、こちらをまだ見ている誰かを煽るための物だと分かっていてもなお、十分な破壊力があった。

「そ、そうですか。ですがその……」

しかし、これだけならまだ耐えられた。問題はその後。

「ええ、分かっています。師匠の力が必要な時には頼らせていただきます。その時はどうか不甲斐ない弟子をお助けください」

「……っ!?」

なんと言うか、さっきの守りますより破壊力が高い。

当たり前なのだが、公爵家と言うだけあってヘルムス様の顔はとても良い。

そのヘルムス様が愛を囁くかのようにワタシに 希(こいねが) って来ると言うシチュエーションは……一瞬、周りが煌めているかのように見えてしまった。

「ではミーメ嬢。また明日」

「え、ええ、はい。また明日です。ヘルムス様」

そうしてヘルムス様は去り、ワタシは家の中へと入った。

そう、ワタシとて16歳の乙女。

自分を真っすぐに慕ってくる顔のいい男には……胸を高鳴らせずにはいられなかったらしい。