作品タイトル不明
199:閑話-『渦潮の魔術師』は見つける
私の名前はロロシカ・フォン・モメントルク。
宮廷魔術師の一人で、陛下からは『渦潮の魔術師』の二つ名を戴いている。
私は先日、イストフィフス侯爵捕縛……改め討伐作戦に参加した。
作戦中の活躍においてはさておいて。
作戦後、他の宮廷魔術師が王都に帰還し、後輩の『船の魔術師』ヘルムスと『闇軍の魔女』ミーメ嬢がトレガレー公爵領へと向かう中、私は侯爵領に留まる事を選んだ。
理由は幾つもある。
作戦中に領都に設置されていた魔物除けのレリックが破壊されてしまったため、代替となる魔物除けの魔道具の設置や、領都沿岸の整備が完了するまで、海からやって来る魔物に対抗できる人材が必要であった事。
聖アンザンシ改めアジャンシィ・ジャマクロウの拠点や遺物を調査するに当たって、王城から魔術に関わる事案全般の最高責任者が居た方がよく、宮廷魔術師と言う地位を持つ私が適任だった事。
イストフィフス侯爵家の犯罪行為に魔術が関わっていた場合、魔術に関する広範な知識を有すると同時に、見逃されていた危機を危機として認識できる者が必要だった事。
掃除が終わった後のイストフィフス侯爵領を治める事になる次の誰かの候補として、モメントルク子爵家と縁がある者が含まれており、私の働き如何によってはその者が選ばれるかもしれないという、家への褒美があった事。
私個人の魔術を磨くために、海と言う、複雑な水の動きが絡み合っている現場を一度見てみたかった事。(私は王都の生まれであり、海を見たのは今回の作戦が初めてとなる)
他にも、第一属性が同じ水と言う事で、少なからず面倒を見てやっていたヘルムスの師匠語りから確実かつ長期間離れる事が出来ると言うのもあるだろうか。
なんにせよ、私はここ暫くは元イストフィフス侯爵領の領都にて、持ち込まれる書類を手際よく処理していくと言う業務に忙殺されていた。
「ロロシカ様。厄介な物を見つけてしまったかもしれません」
「メテルか。話を聞こう」
そんな中、部下の一人……確か、トリニア教を乗っ取っていたならず者たちの調査をしていた人間が人目を憚るようにして私の下にまでやってきた。
その顔は青ざめており、腕の中には、一冊の本が抱え込まれている。
私は人払いをした上で、事情を聞き、本を受け取り、そして中身を軽く検めて……溜息を吐いた。
「やはりやっていたか。あの愚か者どもめ」
「やはり、なのですか?」
「やはりだとも。侯爵が力を求めていたのは間違いなかったからな。こういう行為は必ずやっていると思っていた。表立って言われる事は滅多になかったが、『石抱きの魔術師』ライオットが成功例。などと抜かす奴も居たくらいだ。信じるに値しない話だったがな」
本の中身は……一応の分類としては実験記録になるのだろう。
書かれていたのは、ならず者たちの中でも手先が器用な者や、治療魔術を一応は使える者によって行われた、属性に目覚めた者の目を移植する事によって、第二属性を人工的に生み出そうと言う試みになる。
もう少し具体的に述べれば、誰を被検体に、どんな目を移植して、どういう結果になったのかが、嬉々とした様子で綴られていた。
文章を読むだけでも施術者の異常性が窺え、こちらの正気を削られるような内容だ。
「上手くはいかないのですよね? ロロシカ様」
「上手く行くはずがない。目の構造は複雑で、今の人類が手を出せるようなものではない。私が知る限りでは、失われた視力や眼球を取り戻す試みですら、上手く行った試しは無いはずだ。それなのに、目の移植で第二属性を得ようなど……実験を口実として拷問をしたかっただけとしか思えないほどだ」
「拷問……」
何かを思い出したのか、メテルの青褪め方が酷くなる。
まあ、この本があった場所の環境は、書かれている内容から察する事が出来るので仕方が無いだろう。
それはそれとして。
瞳の再生や移植は、現在の王国に存在する普通の治療魔術においては不可能と断言されている。
正確には、『白衣の魔女』ユフィールは、無理だと断じた。
構造が複雑で、ただ神経を繋ぐだけでは駄目なのだとか。
『治療』属性を用いたとしても、人体構造を正しく把握できていなければ、その先には進めないらしい。
とは言え、これを言ったのは数年前の事であるし、今ならば『闇軍の魔女』が作った『カダ』と言う名のレリックもあるので、もしかしたら瞳の再生だけなら出来るのかもしれないが。
「しかし……許した侯爵も、実際にやった人間も、諦めが悪いと共に悍ましいことこの上ないな。日付から察するに、始めたのは十年ほど前のようだが、一年前まで継続されていたようだ」
「逆に何故、一年前にはこの研究は終わったのでしょうか?」
「恐らくは……聖アンザンシの拠点とレリックが見つかったからだろう。誰でも直ぐに使える上に三属性のレリックと、犠牲も費用も甚大なのに成果が出ていない第二属性を生み出す実験では、比較対象にもなるまい。資料が残されているのは……再開する可能性も一応あったから、かもしれないが」
「なるほど、悍ましいですね」
「まったくだ」
私はもう少しだけ詳しく見てみる。
どうやら最初は人から人への眼球移植を試みていたようだが、その内に魔物から人へ、人から魔物へと移り変わり、最終的には魔物から魔物への眼球移植を試みている。
人間では生命力が足りないだとか、そんな見当違いの走り書きもされていた。
また、途中では第二属性持ちすら上手く行っていないのに、三つ以上の目を移植する試み……つまりはトリニティアイを人工的に造ろうとしていた形跡もあった。
愚か極まりない。
しかし、双子同士ならだとか、親子ならばだとか……本当に悍ましい実験内容ばかりだ。
しかも、実験を装う事で、実験に関わりない事もしていた可能性までありそうだ。
万が一上手く行った場合にも、反撃される可能性を考えているようには見えない。
自分以外の人間は仲間を含めて実験材料としか見ていない、悍ましさの塊のような記録だ。
この本は……間違っても表には出せないな。
「……」
「ロロシカ様?」
私は少し考えた。
これだけ悍ましい振る舞いをしているような人間が、研究の停止を言われた程度で大人しくしているであろうかと。
仮に故侯爵が研究者の殺害を命じたとして、大人しく殺されるだろうかと。
そもそも、命令された人間にしても、それを実行するのだろうかと。
「メテル。私は王城への手紙を書く。その間に、お前が信頼できる騎士を……そうだな、四人ほど集めろ。一時間ほどしたら、戻ってくるように」
「っ!? 了解いたしました」
メテルが部屋の外へと出て行く。
それを見届けてから、私は手紙を手早く書いていく。
内容は……侯爵領にて、被験者の安全に配慮しない眼球移植実験が行われていたことを確認。施術者及び研究者が侯爵領から一年前の時点で脱出して、王国国内の何処かに潜伏している可能性あり。
詳しい情報はこれから調べるが、警戒をしていただきたい。
と言うものになる。
そう、こんな悍ましい実験をしていた人間が大人しく殺されるわけがない。
身代わりと賄賂を用意して逃げ出すくらいはして当然。
そして、魔物に殺されているという楽観も出来ない。
コイツは最終的に生きた魔物相手に実験を行っているのだから、そこらの魔物よりは確実に腕が立つ。
生きているのを前提として動くべきだった。
「生きているのなら王都に居る可能性は高い。そして、王都に居たならば……ノスタのドラゴンを見ている可能性も高い。そうなれば……碌でもない発想を得たかもしれない」
此処からは半ば私の妄想のような物だ。
可能性として存在するだけで、証拠は何もない。
しかし、否定して見逃してしまったらと思うと、挙げずにはいられない可能性だった。
そうだ。今思い出した。
私は、『郷愁』と言う第二属性を用いる事によって、元となる情報がある上での再生や、眼球のみの移植ではなく肉体の融合ならば上手く行くという実例を見てしまっている。
アレはノスタだからこそ出来た魔術であると私は認識しているが、あんな実験をしていた連中にそんな事が理解できるとは思えない。
そして、上手く行かなくとも犠牲者が出ることに変わりはなく。
やはり、警戒はするべきだった。
「ロロシカ様、集めてまいりました」
「御苦労。では、お前たち五人に命じる。王都に向けて出立し、この手紙を宮廷魔術師以上の者へと直接届けるように。私の杞憂で済めばいいが、そうでなければ大きな災いになるかもしれん」
「「「っ!?」」」
「なんとしてでも届けろ。いいな」
「「「了解いたしました!」」」
私から手紙を受け取ったメテルたちが部屋の外へと出て行く。
何事も無ければいいが……。
私はそう思わずにはいられなかった。