軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話38:ヴラディル先生

教室や職員室に施錠して回って、アクラー校を出ると、すでに月は昇っていた。

放課後の片づけや翌日の準備にかかる手間に溜め息が出てしまう。

「生徒減るのも問題だが、一人だと手が回らんな」

日中は双子のウィーがいるからやりやすい。

十年離れていたが、誰よりも息が合うしこちらの意図も間違いなく伝わるのも手間がなくていい。

だがあいつは教職復帰しておいて、結局は第一皇子に仕えている。

だから暗くなる前に第一皇子の所へ帰るため、俺を置いていくんだ。

「これで午前も授業することになったら本当に手が回らなくなるぞ。手当て増やされたところで一人じゃ回らねぇっての」

授業だけならまだいいのに、そこに封印図書館から出た錬金術関係の意見書提出を求められている。

他にもルキウサリア国内の錬金術師の遺物の鑑定、それらをまた王城とやりとりして説明を追加してのまた意見書の作成とやることが増えていた。

ままならない状況を考えていたら、気楽な声が左右から現れる。

「おぉっと、お疲れだねヴィー。悩んでも解決しない、そういう時には一杯行くものさ」

「そうさ、門外漢の俺たちだけど話を聞いてあげようじゃないか。同窓のよしみでね」

「何しに来やがった、ニール、イール」

俺を挟んでいるのはユキヒョウの獣人である双子の教師。

こいつらがわざわざ絡んでくるのは、それだけ興味関心がある時だ。

俺やウィーと競るくらい魔法の腕があるのに、教養学科で教師してる。

理由は、魔法学科の学生の面倒見るより、社交目的でお行儀のいい教養学科のほうが楽だからと臆面もなく言う。

「腐らない、腐らない。奢ってあげるからちょっとウィーについて教えてよ」

「あの変わりよう、面白いよねぇ。帝都で何があったか聞いてる?」

そんなことを言われながら、俺は学園から飲み屋へと連れて行かれる。

学生の街とはいえ運営する大人がいるため、酒場もそれなりの数と種類があった。

白黒のユキヒョウに左右を固められて連行されたのは、普段使わないお高い店。

「なんでここなんだよ?」

「それが、帝都から噂の酒を入荷したとかで気になってね。知らない?」

「学生たちもルキウサリアに支店ができたって家から注文頼まれてたりしてるんだ」

けっこう酒飲みの二人が早速注文し、出て来た酒の名はディンク酒。

そして販売店も明記されていて名前に見覚えがあった。

「あぁ、ラトラスのところのか」

教え子の家がやってる店で、小規模な上に店も開いたばかりだ。

入学したはいいものの、資金が足りずにルキウサリアを去ることになる学生もいる。

そうなったらラトラスがどうするのか、そんな心配で少しばかり調べて知っていた。

うるさく太い尻尾をぶつけてアピールするので、ニールとイールにもそのことを説明する。

「で、ウィーに聞いてみたら帝都のほうじゃ皇帝にも直接店主がサロンに呼ばれるくらい人気らしい。ルキウサリア国王にも贈呈されてるからそうそう潰れもしないだろって」

そんな話をしつつ当のディンク酒をそれぞれ口に運んだ。

「お、口当たりがいいな」

「それだけじゃない。穀物酒の癖のある臭いもないし、発酵臭もなければ、果実酒のような華やぎがあるじゃないか」

「それでいて後から酒精の強さも確かだ。混じりけのない味わいは丁寧に管理された酒にしかないはずなのにこの値段で?」

酒好きは饒舌だな、おい。

錬金術で俺も蒸留したアルコールは素材として扱うが、飲んでも美味くないし、内臓傷めるって聞いてたんだが。

その方法で作ったと去年公開したとかいうが、酒の本職はこういうことできるのか。

「錬金術科のラトラスね」

「どの子だっけ? アズって子はわかる」

「そう言えばお前ら、ウィーがどうしたって?」

何やら不穏な気配がしたので水を向ける。

どう考えてもこんな大柄な猫獣人に絡まれて喜ばないだろう、ラトラス。

「そうそう。第一皇子について帝国貴族の子に聞いても知らないっていうばっかりで」

「噂はあるんだけど実際に会った子が一人もいないってどういうこと?」

「あぁ、ウィーが言うには宮殿の端に監禁状態だったらしいぞ。しかも自分の生まれが嫡子の弟皇子に障るってんで大人しくそのまま。けど、錬金術は独自に深めてたそうだ」

「あ、ねぇねぇ。卒論って不正あったの?」

「あるか! そんなのできたら入学させてるわ!」

白いニールのほうが馬鹿なことを聞くのでつい本音が漏れる。

続いて黒いイールが第一皇子の裏を読んだ。

「ってことは、弟のために学園入学って形式避けたかぁ」

「正直留学で正解だとは思うぞ。去年から色々変わりすぎて、今の新入生には手がかけられない状態だ。テスタ老のところにいるほうが有益だろう」

「あ、そこも気になるんだよねぇ。去年テスタ老が引き上げて薬学科が大わらわになってさ。それも戻されたけど、学園や他の研究所への出入りなくなってるらしいじゃないか」

「ヴィー、けっこうテスタ老とやりとりしてるらしいね? 錬金術に興味持ったって聞くけど本当にそうなの? そこに第一皇子が関わってるらしいって聞いたけど?」

「…………お前ら、結局何が聞きたいんだ?」

テスタ老のことは言えないから、帰りたい雰囲気を出しつつ俺はウィーのことに話を戻す。

だいたい聞かれても俺も小出しで全体がわからないし、封印図書館が錬金術に関わるってくらいしか知らない。

もっとちゃんとわかれば登校しない学生たち引きずり出して手伝わせるんだが。

いや、国の機密扱いだから、ルキウサリア出身者一人もいない現状じゃ無理か。

「んー、第一皇子は実態が良くわからないから、ウィーの変わりようについて聞きたいかな?」

「結局熱烈すぎて、ヴィーも第一皇子に会わせてもらえないんなら詳しくないでしょ?」

「なっんで知ってんだよ!」

「「ウィーが言ってた」」

忙しいのはわかってるけど、第一皇子と話す時間作ってくれてもいいだろう!

あいつ過保護っていうか妙に第一皇子を隠すようなことして、余計に気になるっての!

「そのウィーが変化したの第一皇子が影響してるだろうけど、どんな環境でかなって」

「君たち才人は俺たちと違って面倒ごとに自分から行くから面白そうなことしてたり?」

「本当になんでこの面倒臭がりどもが賢人なんて言われてるんだ?」

「一番無難に過ごして、一番無難に就職したからじゃない?」

「俺たち以外は未だに諸国放浪してるらしいしねぇ」

「纏めるなよ。貴人兄弟はただの漫遊だし、奇人はどうせ迷子だろ? 超人はまだ山登り趣味にして放浪してるのか? 少なくとも聖人は慈善活動で忙しくしてるだろうし」

改めて考えると、なんで俺たちはあの変人たちとひとくくりにされたんだ?

そう言えば超人が暴れた時も、こいつらは毛が乱れるとか言って手伝うことが稀だった。

「あ、なんか昔のことに拘ってるなぁ? 人生前にしか進めないんだから、振り返ってばかりじゃ面白くないぞ」

「そうそう、前途有望な若者たちを導く聖職なんだから、いつまでも過ちを許さないなんて狭量なことは言わないで」

「学生時代に面倒ごと押しつけた自覚あるんじゃねぇか」

わざとらしく愛想笑いをしつつ、ディンク酒を注ごうとするが、カップ半分で止まる。

すでに大半はイールとニールで飲んだ後だ。

イールが酒を追加注文し、ニールは手をつけていなかったつまみをこちらに寄越す。

「ウィーってどんな感じに働いてるの? 家庭教師って話だけど他の家庭教師と上手くやれてる?」

「っていうか、監禁状態ってことは家庭教師できてたの? この国はずいぶん気を使ってるみたいだけど」

しょうがなく半端な量のディンク酒を飲みつつ、俺は聞きかじりを語った。

「少数精鋭っていうか、家庭教師二人に警護が一人。それでずっとやってたらしい」

乳母が減ったり侍女が増えたりと聞いてるが、そこは割愛。

たぶんこいつらが満足して俺をさっさと帰してくれる話題は、家庭教師と警護の話だ。

「武芸の家庭教師は、退役軍人で、血塗れとかいう二つ名持ち。どっかの戦いで敵の罠にはまってその軍人より上の指揮官が全滅したそうだ。残存してる隊を立て直して撤退して、その際に追撃に来た敵を逆に殲滅。生き残り全員自他の血に塗れてたとかなんとか」

説明するとユキヒョウ二人は唖然とした。

俺も聞いた時はなんて奴を皇子の家庭教師にしてるんだと思ったよ。

だが、警護の経歴もおかしかったんだよな。

「で、警護は東の果てのニノホトの漁師の子だが、腕が立ってチャンスにも恵まれた。目上の者の窮地を救うこと数度で名をもらい、ニノホトから帝都を目指したらまた領主や貴族の命を助けて身を立てて、結果今は帝国貴族の端にいるそうだ」

「おー」

「わー」

妙な声を上げると思ったら、二人揃って肩を竦めてみせる。

「そんな才覚と実績ある同僚に挟まれて、ウィーがちょっと可哀想」

「学生の時に持ち上げられただけなのに、実力者と並ばされるとか可哀想」

「あー、そうかも? 言われてみればウィーの当たりが柔らかくなる理由になりそうだな」

ただ一番は、皇子になったせいで大人の思惑で割を食う第一皇子への同情だと思う。

正直聞くばっかりの俺でも、不遇な身の上に置かれた子供ってだけでどうにかしてやりたい気持ちになるし。

まぁ現状、それをウィーによって阻まれてるけどな。

確かに第一皇子と会って話したら、教職疎かになる気はするんだが、それでも挨拶さえさせてもらえないってなんだ。

俺はそんな不満を飲み込むように、残ったディンク酒を飲み干した。