作品タイトル不明
171:昔の事は内密に
「しかし、あのクソガキが今や宮廷魔術師とはねぇ……」
翌朝。
ワタシはヘルムス様に領都を案内してもらうべく、本邸内に準備して貰ったワタシの部屋で支度を整えていた。
そんなところにペスティア様がやって来て、領都やイストフィフス侯爵領、王都について、軽く話をしていたのだが……。
そこで出てきたのが、上述の台詞だった。
「昔の事は本当に内密に……どうか内密にお願いします」
「あの色男なら気にしないと思うがねぇ」
「ワタシが気にするんです。あの件は本当に、純粋に、恥ずかしい過去……所謂、黒歴史の類ですので」
「『クロレキシ』ってのはよく分からないが、まあ、ストリンの事もあるからアタシは話さないよ。あの頃の自分を恥ずかしいと思えているなら、問題もなさそうだしね」
ペスティア様と出会った頃のワタシは六歳の子供だった。
ただし、ただの子供ではない。
闇属性の魔力と言うものに目覚めて、朝から晩まで闇の魔力を弄繰り回して、何が出来て何が出来ないのかを一人でひたすらに探っていた。
前世知識はあれど今世については碌に知らず、前世知識を活用した大儲けが出来るのではないかと夢想していたり、それでいて周囲の同年代の子供との付き合いは皆無だった。
その癖、子供にありがちな万能感に満たされていて、自分に敵など居ないのだと言う傲慢な性質を持っていた。
そう言う……将来的には、間違いなく悪い意味での、闇の大魔術師になっていそうな子供だった。
「だが、いったい何をやって公爵家の三男坊を引っ掛けたんだい? 宮廷魔術師になった程度じゃ釣り合わないだろう」
「そこは……まあ……色々と……」
なお、ペスティア様の教えと言うのは、ワタシがヘルムス様に語った『魔術は力。道具。恐ろしいもの。権力と同じで、扱いを誤れば、簡単に人を傷つける』と言う話に加えて、『師匠として、弟子が道を誤ったら 引導を渡す(殺す) 』と言うものである。
アレをワタシの場合、ペスティア様に胸倉を掴まれて、ほぼゼロ距離なくらいに目を近づけ、合わせて、濃密な呪いの気配を漂わせながら言われた。
当時のワタシが、如何に人の言う事を聞かず、危うい存在であったのかを示すような話であり、我ながらアレが無ければそっち方面に行っていたのが容易に想像できるので……はい。当時の事を冷静に振り返れるようになった今のワタシとしては、ペスティア様に対して平身低頭で接する他ないのである。
「色々?」
「その、ドラゴンを狩ったりとかですね……」
「……。よく狩れたね。だがなるほど、ドラゴン狩りの英雄ともなれば、確かに公爵家の三男坊ぐらいでないと釣り合いが取れないか」
「後はヘルムス様が第二属性に目覚める切っ掛けを作ってしまいまして……」
「ああ、なんかそう言う話もあったね……。アレが本当なら……なるほど、後はアンタ次第なわけか」
ペスティア様の視線が一瞬だけワタシの胸元に向かう。
その視線の動きを見て、ワタシは自分の隠蔽の状態を思わず確かめてしまう。
……。たぶんだが、何かを隠している事はバレたと思う。
まあ、ペスティア様なら別にいいか。ペスティア様も宮廷魔術師らしいし。何かを隠している以上は分からないだろうし。
「ミーメ嬢。お迎えに参りました。中に入っても良いですか?」
「大丈夫です、ヘルムス様」
ここでヘルムス様がやって来たので、部屋の中に入ってきてもらう。
「準備は整っているようですね」
「はい、見ての通りです」
さて、今日は予定ではヘルムス様と共に領都の旧街を巡る予定になっている。
完全に観光で過ごすため、格好も普段の宮廷魔術師の装いではなく、動きやすさを重視しつつも着飾った物になっている。
普段通りと言えるのは、一応、持っていくことにした愛用の杖くらいだろう。
そして、部屋の中に入って来たヘルムス様の格好も普段とは大きく異なる。
過度な飾りはないが、だからこそ地元の人間として慣れている感じが出ていて、服装だけなら目立たない感じになっている。
普段使っているオール型の杖も持っておらず、代わりの杖は小さな物を腰に装飾品のように提げているだけだ。
とは言え、ヘルムス様の場合、顔が良いので、それだけで非常に目立つので、お忍びの貴族と言う空気は出せても、一般市民に紛れる事は不可能と断言できるけれど。
「楽しみにしていただけているようで何よりです。ただミーメ嬢、申し訳ないのですが、先にお話ししておかないといけない事がありまして」
「と言いますと?」
どうやら出かける前に話さないといけない事があるらしい。
ヘルムス様が懐から一通の招待状を取り出し、ワタシに読むよう促す。
なのでワタシは素早く読み進めた。
「なるほど。イストフィフス侯爵領で活躍した者を労うためにトレガレー公爵家主催の舞踏会が開かれるので、そこにヘルムス様とワタシも参加して欲しいわけですね」
「その通りです。私としては是非ミーメ嬢に参加して欲しいわけですが……」
「分かりました。参加しましょう」
ワタシの即答にヘルムス様、それと周囲に居るトレガレー公爵家に仕える皆様方が驚いたような様子を見せる。
「ヘルムス様、どうかしましたか?」
「いえその、ミーメ嬢。これは公爵家主催の舞踏会です。そこに私と共に参加すると言う事は、私の婚約者として多くの者にお披露目されるという事です。つまり、此処で出れば婚約を撤回するような真似はもう許されないと言う事になるのですが……」
「そうですね。それに何の問題があるのですか?」
「……」
首を傾げるワタシの様子にヘルムス様はどうしてか困った様子を見せている。
ただ、ワタシに言わせてもらうならばだ。
「ヘルムス様。もしもワタシが婚約者と言う立場を嫌うのならば、当の昔に婚約を破棄するか、少なくともトレガレー公爵領へと一緒に赴くような事はしていませんよ」
「それは……そうですね」
「ええそうです。ですから、お披露目の機会があると言うのならば、むしろ望むところです」
「ミーメ嬢……」
此処に居ることそれ自体が、既にヘルムス様の婚約者と言う立場を受け入れているのと同義なのだ。
つまり、準備不足で嫌がる事はあっても、心情的な理由で嫌がる事などあり得ないのである。
「ただヘルムス様。知っての通り、ワタシは元平民なので、様々な面で準備が足りないはずです。ですので……」
「はい。手伝わせていただきます。ドレスに装飾品。他にも必要なものはあると思いますが、ミーメ嬢に似合う物を直ぐに用意させていただきます」
「はい、よろしくお願いします」
そして、準備不足についても……此処でなら、何とかはなるはずだ。
だってヘルムス様の地元であると同時に、ヘルムス様の父親、トレガレー公爵家が主催者なのだから。
知識と技術についてはともかく、物質面についてはどうとでもなるはずだ。
と言うか、どうとでもなるからこそ、トレガレー公爵はワタシも招待しているのだろうし。
「なるほどねぇ。そう言う事なら、アタシはここらで失礼させてもらうよ。やらないといけない事が出来た」
「あ、はい。分かりました」
ワタシたちのやり取りを傍観していたペスティア様が楽しそうに部屋の外へと出て行く。
「それではミーメ嬢。私たちもそろそろ出かけましょうか。今日は元々旧街を観光する予定でしたから、行く先を少し調整すれば、ミーメ嬢に楽しんでもらいつつ、必要な物を準備する事も出来るはずです」
「分かりました。それではヘルムス様。案内の程、よろしくお願いいたします」
「ええ、喜んで」
ワタシがヘルムス様に向けて手を差し出し、ヘルムス様がワタシの手を取って、エスコートをしてくれる。
そしてワタシたちは屋敷の外へと出た。