軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

43話: バウワウ!

基地内の中心から少し外れにある、三階建ての大きなアメリカ住宅。

いわゆる米軍ハウスと呼ばれるそれは、広い庭に囲まれてかなりの豪邸に見える。

ここが、オリバー大佐のお宅だ。

駐車場の一角を借りてバイクを停め、門の前へ移動する。

『よし、行くぞチーナ』

『うん、大丈夫。行こう』

俺は、震える指で門の横に据えられたチャイムを押す。

今から会うのは在日米海軍のドン。粗相があれば首が飛ぶ。

いや、そんな事をする人ではないが、やっぱ権力者ってだけで怖い。

チャイムを鳴らしてからのたった数秒が、やけに長く感じた。

そして、インターホンから女性の声が聞こえてくる。

「Hello. Who is……あら伊織ちゃん!それにあなたがクリスティーナちゃんね。よく来たわぁ」

「アイラさん。お、お久しぶりです」

声の主は、オリバーさんの奥さんであるアイラ・コックスさん。

カメラで俺たちを認識したのか、英語から日本語に器用に切り替えた。

さあ入って、と声がかかり、カチャリと門の鍵が開いた音がする。

すうううぅ、はあああぁ。おし、いくでえ。

門を通り、敷地内へ。たくさんの緑で囲まれた庭を歩きながら、緊張で自然とチーナと手を繋ぐ。

『ヨリ、庭広くない?家大きくない?』

『ふ、普通だよ普通超普通。歌舞伎座だってこのくらいだったし』

玄関の前にたどり着くと、タイミングを見計らったかのように扉が空いた。

そこに現れたのは、なんとオリバーさん本人。

190センチ後半の長身に、岩石のような体。

角刈りにした暗い茶髪にワイルドな口髭。

還暦とは思えないほどのパワフルさ。

それがオリバーさんの印象だ。

彼の登場により、腹だけ重力が三割増しになったかと思うほど空気が重くなる。

そんな俺たちの緊張など露知らず、オリバーさんはニカっと笑って俺たちを出迎えた。

「よう伊織、クリスティーナ。よぉく来たな!またデカくなったんじゃねえか?」

「いえいえ、オリバーさんにおかれましては今日もご健勝で…」

「なに堅苦しくしてんだよ!昔みたいにヒゲのおっちゃんで良いんだぞ?」

「あああああれに関しましては、若かりし日とは言え一生の責としていく所存です!」

7歳の俺のバカあ!なんてことしてくれたんだ!

「あの、こいつはアンジェリーナ二等兵曹の………」

「娘…の、クリスティーナです。初めまして」

誤魔化すために、俺はチーナの紹介に移る。

普段なら自己紹介くらいすらすら言えるチーナだが、緊張のせいでぎこちない。

名乗った後、チーナは俺から手を離し、「これ、どうぞ」っと持ってきた紙袋を手渡した。

2人で買ってきた手土産だ。

中身はカステラ。無難と言えば無難だし、当たり障りも無いだろう。機嫌をそこねる要因にはなり得ないはず……。

だがそれを受け取ったオリバーさんは、眉をひそめて険しい表情を浮かべた。

え、やばい!?やっちゃった!?俺なにかやっちゃいました!?

隣に立つチーナも、ほああぁ!って絶望している。

「なぁ、伊織」

「はひ、なんでしょう?」

くっ!死ぬ時は一緒やで、チーナ。

「これ"食べられる"やつだよな?こないだアンジーが土産だって、マーマイトとかゲテモノ食品を……」

「すいやせんっしたあああああぁ!まじあのバカ超シバいときますんで!今後そんな事が無いよう言い聞かせとくんでえぇ!」

腰の可動域全開で頭を下げて謝る俺。

アメリカに頭下げる文化はないが、勢いと癖が出てしまった。

にしてもアンジーのやつやりやがったな!?何をとち狂って指揮官様に爆弾投げつけてんの?馬鹿なの死ぬの?

「いやすまんすまん、そうじゃないならいいんだ。ありがとよ」

「ごめんなさい。私の……ハハが、 Мм(えーと) 、ごぶ…れいを」

「だからいいって。クリスティーナは日本語が上手いな」

まだまだ敬語に慣れないチーナも、必死に謝罪を述べる。

オリバーさんが怒った様子は無い。ひとまず危機は脱したか?

とりあえず入れよっと中に通され、俺たちはビクビクとついて行く。

オリバー宅は土足。と言っても室内では室内履きが基本。

俺達も持参したスリッパに履き替え、家に上がる。

長い廊下を抜けてリビングに入ると、そこは暗い色の木材を多用したアメリカ住宅らしい部屋。

俺の家のリビングの倍はあるんじゃなかろうかというほど広い。

何度か来たことがある俺は驚かないが、初見のチーナは目を丸くしている。

「いらっしゃい伊織ちゃん、クリスティーナちゃん。ゆっくりしてね」

アイランドキッチンから声をかけてきたのはアイラさん。

優しげな雰囲気を放つ初老の女性で、彼女も日本語が堪能だ。

「クリスティーナです。よろしく、おネガいします」

「あらあら、よろしくね」

チーナがアイラさんに挨拶をし、握手を交わす。

にしても、アメリカ人とロシア人が日本語で挨拶するって、よく考えれば異様だな。

最近チーナは英語より日本語の方が話せるし、仕方ないか。

そう言えば、あの二人の姿が見えないな。

「アイラさん、エマとリリーはどこに?」

「昨日から泊まりで遊びに行ってるの。あの子たちも伊織ちゃんに会いたがってたんだけど、タイミングが悪かったわ」

エマとリリーは、オリバーさんの2人の子供だ。

と言っても2人とも養子だが、今日は居ないらしい。

あいつらがいるとうるさくなるし、まあいいか。

料理を運ぶアイラさんを手伝ってから、4人で食卓につく。

「さあ食べましょう。二人とも沢山食べてね」

ガンボ、マカロニチーズ、七面鳥の丸焼き……。

様々なアメリカの人気料理が並ぶ机を見て、チーナが思わず呟いた。

「これ……多くないですか」

大きなテーブルに所狭しと並んだカロリーの暴力に圧倒されるチーナ。

だが……

『なら俺が全部食うぞ!いいんだなチーナ!』

「若いんだからしっかり食べろ!胸も育たないぞ!」

『もう食べ始めてる!?さっきまでの殊勝な態度は!?それにオリバーさんセクハラです!って日本語で言いたい!』

遠慮?何それ食えんの?バウワウ!

「2人ともよく食べるから作りがいがあるわ。チーナちゃんも沢山食べてね」

「は、はい……」

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満腹になった俺たちは、世間話をしながら手土産のカステラをつつく。

俺の横では、チーナがこくこくと船を漕いでいた。

食べた後に眠くなるのは分かるけど、さっきまでの殊勝な態度は?

「そういや、伊織」

「なんすか?」

二切れ目のカステラを食べ終えたあたりで、オリバーさんが俺に声をかけて来た。

もう緊張はすっかり取れて、俺もいつもの砕けた口調で話している。

「お前、高校卒業したらどうするんだ?」

「ああ、それなら……」

真剣な面持ちで尋ねてくるオリバーさん。もしかしたら、今日はこれが聞きたくて俺たちを招待してくれたのかもしれない。

高校卒業後の進路、それならもう決めてある。だから俺も、誠意を込めて返答した。

「アメリカに渡って、米軍に入ろうと思ってます。 基地(ここ) で育ててもらった俺にとって、それ以外の選択肢はあり得ません。まあ国籍とかもろもろの問題はありますけど、何とかします」

そう、俺にとって軍人以外の道は無い。これは、小さい頃から軍服に囲まれて育った俺の憧れだ。

「そんなところだと思ったよ。それだと、誰かの養子になるか、グリーンカードの申請するかだな」

「そうですね。そのためにも、実親の問題はクリアしないと……。幸い、いつでも養子に来いって言ってくれるやつらが何人もいますし」

「そう……か」

それを聞いてオリバーさんは少し考えるような仕草をしたが、すぐに快活そうな表情に戻り、冗談めかして続けた。

「だがそうなると、チーナとはお別れになっちまうなぁ。それまでに結婚でもして、一緒に渡米しちまえばいいんじゃないか?」

「いやいや、そんな非現実的な…」

そんな話をしていると、とんっと左肩が重くなった。

見ると、重力に負けたチーナが頭をもたれかけている。

細く繊細な髪が俺の鼻をくすぐった。

そうか、アメリカに行ったら、チーナとはお別れになっちまうのか。

それは少し………とても、寂しいな。

「で、お前らどこまで済ませたんだ?」

「どどどどどこまでって!何もして無いっすよ?」

「でもさっき手繋いでたろ」

「あれはその、急にファンデルワールス力がですね……」

「式には呼んでね?」

「アイラさんまで!?」