軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話24:ナースタシア

私はハドリアーヌ王国第二王女として生を受けた。

その時にはもう、父は国内外に暴君と呼ばれる男だった。

母は主人を裏切り、夫を裏切り、継子虐めをしたとして姦通という屈辱的な冤罪で処刑された。

ただ姦通は冤罪だけれど、罪がなかったかと言えば娘の私から見てもそうではない。

最初の王妃がいる間に暴君と通じ、自らが王妃になってからは密通などせずにいたものの、蠅のようにたかる貴族の甘言に惑って、政治など知らないまま踊らされていた。

幼かった私はあまり覚えていないけれど、残された公的記録を見れば溜め息を禁じえない。

同時に異母姉であるヒルデ王女への虐めは見ていたから知っている。

あの方は私の母を憎む以上に、ただ母親に可愛がられる私を妬んでいたことも。

「ふぅ…………」

「姉上、お疲れですか?」

「まぁ、ありがとう。フラー。けれどあなたのほうが心配だわ。辛かったら言ってちょうだい」

異母弟だけれど母同士が親戚関係の弟は、共に育ったこともあって信頼できる。

今は帝国からの帰りの馬車であり、二人きり。

ヒルデ王女は私たちと同乗なんてしないし、ユディ王女はすでに故地へ帰った。

正直弟しかいないこの狭い空間がほっとするため吐息が零れたのだ。

「…………あの美しい庭園を、思い出していたのです」

「確かに美しく、広大で、さすがは帝国と言わざるを得ませんでした」

私の誤魔化しに、フラーは本気で感嘆する様子をみせる。

同時に大国を相手に立ち回れたかを今さら後悔するようで、窓の外ですでに遠くなった帝都を探すように瞳が揺れた。

けれど私が口にしたのは半分嘘。

思い描いたのは日差し降る庭園ではなく、玲瓏な月光が包む庭園。

「とても、美しかった…………」

「姉上がそこまで心奪われるとは」

驚くような声に見れば、私を見つめる弟は本気で驚いている。

いったい私はどんな顔をしていたのだろう。

まさか表情に出ていただろうか?

秘密の扉から私を連れ出した、あの小さな妖精のような方を思うさまがそこまで?

「国威というのはあのように誇るべきなのかと、驚かされましたもの」

「あぁ、確かにおっしゃるとおりですね。国威、帝国の力というものを思わずにはいられない庭園でした」

広大で、手入れの行き届いた庭園は美しく、それ故に莫大な費用と技術が注ぎ込まれたことを物語る。

「戦わずとも、あのようなやり方があるとは」

真面目である故に悲観的で、己の弱さに目を背けることもできない弟は、いつでも悩ましげだ。

「えぇ、できればあのように力を誇示したいものね」

そして私はこの子の後に、王になる。

もはやそれ以外に私の道はない。

王女にして罪人の娘、それが国内での私の評価だ。

どれだけ淑女らしく振る舞っても、どれだけ慎ましやかに暮らしても、結婚なんて国内では無理だし、こんな弟一人を置いて国外に行けるわけがない。

だったら、もうこの子を看取って私は王位を目指す。

無為に行き遅れと笑われるくらいなら、一生結婚もせず国のために尽くすと決めていた。

「…………フラーは、アーシャ殿下をどう感じたかしら?」

「アーシャ? あぁ、アスギュロス殿下ですか。いつの間にそれほど親しく?」

愛称で呼ぶ私を不思議そうに見る弟へ、ちょっと悪戯な気分で口に指を立ててみせる。

「淑女の秘密でしてよ」

「やはり、姉上はアスギュロス殿下と婚姻を願っていたのですか?」

「まさか、そこまで身のほど知らずではありません」

これも嘘混じりだ。

本当は国内で見繕えないなら、婿入りしてくれる相手を探すつもりでいた。

けれど帝国にはヒルデ王女を後援するトライアン王国貴族と繋がる者もいれば、ユディ王女の祖父の与党もいる。

その上、つけられたのは無能と噂の第一皇子で、正直良縁は望めないとがっかりだった。

「…………アーシャ殿下は、予想外の方でしたわね」

「えぇ、喋る様子はのんびりされていますが、決して鈍いわけではありませんでした」

フラーは評価しているけれど騙されたままだ。

まさか闊達でちょっと意地悪な本性があるなんて思いもしない。

しかも帝国貴族と交流のあるユディ王女までも騙されている。

つまり常日頃から周囲を騙している方なのだ。

その思惑はどう考えても帝位に関わる。

夜の庭園で話す最初は、爪を隠しつつ時が来れば露わにする算段とも思っていた。

けれど夜の庭園での探り合いが楽しくなる頃、それはないのだと私は悟らされる。

「とても、聡い方だと思うわ」

「えぇ、僕が倒れたことを気づかれないようにさえしてくれました」

「帝国としてはハドリアーヌの継承争いに手は出さない。その皇帝陛下の姿勢を表した対応でしょう」

力弱く生まれ、血筋の低い皇帝はそれでも今日まで帝国を問題なく運営した。

それはひとえにルカイオス公爵の辣腕と言われるけれど、園遊会では確かに主催者として振る舞い、ルカイオス公爵の娘である皇妃も皇帝を立てることをしている。

ただ弱いだけの皇帝ではない。

そしてその息子である第一皇子も、ただ埋伏しているわけではない。

「弟と、仲が良いそうですわ」

「だからあの時、あんなに慣れて?」

「どうしたの?」

「いえ、僕が体調を崩した時にとても速やかに対処をしてくださった。確か弟皇子の一人も病弱と聞いた覚えがあります。もしかしたら慣れていたのかも知れないと」

そうかもしれない。

アーシャ殿下は弟を帝位に就けるために埋伏しているのだから。

私なら耐えられない、いつでも周囲を見返したいと思っているのに。

私のほうが上手くやれる、そのための努力もしてきた。

弟もいなくなるとわかっているから、王位を譲るのも今だけと思えば仲良くできている。

私はそういう人間だと自覚している…………。

憐れな弟よりも、自分が報われることが、大切な人間なのだ。

だったらせめて、弟の名を落とさないように、私は王として、暴君とは違うやり方で国を発展させてみせる。

そう、夢見て来た。

「姉上、アスギュロス殿下とは本当に、何も?」

「まぁ、いったい何を疑っているのかしら? 言っていなかったけれど、私、好みは年上の方なのよ?」

「僕を見るような優しいお顔でいらっしゃるので、それほど心動かされているのかと」

胸が突かれたような衝撃を受けた。

それは憐れみに他ならず、弟にも無意識にそんな目を向けていたのだ。

けれど、私は自分の感情も思惑も、全て笑みに隠す。

「お可愛らしい方だからあなたと重ねてしまっていたのね。失礼だったかしら?」

「あぁ、そうでしたか。僕のほうこそ早とちりをしてしまったようです」

笑い合う、その弟の笑顔に裏はない。

だからこそ比べる。

アーシャ殿下と。

理性的で、知性的で、我欲がなく、私の無礼を歯牙にもかけなかった。

いったい帝室はどんな教育をしているのかしら。

継承のために自らを犠牲にする、そんな教育を施したとでも?

圧倒される庭園も力を見せつけられたけれど、帝国の恐ろしいところはもっと別にあるのかもしれない。

「ここだけの話と思って聞いてくれますか?」

「どうしたの?」

「実は学園に行きたいと、ユディ王女の話を聞いて、思ってしまったのです」

それは自身の父の死に目に会えない不敬ではあるけれど、先のことを話すなんて、そちらのほうが私は気にかかった。

「薬草栽培に貢献したというルキウサリアの才媛に会ってみたい。そう思えたんです」

ユディ王女の考えなしも、時には良いことがあるらしい。

「その、行けなかった姉上には、申し訳ない話なのですが」

「いいのよ、あなたが希望を持ってくれたのが嬉しいわ」

以前なら、こんな憐れな弟さえも私は妬んだことだろう。

けれど今は本当に、自分でも驚くほど、いいのだと思えた。

原因はきっとあの手紙。

アーシャ殿下に少しでも興味を持ってもらおうと、学園についても書いた。

今思えばあれは、行けなかった私の願望混じりだったと恥ずかしくなる。

「らしくないことを…………」

呟きは馬車の車輪の音に紛れてフラーには届かず。

揺れる馬車での移動で体力が損なわれ、集中に欠くためもあるだろう。

今は心配よりも、らしくない独り言が聞かれなかったことに安心する気持ちが強い。

やはり、私は自分勝手なのだ。

だったらいっそ、自分勝手に他人の幸せを願ってもいいのかもしれない。

夢のような庭園のひと時をくれた方に、私の夢を託しても…………。

叶うならば手紙の返事が欲しい。

いったいあの方はどんな手段で、どれほど悩んで私に手紙を届けてくれるだろう?

そんなささやかな、けれど想像もしていなかった夢を得て、私は馬車の窓から帝都の姿を探した。