軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

80話:行軍と将軍5

さすがに実物を見てワゲリス将軍も改善に動き、不手際に対する報告をもらった。

行く途中の今いきなり人員減らしても困るだけだから、次席を繰り上げて職責を担わせ、やらかしを主導した者を平に落として権限を奪ったそうだ。

「やっぱり軍にも公爵系の人っているんだね」

ようやくまともになった天幕で、僕は今日聞いた報告内容を反芻していた。

そんな僕のために、ノマリオラが寝る準備をしてくれているので、ただただ待つだけの時間だ。

今までも寝台を整えたり、周りに風よけの衝立を設置したりしてくれてたんだけど、やったらすぐ下がらせて自分の準備に当ててもらってた。

けど僕だけじゃなくて僕の隊全体の改善なので、今までよりも時間に余裕ができ、その分急かす必要もなく仕事をしてもらってる。

「今回はユーラシオン公爵のほうでしたが。そろそろ鈍いふりでは誤魔化せなくなってきたということかもしれません」

ウェアレルが施設大隊で僕への嫌がらせを主導した人物の背後関係を挙げて、心配そうに視線を落とした。

けど僕は逆だと思う。

だって、ユーラシオン公爵派閥に属する貴族の出身って言うだけで、きっちりユーラシオン公爵の指示だという証拠は上がっていない。

「これだけあからさまなことしても怒られないと思ったのは、ワゲリス将軍のせいもある。けど、まずやろうと思ったのは、やっぱり僕が鈍いから訴えることもしないと高をくくったんじゃない?」

僕は今、宮殿の隅で孤立してるわけじゃない。

これは僕が言わなくても、その内表面化した問題だ。

何せ、軍にいる役人である武官は報告を上げることが仕事だ。

その武官が対処を訴え、改善せず、それらはすべて記録に残され上に提出される。

その後は公式記録に残るし、論功行賞にも使われるので、問題にならないわけがない。

「今回の嫌がらせは、公爵が動いたにしてはお粗末すぎる。まぁ、運よく僕がどうにかならないかなって思ってはいそうだけど。端にいて、目が届かない中で、守りもざるな天幕に獣でも飛び込んで来たら、とか?」

「アーシャ殿下…………。そう思うのでしたら早朝に姿をくらますのはやめていただきたい」

イクトに釘を刺されてしまった。

セフィラが珍しい素材見つけて来るので、ついて行ってしまったのは一度ではない。

そのセフィラも転んで光学迷彩が解けたのが不服で、今度はどんな事態にも備えるとやる気になって誘ってくる。

「自分の手を汚すつもりはないようだから、そこまで警戒はいらないと思うけど」

「確かに直接の危害とは言えません。しかしアーシャさま、剣を握った近衛のことをお忘れなく」

ウェアレルにも追加で釘を刺された。

ただ言わせてもらえば、今のところ一人歩きは成功してない。

側近たちが姿をくらます前に全て阻止して、一緒についてくるようになってるから。

それで余計にセフィラがやる気になっちゃってるんだよね。

「でも、ユーラシオン公爵は本気で帝位を狙うからこそ、未必の故意は狙っても、直接殺すようなやり方はしないでしょ」

帝国の歴史の中で、他の継承権者を殺した者は継承者として忌避される。

実はフェルの暗殺が噂された時、僕の次点で容疑者に上がったのはユーラシオン公爵だ。

逆に毒物の特定さえできないって言う巧妙さから、疑いが向かっていたという。

だからこそ僕を吊し上げるように広場に呼んだ時、大人しかったんだ。

「ご主人さま、今夜から寝ずの番につきたいと思います」

「ノマリオラは心配しなくて大丈夫だから、ちゃんと休んでね」

きりっとした表情で心配してくれるノマリオラを、僕は天幕から送り出した。

「伯爵令嬢にしては逞しい方ですね」

「弱音の一つも出ていませんからね」

イクトとウェアレルが頷き合う。

確かにノマリオラは慣れない移動にも、適当すぎる設営にも一切の不満を漏らさなかった。

だからって何も感じてないわけじゃないし、僕の身を心配するくらいには感情豊かではある。

危険があると言ってもついて来たのは妹の症状改善に恩を感じるほかに、ルカイオス公爵のスパイとして手に入る金銭が多くなったから、妹専属のメイドを雇えたとも聞いてた。

「さて、それじゃそろそろヘルコフを迎えに行こうか」

僕の言葉にセフィラが光学迷彩を起動する。

「では参りましょう。ベルトをお持ちください」

イクトが応じる間に、ウェアレルは残って寝台に向かった。

ノマリオラに多めに用意してもらった枕を使って、僕が寝ているように偽装を始める。

実は今、ヘルコフはワゲリス将軍から個人的な呼び出しを受けて不在だ。

「あちらですね。周囲に兵もいます。気づかれないよう静かに向かいますので」

イクトが忠告をして向かう先には、火を囲むヘルコフとワゲリス将軍がいる。

普段より声が大きくなっており、手にはカップがあるのでどうやら飲んでるようだ。

「だからなんだよ、あの皇子!?」

おっと、いきなり僕に対してワゲリス将軍が不満そうに叫んだ。

「近衛だけが陣内でのうのうとしてるなんて、おかしいだろ!?」

「そりゃこっちの台詞だ! 将軍のくせしてなんで気づかねぇんだよ!?」

「何がこっちの台詞だ! 近衛の統率もできてないくせに!」

「はぁ!? お前も気位ばっかり高い軍人の扱いにくさわかってんだろうが!?」

どうやらヘルコフも言い合いで声が大きくなっているらしい。

どんどん険悪になっていく二人に、周辺の兵は戦々恐々で僕たちに気づいてない。

「近衛なんて帝室にびったりくっついてる奴らだろ!? そんなのにそっぽ向かれるなんざ普段の行いが悪いに決まってる!」

「あほか!? 近衛がくっついてるの皇帝であって皇子じゃないんだよ! その皇帝が月数回しか会えないんだぞ!」

「それこそ普段の行い悪い悪童だって話だろ!? 調べても悪評しか出てこない皇子なんざ相当だろうが!」

「本当お前は貴族の面倒ごとわかってねぇな! 宮中警護はもちろん、門番も警邏も衛兵も左翼周辺出入りする奴に目光らせてんだぞ!? その上でできる悪さってなんだよ!?」

どうやらワゲリス将軍は、僕が宮殿の端に追いやられてる現状自体をわかってない。

軍関係者はほぼ宮殿に出入りしないとはいえ、そう来たか。

他に爵位持ってるとか肩書がある貴族は別だけど、ワゲリス将軍はたたき上げ。

経歴を探った限り、貴族令嬢と結婚してはいても、持ってるのも一代限りの騎士爵だ。

「知らないと思うなよ? 今回の出兵だってあの皇子が我儘言って決まったって知ってんだぞ!?」

「…………はぁ!? 何処どうしたらそうなるんだよ!?」

指を突きつけるワゲリス将軍に、ヘルコフも一瞬言葉に詰まる。

「宮仕えの義父から聞いてんだよ! あの皇子が自分から出兵するってんで陛下説き伏せたってな!」

「馬鹿野郎! 言い出したのは公爵どもだ! それで陛下の足引っ張るくらいならって話を、どうやったらそこまで悪意的に曲解できんだよ!?」

「なんであれ決めたのはあの皇子だろ!? そのせいでこっちが割り食ってんだ! あんなあほみたいな過密スケジュールで派兵させやがって! そのくせ作戦遂行の目途もなしだとかふざけるな!」

「子供のせいにしてんじゃねぇよ! いつもどおり雑な対応して雑に面倒ごと押しつけられて雑に逃げ損ねたんだろ! ロック!」

え、あの雑な対応いつもなの?

「他にも最近じゃ弟の皇子と同じ扱いしろってんで、我儘言って皇妃の手を煩わせてるとか!」

「今までがおかしかったんだよ! その上未だに他の皇子との格差酷いわ!」

「錬金術だとか言って魔法でやれば早いことを手間かけてみせて、弟皇子たちに称賛させて詐術で悦に入ってるとか!」

「わかりやすく錬金術が何か説明してるだけで詐術とか言ってる時点で、そいつの理解力が悪ぃんだよ!」

もはや獣人独特の吠え声交じりの言い合いだ。

熊の重低音に負けないエンジンにも似た唸りが、ワゲリス将軍の太い鼻筋からあがる。

「お前贔屓で目が曇りすぎだ!」

「お前こそ身内から聞いた話鵜呑みにし過ぎなんだよ!」

いつまでも終わらない言い合いに、イクトも溜め息を吐いた。

どうするのかを見ていると、周囲の兵が恐れおののく中、全く平静に声をかけた。

「お二人とも、旧交を温めるのもその辺りで。すでに日も落ちています」

ヘルコフには事前に言っておいたから、イクトの姿にすぐ吠え声を止める。

目がちょっと僕を探すようで、恥ずかしいところを見られた自覚はあるらしい。

ただそれでも溜飲を下げた様子はなかった。

「ともかく、お前はもう少し自分の失態自覚しろ」

「ふん、ちまちま嫌がらせみたいに報告したいならしておけ」

結局、ヘルコフはワゲリス将軍と睨み合って喧嘩別れのようになってしまう。

どうやらワゲリス将軍は、事前に僕の悪い噂を吹き込まれた後だったらしい。

今から何を言ってもヘルコフに返していたように、聞き入れてはもらえないだろう。

これは今後足並みをそろえるより、僕のほうで自由に動ける方策を考えるべきかもしれなかった。