軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

黒白の王女と魂装【二】

俺が羨望と嫉妬の入り混じった目で、彼女の魂装を眺めていると、

「ほら、何をボーッとしているの? あんたも早く出しなさいよ、 魂装(こんそう) 」

彼女はごく当たり前のように、とんでもないことを言った。

「は、はは……っ。悪いけど、俺にはそんな凄い芸当はできないよ」

肩を竦めて首を横に振ると、彼女は目を丸くした。

「……え? それ……本気で言ってるの?」

「あぁ」

残念ながら、俺は魂装を呼び出すことはできない。

それどころか実物の魂装を見たのも今が初めてだ。

すると、

「ぷ……っ。あっははははははっ! ひ、ひーひー……っ。お、お腹……お腹痛い……っ」

彼女はお腹を抱えて、本当に楽しそうに笑った。

「はぁはぁ……はぁーあ……。魂装も呼び出せない未熟者が、『 黒白(こくびゃく) の王女』と恐れられる私と戦おうだなんて……不愉快よ」

先ほどまでずっと笑っていたかと思えば、次はこちらをキッと睨み付けた。

(感情表現の豊かな王女様だな……)

きっと毎日が楽しいことだろう。

それと一つ――俺は別に進んで決闘に臨んだわけではない。彼女が強引にそう迫っただけだ。

だが、ここでそんな反論をしても余計面倒なことになるのは予想がついたので、黙って口をつぐんでおくことにした。

「まぁいいわ。その勇気と度胸だけは認めてあげる。――ふふっ、一瞬で終わるとは思わないでね? 弱火でじっくりと炒めてあげるわ……っ。ぐつぐつ、ぐつぐつってねぇっ!」

その優雅な外見とは違って、中々 いい性格(・・・・) をしているようだ。

入学式のときに見た優しくて凛とした姿は、きっと猫をかぶっていたのだろう。

(……確かに俺は魂装を呼び出せない)

だが、それが即負けに繋がるわけではない。

魂装が無いなら無いなりの戦い方だってある。

「――行きますよ、リアさん?」

俺はわずかな油断も無く、正眼の構えを堅持したまま、そう問いかけた。

「えぇ、どうぞ」

一方の彼女は余裕綽々。

剣から片手を放し、クイクイと指で挑発してきた。

……俺だって剣士の端くれだ。

ここまで舐めた態度をとられて黙っていられるほど――人間できてはいない。

「一の太刀――飛影ッ!」

いつもより、早く。

いつもより、強く。

牽制の一撃を放った。

「なっ、飛ぶ斬撃……っ!?」

彼女は一瞬目を剥いて驚いたが、すぐさま冷静に防御態勢に入る。

「―― 白龍の鱗(ホワイト・スケイル) ッ!」

白い炎は 蜷局(とぐろ) のような大きな盾を形成し、飛影を燃やし尽くした。

「へぇ……ちょっとは楽しめそうじゃな……っ!?」

俺は彼女の展開した盾を目くらましに利用し――一気に距離を詰めた。

そうして盾の内側に侵入すると、即座に次の一撃を打ち込む。

「八の太刀――八咫烏ッ!」

「同時に八つ……っ!?」

迫り来る八つの斬撃に一瞬の硬直を見せたリアさんだが、

「くっ―― 黒龍の吐息(ブラック・ブレス) ッ!」

すぐさま黒炎をもって全ての斬撃を燃やし尽くした。

(……さすがに強力だな)

彼女の魂装< 原初の龍王(ファフニール) >の状況対応力は、想定を遥かに上回った。

全ての斬撃が撃ち落とされたのを視認した俺が、さらなる攻撃を加えようと接近を試みたそのとき。

「近寄るなっ! ―― 龍の激昂(ドラゴニック・ロアー) ッ!」

彼女は黒白入り混じった炎を広範囲にまき散らした。

規則性のない範囲攻撃を前に、俺は仕方なく一度距離を取る。

お互いの間に大きな距離ができ、少し場が膠着状態に陥った。

「あんた……今の技はなに……?」

「どっちのことを言っているかは知りませんが、両方とも俺が編み出した技ですよ」

「……そう。一応、レイアに認められるだけの素養はあるってわけね……」

彼女はレイア先生の方をチラリと見ながらそう呟いた。

「とにかく――あなたが剣術と真摯に向き合い、相当な時間を修業に費やしたことは今の攻防ではっきりわかったわ」

それはもう……十数億年というとんでもない時間をかけましたとも。

「いいわ、特別にあなたを『そこそこの剣士』だと認めてあげる」

「……それはどうも」

一応誉め言葉として受け取っておこう。

人間どんなことでもポジティブに考えた方が幸せだ。

「――でもね、魂装が使えない時点でいくら剣術を磨こうともなんの意味も無いの。今からそれを教えてあげるわ。努力しても絶対に届かない――才能という絶望的な壁をね!」

そう言って彼女は真っすぐ馬鹿正直に突っ込んできた。

(単純な筋力では俺が勝るはずだが……何を考えている……?)

下手に回避して炎の追撃を食らうのは避けたい。

相手の誘いに乗るようで 癪(しゃく) だが……仕方ない。

ここは真正面から受け止めるとしよう。

剣と剣がぶつかり合い―― 鍔迫(つばぜ) り合いの状態となった瞬間、リアさんが笑った。

「覇王流―― 剛撃(ごうげき) ッ!」

その瞬間、およそ女性の力とは思えない凄まじい衝撃が俺の両腕を襲った。

「な、に……っ!?」

こいつ、なんて馬鹿力をしてやがるんだ……っ。

「はぁぁああああああ……っ!」

「ぐ、ぉおおおおおおお……っ!」

足、腰、腹、腕――全ての筋肉を総動員して迎え撃った。

しかし、

(くそ……、止められない……っ)

彼女の爆発的な力に押し負けた俺は――剣を弾き飛ばされ、隙だらけの腹部を晒した。

「隙ありっ!」

そこへ彼女の強力な蹴りが突き刺さる。

「ぐっ!?」

俺は衝撃を殺すためにわざと後ろに跳び下がり、かろうじて大きなダメージは免れた。

同時に背後に落ちた剣を回収し、次の攻撃に備える。

(くそ…… 厄介な力(・・・・) だ……っ)

この馬鹿げた力の秘密は――彼女の背後で燃え盛る炎だ。

剣が衝突する瞬間に背後の炎を燃え上がらせ、爆発的な力を手にしているのだ。

こちらに有効打を与えたリアさんは、 憐(あわれ) みの視線をこちらに向けた。

「剣術単品で比較するなら、あんたは私よりも高みにいるでしょうね。……むかつくけど。でもね、魂装で強化された私の剣術には、その小手先だけの剣術では絶対に勝てないのよ。これで少しは理解できたかしら? 魂装という絶対的な力を」

剣術と魂装の組み合わせ……正直、天晴というほかないな。

(だが……甘い)

今の打ち込みを見て、はっきりとわかった。

彼女はその圧倒的な魂装に頼るあまり、剣術がおざなりになっている。

それに加えて油断と慢心――勝機は十分にあるだろう。

(…… アレ(・・) を使うか)

十数回とループした時の牢獄での一周目に編み出した技を――まさか遊び半分で作った技を、実戦で使うときが来るとは夢にも思わなかった。

(よし、そうと決まればまずは……リアさんの動きを正確に予測する必要があるな)

俺は彼女とのこれまでの攻防を頭の中で 反芻(はんすう) する。

一手目、飛影を見た彼女は、かなり広範囲を守る白炎の盾を展開した。

二手目、迫り来る八咫烏を前に、落ち着いて黒炎を制御し、正確に全てを撃ち落とした。

三手目、俺が追撃を仕掛けんと接近したときは、パニックを起こすことなく冷静に広範囲攻撃を展開した。

(……リアさんはこれまで、一貫して合理的かつ保守的な選択をしている)

そして現在、彼女は俺に対する確実な有効打を持っている――となれば彼女が次に取る行動は大方見当がつく。

そうして分析を終えた俺は、次にリアさんとの位置関係から仕込むのに最適なポイントを割り出した。

そして決して彼女に気取られないよう、そのポイントに剣先をスッと通過させた。

(……よし、これで準備は完璧だ)

後は俺の思う通りに彼女が動けば――炸裂する。

「ふふっ、次こそ仕留めるわよ」

既に勝利を確信しているのだろう。

嗜虐的な笑みを浮かべたリアさんは、こちらの仕込みに気付いた様子はない。

「さぁ、覚悟なさいっ!」

そう言って彼女は、再び馬鹿正直に突っ込んできた。

彼女は一瞬で俺との間合いを詰め、真紅の剣を高々と振りかぶった。

「覇王流――剛撃ッ!」

勝利を確信したリアさんと、勝利を確信した俺の視線が交差する。

(計算通り……勝負ありだ)

俺は手に持つ剣を鞘に戻し、振り返った。

「二の太刀―― 朧月(おぼろづき) 」

すると次の瞬間。

「どう、して……っ!?」

彼女の胸部から腹部にかけて、見えない斬撃が襲った。

全く予測しないところから現れたカウンターの一撃に、彼女は 成(な) す 術(すべ) も無く簡単に意識を手放した。

二の太刀――朧月。

これは設置型の斬撃だ。

相手が通過する地点をあらかじめ予測し、前もってそこに斬撃を仕込む。

そして相手が通過したその瞬間に自動的に炸裂するカウンター。

狙って当てることは困難を極めるが、当たればまさしく必殺の一撃だ。

「ふむ、やはりこうなったか……」

レイア先生はリアさんが完全に意識を失っていることを確認し、

「リア=ヴェステリア戦闘不能! よってアレン=ロードルの勝利っ!」

決闘の結果を高らかに宣言した。

「ふぅー……っ」

ようやく緊張から解放された俺は、大きく息を吐いた。

……強敵だった。

しかし、魂装を駆使する相手と戦えたのは本当にいい経験になった。

「さすがに強いな、アレン。私が見込んだだけはある」

レイア先生は「さすがは私!」と何故か自慢げに頷いていた。

「ど、どうも……」

いったいいつどこで見込まれたのかは知らないが……褒められて悪い気はしない。

「そんなことよりも……早くリアさんを保健室に連れて行かないと」

ぐったりと倒れ伏すリアさんの元へ近づくと、レイア先生は首を横に振った。

「うん? あぁ、こいつは 異常に(・・・) 丈夫だから、このまま放置で大丈夫だ。二、三分もすれば意識を取り戻すだろう」

「そ、そうなんですか……?」

いや、でもいくら体が丈夫だからといっても……気絶している人を放置するのは、さすがにまずいのではないだろうか……。

「あぁ、黙って見ていればいいさ」

「は、はぁ……わかりました……」

どういうわけかレイア先生はリアさんのことをよく知っているようなので、彼女の言う通りにして少しの間放置してみることにした。

すると、およそ二分後。

「……はっ!?」

レイア先生の言う通り、リアさんはまるで何も無かったかのようにガバリと起き上がった。

「あ、あれ……? 私は……いったい……?」

「残念だったな。さっきの決闘はお前の負けだ、リア」

「……決闘? ……っ!」

おぼろげだった意識と記憶がようやくはっきりしたのか、彼女はすぐさま立ち上がり、俺の元に詰め寄ってきた。

「ど、どういうこと!? なんで負けたの!? あんた、私にいったい何をしたのっ!?」

パニックに陥る彼女に、俺は朧月の効果を丁寧に説明してあげた。

「そ、そんなの卑怯よ! ズルよ、ズルッ!」

俺の説明に納得がいかなかったのか、彼女の口からは不平不満が溢れ出た。

「そ、そう言われてもな……」

そもそも朧月は実戦のために編み出した技ではない。

相手がリアさんのように、読みやすい思考をしていないと実戦で使うのは不可能だ。

実用性という観点から見れば、飛影や八咫烏の足元にも及ばない。

第一に弱点が多い。

空間に設置した斬撃は完全な不可視というわけではなく、よくよく注意して見れば、わずかな空気のズレ――断層が見えてしまう。

それに相手に悟られぬよう、斬撃を設置するのも非常に困難だ。

(それにしても……今回は彼女が魂装の力を過信してくれたおかげで勝つことができたけど……)

次に彼女と戦うときは、さらなる苦戦は間違いないだろう。

(俺も、もっともっと修業をしないとな……)

そうして俺がさらなる修業を胸に誓っていると、

「ゴホン――とにかく今回の決闘は、アレンの勝利に終わったわけなんだが……。お前はどうするんだ、リア?」

ニヤニヤと意地の悪い笑顔を浮かべながら、レイア先生が口を開いた。

「どうするんだって……なんのこと?」

おそらく本当に素で忘れているのだろう。

彼女は不思議そうな顔をして、コテンと小首を傾げた。

「ほらアレだよ、アレ。忘れたとは言わさないぞ……決闘前の約束をさ」

「決闘前の約束って……っ!?」

突然絶句したリアさんの顔色は、みるみるうちに青くなっていった。

(まさか本当に、決闘の条件を忘れていたのか……)

こう見えて案外抜けっぽいところがあるようだ。

「おっ、その反応は思い出したな? そう『敗者は、勝者の奴隷になる』だったよな」

何故か決闘の勝者ではなく、立ち合い人であるレイア先生がリアさんを追い詰めていた。

「え、えーっと……あの奴隷っていうのはぁー……。その、言葉の綾のような感じでー……」

彼女は目に見えて狼狽し始め、あたふたと手を振った。

視線は右へ左へと泳いでおり、明らかに挙動不審だった。

「まぁ、確かに今の決闘は受領所も通していないし、正式な手順で実施されたものではないからな。別に私が黙殺してやっても構わん」

すると意外にもレイア先生は、助け舟を出していた。

「れ、レイア……っ!」

リアさんはまるで神様を見るような目で、レイア先生を見ていた。

(……まぁ俺としても、この方が面倒事から解放されて助かる)

正直、彼女に「奴隷になる」と言い出されても困る。

なにせ相手はヴェステリア王国の王女だ。

もしもそんなことがバレてしまえば、きっと大問題になるだろう。

(とりあえずこれで一件落着だな……)

そうして俺が大きく伸びをすると、

「しかし……お前は本当にそれでいいのか?」

レイア先生は真剣な顔つきで、リアさんに確認を取った。

「ど、どういうことよ……?」

「いやな……。誇り高きヴェステリア王国の王女様が『自ら』吹っかけた戦いに敗れ、さらには『自ら』が提示したペナルティからも逃げようとしている。いやなに、お前がそれでいいんだったら、いいんだがな……。ちょっと気になっただけだ。うん、別に気にしないでくれ」

ようやく話がまとまりかけていたというのに……この人は……っ。

断言できる、レイア先生は性格が悪い。それもかなり、だ。

今も完全にリアさんで遊んでいる。

(……この人には、あまりかかわらない方がよさそうだ)

俺がそんなことを思っていると、リアさんはついに唸り声をあげ始めた。

「く、ぅううううっ! ……も、もうっ! わかった、わかったわよ! 約束はちゃんと守るわよ、守ればいいんでしょうっ!?」

半ばやけくそになりながら、リアさんは大声で叫んだ。

そんな彼女を見て、レイア先生はわざとらしく肩を竦めた。

「おいおい、まるで私が強制したような言い方はよしてくれ。これはお前の問題なんだ。約束を守って奴隷になるか、それとも約束を 反故(ほご) にして逃げるか。ちゃんと自分の意思で決めないとダメだぞ」

「む、ぐぅううう……っ」

彼女は声にならない声をあげ、キッとこちらを睨み付けた。

そして――。

「ふ、不束者ですが、よ、よろしくお願いします……ご主人様……っ」

顔を赤く染めたリアさんは唇を噛み締め、恥辱に震えながら頭を下げた。

「え、えーっと……その、よろしく……」

もうなんかいろいろと疲れた俺は、とりあえずペコリと頭を下げて一旦この場を収めることにしたのだった。