軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

(第16話) セドリック殿下の混乱~スカイ王国~

「なんだ? これは? この数字は……一体……」

真っ青な顔をした側近が持参した資料を見て、僕の顔もきっと側近と同じくらいに真っ青になった。

「帝国との絹織物の取引停止よりも、クラウド王国から取引税が搾取出来なくなったことの損失の方が大きいだと!?」

「今までクラウド王国から得られる取引税や国境の通行料は、我が国の固定収益でした。それがクラウド王国と帝国の直通ルートが開通したことによって一気になくなってしまい……。大損害です……」

「そんなまさか……。今までクラウド王国からの収益は当然と思っていたから適当に見ていたが、まさか……まさかこんなに大きい数字だったなんて……」

目の前が真っ暗になった気がした。

帝国からの絹織物の取引の停止で発生した損害だって、最悪はクラウド王国からの税を引き上げて埋めればよいと考えていたのだ。

それなのに、クラウド王国からの収益自体が無くなるだなんて……。

いや、きっとそれだけじゃない。

……今まで高い取引税や通行料を払うよりはとスカイ王国と取引していた他国や商人達が、帝国からの直通ルートを使ってクラウド王国に流れてしまう可能性だってあるんじゃないか?

そんなことになったら……。スカイ王国は……。

とんでもない可能性に気づいた僕の背中には、冷汗が伝った。

父上とも相談して至急対策を練らなければと思うが、クラウド王国からの『聖女シエナの招致には応じられない』という書簡を見た父上は怒り狂っており、そんな今の父上と冷静に話が出来る気がしなかった。

途方に暮れていた僕のもとにアイリスが訪れた。

……あの日の、あの歪んだ薄ら笑いを思い出しそうになったが、必死で胸にしまった。

「セドリック様。今日もハーブティーと、貴族達に人気のチーズタルトをご用意したので、少し休憩しませんか?」

アイリスは、帝国でのパーティーでの失態も国王からの叱責も何もなかったかのような、以前と同じ優雅な態度だった。

「……そう……だね。いつも気を使ってくれてありがとう」

そんなアイリスに戸惑いながらも、僕もいつも通りに接した。

「父から聞いたのですが、あの平民は招致を拒んだそうですわね。まったく生意気でありえないですわ」

「あぁ。いや……でもパーティーでのシエナの態度を見れば当然というか……」

「たかが平民が国王からの名誉ある招待を無下にするなど、信じられませんわ」

アイリスは、あのパーティー会場でシエナが起こした奇跡を、舞い落ちる聖白百合の花達を、それを目の当たりにしても、それでもシエナを『たかが平民』だとそう罵るのか。

ずっと愛してた『真実の愛』であるはずの婚約者の、その顔を僕は改めて見つめた。

美しいその顔は以前となんら変わりのないはずだった。少なくとも表面上は。

……だけど……その内面が反映したかのようにほんの少し歪んで見えるのは……それは……僕が今までアイリスの外見や公爵令嬢であるという身分しか見ていなかったということなのか……。

「でも国王陛下ならきっと何としてでもシエナを呼びつけますわよね? うふふ。シエナがスカイ王国を訪れるのが楽しみですわ」

「アイリス! まさか君までも僕がシエナとよりを戻すのを望んでいるというのか!?」

だからあの時、笑っていたのか?

信じられない気持ちで詰問した僕に、アイリスはあの日と同じ歪んだ笑みを見せた。

「まさか。セドリック様がそんなことする必要はありませんわ。あんな平民なんて、下賤な者を雇って汚してしまえば良いのですわ」

「はっ!? ……何を……。君は何を言っているんだ……」

「だって、ありえないでしょう? あんな平民が聖女だなんて。ありえません! あのパーティーでのあの屈辱! 許せません! ふふふ。だから、汚せば良いのです。汚してボロ雑巾のようにズタズタにしてしまえば、きっと二度と奇跡なんて起こせなくなりますわ」

……誰だ? この女は? 僕がずっと婚約者にと切望していた女性はこんな女じゃないはずだ……。

この国の未婚女性の中で一番身分が高くて、美しくて、僕に相応しい……。それが、こんな……、こんな女だったなんて……。

「汚したからといって、聖女の力がなくなるとは……」

呆然としながら僕は呟いた。

「もしかしたら過去に起こした奇跡も無効になるかもしれませんわよ? そうしたら穢れ沼はまた穢れて、クラウド王国と帝国との直通ルートもなくなりますね?」

アイリスのその言葉は、甘い毒のように僕の心に染み渡った。

もし可能性があるのなら? 一筋の光が見えた気がした……してしまった……。

穢れ沼さえ再び穢れれば……。帝国とクラウド王国の直通ルートさえなくなれば……。

そうすればすべて元通りだ。

今まで通りクラウド王国は我が国に搾取されるだけの格下の国に戻り、我がスカイ王国は安泰だ。

……シエナさえ、シエナの聖女の力さえなくなったのなら……。

たったそれだけでスカイ王国は……。

先に故郷であるスカイ王国を裏切ったのは、シエナの方だ。

シエナが生まれ育ったスカイ王国のために最初から祈りを捧げていれば、僕がこんな窮地に陥ることはなかったのに。

そうだ、スカイ王国のために祈ることを放棄したシエナが悪いのだ。

それでもさすがに下賤な者に相手をさせるのは、いくら何でもシエナが可哀そうだから、一度くらいなら僕が相手をしてやってもいい。

……あぁ、だけど、僕が相手だとシエナは悦んでしまって聖女の力を奪うことは出来ないだろうか……。

……自分の思考が酷く混乱して、壊れていくのを感じていた。

違う。違う。僕は、スカイ王国の王太子だ!

そんな卑劣な人間ではないはずだ! 目を覚ませ!

必死で自分を鼓舞したけれど、なぜか思考が上手く働かなかった。

僕に言葉の毒を垂らしたアイリスを見ると、優雅に紅茶とチーズケーキを嗜んでいた。

……紅茶?

そう言えばアイリスは最近僕にハーブティーを用意してくれるが、自分では飲んではいなかったな……。ふとそんなことを考えた。