軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

60話:クール系侍女5

僕の侍女になったのは、ルカイオス公爵の息がかかった侍女のノマリオラ。

ここ数日半休を取っている。

理由は妹のためと、不完全エリクサーの様子見。

不完全エリクサーは金貨三枚のところを、二枚に値切られそうになったそうだ。

三万円のところを二万円って考えると、すごいぼったくりだ。

もちろんノマリオラは売らず、持ち帰って妹に飲ませて容体を見ている。

僕も作ったはいいけど効果を試してはいないし、効果時間もわからない。

なので、半休を許してノマリオラには経過報告を言いつけた。

もちろん必要そうならまた、不完全エリクサーを渡すことを約束している。

「報告のために容体を観察するから半休欲しいって言われた時は驚いたな。普通に妹が心配だからでいいのに」

「俺にも姉いますけど、ちょっと熱出た程度じゃベッドに放り込まれて丸一日放置でしたよ」

なんかヘルコフが、悲しい兄弟関係を漏らす。

ちなみに今は、ウォルドによるお勉強の最中だ。

ヘルコフは付き添いというか見張り。

「四則演算習っていないと言ったじゃないですか…………」

何故か教師一日目で、すでに挫折しそうなウォルド。

「ごめんね、四則演算が何かわからなかったんだよ。足し算、引き算、掛け算、割り算のことだったんだね。それならわかるよ。錬金術でも計量するから」

「ちなみに教えてないのは本当だぞ。気づいたら当たり前にできるようになってた。たぶん誰かがやってるの見て覚えたんだろうな」

ヘルコフが勘違いしてるけど、そこは前世の賜物なので言わないでおく。

言ってもこことは別の世界のぉなんて、ヘルコフの推測以上に説得力ないしね。

ウォルドは黙って、何やら自分の中で折り合いをつけようと試みたようだ。

そして手元の紙に書き出し、僕を見る。

「これはわかりますか?」

出されたのは小数点と分母と分子に別れた数字。

なので小数点は線を引いて目盛りを書いて表し、分子と分母は円を描いて分割することで説明する。

うん、まだ小学生の算数だよね。

中学はたぶん大丈夫だろうけど、高校数学はちょっと覚えてない。

いや、問題出されたら思い出すかもしれないけど、ルートっていくつだっけ?

僕の知識はそんなものなので、計算を教えてくれるなら教えてほしいとお願いしたんだけど。

「あの、皇子殿下が覚える教養として教えることないんですが。そもそも基本的に財務は物品購入や管理であって、計算を主に行う部署は経理です」

「え、そうなの? そっか、財務ってそこまで難しい数字の知識いらないんだ」

身構える僕にウォルドのほうがすでに白旗だ。

思えば前世でも数学が必要なのは工学や天文の分野だった。

そして会社も経理部と財務部は別部署扱い。

そんなことを思い出していると、外からノックがあった。

ここは金の間のサロン室で、僕が勉強部屋にしてるグランドピアノが置いてある部屋。

イクトは半休で、代わりにヘルコフがおり、ウェアレルは昼休みをしてるからまだ戻るには早い。

「誰かな? って言っても消去法で、ノマリオラ?」

「はい、ご主人さま」

「うん?」

許可して入って来たのは侍女のノマリオラ。

半休だから仕事に入るには少し早いし、普段時間どおりにしか働かないのにどうしたんだろう?

そう思っていたら目が合った。

今まで下ばかり向いていたのに。

そしてその目には今までにない感情がある。

僕と視線が合うと目元が緩んだのだ。

「着任のご挨拶に参りました」

ふんわり笑うノマリオラは、元がクール系の美人だったのが途端に華やかな印象に変わった。

「ぶほ!?」

「…………え?」

ヘルコフが噴き出し、ウォルドは目の錯覚を疑って擦る。

「えーと、どうしたのノマリオラ? なんかいつもと違うけど? 看病で疲れた? いっそ調整して一日しっかり休む? 半休も休んでるっていうか看病してるんでしょ?」

「なんと慈しみに満ちた慈愛深いお言葉。ですが、私はご主人さまの侍女にございますので、お気遣いは無用です」

うん、予想の斜め上なんだけど。

なにその今までにないメイドムーブ?

逆に怖いよ。

「うん、その、妹さんはどうなったかな? 落ち着いたと思っても?」

「はい、ご主人さまの英知の詰まった薬を用いたところ、一日ですでに呼吸は異音を鳴らさず、翌日様子を見ても異変はありません。三日目になると苦しさで睡眠が浅くなることもなく爽やかに目覚め、四日目には咳き込んで食事を吐き戻すこともなく完食しました」

いや、僕が思ってたよりも重症…………。

子供の喘息って死なないって聞いてたけど、別に苦しくないわけじゃないんだな。

ニコニコのノマリオラに、僕たちは顔を見合わせる。

そこにさらにノックがあり、半端に開いていたドアからはウェアレルの耳が見えた。

「聞こえたのですが、大丈夫ですか?」

「うーん、妹さんが良くなったのだけはわかったかな」

ノマリオラは侍女らしくウェアレルに場所を譲るんだけど、今まではしなかったことだ。

仕事を終えたらさっさと退室してたからだけど、今はまだいる。

困惑する僕らにウェアレルが推測を挙げた。

「それが原因でしょう。アーシャさまの薬でよくなったために、妹の快復を救いとして恩義を感じているのでは?」

「お命じいただければ、今までの非礼、幾重にも謝罪いたします」

いつものきりっと表情なんだけど、発言はいつもと違う。

「あれまだ不完全だから、そこまでしなくてもいいよ。それに今までどおりでも、言ってくれれば薬渡すよ。僕の趣味でも誰かの役に立つなら嬉しいし」

「なんと崇高なお志。それに引き換え己の卑小さがお恥ずかしい。苦境にあって弱きを思いやってくださる清廉なお心をお持ちであるとすぐには理解できず。重ね重ね非礼をお詫びいたします」

僕はウェアレルに目で助けを求めた。

「えー、苦境など本当の才人にとって世俗の雑音に等しいものです。アーシャさまは衆目を集めて騒がしくなることを好みません。その点、あなたは大変淑やかで合理性に長けた方なので、アーシャさまも気に入っておられます」

ウェアレルが気にするなと遠回しに言ってくれたら、何故かノマリオラは跪く。

「承知いたしました。今までどおりルカイオス公爵方には、慎ましやかにお暮らしになるご主人さまの様子のみを報告いたします。その上で、あちらが必要以上にご主人さまを煩わせる兆候がないかを探らせていただきます」

「無理はしなくていいよ。妹もまだ寛解ってわけじゃないだろうし。様子見ながらでいいから」

「ははぁ」

え、これ大丈夫?

本当にわかってる?

僕は周囲に目を向けた。

ウェアレルはこれ以上は無理だろうと首を横に振る。

ヘルコフは変わり身のすごさにまだ笑ってる。

ウォルドはなんだか不思議なものを見るようにノマリオラを見つめていた。

(主人の評価が正しくあるものと理解。改善を求める意義は不明)

(セフィラは黙ってようか。僕が目立ってもいいことないんだって)

帝位に興味ないし、それを認めさせるためにも目立たないようにしてたんだし。

テリーが帝位のため、七歳なのに僕より多い家庭教師に囲まれて頑張ってるの知ってる。

邪魔しないようにしたいから、そのためにも暗殺とかする人は捕まえようと思ってる。

ただこうして感謝してくれるノマリオラを無下にするのもなぁ。

いや、配慮はしてくれるっぽいから、このままでも大丈夫なのかな?

「ノマリオラ、君の気持ちはわかったから立って。勘づかれないように今までどおりで。それは苦痛だったりする?」

「いえ、私はどうも興味の有無が顕著に顔に出てしまうだけですので。今までは妹のみだったところ、ご主人さまへの思いの発露があり困惑させたことでしょう」

「あ、うん。だったら余計に今までどおりでね。ここでは好きにしてていいから。外でばれないように気をつけて」

僕が釘を刺すと、ノマリオラは即座に応じてくれる。

その反応も慣れないんだけど、大きな問題にはなりそうにないし、今はいいか。

「あ、そうだ。ハッカ油はどうだった? 油だし処分に困るなら引き取るよ」

「いえ、あの匂いを妹は気に入った様子で。息がしやすいと毎日塗布しております」

「そう、それは良かった」

「おこがましいお願いではありますが、できればまた融通していただけないかと」

「いいよ。あ、それともノマリオラが作ってみる? 妹さんが気に入ってるなら、作り方知っててもいいと思うんだ」

僕の誘いにノマリオラは目を瞠るけど、感謝されるようなことじゃない。

実はハッカ油、作るのに手間がかかる割に抽出できる量は少ない。

だから自分で作ってもらったほうが僕の手間もないってだけ。

そんなわけでもう一度跪くのはやめてもらいたい僕だった。