軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4)浮気疑惑

明くる朝。

侯爵は村民らと調査に向かうことになった。シンシアも一緒だ。

村長や狩人たちいわく「角ウサギが増えたのは原因がある」と言う。

角ウサギに丁度良い餌が増え、そのせいで角ウサギが繁殖したらしい。

「くるくる草のやつが増えたんでさ。植物型魔獣なんすけどね」

と、狩人の長を務めるマックという屈強な男性が案内役を買って出た。

「くるくる草?」

シンシアは初めて聞く名だった。魔獣関係の勉強も学園では学んでいるがまだまだ足りないようだ。

「ああ、いえ、正式な名はわからんのです、領地の薬師協会にも尋ねたんですがね。どうやら、外国のものらしいです。おそらく荷馬車かなんかについていた種が落ちて、こちらの気候が合ってたらしく繁殖したんじゃないかと。まだ調べがついてないんです」

「なるほど」

「こちらに入ってきてからうちの森の魔素やなにかを取り込んで亜種になった可能性もあるなんて、薬師協会の連中は脅してきやがりまして」

「いやいや、その可能性があるから言っただけだと思うぞ」

セイラスがマックを宥める。

護衛に分厚く護られて宰相は歩いているが、足の筋肉はそろそろ限界が近かった。シンシアが調査に付いていくと言って引かなかったために父親であるセイラスも放っておくわけにいかなかったのだが、本音を言えば村長と村で留守番が良かった。

幸い、ほどなく「ああ、あれですよ」とマックが指し示した。

そこは奇妙な草原となっていた。

くるくる草とは言い得て妙だ。

「ホントにくるくるしてる。キモい」

シンシアは青紫色の植物型魔獣が群れている様に鳥肌が立ちそうだった。

「変なやつらなんすよねぇ。風車が頭に乗っているような形ですよねぇ。あのくるくるぶん回しているネバッとした触手で鳥だの虫だの捕らえるんすよ。ネズミもいけるみたいっすよ」

「へぇ。お父様、本当によく出来た風車みたいですよ、なんか、使えないですかね?」

シンシアが父に声を掛けると「ふむ」とセイラスがなにか考えている様子だ。

「しかし、討伐したらヘタっとするだろう? 使えるものではないだろう」

「ああ、侯爵様、あいつらは死んでも触手をぶん回してますよ。キモいやつです。首を狩ってもしばらくはクルクルしてるんすから。魔石が持つ間ですかねぇ? だから、狩ってもしばらくは近付いちゃだめですよ、危ないすから」

「なんと、死んでもクルクルが使えるのか」

「お父様、お兄様に相談してみたらどうでしょう」

「そうだな、ダラスに通信を入れよう」

「あのー、侯爵様、あいつらを燃すかなんかして退治するんじゃ」

マックが不審げに口を挟む。

くるくる草の茎や根が角ウサギの好物だという話は聞いていた。くるくる草は毒のあるねばねばの触手をくるくるしてくるので面倒なやつだが、角ウサギは触手を掻い潜って鋭い角で茎を切り裂き、斃してしまうという。

「討伐はもちろんするが。燃したりするんじゃなくて、刈り取って使い道があるかもしれん」

「ホントですかぁ」

その後。

シンシアが村に残りダラスを待つことになった。父はさすがに視察の残りをして帰らなければならないからだ。シンシアは待っている間、孤児院で子供たちに体術を教えてあげた。弓は子供にはまだ早いので、代わりにパチンコを教えた。パチンコも危ないかもしれないが、ルールはきっちりと仕込んだ。

魔獣の出る村なので、子供にも最低限の戦力は要るだろう。

ダラスは報せを聞くと、来客の用事を済ませてすぐに駆けつけてきた。くるくる草を念入りに調べたのち目を輝かせた。

「こいつは使える。あの小生意気な研究所の連中をぎゃふんと言わせてやる」

いつも淑女っぽい美青年の兄が悪役みたいな笑顔を浮かべていた。

領地からの帰り際、兄は「婚約が駄目になってもうちにいればいいんだからね」と髪を撫でてくれた。

ふいうちだった。つい、目が潤んでしまった。もしもそうなったらうるさい小姑にならないように気を付けよう。

□□□

充実した春休みが終わり、シンシアは学園に戻った。

休み中、領地にいたので母の小言を聞かずに済んだ。

父は母に「活躍してもらった」と言葉少なに報告をしていた。討伐の手柄を立てたことは誤魔化し「孤児院で子供たちと遊んでいた」ことなどを強調しておいた。

いつもの日常が始まり、シンシアは弓術に力を入れるようにした。得意な技を伸ばしておけばどこかで使えるかもしれない。剣は相変わらず今一つだが、向き不向きというものだろう。

皆で学園の食堂に行き昼食を食べていると、友人たちが妙な顔をしていた。

「あのさ、休み中に噂を聞いたんだけど、シンシアの噂。第二王子の婚約者だとかいう」

ネリーが珍しく真面目な顔でそんなことを言い出した。

「あぁ? 嫌なこと思い出させないでよ、せっかく良い気分で昼、食べてんのに」

シンシアは思わず顔をしかめた。

「嫌なことなの? あの美形王子と婚約してるというのが? シアのゴリ押しで婚約が決まったって聞いたんだけど?」

ロジーナが呆れたように問い質す。

「ゴリ押しなんてしてないし! 『婚約者になってもいいわ』ってちょっと執事に言っただけじゃん。若気の至りだよ! まだ幼気な子供だったんだから!」

「『若気の至り』って。たったの三年くらい前の話よ」

モナにも呆れられた。

「もう三年よ。女は三年もあれば蛹から蝶に進化するもんよ。あんなに王子妃教育が大変だって知らなかったし!」

「王子妃教育、受けてるんだ」

「そりゃそうよ」

シンシアは嫌そうに答えた。

「でもさ、シアが婚約者って噂にはなってるけどホントかどうかあやふやだったわよ。だって、ルーファス王子いつもジャニスとか言う子爵令嬢、連れてるし」

「へぇ。じゃぁ、そっちに変わるかもね」

シンシアは知らないうちに「そういう理由」で婚約が駄目になりそうだと知って気が抜けた。

手紙事件はどうなったのよ、とは思うが、王子の浮気が原因ならどう考えても百%あちらの有責だ。丁度良かったと少し安堵した。でも、それなら王子妃教育は辞めにして欲しいものだ。

「いや、そこまでは知らないわよ。ただ茶会や催事のエスコートはいつもそのジャニス嬢だってだけで。あ、あと、生徒会でもべったり一緒だとか」

ネリーが慌てて説明を加えた。

「殿下にそんな女がいるなんてね。私、殿下の顔なんか一度しか見たことないよ」

シンシアは思わず内情を暴露した。

婚約者に蔑ろにされているなんて恥以外のなにものでもないが、もうどうでも良い気がした。姉妹や親戚でもないのにエスコートをするとか、学園でもべったり付き合ってるといったら、もうそれで婚約破棄案件だ。

「え? 婚約者なのに? 普通、茶会とかで会うでしょ」

ロジーナが思わず声をあげた。

「ないない。一番最初に婚約者候補を集められたときに拝見したきり。王子妃教育ってのも、王宮から先生がやってきてうちで受けてるし。社交に出られる年齢でもないし。会う機会なんてないじゃん」

シンシアは手を振って否定しておいた。手紙事件のことは話せないが、王子と会っていないことは事実だし秘密ではない。会っていないのに会ったというほうが不味い。母もシンシアが王宮にほとんど行ったことがない事実は友人知人親類、誰彼かまわず話している。

シンシアは言いたいことをいうとシチューの残りを優雅に食べた。言葉遣いはときおり、というより頻繁に悪くなるが、マナーは叩き込まれていた。そうしないときつく叱られるので身につけざるを得なかった。

「信じられない。ほったらかし?」

モナはさすがに気の毒そうに言ってくれた。

「そうとも言う」

シンシアは肩をすくめた。

「それでシアはアレンくんによく見惚れてるの?」

ネリーが揶揄うように、にんまりと笑った。アレンは騎士科で同じクラスだった。

「ちょ、ちょ、ちょっと、なんでそこでアレンの名前が出てくるのよ!」

シンシアは思わず頬を火照らせた。

「仲いいじゃん」

「いや、だって、それは」

「あー。浮気」

「違う!」

シンシアはたまたまアレンが怪我をして治療室に行くのを見かけて治癒魔法を使ってあげたことがある。それ以来、見かければ立ち止まって話をするくらいには仲が良い。ただそれだけだ。

浮気などとんでもない。シンシアは機会があれば治癒魔法は使うようにしていた。ゆえに、最初にアレンを治癒したのも深い意味はなかった。治癒魔法ができるのは母方の血筋だ。

体術やナイフの護身術や弓でよく褒められるが剣術は中の上くらいだ。剣では頑張っても頭角を現すほどにはなれないと思う。

アレンは剣術では、おそらく学年トップだ。実技の様子を見ていると向かうところ敵なしだ。正直、すごく格好いい。だから彼に見惚れていたというのは本当だ。

アレンの方がルーファス王子よりも千倍くらいは好みなんだけどな、とシンシアは思う。

(でも、婚約しちゃってるしな。アレンは見込みなさそうだから好きにならないように気をつけてるんだよね)

シンシアはそっとため息をついた。

三人の友人は苦笑しながら、物憂げなシンシアの様子を見守っていた。

シンシアたちの密やかな会話は耳を澄ませた生徒たちに聞かれていた。それに、貴族であれば社交界での話は知っている。

学園でシンシアたちの会話に王子の名が出てくることはほぼない。出てきたとしても否定的なことばかりだ。

婚約して三年も経つのに婚約前に一度しか顔を見たことがないと聞いたときは誰もが驚愕した。つまり、婚約してから会ったことはないということだ。婚約者であれば月に一度でも会うのが常識だ。宰相の娘と第二王子というセレブな婚約でそんな常識が蔑ろにされている。

シンシアが我が儘を言って王子との婚約を決めたなら王子に纏い付いているはずが、シンシアは騎士科に通っている。

いつも王子の隣にはジャニスがいた。

騎士科で武道大会があるときに、シンシアの親族や婚約者は応援に来なかった。「娘の我が儘を聞いた」という宰相など来やしない。本当に「娘想い」なのか疑問だ。

新入生の一年目の武道大会で、特に春の大会はたいていの親は来るものだ。学園での様子が気になるなら来るだろう。それに武道大会は、我が子が学園でどれくらいの腕前かを見る良い機会だ。

そもそもシンシア一人の我が儘で婚約を決めるような王家ではない。騎士科の生徒たちはその不自然さにとっくに気付いていた。シンシアが身近にいるために余計にそう思う。

第二王子がジャニスという幼なじみと恋仲で交際しているのは学園中の者が知っていた。

ジャニスは目立つ男と絶えずくっついている女で評判は良くない。一部の男子は別として、ジャニスのような尻軽女など好かない男子や女子からは毛嫌いされている。

ジャニスは生徒会役員でもないのに生徒会室に入り浸りで、学園でもどこでも第二王子と寄り添い見苦しかった。その話は生徒たちからとっくに社交界へ知れ渡っている。

ルーファス王子はどこに行くのでもジャニスをエスコートしているのだから社交界で知らない者などいない。

騎士科の生徒たちの多くは将来は騎士になる。王家に仕える者もいるだろう。けれど、シンシアに同情している者はけっこういて、第二王子の浮気は酷すぎると思われている。

シンシアは綺麗な少女で、成績は優秀。試験では首席。性格も明るく気取らない。それなのに、蔑ろにされている。

潔く婚約を解消すればいいのにと、第二王子は冷ややかな目で見られていた。