軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

48話: 通帳

詩織の友人が遊びに来ている。

そのことを総司に連絡すると、チャットでも伝わるほどイライラしていた。

もちろん俺もだ。

他所様がいたのでは母も詩織も猫かぶりモードになってしまい、虐待の証拠が十分に手に入らない可能性がある。

現状、別働隊のほうの戦果も芳しくは無いようだ。

ままならないな。

ベッドに寝転がりつつチャットをしていた俺は、報告会が終わってスマホを置く。

俺と同様、詩織が部屋に盗聴器など仕掛けていないとも限らないので、家の中では通話は控えることにした。

一応確認はしたのだが、詩織が巧妙に隠している可能性もある。

今からどうするかぼーっと考えていた時、再度スマホが震えた。

チーナからのメッセージだ。

“少し電話してもいい?”

とのこと。

こちらも彼女の声が聞きたいと思っていたし、夕食も買ってこなければいけないだろう。

俺は外に出てコンビニを目指しながら、チーナに通話を繋ぐ。

『もしもしヨリ?そっちは大丈夫?』

『さっき言った通りだよ。詩織の友達がきてる。めんどくさいな』

『そうだね……』

人気のない道を選びつつ、チーナと言葉を交わす。

『まあ夜までには帰るだろうし、母さんがフリーになるタイミングはあるだろう。それよりそっちは大丈夫か?一人で困ったりしてないか?』

『うん………ちょっと寂しいけど、大丈夫だよ。でも病院の方は全然だった。ごめんね』

『気にすんなよ。ダメでもともとなんだから』

寂しいという言葉を聞いて、チーナには悪いが少し嬉しかった。

普段は俺と一緒にいるのに、今日は会えない。だから寂しい。

もしそういう意味なら、チーナは俺を必要としてくれているということになる。

でもどうして、彼女に求められてこんなに嬉しいんだろうか。分かりそうで分からない。胸がモヤモヤする。

その正体も分からないままチーナとの会話を楽しんでいると、雑談の中でふとバイトの話になった。

『そういえば、給料日もうすぐだね』

『今月は、チーナも結構働いたもんな』

『そうだよ〜。ヨリと違って真面目に仕事してたからね』

『俺だって真面目にやってるさ』

『訓練を、ね?通訳あんましてないじゃん』

『……うるせ』

2ヶ月前に比べ、随分と気兼ねなく話すようになった。そのことについても、素直に嬉しいと思う。

『そうだ。ちゃんとお給料振り込まれたか確認しといてくれって、事務の人が言ってたよ』

『ああ、通帳な。了解りょうk……』

だがそんな会話の中、何か引っかかることがあった。

通帳……通帳……あ!

『そうだ通帳!“俺の”通帳だ!』

『え?どうしたのヨリ?』

『悪いチーナ。切るぞ』

そう言い残して通話を切り、踵を返して家に走る。

そうだ。父さんが俺に残してくれたものがまだあった!くそ、すっかり忘れていた!

大切な事を思い出し、全速力で路地を駆ける。

ものの五分で家に着くと、急いで靴を脱いでリビングに入った。

そこには……

「伊織?どうしてあんたがここにいるの?」

俺にとって忌むべき存在。母が、一人で椅子に座っていた。

俺が出かけていた短い間に帰ってきたのだろう。

詩織たち5人は二階にいるのか、ここには俺と母親だけ。

少し驚いたが、好都合だ。

「俺が俺の家にいて悪いかよ」

「あなたが勝手に出て行った時点で、ここはあなたの家じゃないわ。鍵だって置いて行けって何度も言ったはずよ?」

「勝手にじゃない。父さんは快く送り出してくれたし、未成年が親の同意なしで一人暮らしを始めることなんてできないからな」

「そうやってすぐ父さん父さん父さんって、甘やかしてもらえるのが普通だと思ってるのね。同じ親なのに、どうして私の言う事は一つも聞いてくれないの?」

典型的な毒親発言をしながら、テーブルに置いた紙袋を開けていく母。

今まで出かけていたのは買い物のためか、高そうな衣類が次々と出てくる。

くそっ!どの口が親なんてほざくんだ。親らしいことなんて、俺を産んでくれたことくらいだろうが。

「チッ、まあいい。父さんついでに一つ聞きたいことがある」

「何よ。今忙しいんだけど?」

「父さんが俺名義で作っていた通帳、どこにある?」

親戚から貰いすぎたお年玉、俺の将来のための積み立て。父さんはそれを、詩織と俺、それぞれの名義の通帳を作って管理していたのだ。

随分と昔にポロッと聞いただけだから、すっかり忘れていた。

「ああ、あの通帳ね」

そして、母もその存在を認知しているようだ。

足元に置いていた手提げ鞄を手に取り、ゴソゴソと漁りだす母。

そしてすぐに、一冊の通帳を取り出した。

「これのことでしょ?いいわよ、あげるわ」

「え?あ、あぁ」

驚いたことに、母はすぐにそれを手渡してきた。

絶対にとぼけてくると思ったのだが、意外だ。

とにかく俺はそれを受け取り、恐る恐る中を開く。

額から冷や汗が流れる。

どうしてこれが鞄から出てきたのか、どうしてすぐに渡して来たのか。

通帳を開く前から、答えはなんとなく分かる気がした。

預金残高:15円

「ちょうど今日使い切ったのよ。管理も面倒だし、あなたにあげるわ」

「ふざっっっっけんなクソ野郎!!!!!」

刹那、俺は怒りを通り越したドス黒い感情が爆発し、全力で怒鳴り散らしていた。

父さんが必死に働いて、俺のためにとコツコツ積み立ててくれた……大事な、大事な金を、この腐れ女は!!!!!

「てめえは!父さんの努力も苦労も優しさも愛情も全部全部全部!そのくだらない装飾品に注ぎ込んだっていうのか!!ああ!?」

今までにないほどの激情。頭に血が登っているのが分かる。痛い。割れそうだ。

でも今はそんなこと、どうだっていい。

「人聞きの悪いこと言わないでよ。今まであなたに払ってきたお金を返してもらっただけじゃない。そういう家庭はたくさんあるし、私もそれが筋だと思うわ」

「ならもちろん、詩織にも同じだけのものを要求するんだろうな?」

「あの子にはたくさんのものを貰ったし、これからくれる喜びも保証されてる。これ以上のものを求めるなんて、親として間違ってるわ」

「くそったれがあああ!!」

だああああん!っと凄まじい音がした。見ると、テーブルが横に倒れている。

怒りに任せて俺が投げ飛ばしたのだと、少しして気づいた。いや、痛む足から察するに、蹴り飛ばした、が正しいだろう。

「ちょっとあんた何してんのよ!このテーブルだって、家族の思い出が詰まった大事なものなのよ?」

「そこに俺は入ってないんだろうが!!あんたにとっての家族は、あの女狐だけだ!!」

「女狐って詩織のことじゃないでしょうね!!自分が出来損ないだからって、詩織に嫉妬するのは許さないわよ!!」

俺の言葉に、ついに母も激昂する。

だが、怒っているのは詩織を悪く言ったことに対してだ。俺を家族と思っていないという点は、否定して来ない。

いいさ、もう十分だ。

「いいさ、お望み通り二度とこんなとこには帰ってこねえ!じゃあな!せいぜいステキな未来をプレゼントしてやるよ!!」

そう吐き捨てて、俺は玄関に向かった。

途中、テレビの横の写真立てを床に叩きつけ、踏みつける。

「あんたなんてことしてるのよ!!!」

「母さんどうしたの!大丈夫!?」

半狂乱の母や駆けつけた詩織の声を背に聴きつつ、俺は家を出て行く。

あんなところにはもう、1秒もいたくなかった。