軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話117:ウー・ヤー

放課後、錬金術科の実験室。

器具を組み立てながら、ラトラスが猫の耳を揺らした。

「お、来たみたいだ」

「ほんとだ。全員いるな」

ネヴロフも鼻を動かして確認するようだ。

獣人の耳や鼻は便利だな。

自分からは複数の足音が近づいている程度にしかわからない。

そして実験室に呼び出した新入生たちが姿を見せた。

「さて、呼び出しの理由を聞こうか」

そう言ったのは、自分の故国の王族イー・ソン。

いや、今はもう元か?

その辺りあまり深くは聞いていない。

門番の家系でしかない自分では、正直手に余るからだ。

だがイー・ソンに続いてイー・スーも、同じ海人の自分に目を向ける。

「時間を割いただけの益があると良いのですけれど」

「海人と獣人を呼ばれていますわね」

毛足の長い大きな猫の獣人の新入生ツィーチャが、自分たちも含めて実験室に集まった錬金術科の共通点を挙げた。

ラトラスの親戚のナムーはやる気なく聞く。

「ラト兄なにぃ? これ以上勉強やだよぉ」

「情けないこというな。学園は勉強する所だろ」

ラトラスは言いつつ、新入生たちをまず椅子に座らせた。

器具もあるし、動かないよう座らせたんだろう。

というか、やる気がないわりにナムーの尻尾は良く動く。

ツィーチャはピンと立ったまま、いっそ動かないでこちらを見てた。

ネヴロフはナムーの弱音を笑い飛ばす。

「勉強よりも大事なことを教えるんだ。絶対知っておく必要があるからな」

その言葉に自分も深く頷いた。

「学園では他国や異種族に向けて、ここでの常識を教える授業もある。だが、それでも足りない部分もあるんだ」

他国の人間や、異種族からすれば、常識を教えてくれるのはいい授業だとは思う。

だが、それだけでは足りないくらい、種族差というものは難儀だ。

それを自分たちはこの二年間で痛感してる。

自分は同じ海人のイー・ソンとイー・スーに向けて、この国の常識を告げた。

「まず、この人間の国では、暑いからと言って魔法で水を撒くことは許されない」

言った途端、イー・ソンとイー・スーは目を瞠る。

その様子にツィーチャとナムーのほうが目を見開いた。

チトス連邦では水を撒くのは日常だ。

朝撒いて、夕方にも撒いてとよく見た光景だが、この大陸中央部に来てからは見たことがない。

「また、石で囲われ整備されている河川や水槽があったとしても、入ることは許されない」

「では、どうやって夏場の涼を取れと?」

「暑さへの対処が何もできないと同義でしてよ」

イー・ソンとイー・スーは真面目に問いただす。

何せ、チトス連邦は大陸南にあるから、ここよりも暑い日は暑い。

その分、皆暑いと思えば水場に入るのも日常で、それが海だろうが川だろうが、街中の噴水だろうがかまわなかった。

そしてこのルキウサリアは比較的涼しいが、それでも夏は暑い。

水を被りたくなる海人の性は自分もわかる。

「そういうの、獣人も同じだぜ」

「まず前提として、薄着すぎるのは駄目」

ネヴロフとラトラスも常識を教え始める。

抜け毛の捨て方や、店にいっての毛を刈る時期など、今度は獣人特有の事情に、イー・ソンとイー・スーが目を瞠っていた。

「爪もちゃんと手入れしないと、他人の服に穴あけちゃうからね」

「あと、机も削って怒られるぜ。牙痒いからって外で縄齧るのも駄目だな」

ラトラスは小さい体に見合う大きさの爪だが、それでも尖るので人間用の服の生地では引っかかるだけで穴があく。

ネヴロフは寝ぼけた時に机に爪を立てて、盛大に削ったのを見たことがあった。

ただこの顔ぶれを集めたのは共通の問題があるからだ。

「やだー、暑いのは無理だよぉ。村だったら下はいてればよかったのに、ここ上も靴も全部でしょ。もうすでに窮屈でさー」

ナムーが弱音を吐くと、ツィーチャも育ちがいい分控えめだが、頷く。

「こちらでは獣人向けの衣服を作るのも難しく。被毛の手入れ以外では、もう涼しい場所を探すしか。けれど動かずにいることも駄目なのでしょう?」

周囲が同じ種族ならまだ理解があるが、ここは人間の国。

しかも礼儀作法や身だしなみに気を遣う王侯貴族の学園。

だからこそ、過ぎた着崩しは非難される。

本来なら我慢だが、自分たちは二年の間に対処法を手に入れていた。

「そこで、錬金術だ」

自分が言うと、新入生はわからない顔になる。

ラトラスは指を立てて補足した。

「錬金術を使えば、暑さにも対処することができるんだ」

「それを今日は、暑くなる前に教えてやるよ」

ネヴロフの言葉に、まだ錬金術に馴染んでない新入生は戸惑う。

だから自分たちはまず作って見せることにした。

「まずは、帝都に伝わる錬金術、エッセンスを使って薬を作る」

そういうと、薬師でもあったというイー・スーが興味を示し、つられてイー・ソンも口を閉じて用意した蒸留器具を見る。

「まず、この雪晶花の葉を蒸留機に入れる。この際、火はエッセンスでつける」

「これで、魔力も属性も関係なく、魔法の効果がつくんだ。そういう錬金術の薬」

自分とラトラスが説明し、あまり口の上手くないネヴロフは説明に合わせて作業をした。

蒸留が終わるまで、自分たちはエッセンスについて説明し、間を持たす。

「次に、蒸留した液体に風のエッセンスを加えて冷ます」

「こっちの乳鉢には、石膏の粉末、そしてそこに土のエッセンスを入れて混ぜる」

そうして蒸留した液体と乳鉢の中身を合わせて、水のエッセンスを加えた。

そうすることで銀色の粘液ができる。

もはや作り慣れた氷を作れる薬液だ。

ビーカーの水に一部注いで効果を見せたが、今回はここでは終わらない。

「この薬を、さらにとある鉱物に特殊な加工を施して作った、この粉末に塗布していく」

特殊加工の鉱物の粉末は、正直他ではできないものだ。

何せ、ここの錬金炉に住み着いた青トカゲという精霊の手によって加工されている特殊素材なのだから。

青トカゲはその性質から火属性だと思われる。

なのに、この鉱物粉末は熱を奪うという性質がついた。

アズからも色々説明されたが、どうも呑み込めない。

熱冷ましには水だと思うんだが、錬金術が魔法と違うのは今さらか。

それに空気も冷熱が移動するということも学んだし、ないこともないとは思う。

自分が体感して知った気になっているのとはまた違った、摂理が存在するものだ。

「ほら、できたぞ。表面覆う感じでつけないといけないから難しいけど、乾かせば完成だぜ」

「さ、みんな手を出して。それぞれ握り込んだり、肌に擦りつけてみて」

作業を終えたネヴロフからできた薬を受け取り、ラトラスがひとつまみずつ新入生に渡す。

途端に感じる冷感に、新入生たちは驚きの声を上げた。

これは鍛冶工房でも喜ばれた冷感剤だ。

ただ持続時間は半日もたず、使い捨て。

つまり、ここで教えたのは必要とする新入生たちにも制作側に回ってもらうためだ。

「自分たちの分も必要だろうが、ついでに他へ売る分も作ることを勧める」

売る先はもちろん大親方の工房。

手持ちに不安のある新入生たちには、売る先が決まってることと、ヴラディル先生も認めてることや、安全性を説明した。

学費になるほどじゃないが、それでも自由に使える金銭が手に入るとなると安心があるのは自分も覚えがある。

「全く初めての薬だな。こちらにはこんなものがあるのか」

「そもそも使う材料の違い? いえ、それにしても不思議な」

イー・ソンとイー・スーは薬師側として、金銭よりも薬が気になるらしい。

「ラト兄、こんなの知ってるなら早く教えてよ」

「お姉さまも使っていらっしゃるのなら教えてほしかったですわ」

被毛のあるナムーとツィーチャは、そんな恨み言を漏らしていた。

だが、言えるわけがないし、ウィーリャに至っては知らないから言えない事情がある。

自分たちは精霊に関して誤魔化すため、笑って受け流すしかなかった。