軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

119話:ハドリアーヌ王国御一行4

僕は戦場カメラマン風に鈍いふりをしていたけど、どうやらナースタシア王女も清楚な淑女のふりをしていたらしい。

「すっかり騙されましたわ、アスギュロス殿下。これほど活動的な方だなんて」

「こちらこそ、あのタイミングで舞台装置にされるとは露ほども気づきませんでした」

夜の庭園は月明りで普段よりも明るい。

そうでなくとも足元は庭師たちが日々整備しているので、危険物が落ちているということもなく、僕たちは談笑を演じる。

覚悟を決めて一人僕について来たナースタシアは、柔らかな笑みではなく少し神経質そうな無表情だ。

けれどそっちのほうが凛々しい印象で自然に感じられた。

「舞台上に据えられたと言うのでしたら、このような夜更けに連れ出す理由はなんでしょう? ご不快でしたら、帝国の名の元に断られたらよろしいのですわ」

「そんな大げさなことではありませんよ。弟たちにあなたの人となりを聞かれましたが、答えようもなかったので、こうして知り合うところから始めようと」

僕がちょっとふざけて言えば、ナースタシアにしばしの沈黙。

庭園の風景を見ているようで、これは考え込んでいるんだろう。

断ればいいというのは、挑発で、そんなことできないだろうという反語だ。

それだけ僕が権限も何もない接待役と知っていたということ。

けど、弟たちとの交流を聞いて真偽を疑っているというところかな。

悪評知ってるだろうし、けどこうして素を見せた分、自分の前提が覆っていることで疑ってかかってるんだ。

(頭のいい人だ。その上で僕をだしにしようと選んだ。やっぱり人目を集めて乗り切るだけの自信があるんだろう)

相手の警戒を思い、僕は離宮が見える範囲を散策し続けた。

「…………何を、お聞きになりたいのです?」

「おや、僕がエスコートしても?」

主導権を取っていいのかと聞いてみれば、ナースタシアは白い手を差し出して来た。

「まぁ、部屋を連れ出された時点で私は殿下のエスコートを受けておりましてよ。それとも、その気もなく私の部屋へいらしたのですか?」

「これは手厳しい。では、あなたの目指す王位を教えていただきたい」

「…………無粋ですわね」

「元より、教育の行き届いていない不調法ものですので」

お互いチクチク言い合いながら、その上で腹の探り合いだ。

明確なことは互いにはぐらかすけど、それでもスタンスは見えて来た。

文句も言えないだろう僕を使って、ナースタシアは注目を集めたかったようだ。

それによって後ろ盾の弱さで一歩及ばない姉妹に近づく注目度を稼ぎ、話題をさらうことで存在感と姉妹の妨害を両立させようと狙っていた。

帝国での存在感は他国にも波及し、故国での地位向上も見込めるからだろう。

「噂などあてにならないようですわね」

「例えばどのような悪評を聞かれましたか?」

「ふふ、弟君を泣かせたと。それに、最近では共に軍を率いた将軍さまを怒らせたとか」

「あぁ、テリーは虫に驚いて泣いてしまいました。いや、フェルが倒れた時のことかな? そして将軍はよく怒る方なので、いつのことか心当たりが多すぎる」

話している内にお互い悪のりをして、危ういところを探り始める。

「そちらはお国柄か、姉妹仲良く同じ方向を見ていらっしゃるようだ」

「私は少なくとも弟と同じ方向を見ておりましてよ。共に育った者ですもの」

全員が王位を狙っているだろうと聞いても余裕ぶっていたナースタシアは、小さく息を吐いて視線を落とした。

その横顔は今までの緊張はなく、何処か腹を決めた様子がある。

「…………申し訳ございません、アスギュロス殿下」

「どうしました、ナースタシア王女?」

「お怒りであるなら幾重にも謝罪しようと思っておりました。ですが、あなたは私のことなど歯牙にもかけていない。ですのにこうして危険を冒し自らおいでになっていらっしゃる。そして帝国で動くだけで帝室に害なしと見極めて矛を収められた。その果断を前に、私はこうしなければ謝罪の機会を与えられることなどないのでしょう」

礼を取って僕を利用したことを謝るナースタシア。

どうやら謝罪を要求されれば僕に合わせて口先だけ謝るつもりだったようだ。

けれどそんな機会はくれないと見て、何を求められるかわからない貸しを作るよりも自ら頭を下げる行動に出たらしい。

そんなつもりじゃなかったというか、いっそ興味なかったというか。

なのに当てが外れたナースタシアは、なんだか負けたような雰囲気を醸し出していた。

「弟への対処で目端が利き、お優しい方と見て、利用しようとした私が浅はかでした。騒ぎ立てないと見たのに、こうして騒げば我が身に累が及ぶ状態に招かれてしまいました」

簡単に言えば喧嘩を売られる覚悟できたのに、それを逆手に取る方策をどれだけ考えていても、僕がその隙を与えなかったことで観念したそうだ。

僕をいいように操ることはできないと。

「お優しくはあっても、怯まず自ら踏み込むなんて、本当に噂などあてにはなりません」

「さて、過大評価が過ぎますね。ただ、僕はナースタシア王女と違って今の地位に固執していないだけです」

「…………やはり、日中の振る舞いは弟殿下を思われての?」

「社交よりも面白いと思う趣味を持っているだけですよ。それに大人は 強(こわ) い」

僕の言葉に、ナースタシアは深く頷く。

僕より年上だけど、まだ十九歳だ。

母を亡くして地位が下がり、父を怨むその半生は、まるで僕と似て非なるあり方だった。

僕も前世があるからこそ、今の愛ある環境の得難さがわかる。

ナースタシアもその生い立ちから、僕の言葉を実感するところがあるんだろう。

「怨みと共に育った方は、もっと恐ろしいものを抱えています」

ナースタシアは真剣な目で僕を見据えて語り出した。

「これは、私見です。ですが、私の真実です。せめてもの謝罪で、お話いたしましょう。…………私の母がヒルデ王女に何をしたかは?」

「ヒルドレアークレ王女ですか。噂程度でなら」

「噂も時には事実を広める道となりますわ」

どうやら継子イジメは本当にあったらしい。

「ですが、決して不義などはなかったと、私は知っています」

ナースタシアは強く、怨みさえ感じる声で言い切った。

母親が不義密通で処刑され、父親である暴君への怨みと共に育ったのだろう。

自分を売るような僕への求婚での注目度稼ぎに、何やら重さが増した気がする。

「ヒルデ王女は自らが今も王国最上位の女性であるというプライドがあります。それと共に庶子に落とした我が国の王と病み衰えて縋る実母に愛憎も。最初に手を差し伸べたトライアン王国への傾倒は、結局は縋る母君と同じだと思うのですが。失礼、故にヒルデ王女は…………玉座を得れば国を潰すことでしょう」

「それが、あなたの真実?」

第一王女ヒルドレアークレが王位に就けば、ハドリアーヌ王国は潰される。

復活を目指すトライアン王国からすれば、ハドリアーヌ王国を併合できれば良い踏み台となるだろう。

「逆にユディ王女は、ハドリアーヌへの愛なき故に、やはり潰すことを厭わないでしょう」

第三王女のユードゥルケは、何処かの国の外国人家庭教師に洗脳された王子と同じようなものらしい。

自国のほうが優位で素晴らしいと、ハドリアーヌ王国の暴君に悩まされた周囲から教えられて育ったという。

「王位に就けば統治せず帝国から離れないことも考えられます。そうなれば民など意識の外において国を荒らす原因にもなりかねません」

どうやらこうして語ることがナースタシアなりの誠意らしい。

僕が最初にジャブのつもりで聞いた、目指す王位の答えなんだろう。

「私も、故国に思うところはあります。けれどそれは故国への愛を覆すほどではない。弟が支えきれないというならば、私が国を守らなければならないとわかっています」

「素晴らしいお志ですね。本当に、僕とは正反対だ」

言うと、ナースタシアは悲しげに僕を見下ろした。

「それだけの才覚があってなお、ですか? 帝国はそれほどまでに?」

「僕がただ、家族を困らせたくないだけですよ。国は二の次なんです。そんな人間が上に立ってもいいことはない」

「でしたら、他に確かに立てる居場所を求められては? 孤高は気高くはあっても、慰めにはなりませんよ。私も、支えてくれる者たちがいればこそ強く思いを保てます」

聞き流したり誤魔化したりできない切実な声だった。

どうやらナースタシアは本気で僕を心配しているらしい。

庶子に落ちた人だからこそ、僕が皇子でなくなった時を想像できるのかもしれない。

そしてその時が近いことも、わかってるんだろう。

「長子相続を制度から外せればと思っていましたが、難しそうですね」

「それは、民衆にまで及ぶ慣習法。そうした決まりは人々と時代の要求あってこそ。少なくとも今は変え時ではないでしょう」

テリーが生まれてからルカイオス公爵が目指してる長子相続の撤廃。

けど長く続けてるし、それで今の地位にいる人たちは頷かない。

だからルカイオス公爵という実質政治の頂点でも動かしがたい制度だった。

つまり、僕がこのまま第一皇子をしていると、必ず帝位で揉めることになるわけだ。

考え込みそうになると視界の端にイクトが現われた。

今まで完全に気配殺してたから、そろそろという無言のお知らせだ。

僕は行く先を離宮への出入り口である四阿に変える。

「有意義な時間でした、ナースタシア王女。明日からはもう僕のエスコートは不要ですね?」

「えぇ、アスギュロス殿下。大変楽しい時間をありがとうございます。どうぞごゆるりと、私の舞台をご覧ください。決して、殿下にご迷惑はおかけいたしません」

僕たちはお互いに芝居がかった礼を取って、不可侵を約束したのだった。