作品タイトル不明
閑話109:ムッフィ
錬金術を研究し教えるヴィーは、赤尾の才人と呼ばれるくらいには頭もいい。
だからヴィーが志すならば、巷に言われる詐欺ではなく、思想や哲学的なものだろうと考えていた。
まぁ、それが今の時代に通じない、実のないものだとは思っている。
実際これと言った実のある研究はできていないからな。
学生の頃にはアダマンタイトを作りたいと言っていたが、それはもう手を付けてないようで、やはりただの伝説だと思っていた。
ところが我らは、錬金術科の学生に辛勝しかできなかったのだ。
「まず俺たちは、足元の砂を動かしました」
錬金術で何をしたか説明を求めると、視界の端を動き回ってた錆び柄の猫が言う。
続けてエルフの青年が、聞きかじりとわかる説明を続けた。
「そのために使用したのが、波の動きを砂にさせる、錬金法という、魔法、で…………」
「この砂を固めるのも錬金術の薬です。他にも冷気を作れる錬金術も使いました」
珍しい羽毛の竜人も、薬術とは違うということを説明する。
ただ説明されてもいまいちわからんな。
目の前に実物があるから、魔法ではないことはわかるが。
しかし砂に波の動きというのはなんだ?
実際にやろうとすればどれだけの魔力を消費することか。
砂を固めるのもそうだ。
地属性の魔法は門外漢だが、これだけの数を固めるとなれば魔力消費が馬鹿にならない。
「ねぇ、そっちの子たちは何をしていたの?」
片割れが紫のうろこに覆われた指でエルフの少女と海人を指す。
確かにこの二人は何やら魔法を使っていたのは視界の端に映っていた。
しかし実際に動いたのは、最後の恐ろしいほどの冷気くらいに見える。
強力な魔法ための準備に、手間取っていただけかと思ったが。
どうやら片割れは無闇に立っていたわけではないと見て、何か仕込みを疑うようだ。
「私たちは炎を上に引っ張っていました」
「そのために冷気が生じるよう操っていました」
何やら熱が上に行くとか、冷気が下に行くとか。
炎を操るからには、言われてみればそうだとわかる説明だ。
そしてそれを錬金術の薬と魔法を使って行っていたという。
我は思わずヴィーを見た。
「お前はこの十年何をしていた?」
「…………うるさい。一応帝都辺りにあった古い錬金術のやり方で、そういう技術の復活なら一応俺もしてる」
成果を出せていないことは自覚しているらしい。
ただそれを片割れのウィーが庇った。
「教師としての仕事の合間なんです。そう簡単に成果が出せるなら世の学者はもっと成果を出しているでしょう」
そう言われると、違和感を覚える。
我が片割れも同じで、ウィーににじり寄っていた。
「そう言えば、ウィー? どうやって教員に返り咲きをしたの?」
この学園の教師となるのは、簡単ではないことはない。
先ずコネが必要であり、その上で成果や実績がなければ採用などされないのだ。
それで言えば皇子のお守りをしていて、学会にも関わらなかったウィーは難しい。
けれど実際目の前にいるのだから、どんなコネを使ったのか怪しい。
ところが、そう聞かれる可能性は考えていたようで、なんでもないように答えた。
「帝都で少々縁がありまして」
「む? 論文も何も出していないのにか?」
「えー? どっかの研究室からの口利きー?」
「さわりがあるので詳細は差し控えます」
取り付く島もない返答。
というか、そんなこざかし言い回しを覚えたのか。
故郷の口うるさい役人どもを相手にしてるようで嫌になる。
つい尻尾でぎゅうぎゅうに腕を絞めたら、生徒には見えないところに雷撃を食らった。
うむ、上品に見せかけてそういう所はかわってないらしい。
「なぁ、時間あったら勝てたかなぁ」
学生の中の、見たことのない大柄なアナグマかイタチのような獣人がそんなことをぼやいた。
聞かれているのは銀髪の人間。
錬金術科の学生の割に、帝国の高位貴族やこの国の姫と密談をしていた学生だ。
ヨトシペに気に入られ、慕う様子もあり、さらに我らに喧嘩を売る度胸もある。
ドラグーンを見て乗りたそうにしてたのは年相応だったが、何やら独特の視座があった。
「うーん、まず負けを認めさせる状況を考えないといけないけど、人間以外って杖に固執しないし。正面から火力勝負で負かす以外に、何か考えつく?」
性懲りもなくそんなことを話し始める。
辛勝だったせいだけでもなく、この学生だけは最初から妙に気負いがない。
生まれながらの血筋と立ち振る舞いで畏れられることが当たり前の我らだが、そんな相手見慣れたような対応をするのだ。
そして銀髪のそんな対応が当たり前のように、赤い髪の火が得意な学生が答える。
「負けを認めさせる、か。ヨトシペさんみたいに力押しできればな」
「確かにヨトシペはわかりやすいね。うん、やってできなくはないよ」
銀髪がとんでもないこと言い出した。
ヴィーを見ると我が片割れも紫の尻尾で突いている。
「ヨトシペってことは、お前ら持ち上げる気か? いや、投げ飛ばすのか?」
ヴィーまでとんでもなことを言い出した。
だが確かに、ヨッティを想定するならそれくらいのことは考える、か?
ただ方法など思いつかない。
いっそ投石車でも持ち出さない限り、我らを人間がどうこうできるとは思えない。
ほぼ無理と考えて、我は我が片割れと共に様子を窺う。
「前提はまず分断。その上で誘導は今回と同じ。で、地面の下にシーソーを埋める。上手くシーソーの上に乗せたら、僕らが一斉にシーソーの反対側に飛び降りる」
銀髪が身振りを加えて説明した途端、学生たちが笑い出した。
ふん、愉快な絵面を想像して笑うだけなら許してやろう。
だが実現など無理な話で、そう簡単にいくものではない。
ただ、確かにそれならヨッティのように我らを飛ばすことができる。
「ヨトシペがグルグルどーんって九尾の貴人を同時に投げたことあるらしいんだけど」
誰から聞いたのだ、その話。
いや、そう言えばどーんと言って嗾けていたし、出所はヨッティ自身か?
「やろうとしたら、体重支えて回す機構が必要になるかな。この場合相応の金属部品じゃないと無理そう。で、グルグルも、回すのか、回るのかで異なる。回りさえすればあとはリリースのタイミングだ。捕獲からのリリースを理想的に行わないとたぶん飛ばない」
グルグルどーんで、どんどん話が進んでいく。
あの銀髪とんでもないことに、本当に我らを投げ飛ばすつもりで話していないか?
嫌な予感がするのは、今回勝ったというには嫌な勝ち方をしたからだ。
勝負の前に勝負を決めることに否やはない。
だから準備時間を削った状況は、勝ちを得るには間違った判断ではなかった。
ただそう思うからこそ、この勝ちに嫌な疑念が残る。
もしかしたら、錬金術に負けていたのではないか、と。
「おい、待て。ヴィー、お前は何を教えているのだ。我らを捕獲するために怪しい薬を浴びせかける話になっているぞ」
漏れ聞こえる学生たちの話から担当教員を睨むと、ヴィーは目を逸らしつつ言い訳を並べた。
「いや、ちゃんと錬金術だぞ? あいつらが昔の錬金術師が残した幻覚剤のレシピの暗号解いて自作した上で、効能を弄って使いやすいようにした奴だから」
そう言えば錬金術で唯一実があるのが毒であったな。
そんなもの故国には専属の毒師、もっと風聞をよくするなら医師がいる。
毒を使っての優位を取るなど珍しくもないが、学生が自作して他人に振りまいていいものでもなかろう。
「ねぇ? 飛ばした私たちの安全のために、巨大な網を天井から張るとか言っているのは優しさと思っていいのかしら?」
我が片割れは遠い目をしている。
確かに以前のグルグルどーんでは芝生に落とされた。
あれは擦れて中々に痛かった。
きっとこの国に多い人間では、無傷ではいられなかっただろう。
我らも軽く全身打撲だったが、人間なら骨をやる可能性もある。
ただ聞いていると全く考えなしではないようだ。
捕獲と投射の機構を考える内容は、何かしらの考えが基礎にあるとわかる。
そこに魔力も使わず、労力でもなく回る力を投射にも利用するなど、学生たちが進める話には確かな知性を感じられた。
天井からの網も、勢いを殺すことで落下の痛みを和らげるなど、確実にやるからには必要な方策について話しているのもわかる。
ただ地面で受け止めるよりも安全だと言われるのはいいのだが、我らを投げ飛ばす前提なのを、誰か止めぬのか?
「錬金術は担い手が少なすぎて、ここにいる学生だけでも錬金術師として最大の集まりと言えるでしょうね」
ウィーの世知辛そうな顔は、錬金術などに傾倒する者がどんな目で見られるかをわかっているからだろう。
しかしヴィー一人では成果をあげられないと言うのは、ここ十年の事実。
ただ今は、そこに学生が集まり話し合って、内容は不穏だが知恵を出し合うことで何がしかの形にしようという動きがある。
これは今までの十年でなかった動きなのだろう。
「一つ、展望ができたということか。ヴィーが一人でやるよりもましなことはわかった」
「おい」
「だってなーんにも手につかなかったんでしょう? 錬金術の成果を出すには」
ヴィーは悔しそうに見ながら、我らを飛ばす装置の話にずっと片耳を向けている。
図星を指されて悔しいのはわかるが、まさか不穏な計画を実行させないだろうな?
何故だが、我と片割れは同時に悪寒を覚える。
このままここにいては、人体実験の標的にされるのではないか?
そんな不安を覚えるほど、学生たちは楽しげに我らを投げ飛ばす方法を考えていた。