軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話11:ルキウサリア国王

「ではお父さま失礼します」

娘のディオラが愛らしく微笑んで退出していく。

声は弾んで頬もバラ色。

容姿の美しさもさることながら、その頭脳も我がルキウサリア王国の宝と言える。

「あんなに浮かれて、帝都で粗相をしなければいいのですけれど」

王妃である妻は、逆にディオラの喜びようが心配なようだ。

「肖像画の件もあることですし?」

王妃は目だけを動かしてこちらを見る。

私は動揺を何とか抑えて応じた。

「事故的に損壊したという話を、疑う様子はないのだろう?」

「えぇ、あの子はストラテーグ侯爵の善意を疑っていませんから」

妻の言葉に棘を感じる。

ディオラは帝国の第一皇子に求婚をした。

その時は子供らしい思い込みもあるものとして、私も微笑ましく思ったていどだ。

政治的観点から見れば、皇帝は足場固めに腐心している時期。

元より第一皇子は皇帝の妃の子でないため微妙な立場だ。

皇帝としては悪い話ではない様子だったが、その時はこちらとしてもメリットはあるが不安要素も大きく流れた。

「文通を取り持ってくれるんだ。こちらを思ってこその対応なのだよ」

帝国のストラテーグ侯爵は、第一皇子とディオラの婚約に強く反対したのは妻も見ている。

継承に問題がある中、そこに手を入れて火傷を恐れないかと言われれば、恐れるに決まっていた。

今でこそ学園王国というブランドを持つ我がルキウサリア王国。

だが蓋を開ければ、独自に産業を確立することのできなかった土地の悪さが、過去の歴史の中でも王国の発展を妨げて来た。

また食料品を他国からの輸入で支えているため、争いは避けるべき状況は建国以来変わらない。

「わたくしには、大きく私情が入っているように思われます」

「それは…………いや、うむ。そこは否定しない…………」

何せ幼い頃から私の母に懸想していた従兄弟でもある。

正直、姿がそっくりに成長していくディオラを見て、あいつが帝都にいて良かったと頭の隅をよぎってしまったことがあった。

本来なら思い合った恋人と結ばれなかった身の上を憐れむべきなんだがな。

それに文通を推した理由も想像がつく。

あいつ、絶対監視と称して内容を検めている。

第一皇子もわかっていて、ディオラに対する甘い言葉の一つもないんじゃなかろうか。

「だが、文通で良かったこともあるだろう?」

「えぇ、第一皇子殿下と話を合わせるためと、ディオラも熱心に勉学へ取り組んでおります。自ら見て聞いて理解することもまた大切であると、前向きになっておりますわ」

「そこは、不自由な暮らしをしている第一皇子だからこその勧めだっただろうな」

ディオラに頼んで見せてもらうことのある手紙には聞いた話、読んだ話が多かった。

自ら体験したことはあまりない。

その上で第一皇子はディオラの生活を手紙で知り、自由に見聞きできる環境を褒めた。

そのことがきっかけで、ディオラは私や妻の視察に熱心に同行し、面倒がる兄のアデルよりも国内に対して興味を持っている。

「あなた、お顔が険しいわ。…………アデルのことでしょうけれど」

「うむ、ディオラの才覚を妬む心はわかる。だが、それでディオラを貶めてなんになるのか。自ら研鑽し、高める方向に何故向かないのか。何も知性だけが優れた証ではない。ましてやわからないならわからないと認めるだけでいいというのに」

「あなた、アデルを追い詰めすぎてもいけないと話し合ったではありませんか」

次の国王となるべき息子については夫婦で話し合いを持った。

気づいた時には学園入学で離れ、今はもう学園の寮生活をしている。

そうして思い返せば、今さら子育てに対する不手際が浮き彫りになった。

アデルが生まれた頃、学園に通っていた帝室の皇女のご子息が亡くなったことが遠因だ。

その心労により皇女も亡くなり、さらに帝都では皇子たちも様々な理由で数年の内に亡くなった。

そこに来て先帝のご病気、そして死去。

新たに立った皇帝は不安定で、宮殿内部さえままならない脆弱さ。

周辺国はもちろん、多くの貴族が十年ほど慌ただしく動いていた。

その影響は貴族子弟を集める学園を直撃し、教師とて高位の生まれであれば同じだ。

また学外の支援者や出資者、提携する各種施設にも問題が生じた。

「生まれてくれたアデルに悪いことなどありません。時代が、悪かった」

「だが、乳母も教育係も家庭教師も一流を集め、不自由がないよう気を配っていたはずだ。なのに、どうしてあんな…………」

後悔は尽きない。

ディオラという問題のない我が子がいるからこそ、どうしてと思ってしまう。

「今は、同年の友人により、広く見識を得て偏った考えが改められることを願いましょう」

妻は政務に明け暮れる私よりも早くに、アデルの思考の歪みに気づいている。

私がディオラと比べてしまう言動をしていることも指摘された。

言葉や振る舞いを気にかけるべき国王として恥ずかしい限りだ。

同時に、妻がこの人で良かったとも思う。

そう考えると、思う相手と勤めを終えて結ばれることを夢見ていた従兄弟を、憐れむ気持ちが大きくなった。

「そうだ。ストラテーグ侯爵から、ディオラと第一皇子殿下を引き合わせる場を設けるという報せの他に、情報があった。やはり弟殿下を弑そうとしたというのは悪意ある噂でしかないようだ」

帝都で抑えきれずこちらまで噂が流れるのは、帝国傘下の各国の要人がいるからだ。

そこから漏れたため、知っているのは上層部のみとなるが、私のように直接聞ける伝手がある者は少ないだろう。

「しかも、病弱だと噂の第四皇子の体調改善にも寄与し、今では弟皇子たちからの信頼を勝ち得ているそうだ」

「まぁ、ではディオラへの手紙のとおりなのですね。良かった…………。難しい判断が求められる帝室とは言え、誰の名前も出てこない手紙なんて、不自然でしたから」

ディオラへの手紙には学問、面白い話、錬金術についてやディオラへの解答など、話題は尽きないようだが、一つおかしな点があった。

それは極端に話題に出る他人が少ないことだ。

実際ストラテーグ侯爵に問い合わせると、第一皇子の周囲にはたった三人しかいないことがわかった。

今回の暗殺未遂騒ぎで、遠ざけられていた皇帝が事態に気づき対処したとも聞く。

その結果、弟皇子たちとの交流も生まれたそうだ。

「…………いらないのなら貰いますのに」

妻がとんでもないことを、憂うような口調で漏らす。

見れば口元には微笑みを浮かべているが、目には本気の色があった。

「アデルは今、ディオラを目の敵にするあまり、地位と年齢が下の女性を蔑視しています。話を聞かないどころか、一方的に罵る状態。であれば、年齢はともかく地位は上で男性であり、なおかつ優秀な人材ならば、将来我が国に迎える益は十分かと」

「ま、待て待て。ストラテーグ侯爵も懸念していたが、帝国貴族の上層は第一皇子を警戒し、場合によっては排除を画策している」

「だからこそです。いらないのならば貰いましょう」

拳を握って妻が力強く繰り返す。

そんなことを言われてはい、皇子貰いましょう、になるわけがない!

あれ? もしかして一目惚れでいきなり求婚まで持って行ったディオラの性急な性格は、血筋か?

「落ち着きなさい。ストラテーグ侯爵も求婚の時点で問題を挙げていただろう」

従兄弟は将来この国に戻ってくる。

だからこそ、私情は大きくともルキウサリアを思って助言しているのは確かだ。

「嫡男でなくとも皇帝の血筋。帝位の継承権も持っている。そんな者が一国の王の下についてみろ。国の乗っ取りを疑う声が国内からも上がる。第一皇子殿下の不遇は、本人の意志に関係なく帝位に近い故だ。我が国でも同じ問題は起きる」

特にアデルだ。

ディオラに劣等感を持ち、そこから歪みにまで発展してしまった。

さらにディオラと並ぶ才知溢れる皇子が現われれば、反発しないわけがない。

もちろん正しく継承権を持つアデルを廃すことなど、王権を弱める愚挙でしかない。

ましてやアデルには正統という看板がつき、国内貴族の大半はルキウサリア王国を信頼するからこそ、正統な後継者につく。

国内を割れば、今の皇帝のように権威なく脆弱故にままならない状況に陥るだろう。

「せっかく招いた第一皇子殿下を、結局は帝都と同じ窮状に落とすだけだ」

妻はじっと私を見つめて答えない。

恐れ多くて口にはしないが、これは確かにディオラとの結婚を促している。

才能の点ではもろ手を挙げて歓迎するが、問題はそこではないのだ。

「…………今はまだ、リスクが大きすぎる。もっと第一皇子殿下が成長し、自らの力で手柄を立て、自立できるだけの足場を作っていただかねば」

まず力が必要だ。

それは軍事力でも政治力でも、いっそ財力でもなんでもいい。

側近数人で目に見える功績なしなど、皇子であっても我が王室に迎えることはできない。

妻もさすがにわかっているので、一つ頷いてこの話はそれ以上しない。

ただ、その目はまだ諦めていないようだった。