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愛されないわたくし、我慢の限界で真実を知る

作者: 満原こもじ

本文

「マーサ、子供はまだなの?」

昼下がりにお茶をしていた時、お義母様に何げなく言われた。

貴族にとって跡継ぎは最重要課題の一つだ。

聞かれたこと自体はどう、ということはない。

しかし積もり積もったものが崩れる瞬間というか、あるいはコップにこぼれるまで水を注いだせいというか。

これ以上我慢するのはやめようと、唐突に思ってしまっただけなのだ。

つい嫌味ったらしくこう答えてしまった。

「お義母様、わたくしも不貞を疑われたくはないものですから」

「まあ、どういうことですの?」

「わたくしが子供を産むことは、それすなわち不貞の証拠ということです。わたくしはウィンストン様に抱いていただいたことがありませんので」

「えっ!」

言った、言ってやった。

お義母様の目が丸く見開かれる。

そもそもたかがリダウト子爵家の出であるわたくしマーサが、王家とも縁が深い大貴族オールドリッチ公爵家に嫁ぐことにムリがあったのだ。

公爵御夫妻にぜひにと望まれたが、もう限界だ。

ウィンストン様との白い結婚の期間もそろそろ二年になる。

離縁するのに何の問題もない。

「ど、どういうこと?」

「と言われましても、子種をいただかなくては孕めないものですから」

お義母様は悪い方ではないが、皮肉に聞こえてしまっても構うまい。

どうせもうウィンストン様との関係は終わりだ。

わたくしはもう疲れてしまった。

社交の場では今でも家格差婚についてチクチク言われる。

これも夫ウィンストン様が最低限のエスコートしかしてくれないからだ。

使用人もウィンストン様がわたくしをどう扱っているか、当然知っている。

お義母様は領から出てくるたび、できもしない子供をせっつく。

ここいらが潮時だ。

「何故言ってくれなかったの!」

「お義母様に言うなと命令されては逆らえませんから」

だって格差婚ですもの。

使用人は皆気付いていましたけどね。

「直に白い結婚のまま二年を経過いたします。規定通り離婚の申し立てをいたしたいと思います」

「なりません!」

「でも……」

わたくしでは跡継ぎを生めませんし。

早くウィンストン様の気に入る方を後妻としてもらうべきだ。

でないとオールドリッチ公爵家の後継が深刻な問題になってしまう。

「お義母様がわたくしを高く評価してくださっていることは嬉しく思います。しかしわたくしでなくても魔力の高い御令嬢はいらっしゃいますよ」

オールドリッチ公爵家は家格が高いだけでなく、過去何人も優秀な魔導士を輩出した名家だ。

魔法の力を誇りにしているため、魔力量だけは多いわたくしが迎えられたという背景がある。

「そうではないのです!」

「何がでしょうか?」

「そもそもマーサはどうしてウィンストンに嫌われているのです?」

「社交界でわたくしは尻軽の悪女ということになっているからだと思います」

「えっ?」

わたくしがウィンストン様を誑し込んだの、あるいは公爵夫妻を騙して潜り込んだの、えらい言われようなのだ。

ウィンストン様は、評判が悪いこと自体をわたくしの責と見ているみたい。

庇ってくださらないし、子爵家出身のわたくしでは高位貴族の方々に反論もできない。

ますますわたくしの悪評は広がる。

どうしろと。

「そ……んなことになっていたとは。領に引きこもっていたのが完全に裏目ではないですか」

お義母様は気兼ねなく子作りできるように気を遣ってくれていたようだ。

本当に申し訳ない。

「マーサ、よく聞きなさい。あなたを離縁することはありません」

「はあ、でも……」

「ウィンストンに言い聞かせます」

確かにウィンストン様に妻と認めていただければ、それで解決だろう。

わたくしの社会的地位も上がるだろうから。

だけど不可能なんじゃないかな?

わたくしは既に諦めている。

「もしあの子が言うことを聞かなければ勘当し、オールドリッチ公爵家から追放します」

「ついほ……えっ?」

お義母様がわたくしを大事にしてくださるのは、持ち魔力のおかげだろうと想像は付く。

しかしウィンストン様を勘当し追放するとまで言う理由はわからない。

どうして?

「事情があるのです。あなた方の仲が良ければ話す必要はありませんでしたが、こうなっては仕方がありません」

「はあ……」

「当主アーロンが領を離れられない今、私にあなた達の管理責任があります。ウィンストンが帰邸しましたら全てを話しましょう」

ウィンストン様の帰邸後、執事や侍女も排しての話し合いとなった。

ウィンストン様、居心地悪そう。

「ウィンストン。あなたマーサを無下にしているそうではないですか」

「わ、悪かったと思っているよ」

あれ? これは意外だ。

ウィンストン様はわたくしを嫌悪しているわけではないらしい?

「マーサは学院で一学年上だったが、成績優秀者として表彰されていたからよく知ってはいた」

「そうなのですか?」

「ああ。いいなと思っていた時もあった」

ええ?

じゃあどうして?

「マーサが婚約者に決まった時は少し嬉しかったんだ」

「ありがとうございます」

「しかし急な決定だったろう? 祝福の言葉なんて一つもなかった。家格の違う女を押しつけられたの、誤魔化されたんじゃないかだの、手をつけて責任取らされたのかだの。周りの雑音がうるさ過ぎてすっかり嫌になってしまったんだ」

ええ? それは予想外。

公爵家の令息なのに、そんな失礼なことを言われてしまうものなのか。

「申し訳ありません」

「いや、考えてみればマーサ個人のせいではなかった。今ならばやっかみもあったのだろうと理解できる。マーサは聡明で美しいからな」

何故わたくしは持ち上げられているのだろう?

ウィンストン様がふっと笑う。

「大きい魔力があったから俺の婚約者に迎えられたという理由もわかる。しかしあとになってから態度を変えるというのも節操がない気がしてな。気まずいままズルズル今まで来てしまった。俺の責任だ」

ああ、ウィンストン様は責任を感じていらしたから白い結婚のままなんだ。

離縁後のわたくしの人生を考え、価値を少しでも落とさぬように。

配慮されていたんだと知り、少し胸のつかえが取れた気分だ。

「マーサにはすまないことをした。もう俺の妻でいることはできないのだろう? 二年の月日が戻ってくるわけではないが、今後の君の幸せを祈っているよ。これは本心だ」

「ウィンストン様……」

「二人の離婚は許しません」

お義母様の断固とした声だ。

そうだ、お義母様は場合によってウィンストン様を追い出すようなことを言っていた。

理由がわからない。

「……というか不可能なのです」

不可能、とはどういう意味だろう?

ウィンストン様が語気を荒くする。

「父上母上には文句がある。マーサを婚約者とする時、俺に何の相談もなかった。寝耳に水の話だったから、何の根回しもできなかったんだ! だからいっぺんに疑惑や嘲笑が集まって身動きが取れなくなった!」

……言われてみれば。

確かにあらかじめウィンストン様が周囲にわたくしを紹介できていたなら、問題は激減していたように思える。

わたくしは自分のことしか見えていなかったけど、ウィンストン様も大変だったんだなあ。

「失った時間は取り戻せない。が、今からでもいい。説明が欲しい」

「ごめんなさい。アーロンも私も考えが足りなかったわ。ウィンストンに魔力の潤沢な婚約者を求める。遠い縁戚であるリダウト子爵家との結びつきを強め、足元を固める。それ以外の理由が必要とは思っていなかったの」

「……わからんではないけれども」

「言わなくても理解しているだろうと、気が急いて話を進めてしまったわ」

「では、わたくしとウィンストン様の離縁が不可能とはどういう意味なのです?」

「そうだ、理由を聞きたい」

大きく息を吐くお義母様。

「……くだらない、話なのです。アーロンは私との婚姻の直後、とある平民の女性を妊娠させました」

思わず息を吞む。

そんなことが?

「赤ちゃんは無事産まれましたが、その平民の女は産褥熱で亡くなりました」

「赤子はどうしたんだ?」

「オールドリッチ公爵家で育てるのが筋ではあったでしょう。しかし裏切られたという思いの強かった当時の私の精神状態で、その子を視界に入れるのはムリでした。赤ちゃんはオールドリッチ家の遠縁であるリダウト子爵家に預けられました」

「えっ?」

まさかそれがわたくし?

何てこと!

お義母様が力なく微笑む。

「マーサは魔力があるからオールドリッチ公爵家に迎えられるのではありません。オールドリッチの、アーロンの子だから魔力が高いのです」

「母上、ではマーサは俺の姉なのか?」

「違います。ウィンストンはアーロンの血を引いておりません」

「「えっ!」」

お義母様が淡々と話を続ける。

「嫉妬に狂っていた私は、報復のためにアーロン以外の男性の子を孕みました。愚かなことだとはわかっていますが……」

それで理由がわかった。

オールドリッチ公爵家当主であるお義父様の実子であるわたくしと、嫡男でありながらお義父様の血を引いていないウィンストン様。

確かにわたくし達が結ばれるなら何の問題もなくなる。

呻くウィンストン様。

「……そんな裏があったのか」

「軽蔑してもらって構いません。あなた達の人生を狂わせてしまったことは謝ります。許してもらえないかもしれませんが」

「いえ、お義母様……」

オールドリッチ家の血を引くから、わたくしを手放すわけにはいかないということか。

お義母様の苦悩はいかばかりであったろう。

でもわたくしはむしろスッキリした気分だ。

対照的に絞り出すように声を出すウィンストン様。

「……俺の父親は誰なんだ?」

「オールドリッチ公爵家の遠縁の方とだけ」

遠縁……あっ、まさかリダウト子爵家のお父様?

わたくしをリダウト子爵家に預けている弱みがあるから、アーロンお義父様も文句が言えなかった?

実家にいた時、わたくしに結構な縁談が来てもお父様お母様は一顧だにしなかった。

わたくしがウィンストン様に嫁ぐことは、最初から決まっていたことだから?

全部話が繋がった!

「本当にごめんなさい」

「いえ、全てを話してくださったこと、大変感謝しております」

何せ身分違いの公爵家の事情だ。

頭ごなしに言うことを聞けで済まされてしまうのが普通だろう。

そして内情を周囲に話せないから、わたくしの持ち魔力の多さだけを理由に婚姻が進められたのか。

ギクシャクした雰囲気は時間が解決するかと思いきや、より一層深まってしまったのが現在の状態、なるほど。

誇りある高位貴族の夫人のお義母様が、自らの恥部を晒してまで真実を教えてくれたのだ。

そのことには敬意を表さねばならない。

わたくしだって貴族の端くれであるから。

いえ、端くれなどと卑下していてはいけないな。

今のわたくしは、身分違いの高位の方に嫁いだ身の置きどころのない妻ではない。

領主夫妻に認められた、オールドリッチ公爵家直系の血統を継いだ妻なのだ。

貴族の結婚など政略とわかっていたではないか。

魔力量のみを求められ夫には嫌われている、砂を噛むような結婚だと思っていた。

しかしそんなことはなかった。

お義父様お義母様に必要とされ、ウィンストン様にも好意を持たれているではないか。

これまでは交錯すらしなかった一方通行の思いがあっただけだった。

それは大いなる間違いだった。

真実が明らかになるとふつふつと血が滾る。

わたくしの覚悟は決まった。

「アーロンと私との間に子はできませんでした。私達に下された罰なのかもしれません」

「お義母様……」

「だからマーサがいないとダメなの……」

「よく理解できました。様々な事情を抱えても表に出さない。それもまた貴族の矜持だと思います。わたくしはお義父様お義母様を支持いたします」

「ああ、マーサ! オールドリッチに残ってもらえるのね?」

「はい、もちろんです」

お義母様と抱き合う。

お義母様にとってわたくしは憎き平民女の娘であったろうに、今まで嫌悪する気配も見せなかった。

若い頃は知らないが、今は立派で尊敬できる方だ。

そしてわたくしがオールドリッチ公爵家で存在感を示すことが、実家リダウト子爵家のためでもある。

遠縁のリダウト子爵家との結びつきを強め、足元を固めるというのが表向きの理由でもあるのだから。

わたくしの進む道はオールドリッチ家で生きる、これ一本のみ。

しかし……。

ガシャン。

コップの割れる音だ。

ウィンストン様がブルブル震えている。

ムリもない。

貴族は何より血筋を大事にするものだから。

オールドリッチ公爵家の血を引いていないと知った心中はいかばかりだろう。

「ウィンストン様はどうされます?」

あえて空気を読まずに聞いてみる。

お義母様が息を呑むが……。

わたくしはオールドリッチ家で生き、この血を残すと決めた。

最悪、胤はウィンストン様でなくても構わない。

ウィンストン様の考えはいかに?

顔が青白く見える。

「……納得いかない」

「何がですか?」

「俺が一番子供じゃないか。一番苦労している気でいたのに、とんだ道化だ」

ああ、ウィンストン様も平気だ。

その言い草にホッとするとともに苦笑する。

オールドリッチの血を引いていなくとも、強かさは紛れもなく高位貴族のものだ。

わたくしも散々だったが、ウィンストン様も色々言われていたのだと今日知った。

二人で乗り越えていかねば。

「マーサは強いな」

「なすべきことが決まったからでしょう。今日までのわたくしは本当に鬱々としていましたが、今は晴れ晴れとした気分です」

「俺は……まだ正直割り切れない部分がある」

でしょうとも。

オールドリッチ公爵家の嫡男として育ち、にも拘らず血を引いていないと知らされたのだから。

衝撃だっただろう。

「……病める時も健やかなる時も」

「はい?」

「いや、結婚式の際に聞いた聖句だ。今こそ精神的に病める時なのだと」

ウィンストン様がこれほど苦悩する表情を見せることがあったろうか?

縁あって結婚した人。

高位貴族であることを疑わず生きてきた人。

病める時も健やかなる時も、夫として愛することを誓った人。

ウィンストン様を後ろからハグする。

「わたくしがおります」

「……まだ俺を夫と認めてくれるか?」

「もちろんですとも」

「……二年間すまなかった。詫びのしようもないが、俺もマーサの夫でありたい」

「ウィンストン様!」

ウィンストン様も被害者だった。

事実に打ちのめされ、それでも立ち上がりつつある。

大丈夫、だってわたくしの夫だもの。

お義父様もお義母様も長い間苦しんできたのだろう。

ここで一気に清算し、皆を幸せにすることに、何のためらいがあるだろう?

「ウィンストン様、早速今晩からなすべきことをなしましょう」

「あら、マーサったら」

心からの笑いに満ちた瞬間だった。

――――――――――一〇年後。

公爵夫人となったマーサは威厳が出てきたと評判だ。

ウィンストンとマーサは四人の子宝に恵まれた。

子供達は幸せの時代しか知らない。

来年から学院初等部に通う長男が悟ったように言う。

「父上母上は呆れるほど仲がいいですね」

「そう?」

確かに今でもピッタリ寄り添って座っている。

「他所のお宅ではそのようなことはないようなのです」

「かもしれませんね。でも我が家も結婚して二年間はあまり仲が良くなかったのですよ」

「えっ? まさか」

「本当よ」

「本当だ」

両親に言い切られ、また自分の誕生も両親の結婚後数年してからだと思い出し、長男はゆっくり頷いた。

「……でも信じられません」

「あなたは『ケンカするほど仲がいい』という言葉は知っていますか?」

「はい、もちろんです」

「そなたの父と母にも色々あったのだ。今考えると、結婚後の二年間はもったいなかった。現在は取り返している最中だ」

「ラブラブなのです」

「ラブラブなのだ」

「そうですか」

長男は何となく誤魔化されているような気がしたが、ウィンストンとマーサは自分達の出生に関わる秘密を話そうとはしなかった。

「あなたは苦労が足りませんね」

「自覚していなくはないです」

「うむ、苦労を知り、許すことを覚えてもらいたいものだ」

許し克服することこそ人生のエッセンスなのだと、二人は経験から知った。

マーサは長男を軽く抱きしめ、思う。

愛の結晶である子供こそ幸せの象徴なのだと。

さらにマーサは思う。

今の境遇は与えられた幸せではない。

勝ち取った幸せだから、より尊いのだと。