軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話74:ラトラス

入学して二回目の音楽祭を迎えた今、俺は度重なる幸運を改めて思った。

入学できたのが、そもそも奇跡的なのが俺だ。

生まれは商人で、商人にも上下がある中、良くて上の下、普通に考えて中の中。

商品を直接動かす卸は、時には旅に出て、上手く先物できれば当たりも大きい。

親父がディンク酒に関われたのは一番の幸運だっただろう。

その上で支店を任せるという話と、教育費用全て賄ってもらっての入学。

きっと俺は、今が一番運がいいと、入学式の日には思った。

ただ半年後には、頼りになるアズは留学しちゃうし、ネクロン先生は厳しいし。

もう単位落として落第を覚悟してた時期もある。

「はぁ、二回目の音楽祭にこぎつけたのもすごいのになぁ」

「ラト先輩? どうしたっすか?」

俺の呟きに、一緒に薬剤に必要な素材を運んでたタッドが聞いてきた。

今は同じくらいの身長の人間だけど、来年には他のクラスメイトと同じで抜かされるんだろうな。

獣人の中でも猫の獣人は小柄だ。

鼠の獣人ほどじゃないけど、それでも大抵の人間より小さくしか育たない。

入学時は同じくらいだったアズも、俺より身長高くなり始めてる。

「あ、ラトラス先輩のほうがいいっすか?」

「いや、ラトでいいよ。というか、ネヴロフがいたからなんかそのまま獣人風の呼び方されてるけど、俺、生まれも育ちも帝都だから」

獣人の国ほうだと名前をそのまま呼ぶし、愛称で呼ぶのは無礼だったりもするとかで、ウィーリャは怒ってた。

俺からすると名前でそのまま呼ばれるの、お堅いイメージしかないんだけどな。

「あ、そうなんすね。お貴族さま多いから、それでだとばかり」

「そう言われれば、そうかも? けどそこら辺の線引き気にしてるのアズくらいだと思う」

タッドも商家の出で、帝国の習い的に上の身分が下を呼び捨てるのは知ってる。

ただ表情が曇ったのは、学園での身分差じゃなく、アズに反応したせいだ。

「えっと、あの先輩はどういう? 気にしてるなら、アズって呼んでるの怒られたり?」

「しないしない。家の事情があって、あんまり社交しないだけ。線引きも、たぶん自分の面倒な血縁関係の問題に巻き込まないためだから」

そう、面倒なのは、うっすらクラスメイトも知ってはいる。

けど一番その面倒な身の上が、危険もあるんだと知ってるのは、たぶん俺だけ。

何せ十にもならない頃から、伝手を頼って商売で金を稼がなければ暮らせなかった。

ディンカーと偽名を名乗って、素性を隠して、ディンク酒というその名前からとった酒がなければ、誰にも知られないように。

それなのに、何度か帝都から姿を消さなきゃいけないこともあったらしくて、四年くらい前の時には一年も姿を見せなかった。

しかもモリーさんたちがずいぶんやきもきしてたし、本当に命の危険があったんじゃないかと思う。

そんな危険も、俺たち少数しか知らないし、アズの本当のすごさもわかってないんだろうな。

「そんなに怯えなくても、アズはそこらの貴族学生相手にも物おじしないから。逆に盾にしたほうが過ごしやすくなるぞ」

「え、えぇ? じゃあ、先輩たちが新入生の時に、早々にアクラー校生締め上げたって本当なんすか?」

「いやいやいやいや。何その当たらずも遠からずだけど、見事に曲解されそうな話?」

俺は慌てて当時のことを話した。

こっちが立場が弱かった上に、ちゃんと向こうに非があることも、証拠もそろえて教師の許可も取ってと丁寧に対処したことも。

あの時からアズは、思い切りのわりに慎重にことに当たってた。

ディンカーも思い切りよく家の外で稼いだ上で、慎重に姿を隠してた。

今なららしいと思うけど、こうして机を並べる関係にならないと、俺も知ることはなかったんだろう。

「ラト先輩、手慣れてるっすよね。おうちは貴族相手っすか?」

「ここ数年はな。けど元は行商から卸売に転向。代々一族でキャラバンやってたりが元って聞いてる」

「うちは祖父が一発当てて財を成したんす。けど貴族が成り上がりだとか言って絡んで」

「あー、あるある。そういう時はコネと世渡りだよな。守ってくれる貴族に花持たせたり、話の分かる領主には譲歩して見せたり」

「おー、なるほど」

俺も親父について回って色々勉強したつもりだ。

こうして支店任されての店持ちになるなんて思ってなかったけど。

それはそれで商売のノウハウ使うけど、俺に求められるのはもうその域じゃない。

俺は、本物の錬金術師になることを求められてる。

それも、教師が任せるというほどの才覚とセンスを持つアズレベルを。

「はぁ…………。錬金術を商売に取り入れて発展させるなんて、一族の誰もやってないから、前途多難だけどさ」

「え、錬金術で商売するんすか?」

「そっちは違うのか?」

「おらんところは、貴族がうるさいもんだから、箔付けに」

「あー、それもあるある」

先輩たちがそれだ。

錬金術をするためなんて、たぶんスティフ先輩とトリエラ先輩くらいだろう。

そこは先祖とかが錬金術してって話で、また俺とは違う。

他はラクス城校卒業という箔が欲しくて入ってるけど、今は錬金術してる。

それはアズが巻き込んで、実績を見せてきたからだ。

可能性を示して引っ張ったからなんだけど、それ、俺にできるかなぁ?

「はぁ…………本当に、求められる水準ガンガン上がるよなぁ」

「ラト先輩?」

思わず零して、またタッドに変な顔された。

けど答える前に、怒鳴る声が聞こえて足を止める。

しかも、今まで純朴そうだったタッドの顔が、三割増しで厳めしくなった。

「この声…………」

タッドの激変も気になるけど、俺は行く先の廊下に耳を立てる。

明らかに喧嘩の声だけど、聞き覚えもあった。

俺はタッドと目を見交わしてそっと、先を窺う。

廊下の先の外へ出る入り口の前では、二人の人間が口論をしてた。

それは就活生のオレスと、卒業生のジョーだ。

「げぇ」

タッドがあからさまに嫌そうな声を上げる。

どうも国同士がいがみ合いしてるというのがオレスとジョーだ。

その上でタッドとオレスは同じ国だけど、こっちはこっちで貴族と平民でいがみ合いがあるという。

「なんだと、ずいぶん偉そうに言うものだな。お前は下級生にしてやられた側だろう」

「はん! お前は良かったな、たまたまいなくて戦いもせずにいられたなら負けもない」

「なんだと、もしその場にいたら無様に負けるだけでは済まさないに決まってるだろ」

「なんだよ、実際何もしてないのは本当だろうが。できもしないこと言ってるなよ」

どうやら懇親会で、俺たちが独り勝ちしたことで争ってるらしい。

あれはアズがルール決定の権利をもぎ取っての仕掛けだ。

そこに気づかなかったのは、上級生としても落ち度だろう。

とは言え、関わりのない人が後からとやかく言うのも違う。

「ち、勝手に争ってどっちもつぶれろ」

「タッド、お前さ…………。実は家のほう、犯罪者ギルドに片足突っ込むような堅気じゃない仕事もしてる?」

「え、そんなことねぇっすよ?」

すっごい慣れた様子でどすの利いた声漏れてたよ?

ちょっと首の後ろ逆立った。

ま、違うなら違うで、俺もアズのように先輩らしくしてみようかな。

「あれは気にするだけ無駄だ。いっそ、悪い例だと思って自分は同じ轍を踏まないように自戒にするくらいしか使い道がない」

「あんなお貴族さまの腹にもたまらない無駄な見栄の張り合いに使い道があるんで?」

いや、本当タッドどうした?

実家成り上がりって絡まれたの、軽く言ってたけど、実は相当腹に据えかねてる?

「客商売するなら相手を見透かしつつ、言わない心配りもいるんだ。それで言うと、あの二人はひたすら無駄に諍いを助長させる、無駄なことしか言ってない。けど、やるからには本人たちに求める結果があるわけだ。そこを読めれば、客の求めるものを提供するため、交渉もやりやすくなる」

「えー、あるっすかー? 頭空っぽにマウント取りたいだけにしか見えねぇ」

「いやいや、確かにマウントだ。けどそれは教えるっていう姿勢の表れなんだよ。つまり、下級生に親切にしてやろうっていう姿勢がまかり間違って上からになってんの」

「え、まさか。あの教えてやるみたいなアホほど腹立つ言い方で? 親切だったとでも?」

「うん、俺も最初なんだこいつって思ったけど、同じことタッドにやってるの見て、あ、これひたすら下に対する接し方知らない馬鹿だって。そうとわかれば、言い方なんか気にせず、使えるなら使うほうがいい。そっちのほうが持ち出し少ないだろ」

「確かに。持ってる奴が出すほうがこっちも損ないし。偉ぶるくらいなら役立ってってもんっすし。腹立てるより、上手く使うほうがいいって、ことっすか」

タッドは未だに三割増し厳しい顔してるけど、納得してくれてるらしい。

俺も頷いてるといつの間にか喧嘩の声が止まってた。

見ればオレスが真っ赤なってる。

それを残念なもの見るようにジョーが見てた。

「いや、他人事じゃないですよ。あなたも同じことオレス先輩にして喧嘩になってるんでしょ」

「そ、そんなことは!」

「はぁ!? あれで!?」

赤くなって叫ぶジョーに、オレスが食って掛かる。

けっきょくまた喧嘩だけど、もう俺たちは眼中にない。

俺はタッドと、うるさい先輩たちを無視して、次の演出の素材を運ぶため、外へ向かうことにした。