軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

秘密の会議とゴザ村への帰郷【三】

「ロディス、熱くなってはいけませんよ? 少し落ち着いてください」

「ふぅふぅ……し、失礼いたしました」

天子様に 窘(なだ) められ、ロディスさんは素直に引き下がる。

「ではアレン様、私からも一つよろしいでしょうか?」

「えぇ、どうぞ」

「あなたが手に入れたいと思う、物質的なものをお教えください」

「物質的なもの……ちょっと難しいですね……」

剣は黒剣があるし、防具は闇の衣で十分。

そうなってくると……うーん、これは思いのほかに難しい質問だ。

「……強いて言うならば、自分の家でしょうか」

「まぁっ、それは素敵ですね。どのような家をお望みなんですか? やはり――」

「――えぇ、やはり六畳 二間(ふたま) 。そこに素振りのできる庭があればもう……言うことはありません」

俺はいつの日かオーレストの街に立派な家を建て、そこで母さんと一緒に暮らしたいと思っている。彼女だってもういい歳だ。田舎での過酷な生活は、肉体的にそろそろ限界が近いはず。膝や腰を壊してしまう前に、都での楽な暮らしをさせてあげたい。

(ただ問題は……最近の急激な地価の上昇だ)

ここのところ、オーレストの地価は異常なほどに高騰していると聞く。特にリーンガード宮殿近くの一等地は、安全性と利便性に優れているため、目玉が飛び出るほどの高値で売買されているとか。

(聖騎士の給金だけじゃ、きっと難しいだろうな)

千刃学院を卒業した後は、『平日は聖騎士・休日は魔剣士』という兼業生活をするつもりだけど……。それでどれぐらいの稼ぎになるかは、いざやってみないとわからない。

そんな風に今後の人生設計を考えていると、天子様がどこか呆けた声をあげる。

「ろ、六畳二間……ですか?」

「はい。……やっぱりちょっと高望みし過ぎですかね?」

「い、いえ……なんというか、その……叶うといいですね……六畳二間」

「ありがとうございます」

俺が謝意を告げると同時、天子様・ロディスさん・会長が密になって集まった。

「……酷く庶民的な望みですね」

「うぅむ、まさかここまで枯れておるとは……正直、想定外というほかありませぬ。古来より『英雄色を好む』と言うのですが……」

「アレンくんはこういう人なんです。『 途轍(とてつ) もなく強い剣術馬鹿』という一点を除けば、本当に恐ろしいほど平凡。……まぁそのギャップがとても魅力的なんですけど」

天子様・ロディスさん・会長の三人は、何やらこそこそと密談を始めた。

なんだか失礼なことを言われているような気もするけれど……。天子様がいる手前、ずけずけと割って入るわけにもいかない。ここは大人しく、控えていることにしよう。

その後、「お金の使い道」「好きな異性のタイプ」「生涯を賭して成し遂げたいこと」などなど、たくさんの質問が続き――ようやく全ての心理テストが終わった。

それと同時、皇族派の御三方が再び 集(つど) い、小さな声で何事かを相談しだす。

「……これ、モノで釣るのは不可能ですね」

「若くして達観し過ぎています。この男、人生何周目なのでしょうか……」

「以前にも一度申し上げましたが、アレンくんはそういった『釣り』に引っ掛かるタイプじゃありません。それよりも警戒すべきは、大切な人を交渉材料に取られるといった、染め手や曲がり手の方かと」

「確かに、そのようですね」

「私も 娘(むすめ) の考えに賛成でございます。まずはアレン=ロードルの親類を洗い出し、そこへ信頼の置ける警備を付けさせましょう」

およそ一分後――無事に話がまとまったのか、天子様がニコリと微笑んだ。

「――アレン様、本日は御協力ありがとうございました。おかげさまで、いろいろと見えてくるものがありました」

「いえ、俺なんかが力になれたのであれば光栄です」

とにもかくにも、これで会議は終幕。

俺はどこかに寄り道することもなく、真っ直ぐ自宅へ帰るのだった。

三月三十日、早朝。

新学期を目前に控えたこの日、俺は久しぶりに故郷のゴザ村へ帰る。

(母さん、元気にしているかな?)

確か最後に顔を合わせたのは……そう、千刃学院に入学するかどうかを相談しに行ったときだ。

(時間が流れるのは早いなぁ。もう一年以上も会ってないことになるのか……)

本当はこんなに日を開けるつもりじゃなかったのだけれど……。「そろそろ里帰りでもしようかな?」と思うたびに厄介な事件が起こり、なんだかんだと先延ばしになってしまっていたのだ。

顔を洗って歯を磨き、いつもの制服に着替え、お 土産(みやげ) の饅頭を持ったら、準備は万端。

「さて、そろそろ行こうか?」

「うん!」

俺の問い掛けに対し、リアは元気よく頷いた。

今回の里帰りは、俺一人だけじゃなく、 みんな(・・・) で行くことになっているのだ。

今より 遡(さかのぼ) ること数日――いつものように二人でお昼ごはんを食べていたときのこと。

「――なぁリア、ちょっといいか?」

「どうしたの、アレン?」

「そろそろ一度、故郷のゴザ村に帰ろうと思うんだけど……。もしよかったら、リアも一緒に来ないか?」

「そ、それってもしかして……『親御さんへの御挨拶』!?」

「いや、そんなに堅苦しいものじゃないよ。ちょっと遊びに行く感じだ。もし田舎が苦手とかだったら、俺一人で行って来るけど――」

「――行く! 行くわ! 行きますとも!」

「そ、そうか、わかった」

まさかこんなに食い付いてくるとは、思ってもいなかった。

「ついにこの時が来たわね……一世一代のビッグイベント、親御さんへの御挨拶! ふぅー……大丈夫、落ち着きましょう。この日のために何冊も本を読んで、必要な情報は十分に仕入れてきた。清潔感のある服装・丁寧な言葉遣いと態度・訪問マナーの手土産……よし、脳内シミュレーションは完璧!」

リアはブツブツと何事かを呟きながら、拳をギュッと握り締める。

(そんなにゴザ村へ行きたかったのか……?)

もしかしたら彼女は、 生粋(きっすい) のアウトドア派なのかもしれない。

「っと、そうだ。せっかくだし、ローズも誘ってみようと思うんだけど……どうかな?」

桜の国チェリンの一件で、彼女は心に深い傷を負ってしまった。

ゴザ村の雄大な自然に触れることで、それが少しでも癒えてくれたら、せめてちょっとした気分転換にでもなってくれれば、と思う。

もちろん無理強いするのは絶対に駄目だから、簡単にさらっと声を掛けるつもりだ。

「え゛……あっ、うん、そうね……。アレンに誘われたら、ローズもきっと喜ぶはずよ……。とてもいい考えだと思うわ」

リアは何故か複雑な表情で賛同の意を示す。

その後、ローズに声を掛けてみたところ、思いのほかいい返事が来たため、いつもの三人でゴザ村に行くことになったのだった。

現在時刻は午前九時――。

「んー、今日はいい天気だな」

「えぇ、絶好のお出掛け日和ね」

俺とリアは春の気持ちいい風を浴びながら、待ち合わせ場所である『千刃学院の正門前』へ向かう。

するとそこには――寝ぼけまなこのローズが、うつらうつらと船を漕いでいた。

「おはよう、ローズ」

「ローズ、そんなところで寝てたら危ないわよ?」

「ん、ふわぁ……おはよぅ……」

彼女はごしごしと眼をこすりながら、欠伸まじりの挨拶をする。

「さて、それじゃまずはポーラさんの寮に寄って、それからゴザ村へ行こうか」

「えぇ」

「……うん」

オーレストの街を出てからは、ちょっとした雑談に興じながら、街道に沿って真っ直ぐ進んでいく。

「そう言えば……ポーラさんって、アレンが中等部の頃、お世話になっていたのよね? どんな人なのかしら?」

「前に一度、『途轍もなく大きい』と聞いたことがあるが……?」

「うーん、そうだな……。怒るとちょっと怖いけど、いつもはとても優しくて本当に頼りになる人だ。後、とにかくめちゃくちゃ大きい」

その後、無人の野を越え、未開の山を越え、 鬱蒼(うっそう) とした森の中を踏み歩く。

「ね、ねぇアレン……本当にこの道であってる? というかここは、道と呼んでもいいものなの……?」

「かなり田舎の村だとは聞いていたが……。さすがにこれは、想像の遥か上を 往(い) くぞ……っ」

「二人とも大袈裟だなぁ。まだ半分も来てないぞ?」

「「は、半分!?」」

そんなこんなで険しい森の中をひた進むと、前方に木造二階建ての寮が見えてきた。

「よし、着いたぞ。ここがポーラさんの寮だ」

「はぁはぁ……ちょ、ちょっと待って……っ」

「ふぅふぅ……これは中々いい運動になるな……ッ」

まったく舗装されていない獣道を歩き続けたせいか、リアとローズは見るからに疲労 困憊(こんぱい) といった様子だ。

まぁ今日のような険しい悪路を進むのは、歩き方というかなんというか……『慣れ』のようなものがいる。二人がこうなるのも、無理のない話かもしれない。

「うーん……っ。それにしても、空気がおいしいわねぇ」

「あぁ、なんだか森の味がするな」

何度か深呼吸をして、息を整えたリアとローズは、そんな感想を口にする。

その直後――春の気持ちいい風に乗って、にんにくの芳ばしいかおりが運ばれてきた。これは多分、焼き飯だな。

「それじゃ行こうか」

「えぇ」

「あぁ」

ポーラさんサイズの巨大な扉をコンコンコンとノックしたけれど……返事がない。この感じはおそらく、調理に集中しているのだろう。

「――失礼します」

一言そう断りを入れてから、大きな扉をギィと開けて、住み慣れた寮へおじゃまする。

玄関で靴を脱ぎ、大広間を抜け、厨房に向かうとそこには――晩ごはんの仕込みをする、ポーラさんがいた。

ポーラ=ガレッドザール。

俺が住んでいた寮の寮母さんだ。身長二メートルを越える巨躯。迫力のある顔立ち。黒いシャツの上に真っ白のエプロン姿は、今でも変わりない。常に腕まくりをしており、そこから見える二の腕は……俺の四倍はあった。

「ふんふふんふーん!」

彼女はまるで 大合唱のような鼻歌を奏でながら、愛用のフライパンをガッシャガッシャと豪快に振るっている。

中等部の頃によく見たこの光景、胸の奥がじんわりと温かくなった。

(……でもあれ、おかしいな……。前に見た時より、またちょっと大きくなってないか?)

俺の気のせい……ではない。

フライパンを握る拳は 巨岩(きょがん) のようにゴツク、そこから伸びる腕は丸太と見紛うほどに太かった。

ざっと全体を見る限り、前に会った時と比べて、一回りは巨大化している。

……きっと彼女は、成長期なのだろう。

「ひ、ヒグマ……じゃないわよね……?」

「な、なんというサイズ感だ……っ。お爺様と見合う 体格(サイズ) の人間がいるとは……それがまさか女だとは……驚きだ」

初めてポーラさんを見たリアとローズは、驚愕のあまり目を見開く。……まぁ、その気持ちはよくわかる。