軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4話:皇帝の長男4

僕が住む宮殿の左翼は、造られた時代の差で一つの建造物なのに内部で繋がっていない。

一番わかりやすいずれは、建物ごとの階層の高さの違いだ。

僕が住む区画は屋根裏含めて五階建て。

けれど父の住む本館と直通の部分は二階建てなのだ。

繋がってる階層は一階と三階、二階と四階だけで、他にも後付の建物があったりする。

「歴史がある建物って、何処もこんな迷路なの?」

ハーティに手を引かれて僕は庭園へ向かっていた。

警護係のイクトは後方に離れてるけど、そのほうが全体を見れるからだろう。

名目上は庭園での散歩だ。

ただ見渡す限り見通せない広さの大庭園がキロメートルの単位で広がっているので、散歩というほど気軽な移動距離では済まない。

宮殿の裏には運河から大噴水、森や牧場まであると聞いている。

そしてその敷地内には歴代の皇帝が作った三つの離宮が配置され、広大さが庶民感覚では追いつかない。

呆れるくらい豪華だけど、僕、この大庭園の持ち主の息子だ。

その父親も頻繁には会えない上に、僕を皇子扱いする者がごく限られているので実はあまり実感がない。

「防犯上の理由もありますけれど、宮殿の内装はそれだけで時代を代表する芸術家の作品でもありますから。改装は常に求められるのですよ」

改装に次ぐ改装、建て替えに次ぐ建て替え。

それが時代の皇帝の見栄でもあるのはなんとなくわかった。

きっとこの広大すぎる庭園も、皇帝の権威づけでここまで広大になったんだろう。

僕はハーティと幾何学模様を作る植え込みのある庭園を抜ける。

そのまま当てもなく、木陰が涼しい白樺の林を歩く。

うん、散歩自体は悪くない。

前世ではこんなゆっくりした思い出がないのでいっそ新鮮だった。

「…………ふぇ…………」

「ん? ハーティ、今聞こえた?」

ハーティは頬に手を添えて首を横に振る。

「子供の泣き声がした気がしたんだ。こっちかな?」

木立を抜けて大人の背より高い刈込のあるほうへ向かいハーティの手を引く。

するとちょうど白樺の林との境に蹲る子供の姿が見えた。

「君、どうしたの?」

「ふぇ、うぅ…………」

怯えて泣きそうになるのを必死にこらえてる男の子は、白い肌の分だけ真っ赤になった頬を震わせる。

丸い顔立ちは幼く、髪の色は紺色で、帝国貴族には多い青系の色をしていた。

歳の頃は僕と二つ、三つ違い。

そして着ている服のレースの袖口は上質。

王宮に上がるには年齢制限もあるため、この年齢でここにいることが身元確認の手がかりになる。

そしてこの年頃で宮殿の庭園に入れる存在は少なく、お客さん以外で自由に歩けるのは僕を含めて限定二人だ。

「君は…………テリストラス、かな?」

「だれ?」

名前を呼ばれて顔を上げる男の子。

目元を押さえていた手が退けられ、潤んだ紺色の瞳が見えた。

「初めまして」

僕は満面の笑みでそう告げた。

この子はテリストラス。

皇帝ケーテルと皇妃ラミニアの息子にして、僕の弟!

まさかこんなに突然会えるとは思っていなかった。

それに、なんで次期皇帝であるこの子が一人でいるんだろう?

僕にさえ乳母と警護の二人がついてるのに、この状況はおかしい。

「どうして泣いているの? どこか怪我をした? 大丈夫?」

「…………ここ、どこ?」

身構えたけど、どうやらただの迷子らしい。

見える限りでは怪我している様子もない。

「そっか、寂しかったんだね。じゃあ、僕と一緒に他の人を捜さない? 大丈夫、僕はずっと一緒にいるよ」

手を差し出してちょっと性急になりつつも提案をする。

幼いテリストラスはすごく迷う様子で僕とハーティ、さらに後ろに控えるイクトを見ていた。

うん、知らない人について行かないっていう三歳にしてこの判断力。

将来有望だね、うんうん。

「テリストラス、テリーって呼んでもいい? ここは怖い場所なんかじゃないよ。素敵な庭園だ。君は見たことあるかな? 光る花や、鈴のような音の鳴る木があるんだよ」

手を差し出したまま喋る僕に、テリーは首を横に振る。

それだけの仕草が可愛い。

そして紺色の瞳には好奇心が芽生えだしていた。

「君の知ってる人を捜しながら、この庭園の素敵なものを見ようか?」

「…………うん」

まだ高い声でお返事する弟は、差し出した手を小さな指で握り返してくる。

温かいし、幼い僕よりも小さな手になんだか落ち着かない。

この湧き上がるむずがゆさが庇護欲というものか?

座っていたテリーを引き起こして、僕はイクトに目を向けた。

するとイクトはすぐに頷いて、テリーを捜しているだろう他の警護を捜しに向かう。

こっちは庭園でも名所を巡るから、きっとイクトが連れて来てくれるだろう。

「さ、行こう。今日は何をしに庭園にきたの?」

「おさんぽ」

まだ言葉数少ないし警戒してるけど、その人見知りっぽいのも可愛い。

そして僕は宣言どおり、光る花が植えられた花壇へテリーを連れて行った。

花自体は花芯が花びらから飛び出すような形が本来のものだけれど、今は日中で花が閉じてて細長い筒のようになっている。

「ほら、見てごらん」

僕は花を優しく両手で包んで暗くした。

すると薄い花びらを透かして花芯が光を放っているのが見える。

暗くすると光る、まさにファンタジーなお花。

まだ三つのテリーでは見たことないだろう植物だ。

「わ、わぁ! ひかった!」

「やってごらん。花を潰さないように優しくね」

テリーは嬉々として僕の真似をする。

「いろ、ちがうね」

「そうだね、よく気づいたね。ほら、こっちはどんな色かな?」

「あか!」

花ごとに光る色が違う様子が、テリーはどうやら気に入ったようだ。

次々に手で包んで光らせては明るく笑う。

隣の花壇の別の品種の花まで包んで、光らないことに首を傾げるのも可愛い。

見守る僕とハーティも自然笑顔になった。

「なんで? …………やぁ!?」

「テリー!?」

突然尻もちをついてテリーが叫び、泣きだしてしまう。

するとテリーが覆っていた花から黒く丸い虫が飛び出した。

どうやら蜜蜂の類が入っていたらしい。

「大丈夫だよ、僕が守るから。ほら、虫は追い払ったよ。ハーティ、あれは刺す?」

「いいえ、あれは刺しませんよ。初めて見て驚かれたのでしょう」

テリーが泣きやまないから焦ったけど大丈夫なようだ。

「大丈夫だよ、大丈夫だから泣かないで。…………えっと、これ見て。こうやって折って、これを開いて。はい、虫の来ない花だよぉ、なんて」

ハンカチを折って小学校の頃友達に教えられたバナナを作って皮を剥く。

咲いた状態の光る花に似てるんだけど、そう言えばテリーは開いた姿を見たことがないんだ。

滑った恥ずかしさに引っ込めようとしたら、テリーが僕の手を両手で掴んで止めた。

「おはな? すごい」

「簡単だよ、君もできる」

泣き止んでくれたのでハンカチを握らせると、大勢が移動する音が聞こえる。

顔を向ければ、息を切らせたドレスの女性と警護の制服の見知らぬ人たちが走っていた。

僕と泣き止んだばかりのテリーを見つけると開口一番怒鳴る。

「何をしているのです!? すぐにその方から離れなさい!」

あまりの剣幕にテリーがまた泣きそうになるけど、お構いなしにドレスの女性はテリーを抱えて僕を睨む。

さらには握っていたハンカチもテリーのものじゃないと見ると、奪い取って地面に叩きつけた。

しかも三人いる警護は剣に手をかけ僕の前に立とうとする。

「何を、するつもりだ?」

冷やりとする声に、三人の警護は背筋を伸ばす。

いつの間にか戻っていたイクトは、氷のように冷たい視線で警護を威嚇しながら僕の前に立ってくれたのだった。