作品タイトル不明
02.辺境聖女のこぶしは三度まで_前編【騎士団長令息ヴァルターの場合】
あれから数日が経ち、各々の家が数少ない選択肢から最良を選び終わっていた。
息子の不始末を侘びた後、いくつかの条件を吞むことで、婚約を継続した家がほとんどだ。
騎士団長を輩出することで有名な、リスト家の子であるヴァルターもその一人である。
ヴァルターの婚約者だったのは、辺境伯の末娘であるシシー・ファスベンダーだ。
辺境の地では姫や聖女と呼ばれる程、兵や民に慕われているという彼女と結婚し、辺境伯領の発展を支える予定だった。
ヴァルターは別にシシーのことが嫌いだったわけではない。
誰よりも小柄な体は年齢よりも幼く感じたが、とにかく可憐で愛らしい令嬢なのだ。
同じ騎士科のクラスメイトからは羨ましがられ、その度に優越感に浸ったものだった。
なぜ蔑ろにしたのだと、両親からは散々に罵声を浴びせられた。
王太子の大切な乙女に忠誠を誓うことの格好良さや、生徒達から注目されるという浅はかな満足感に目が眩んだとは、さすがのヴァルターでも言えなかった。
それに誓ったのは忠誠であって、愛ではないのだから。
周囲の者が乙女にのめり込み過ぎたせいだと、ヴァルターとしてはとばっちりを受けた気分でいた。
とはいえ、条件をクリアすれば婚約は継続だ。
今回の件は王家が直々に介入していることから、公式な立ち合いの下で行われることとなり、王城にある騎士の訓練場に呼び出されていた。
石造りの冷えた空気に囲まれた訓練場は、ヴァルターの憧れの場所だ。
「それでは、ヴァルター・リスト。
事前に知らせていた条件通り、シシーから三度殴られて耐えれば、婚約継続を認めよう」
ヴァルターと彼の両親の前には辺境伯と彼の息子達がいて、怒りを隠さず睨みつけてくる。
辺境伯が宣言する、シシーが出した条件はシンプルだった。
あの華奢な手で、三度叩かれたら条件クリアだ。
思わず笑いそうになる。
ヴァルターの前にいるシシーは、変わらず甘いお菓子と薄い色をした花が好きなだけの令嬢だ。
シシーがヴァルターを殴れば、逆に彼女が怪我をするとしか思えない。
怒る家族を気にせずに、笑みを浮かべたままのシシーが口を開いた。
「ヴァルター様は騎士を目指す方。
ハンデとして、強化の祈りを使ってもいいですか?」
「強化ぐらい好きにすればいい」
答えながらも我慢できずに、ヴァルターは鼻で笑う。
騎士として学ぶ以上、祈りによる肉体強化はヴァルターも修得している。
だが、あくまでサポート的なものだ。
神に祈りが届かなければ、サポートにすらならない。
王都の騎士や騎士見習い達は、祈りなどさしたる効果は無いと知っている。
辺境でありがたがる話を聞いては、鼻で笑うくらいに鉄板のネタだ。
なにより女の細腕である。
シシーが多少強化されたところで、殴った手の腫れがマシになる程度が精々。
祈りを捧げたところで、男に敵わないのだと知らしめるのに丁度良いだろう。
双方のやり取りを生真面目に記録し、そして巻き込まれないようにと距離を取る政務官の姿が一層滑稽だった。
さて、これでヴァルターの将来は安泰だ。
強化を祈り始める婚約者を見下ろしながら、他の友人達はどうしているだろうと気が逸れるままに考え始めた。