作品タイトル不明
桜の国チェリンと七聖剣【百八十五】
「私はなんらかの『選択』をするとき、必ず< 涅槃水晶(ねはんすいしょう) >の力を使うようにしていてネ。未来の吉凶を視てから、本当にその選択を採るのかどうかを決めるんダ」
<涅槃水晶>の解釈によれば、自分の選択次第で、未来はどんどん変わっていくものらしい。
「最初に異変が起こったのは三日前、出張先としてオーレストを選んだとき、魂装の刀身に暗い陰が――『小さな凶事』の前触れが顕れたんダ。まぁこれぐらいのことなら、過去にいくらでもあっタ。『オーレストで、小さな凶事が待ち受けているのだろウ』、軽い警戒心を抱きつつ、この街へ行くことに決めたヨ」
「なるほど」
「オーレストへ赴任してから、たくさんの選択をしてきたけれども、特になんの変化もなかったヨ。<涅槃水晶>はずっと『小さな凶事』を示したままダ。しかし数時間前、アレンくんの診察を買って出た直後、突然その刀身がどす黒く染まり――『大きな凶事』の兆候を示しタ。ここで確信したヨ。私にとって、 アレンくんこそが(・・・・・・・・) 地雷なんだ(・・・・・) 、とネ」
ハプ博士はそう言って、診察デスクの上に置かれたコーヒーカップを手に取り、ズズズッとすすった。
「ただ……さっきも言った通り、私はどうしても君の体を調べたかっタ。目の前にぶら下げられた極上の 人参(にんじん) ――危ないとわかっていても、飛びつかずにはいられなかったヨ……。気付いたときには、何故か手元にアレン=ロードルの細胞検体があっタ。多分、精密検査のときにでも、こっそりと採取したんだろうネ」
「え、えー……っ」
いくらなんでも、欲望に忠実過ぎるだろう。
「それから私は、アレンくんの細胞構造を秘密裏に調べ、『耐性の獲得』・『異常な剛筋』という 類(たぐ) い 稀(まれ) な特性を発見しタ。その結果が、 これ(・・) ダ」
彼は真剣な眼差しで、今にも折れそうになった刀身を見つめる。
「<涅槃水晶>に大きなひびが、<死の兆候>が出てしまっタ」
「それでさっきの結論――『これ以上俺のことを調べた場合、何者かによって殺される』に行き着くわけですね?」
「そういうことダ。理解が早くて助かるヨ」
ハプ博士は満足気な顔でコクリと頷いた。
「正直なことを言わせてもらうならば……本当はもっと、もっともっともっト! 頭の天辺から爪の先、毛髪の細部に至るまで、アレンくんの体を調べ上げたイ! だけど、これ以上はさすがに危険過ぎル……ッ。だから、どうしようもなく残念だけど、君からは手を引かせてもらうヨ。私とて、自分の命は惜しいからネ……」
彼はがっくりと肩を落としながら、欲望と悔恨の渦巻いた瞳で、俺の体をねっとりと見つめてくる。
「そ、そうですね! 俺もそれがいいと思います!」
やっぱりこの人は、いろんな意味で怖い。
多分、頭のネジが数本は飛んでいることだろう。
そうして話が一段落したところで、ハプ博士がポンと手を打ち、
「そうダ。せっかくだし、アレンくんの未来も占ってあげよウ!」
とんでもないことを言い出した。