作品タイトル不明
閑話106:アーシャ
九尾の貴人対策のためのルキウサリア国王と面会の後、偶然を装って廊下の向こうにテスタが現れる。
うん、僕は誰にも会わないように人通りのない廊下を歩いてるんだよ。
それはルキウサリア国王が命じたことだし、普段すれ違う人もいない。
だからそこにテスタが現れたのは完全に意図的だった。
「テスタが王城にいるのが、すごく珍しいもののように見えるな」
「殿下、聞こえますよ」
僕について来たレーヴァンが、まだ距離があるのにそう忠告する。
けど聞こえても気にしないんだよね、テスタは。
僕も気にせずイクトのほうに顔を向けた。
「ここで会っても大した話はできないよね?」
「時と状況を考えて、九尾の貴人に関して国王に呼ばれた可能性もあるかと」
イクトもさっきの話は聞いてたし、確かに対処は早いほうがいいって考えたらそうかも。
だったらここで、端的にわかりやすく釘を刺しておこうか。
笑顔で足を止め、僕の通過を待つテスタに声をかけた。
「グルグルどーんって、何したの?」
一緒にいた学者のネーグと助手のノイアンはわからない顔だけど、テスタだけは目を見開いてから苦笑いだ。
これは僕が思うより相当なことしたのかな?
「口惜しいことですが、儂の手では小動もしなかった竜人が、九尾の超人には片手であしらわれたのです。五十年若くとも、あれほどの飛距離は出せますまい」
ん? 色々突っ込みたいぞ。
テスタ手出したの?
というか、飛距離って何?
いや、けどここは短く終わらせ…………気になるよ。
「ヨトシペがグルグルは回したの?」
「両手に一人ずつの尻尾を掴んでその場で回転し、どーんという掛け声とともに、芝生のほうへと擲ちましたな」
尻尾ちぎれそうって怯えてた理由がわかった。
あと、ヨトシペの力のすごさも。
あの二人片手であしらえるんだ。
そりゃ、迎えに寄こされたら大人しくなるよね。
押し切れないことが確定してる相手なんだから。
「ヨトシペがいつでも呼んでいいって言ってくれたから、こっちは問題ないよ」
犬笛はそういうことだと理解してる。
ただルキウサリア国王と話したとおり、隠れてやってる錬金術に興味を持たれるのは避けたい事態だ。
「貴人は長居しないように誘導してみる。だからその間会わないようにして」
「冬の雪が積もり前に移動しますかな?」
ルキウサリアは冬の間雪に閉ざされる国だ。
僕もその前にとは思ってるけど、上手くいけばいいな。
「竜人は寒さに弱いので、この時期に来たのであれば、それはそれで暖炉の前から動かないかもしれませんがな」
「それが、昨日見た限りではけっこう元気に動き回ってたんだよね」
「ほう、それは何か体質を改善することができたと?」
テスタが今までの笑顔から真剣に聞いて来る。
体の冷えって病気の元にもなるしね。
薬術的な改善もできる分野だし興味を持ってしまったらしい。
「駄目だよ。一応聞いておくから自分で動かないように。王城のほうでも九尾の貴人との交渉は避けるつもりみたいだし」
「まぁ、今の時期では九尾の貴人も動きにくいでしょうから、出直すべしと助言してもいいかもしれませんな」
動くなって言ってるのに提案してくるけど、内容が気になって僕は目で先を促した。
「あの貴人たちが魔法学科卒はごぞんじでしょう。そのため伝手も魔法学科関係にあります。卒業生は学園に研究職で残る者も多く、そのため伝手も卒業生にあるのです。しかし今はハリオラータの件で内部が慌ただしいのでどれくらい相手にされていることか」
言ってしまえば魔法学科とそれに関連する所は、収穫祭からずっと落ち着く暇がない。
学園として魔法学科の学生は、変わらず授業を受けられるようにはしてる。
けど教師や研究者、関係者たちはずっと事後処理と新たな問題の処理と、また発生する事後処理に駆け回り続けているんだとか。
その辺りは今魔法学科に所属してるウェアレルからも聞いてた。
補助のはずが、人手が足りなくて授業任されることもあるらしい。
なんにせよ、九尾の貴人が学園内部の変化を知るための伝手が、今は動かせない可能性が高いのか。
「あの者たちは売ることを目的として商売をします。こちらは作り広めるのが根幹です。噛み合うならば良し。しかし今の段階では邪魔であると思えますな」
テスタが物わかりいい風にまとめるのは、もしかして自分のことやりたいからかな。
「冬の間また水辺に籠るつもり? 施設作ったにしても長居は体に悪いよ」
「去年よりも断然快適に過ごしておりまする。ヨトシペ女史の研究も結果を出しておりますので」
「うん? ちょっと待って、ヨトシペの研究ってあの身体強化の魔法?」
「えぇ、形になったと聞いたので、それを道具として落とし込めないかと」
「何してるの?」
そう言えば最近、あの呪文に関して話聞いてない。
研究施設自体が巻き込まれたり、僕が忙しかったりしたせいかと思ったら、呪文を発動できるとわかって、今度は道具に転用しようと違う方向に進んでたらしい。
「待って、けど身体強化は自分にしかかけられない。しかもあれは呼吸が鍵だ」
「えぇ、殿下の慧眼により鍵がわかったため、口に装着する形の道具として試用品の作成にこぎつけたのですとも」
嬉しそうなテスタに聞けば、鼻から覆うシュノーケルマスクみたいな形状の道具になってるという。
しかも、その形の原型はヘルコフが漏らしたんだとか。
僕が派兵された先で、火山を調べようとして作ったガスマスクについてのことを。
知らなかったし、それがすでにテスタに流されてることさえ報告されてないよ。
たぶんヘルコフとヨトシペ辺りは、僕が直接ハリオラータの対応してるのも知ってて、言ってなかったんだろうけど。
逆に報告するような悪用はされてないと思うべきかな。
「一応、表向きの言い訳聞こうか?」
言い訳って突きつけてもテスタは平然としてた。
まぁ、気にするなら最初から僕に言わずにやってない。
「それはもちろん、健康に害がないか事前の調査が必要になりますので。そもそも魔法として使うには集中力が必要であることがわかっております。しかし病気や虚弱であればそのような気力さえもありはしませぬ。であれば、道具で呼吸さえできれば、魔法に変換できるという特性を活かさぬ手はないと考えまする」
つらつらと、道具化することでどんな優位があるかっていう言い訳が続く。
これで厄介なのが、一定の正しさがあるところだ。
もちろん、なんでテスタたちがその実験的な試用をやってるのってところはあるし、それ、絶対また睡眠か何かを削るために体力欲しがっただけだよねって突っ込みもある。
「…………人体実験」
「うわぁ」
僕が言わなかったことをイクトが呟くと、レーヴァンも首を竦めた。
そんな芳しくない反応にも、テスタは笑顔だ。
「少々付け心地に難があるので、そこは今後改善予定となります。子供がつける場合には嫌がる恐れもありますからな。ですが効果は確かに。去年よりも皆快調ですぞ」
ゾンビも怖いけど、寝食削ることに躊躇いがないあのメンツで元気っていうのも怖い。
僕は対処すべき事項が増えたことに内心溜め息を吐きながら、レーヴァンを振り返った。
「僕、九尾の貴人がいる間は学園のほうに集中したいから、レーヴァン定期的に様子見に行って」
「え、嫌ですよ! あそこ寒いじゃないですか。それに俺の話なんて誰も聞いてくれませんって」
最初に言った寒いっていうのが本音かな。
まぁ、話聞かないのも事実だから、テスタにも言っておく。
「テスタ、レーヴァン送る時には一人一つ質問書いたメモ預けること許すよ。答えるかは僕の時間が許す限りになるけど」
「是非に!」
「う、売られた…………」
即答するテスタと僕を見比べて、レーヴァンがそんなことを言う。
まぁ、勝手に王城と往復してる宮中警護だからね。
ちょっとぐらい僕のために働いてもらってもいいだろう。
今度こそテスタと別れると、レーヴァンが恨み言を後ろから聞かせてくる。
「殿下、あのご老体を態のいい労働力とでも思ってます? 相手は権威ですよ。それを牛馬の如く使うなんて、何処から文句出ても知りませんからね」
「いや、勝手に走り回る馬でしょ。頭がいいから勝手に手綱ほどくようなね。そんな相手、柵で大きく囲うか、ニンジンで大人しくさせるしかないじゃないか」
ここまでって線引きをして、ご褒美を用意する。
そんな僕たちの話を聞いてるだけだったイクトが、一つ懸念を告げて来た。
「新たな帝都の人員が増えたようですが、そちらも染まるでしょうか?」
「研究者気質だったら、染められるだろうねぇ」
「うわ、けっこう若いの入ってますから、絡まれたら面倒そうですね」
レーヴァンが直接対応しなきゃいけない面倒さに口角を下げる。
けど僕は他人ごとで聞き流した。
もちろん様子見に行ってもらうからには、レーヴァンにその辺りも見極めてもらうよ。