軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

598話:聖女の遺物3

謎の言語で書かれた文章が、高位の人間が書いたと言い当てたら驚かれた。

「その反応、もしかして書いた人自体は伝わってるの?」

すっと感情を抑制してマクスが無表情になるのは、わかりやすい。

それでも前世の中学生くらいが表情抑えるのはすごいことだ。

違和感がありすぎて、抑制の意味がなくなってるのは経験のなさかな。

「推測の理由を説明すると、まず文字を書くという行為自体が、古い時代ほどひと握りの支配者の特権だ。あとは使われてる顔料だよ」

謎の言語以外に描かれた絵には、色が付けられていた。

「赤は鮮やかなものから茶色っぽいものまで種類がある。これは古い時代から赤い顔料は作られやすいからだね。緑は濁った色だ。これも古い時代での技術の足りなさで起こる」

僕は色について説明した。

この辺りは青いアイアンゴーレムについて考察した時に調べたこともある。

他にもセフィラが色の研究をしていた書籍を知ってて、知識を補強した。

錬金術じゃないけど、帝室図書館にあったものだ。

昔の皇帝に捧げられた絵画で使われた新色を誇るような記録書だったらしい。

「黄色も比較的古くからある色で、こっちも古くは濁るし、時間経過で消えやすい。それが残ってるってことは、良い顔料を使ってることになる。何より、それが顕著なのがこの青だ」

使われた色の中で、赤の次に鮮やかなのが青だった。

「この色味出すのって、今でも珍しいんだ。それこそ、宝石を砕いて作るからね」

「そうね、そんなものを使って書いているなら、これを描いた人は身分ある者と言えるわ」

色に詳しくなかったイルメが同意すると、マクスは大きく息を吐く。

「えぇ、書かれた方の情報は、残っています。アズ先輩が言うとおりの、高貴なお方です。…………内容がわからないことは変わらないにしても、そうした鋭い観察眼には敬服します。どうか、改めて助力をお願いしたい」

マクスが前向きになったみたいだけど、ちょっと困る。

「正直、前書きもないし、表音文字っぽいから元の言語を知らないと難しい。既存の文字に似てるからこそ、想像の余地がありすぎるのも難解さを助長してる」

僕はページをめくりながら、考えを口にした。

「作られた文字だとすると、類例として調べられる言語が存在しない。ただ、既存の言語の体系を逸脱もしないだろう。あと、本当に迷いなく文字を書いてるから、ここに綴じられた以上の紙片がありそうだ。後から書き加えられたらしい文字もあるし」

「おわかりになるのですか?」

マクスが聞き返すのに応じて、僕は最後のほうのページを開く。

「明らかに最初の文字に使ってるインクと、違うもの使ってる部分あるからね」

この世界、工業化してないからインクの品質も均一じゃない。

そのせいで、一度使い切って違うインクを使うと、微妙に色味が違うことになる。

けど元が本じゃないからページごとの連続性が微妙。

その中で、同じページの中で明らかに色味が違う文字があった。

「ほら、このページの挿絵横の文字。ページ全体に書かれた文字の色味は灰色。けどこの文字だけは赤みがかってる。で、この赤みがかったインクは、こっちのページでも挿絵横にあるから、同時期に後から書き足されたんだろうね」

僕は言いながら、共通するだろう文字を見せる。

マクスもイルメも気づいてなかったようで、黙って見比べてた。

たぶんこれは、均一な文字列ってものを見慣れた前世の感覚のせいでわかったこと。

この世界で生まれ育ったら均一じゃないのが当たり前。

けど、電子はもちろん印刷物も均一な文字列が当たり前だった僕からすると、インクの色味の違いって、けっこう違和感が生じるんだ。

「これが何処で書かれたかわからないなんて話なら、インクの色味で含まれる鉱物がそれぞれ取れる場所の範囲って言えるけど。書かれた場所はわかってて、ただ中を知りたいんだよね」

言ってしまえば、僕が言ってることは蛇足でしかない。

(一応頭の中で、該当しそうな古語を思い浮かべてるけど)

書かれたのは、帝国語圏のウォレンシウム王国。

僕が今知ってる古語は、古典を学んだ範囲でしかない。

けど、どれもセフィラから送られてくる熱によって、否定の意志がわかる。

これが前世に流行ってた異世界転生系の物語なら、日本語だったりするかもしれない。

ただ残念ながら、前世日本人の僕でも見たことのない文字だ。

「あー、子音と母音はわかってる?」

「いくらか対応表を作った先達がいました。しかしどれも決め手には欠けます」

マクスが言うとおり、そもそも表音文字なのにその発音がわからない。

だから、子音と母音で別れてるかさえ微妙だ。

漢字のような複雑さはないけど、表意文字であり表音文字も混じるなんて日本語染みた文字列だったらお手上げだよ。

「では、絵で他にわかることはないからしら?」

イルメが開いて見せるのは、挿絵と共に植物について書かれてるだろう部分。

「私はこれらの植物を見たことはないわ。というか、裸の女性が乗ったり入ったりしてる時点で、植物として実在するとも思えないけれど」

言うとおり、ファンタジーな挿絵だ。

人と同じ大きさの植物とか珍しいし、それが何種類もあるなら知られてるはず。

なのに、マクスも言ったとおり僕たちが知る植物に該当はなし。

「そもそもこの女性たちが、人間を表したものじゃない可能性もある。何かの現象、あるいは状況を表すメタファー。それだったら、文化的なものを何も身に着けてない理由にもなる」

ようは、妖精さんだ。

そう考えると、女性たちが円を描いて座ってるだけの絵に、フェアリーサークルっていう前世の言葉が出てくる。

もちろん僕の思考を読んだセフィラがうるさいけど、今は無視。

円形に突然生える白いキノコとか、たぶん関係ないし。

「あと、植物とも言い切れない謎のものが書かれてるのも気になるよね。模様というには絵と絵を繋ぐように描き込まれてるし。これが錬金術に関係してるなら、植物の処理の仕方とも思えるけど」

間に謎の女性たちが入り込んでるのがまた謎なんだよね。

あと、僕が知る錬金術の道具に完全一致するものもないし。

イルメはほぼ植物の絵で埋められてるページを指した。

「けれどこのページなんて、明らかに植物の説明書きでしょう? ここから読み解くのが一番ではない?」

言うとおり、段を組んで描かれた植物の葉や根が並ぶページ。

そしてその植物の下には説明書きだろう文字列が並ぶだけ。

ここだけ見ると、謎の言語で書かれた植物図鑑だ。

「うん、このページだけ見ると、この植物の絵の先頭に、共通して描かれた赤茶色の筒状の何かは、蒸留機に見える」

「ガラスのない時代のものということ?」

イルメに、僕は古い時代の書物に図解されていた蒸留のための炉を説明した。

「野外に設置するものでね。レンガや焼いた土で作るんだ。一回使い切りで、蒸留作業が終わったら崩して作り直すものに似てるよ」

「それは、今まで読み解こうとした者たちからは出なかった考察ですね」

マクスの言葉に僕も反応する。

「もしかして、錬金術師に見せたのはこれが初めて? だったら、これとか錬金術的なものかもしれないよ。ちょっと書くもの貸してもらえる?」

僕が差すのは筒状の厚い葉から、細い茎が伸び、枝分かれしたその先に、茎に沿う葉が新たに生えて、黄色いアザミのような花が書かれた物。

現実にこんな、葉っぱが二種類もついてる植物はない。

本葉が出れば双葉が落ちるように、同時に青々と描かれるような植物はないんだ。

「この植物が口伝え、もしくは文字のみで想像の下に描かれたとしたら?」

「口伝? そうなると、特徴を描き出したのよね。なら、筒状の葉は、包みのような葉、それに、花房の枝分かれする茎につく葉? もしかして、二つの葉の特徴を別々に描いたせいで、こんなありえない植物になったということ?」

ありえない、とは言えないのが人の適当さだ。

確か前世でも、ゲームのモンスターのモデルにされたバロメッツという空想上の動物がいた。

これの正体は、実在するインドの綿花。

ヨーロッパに伝わる間に、植物に羊が生るという伝言ゲームの失敗が起きたそうだ。

普通に考えれば、植物から動物が生まれるわけない。

けど本物を見たことがない人が想像で絵にしてしまうと、ありえないものもあるものとして残される。

「で、花は、黄色く密集してて、ガクの部分が尖ってる。もしこれが密集した花、そして四方に尖った棘のような形状という伝聞からの考えだとしたら」

言って、僕は借りた紙とペンで、実在する植物を描いた。

僕の解釈も合っているかはわからないけど、イルメが何を描いたかは理解してくれる。

「これ、フェミナマントルじゃない。いえ、確かに口で言うだけなら特徴が一致するわね」

星のような尖った小花の密集と、包むように半円を描いて茎に沿う葉の植物は、錬金術でも扱うもの。

イルメが言うように、これは文字を追うよりも絵を読み解いたほうがいいのかもしれなかった。