軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16話:乳母離れ1

八歳になりました。

僕にあてがわれた区画に訪れる相手なんて決まってたんだけど、去年から一人増えてる。

「はい、ディオラ姫にお返事書いたよ。レーヴァン」

「検めさせていただきます」

宮中警護のレーヴァンが配達屋の真似事でやってくるようになったんだ。

ついでに僕に婚約を申し込もうとしたディオラとの文通の確認係もしてる。

国に帰るディオラが僕と文通したいと言って、皇帝とルキウサリア側は乗り気。

姻戚のストラテーグ侯爵が、僕とルキウサリア王家が繋がるとそっち方面の複数国で勢力図が激動するとかなんとか。

他国にやってる娘の立場が下落する恐れがあるから、可能な限り邪魔する所存なのだそうだ。

殴り込んできた無礼を許す代わりにそうした裏を取ったところ、自棄になったのかストラテーグ侯爵はこっそり盗み読みされるのと目の前でしっかり見られるのどっちがいいかと僕に聞いて来た。

結果、目の前でと言ったらこうしてレーヴァンがディオラ姫の手紙を持って来ては、返事をする僕の手紙を確認するようになってる。

「一年文通してお勉強の話ばっかりって、色気ないですね」

うん、取り繕うことはするようになったけど素はやっぱり無礼者のレーヴァン。

ただこうして送り込まれることを思うとストラテーグ侯爵からの信認はあるんだろう。

「色気のある返事書かないよう見張るのが君でしょ?」

何せ去年の婚約話はストラテーグ侯爵以外でも大変な騒ぎになった。

学園王国と呼ばれるそれなりに権威ある国に、帝室の血が入るとずいぶんパワーバランスが変わるらしい。

そう知ったのはレーヴァンという宮殿の権力事情に明るい情報源を得たからだ。

教えられるまで突然の悪評でびっくりしてた程度だったんだけど。

どうやらディオラと僕が結婚なんてことになると、僕という帝位に遠くて近い存在が力を持つことになり警戒がぐんと跳ね上がったらしい。

僕の台頭を嫌がる帝国貴族は多く、それで散々な噂が急速に広がったそうだ。

「もうすっぱり面倒ごと多いから文通やめますでいいでしょ」

「文通自体は楽しいし、ルキウサリア王国のおすすめ本贈って来てくれるのがすごくありがたい」

「それも学園の論文でしょぉ? 俺そういうの贈られてくると事前に読まなきゃいけないんですよ? めちゃくちゃ疲れるんですけど?」

そんなこともしてたのか、見張り役も大変だ。

まぁ、チェンジとは言わない。

だって上司呼び出しで謝罪させたという負い目がレーヴァンにはあるので無茶しないし。

今も壁際から声をかけるまで黙ってたし、動かなかった。

あと呼べばすぐ来るし、聞けばストラテーグ侯爵の不利にならない限りなんでも答えてくれるしで、思ったより使い勝手がいいんだよね。

「もしかしてレーヴァン、全部読んでるなら論文についての意見交換できる?」

「無理! …………です」

さすがに砕けすぎてイクトに睨まれレーヴァンは言い直す。

「本当無理ですって。このお姫さまとのやりとりも半分わからないんで侯爵さまへの報告も困ってるんですから。せめてもう少し短いやり取りしません?」

「え、うーん。手紙ってどれくらいが適量? 六枚って多い?」

正直前世も手紙を書くようなことはなかったし、適量がわからない。

実家とやり取りがあるヘルコフとウェアレルが自身の場合を教えてくれた。

「俺は一枚で終るな。言いたいこと書くだけだし」

「私は家族に近況報告や季節の話題などを入れると六枚くらいにはなりますよ」

人それぞれらしいところに、ハーティが解答をくれる。

「距離もございますし、月一のやり取りとしては妥当かと」

「だそうだよ、レーヴァン」

「それにしてももう少し報告しがいのあること書いてくださいよ。論文の感想以外は庭園の薬草がどうとか、元冒険者から聞いた異国事情がどうたらとか。そこら辺はここにいる人たち相手でいいじゃないですか」

「その人たちから聞いた話を誰かにするっていうのが新鮮で楽しいんだよ」

ディオラのほうから書き送られる日常も僕にとっては新鮮だ。

名ばかりの僕と違って向こうはちゃんとお姫さましてるのが面白い。

暮らしが違うし、ファンタジー味が強いんだよね。

なんて思ってたらレーヴァンが目を逸らして、何処か気まずそうに頬を掻く。

「どうしたの?」

「え、今の素?」

「何が?」

聞いても誰も答えてくれない。

困っていると僕にしか聞こえない声がした。

(主人の人間関係の希薄さに戦いたものと思われます)

(いや、それ今さらでしょ。それが本当だとしたらどれだけ僕がここ出てないかわかってない?)

(人間は自我を持ち知恵を学ぶ故に自らの内に答えを求めるものです。己の中の答えと主人の答えの乖離があったのでしょう)

僕を主人と呼ぶのはフラスコの中の我。

今は僕が丸い容器から 玉(セフィラ) と名付けた意識体になっている。

一年でずいぶんと成長したけどまだちょっと硬い。

元から僕たちの会話を聞いて喋るようになるくらいには学習力が高いし、今ではフラスコからも出て誰にも見られず行動ができるようになってるから改善も近いだろうけど。

実は僕よりも自由に宮殿うろついてたりするんだよね。

(もっとわかりやすく言おうよ)

(どう表現するのでしょう?)

(想定外、かな? 想定外に僕が、友達、いなくて…………)

自分で言ってて虚しいな。

前世も友達多くはなかったのに、今のところ暫定婚約申し出て来たディオラ一人がお友達か。

「できればディオラとはお友達でつき合いたいけど」

「まぁ、愛らしい方と聞いておりますし、アーシャさまとこうしてお話が合う聡明な方ですのに?」

なんでハーティさんは残念そうなのかな?

「レーヴァンじゃないけど、しがらみが多いからね。ディオラに僕は相応しくないよ。ストラテーグ侯爵が心配することはないさ。その内ディオラももっといい人見つけるって」

「その若さで枯れるってどうなんです?」

レーヴァンの無礼に答えようとしたところにセフィラがノンブレスで聞いてくる。

(枯れるとはどのような意味合いでしょう。比喩であると推察します)

おっと、危ない危ない。

危うく八歳児がなんで知ってるんだって反応しそうになった。

僕が黙ってる間にイクトがレーヴァンの脇に肘鉄を入れる。

そして痛みに蹲ったところをヘルコフが首根っこを掴んで退出させた。

「えーと?」

「アーシャさまはお気になさらず。あの方の言葉はよろしくないものですので、決して真似しないように」

乳母が過保護だ。

ウェアレルも過保護に話を変える。

「お手紙のために論文を読みましたし、少し今日は休憩を長くしましょう」

僕は素知らぬふりでありがたく錬金部屋へ向かった。

「昨日仕込んでおいた回復薬はどうかな?」

(問題なく反応を終えています)

「よしよし、だったらこれの効能を確認した後にまた術式としてセフィラが覚えられるかの実験をしよう」

(その前に人間が枯れるという比喩表現について解答求む)

知らないこと放っておかないんだから。

僕はしょうがなく人間を草木にたとえることから始めて、生殖までを説明する。

(理解しました)

「それは良かった」

このセフィラ、一番近い存在として精霊がいる。

自然界に存在する神の御業の疑人化というべき存在で、実在は確認されていない。

ごくまれにエルフ辺りに見えるし交信できる人がいるそうで、精霊は世界の真理を知っているとか魔法の奥義を伝授してくれるとかのすごい存在だそうだ。

ただこのセフィラは学習力こそ高いけど真理なんて知らないらしい。

「ねぇ、疲れるとか覚えきれないとかはまだない?」

(主人のおっしゃっていた思考により消費するエネルギー、記憶容量の際限について問題はございません)

精霊じゃないとしても、いくらでも記憶できるし疲れもないのは有用だ。

そして術式として魔法を使って理論をセフィラに落とし込むということができるんだけど、これはなんだかプログラミングに似てる。

すべきことを迅速かつ同じ工程を繰り返し行えるんだ。

何より自我がしっかりした今は物理的な障壁をものともしない壁抜けができた。

驚くほど便利な存在になってくれている。

まぁ、セフィラのこの特性を使って僕がやったことと言えば、文字を読み取る術式や本なんかの重なった紙を透過する術式を入れ込んでの宮殿にある蔵書の閲覧程度。

いや、盗み読みだから悪いことではあるんだけどね。

「周りの目を気にして錬金以外手をつけないでいたけど、セフィラのお蔭でディオラとの文通で困らなくなったし、その調子でどんどん成長してほしいな」

謎の意識体は、思ったとおり便利に使える錬金術の賜物だった。