軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話76:テオ

なんでもない日の中、皇子殿下の願いで少し左翼棟へむかった。

以前から決められていた予定で、皇子殿下方は勉強の合間を縫ったこのごく短い錬金術の時間を楽しみにしている。

本館から遠くとも、いつも通りの少ない人手でも、宮殿内部を移動することに問題はない。

錬金術は安全を重視したやり方を教えられているので、怪我などもなく終わった。

けれど問題ない日常が、一瞬で崩れ落ち、命の危機は前触れなくやって来る。

それを私は知っているはずだった。

「うぉ、ユグザール? …………襲撃だ! 下で武装した奴らが暴れてる!」

錬金術を終えて帰ろうとしていた時のこと。

左翼棟から本館にわたる直前で、階段から元同僚の宮中警護に叫ばれた。

「何処の誰ですか!? 何が目的で!」

第三皇子の宮中警護のウェルスが、異常事態に驚き声を上げる。

それを第四皇子の宮中警護、年かさのトルスが止めた。

「何処から武装した奴らは現れた? 西門か、本館か?」

「本館のほうだ! 議会堂に大半は向かったが、こっちにも十人以上が来たんだ!」

左翼棟の向かいには議会堂があり、議員や書記官、裁判官などが務める。

つまり政治を行うための手足を押さえに行った形か。

「ともかく、殿下方の安全を…………第一皇子殿下のお部屋に戻る!」

私の決定に異論はあがらない。

この左翼棟は入り組んだ造りだ。

その上で一階から四階まで直通している階段は東と西、そして中央の三つだけ。

東側の本館方面一階から来ているなら、この三階部分にやって来るには時間がかかる。

「テリー殿下、ご辛抱を」

「私のことはいい。だが、本館の陛下たちが…………」

「大丈夫です。あちらのほうが守りは固い。今は御身を」

足が鈍りそうになる皇子方を、専属という名の下に半ば抱えて私たちは走った。

静かすぎて気になって見ると、第四皇子のほうが何か本を開いている。

第三皇子もそれを真剣な顔で見ている様子で、その本が何かを思い出した。

しかし途中の階段で下から上がってきた衛士にぶつかり本が落ちる。

双子の皇子は揃って拾おうとするのを、ウェルスとトルスが必死に抱え込んで走った。

さらに他にも逃げてきた者たちが合流し、足を止めることもできなくなる。

そうして私たちは途中合流の者たちと共に、第一皇子殿下の部屋の鍵を開けて駆け込んだ。

「テオ、使用人の使う階段のある部屋の扉は施錠しよう」

「それなら、トルスさん。扉の前に家具を積んでください」

「殿下方はどうぞ、こちらの奥へ移動を。窓には近づかないように」

私とトルスで守りを固める算段をする間、ウェルスが殿下方を青の間の奥へ誘導する。

さらに私たちはこの場に初めて足を踏み入れる者たちに指示を出した。

男なら家具を積む手伝いを、女なら邪魔にならないよう部屋の隅へ避難するように

「主不在で荒らすような真似だが、致し方ないと言わせてもらおう」

「あの方ならお許しくださいますよ。狭量な方ではないですし」

鍵をかけに行く私のぼやきに、ウェルスが苦笑しながら慰めをいう。

殿下方は異常事態を察して普段のおしゃべりをしないままだが、怪我もないので第一皇子殿下には納得していただきたい。

そうしてよくわからないまま立てこもりが始まった。

集まった人員は半数が騒ぎに気づいて逃げてきた左翼棟の使用人。

戦える者は半数以下で、どれだけ殿下方を守れるものか、敵の正体すらわからない。

「…………逃げ込んで一刻で一度攻められたが、その後は開かないとわかったからか誰も来ないな」

「テオ。油断は禁物だ。今この時にも、こっちを攻める準備をしてる可能性もある」

トルスはそう言って、下がるように手で合図を出す。

確かにもう私は騎士で、宮中警護ではない身では武装さえしていない。

剣を持っていても、レクサンデル大公国では盾になるしかなかったのも記憶に新しい。

そうして誰も緊張がみなぎっていた時、殺しきれない足音が近づいてきた。

見ればテリー殿下で、その後ろには双子の殿下もいる。

「ちょっと来てほしいんだ」

「兄上のお部屋だから二人だけ」

「ウェルスも入れて三人だけ」

兄上という言葉に、私もトルスも無視できず従う。

向かったのは金の間の、ピアノが据えられた部屋だった。

そのピアノに走り寄ったご兄弟が、こんな状況で弾んだ声を上げる。

「兄上から連絡があったんだ」

「フェルがね、兄上に助けてって」

「ワーネルが、これに気づいたの」

思わぬ言葉に目を白黒させるトルスと、先に部屋にいたウェルスも困惑しきり。

ただ考えてもわからないことを成し遂げるのもまた第一皇子殿下だ。

私は理解よりも受け入れを優先した。

もちろん、本型の連絡装置を事前に教えられていたからだが。

双子の皇子殿下のいたずら心で、本の存在を隠された二人には同情する。

何かあるのだろうことは、察していたようだが、まさか離れた場所と連絡をする手段だとは想像もできないだろう。

「それでは、そのピアノか、水晶を使うことで連絡が可能ということですか?」

正直ルキウサリアにいる相手と連絡を取っても、現状の打開にはならないだろう。

というか、あの本で本当に連絡ができたのがまず驚きだ。

説明を聞いていたものの、正直理解できてない。

ましてや目の前のピアノでも、連絡できると言うのは訳がわからない。

それでもテリー殿下が鍵盤を押すと、静かな中に音が響く。

それで異変かと、青の間のほうから人が来ようとするのを止めることになった。

テリー殿下も敏感な反応を見て、連絡はごく短く終わらせる。

「あ、あ、もうお返事来たよ」

「ここ光ってるから音聞こう」

双子の殿下は嬉しそうに水晶をいじっているが、声を押さえているので状況をわかっている。

それでも音が鳴ることに青の間から文句が来るので、私たちは宥めて回ることになった。

そんなことが終わってから、殿下方から連絡内容を教えていただけた。

「陛下と妃殿下の動きを聞かれた。テオ、これは何を意味するだろう?」

「宮殿内のどこにおられるかを類推するためでしょう」

「じゃあ、何処から賊が来たって聞いたのは何、ウェルス?」

「敵の動きを捕えるため、ではないでしょうか」

「敵の動きって何がわかるの、トルス?」

「本館から直接来てないなら、本館の制圧が遅れたってことでしょう」

他にも第一皇子殿下から、こちらの知らない情報がもたらされたそうだ。

敵は東門から侵入し、現在はルカイオス公爵が兵を率いて宮殿の門を外から制圧。

宮殿の外で睨み合い状態の兵が並んでおり、敵の動きが鈍いのはこのため。

「隠れていればすぐさま力尽くで押し入られることはないと、兄上は言っている」

テリー殿下が伝える第一皇子殿下の予想には同感だ。

宮殿は広く、門同士の距離も離れている。

連携はできない上に、半端な数を置いていても戦場での経験のあるルカイオス公爵がいるなら隙は逃さない。

宮殿を襲った賊からすれば、人手を割かなければいけない状況だ。

ただ警戒は必要だろう。

皇帝陛下も立てこもって抵抗しているのなら、その抵抗を抑える手を賊も考える。

その手は、ここにいる皇子殿下、何処にいるか不明の皇妃殿下と皇女殿下を人質にとること。

一番はやはり見つからないことだ。

「ルカイオス公爵も長期戦は考えてないからって」

「それにね、兄上が必ず助けるって言ってたよ」

「だから僕たちは待っててって言ってたよ」

「そうで、す、か…………はい?」

双子の殿下の言葉に違和感を覚えた。

そうなると、テリー殿下の言葉もおかしい。

「…………まるで、ルカイオス公爵の動きを直接見ているような?」

私の呟きにトルスとウェルスも反応する。

「連絡だけでもすごいことしてるるのに、あの方でも距離は無視できないだろ」

「そうですよ、ルキウサリアにいらっしゃるはずで、帝都にはいないのですし」

「そうなんだが…………助けるというからには自力でなさるつもりだろう?」

というか、レクサンデル大公国では実際にそう動いた方だ。

自ら動いてテリー殿下の危機に駆けつけている。

その上で周囲を騙しつつ、テリー殿下とも連絡を取ってと色々と動いていた。

「ご本人が、帝都に来ていらっしゃるということは?」

「まさか、ことを予見して?」

「しかもルカイオス公爵と一緒に?」

言われれば確かに信じがたい状況だ。

ルカイオス公爵は徹底して第一皇子殿下を排斥しようとしている方なのだ。

「しかし、ルカイオス公爵閣下もルキウサリアから帰ったばかりだろう?」

「一緒に戻ってらしたって? それはないんじゃないか?」

「そうですよ。それに第一皇子殿下も近づきたがらないはずでしょう」

確かにそうなんだが、どうしてもいそうな気がする。

いや、いてもおかしくないと思ってしまっているんだ。

その上で、ルカイオス公爵さえ利用して、現状を打開してしまうのではないか。

助けると言ったからには、使える者は使うつもりであることは確かだろう。

ましてや危機を察知したかのように居合わせた例はすでに二度、いや、第四皇子の病を思えば三度はある。

ないというほうが違う気もしてきて、私は期待しそうになる自分を宥める必要があった。