軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

#580 時空神の懸念、そしてケルビムの翼。

「やっぱりおかしいわね……」

時空神である望月時江は大きく開いた時空の歪みを修正し、通常の状態へと戻しつつ独りごちた。

本来、神は地上に大きく影響を与えるようなことをしてはならない。

故に、時江も神の力を使わず、時の精霊の力と時空魔法で今まで対処してきたが、どうにもこの時空の歪みはおかしいとさすがに思い始めていた。

当初は『次元震』の影響で歪みが頻繁に出ていると思い込んでいたのだが、どうにも歪みに指向性があると気がついた。

おそらくは『邪神の使徒』がなにやら干渉しているのだろうと推測されるが、それにしては神気の影響が強すぎる。

そもそも邪神というものは、地上にあった神器など神の気を宿した物が、長い年月により人々の負の 感情(エネルギー) を取り込んで、己の意思を持ったモノだ。

故に邪神の神気は本来そこまで高い物ではない。

しかしこの世界の邪神は神の見習いである従属神を取り込んでしまったため(正確には従属神が邪神化した)、邪神にしては高い神気を持っていた。

だが、それでも所詮は神の見習いレベルの神気である。これほどの時空の歪みを発生させることはできないはずだ。

であるならば、これは別の『神』の力が作用しているのではないか、と時江は思考を巡らせる。

「地上に降りている神々の中で、誰かが『邪神の使徒』に手を貸している……? いえ、それはないわね。ここは神々の保養地として、世界神様が目をつけている。そんなことをすればよくて神格の剥奪、悪くすれば消滅……」

そこまで考えて、はっ、と時江は顔を上げた。

「まさか……。これはちょっと確認する必要があるわね」

時江は【異空間転移】を使い、心に浮かんだ疑念を払拭するべく、神界へと跳んだ。

◇ ◇ ◇

ドサッ、と喫茶店『パレント』のテーブルの上に、【ストレージ】から取り出した革袋を置く。

正面に座ったエンデが、不思議そうにテーブルに乗った革袋と僕に視線を向けた。

「これは?」

「人工フレイズ……『クォース』のかけらだよ。ほら、リイルを発見した時に倒したやつだ」

「ああ……でもなんで僕に?」

正確に言うとエンデに、ではなく、リイルに、なんだけども。

この人工フレイズ、『クォース』のかけらは、博士の分析により、本物の宝石と大差ない成分と性質を持っていることがわかっている。

つまり宝石としても売ることができるということだ。もちろん偽物であるので、売る時にそれは明確にしないと詐欺になってしまうが。

本来ならこういった魔獣? を倒してゲットした素材は手に入れた冒険者の物なのだが、『クォース』を生み出したのはリイルである。半分くらいはその所有権があるのでは? と久遠と相談し、返すことにしたのだ。

「ま、家計の足しにしてくれ」

「家計の足しってレベルじゃないけど……。まあ、もらえる物は貰っとくけとさ」

エンデは革袋の中身を確認して、自分の収納魔法で回収する。

「あと百袋はあるからな」

「多いな!?」

僕の【ストレージ】からエンデの収納魔法の入口へ、直接上から下へと落としていく。

これだけでもとんでもない財産になる。まあ、金ランク冒険者であるエンデなら普通に稼げる額だろうけども。

「晶材よりは劣化するけれども、魔石と同じような使い方もできるから、宝石として売るより魔石として売った方が高く売れるかもしれない」

「……ちょっと待って。てことは、リイルは宝石や魔石を作り放題ってこと?」

ま、そうなんだけど、人工フレイズとはいえ、あのリイルが自分の生み出した生命体を、無慈悲にも破壊してまで儲けたいと思うかどうか。

「……無理だね。アリスが手懐けたフレイズでさえ可愛がっているらしいから、彼女には自分で生み出したクォースを壊すことなんてできないと思う。それに今のリイルには人工フレイズを生み出す力はないだろうな」

「可愛がっているらしい、って……お前、まだ避けられているのかよ」

僕はちょっと呆れた目をエンデに向けた。

リイルの中にはメルの弟であり、フレイズの現『王』であるハルの意識がある。

これはハル本人というわけではなく、転写された人格のようなのだが、姉を奪い去ったエンデに並々ならぬ敵対心を持っているようなのだ。

リイルがエンデを見ると強制的にハルの人格が前面に現れるらしい。

以前は殺意を向けられるほど、嫌われていたエンデだったが、メルやアリスの取りなしもあり、なんとか手を出されることは無くなったと聞いていたのだが。

「いきなり襲われることは無くなったけど、未だに刺すような眼で睨まれるよ……。最近、あの子はいつもアリスと一緒だから、アリスと話すこともままならないんだ……。電話やメールでのコミニュケーションだけが僕の癒しだ……」

遠い目で窓の外を見つめるエンデ。なんか単身赴任のお父さんみたいになってんな……。

「アリスが未来に帰るまでその状態だとキツいな……。なんとかハルとの和解……」

を、と言いかけた僕は目の前のエンデが、目を丸くしていることにぎょっとする。なんでそんな鳩が豆鉄砲食らったような目で僕を見る!?

「未来に帰る? アリスが?」

「え、そりゃ帰るだろ……」

何言ってんだ、こいつ。こっちはそのためにいろいろと苦労してるってのに。

完全にその考えが抜け落ちてたって感じだな。そういえばリイルはどうするんだろう……? アリスと一緒に未来へ行くのか、それともこの時代に留まるのか。

留まった場合、リイルの方がお姉ちゃんになるのか? いや、未来でリイルがいなかったことを考えると、一緒に未来へ行くんだろうな。

そんな考えをしている間にも、目の前のエンデの目は段々とおかしくなっていっている。

「アリスがいなくなる……! そんな……僕はどうすれば……! そうだ、冬夜の邪魔をすれば……! 未来へ帰れないように、僕が暗躍して……あいてっ!?」

「なにをとち狂っているのだ、お前は」

ズビシッ! と音が鳴りそうなほど鋭いチョップがエンデの後頭部に炸裂する。

視線を上げると呆れたような目をしたネイがエンデの後ろに立っていた。

「アリスが未来に帰ることなど、最初からわかっていたことではないか。あの子が帰らねば未来のメル様が悲しむ。お前はメル様を苦しめるつもりなのか?」

「い、いや、別にそういうつもりじゃ……」

まあ、パニくっての発言なんだろうけど、本当にアリスがいなくなったら、こいつとんでもなく落ち込みそうだな……。僕も人のことは言えないが……。

久遠とアリスは同い年だそうだから、最低でも六、七年は経たないと生まれてこないわけだ。

僕らは久遠より先に生まれる子供たちがいるからまだそこまで待たないで済むだろうが。

「まあ、アリスを未来へ帰すにはまだ少しかかるとは思うけど……」

「なんだ、お前ともあろう者が手こずっているのか。なんと言ったか……『写真の人』、とやらに」

「『邪神の使徒』な。手こずっているっていうか、目的がイマイチ掴めないから、どう攻めたらいいか決めかねているっていうか……」

僕はネイに眉根を寄せて答える。

単純に邪神の復活が目的なら、どうやって? という疑問があるしな。

てっきり過去の世界からまだ僕らに倒されていない邪神を引っ張ってくるのかと思ったら、それは不可能だと時江おばあちゃんに断言されたし。

邪神器なんてものがある以上、なにかしら邪神の力が残されたんだろうけど……僕らと戦う前に、分体? のようなものを残したのかもしれない。大物ぶって小心者のあのニート神ならあり得る。

いろんな国を襲撃し、負のエネルギーを集めているみたいだからな。そいつを使って邪神を復活させようとしてるのかもしれないが……どうにも引っかかる。話はそう単純じゃないような気がするんだよな。

邪神の使徒たちも『邪神復活のため』という目的に一致団結しているようにも見えない。

紫の槍使いは戦うことしか考えてなかったようだし、肉包丁の男はただ従っているだけという気がした。

山羊仮面のジジイはまるで狂った実験を楽しんでいるような危い奴だったしな。邪神なんかどうでもいいというような感じだった。

それでも奴らは邪神の力の恩恵を受けていた。

気になるのは向こうにいる『金』の王冠……。アレだけがどうにも異物感を感じる。邪神関連とは全く関係ないものが混ざっているような……。

……まあ、ここで考えていても仕方がない。僕らはやれることをやるだけだ。子供たちが未来へ笑って帰れるように。

「ま、その時になったらちゃんと知らせるから。いきなりアリスが消えるって事はないよ」

「うむ。アリスも淑女教育を受けてぐんぐんと成長している。未来へ帰ったらきっと向こうのメル様も喜ぶに違いない」

それは確かに。子供が成長して帰ってくれば喜ぶに違いない。たぶん未来のエンデもそうだから、そんなに落ち込むなって。

未だ落ち込んでいるエンデを不憫に思い、声をかける。

「未来に帰った時に、過去でのいろんな思い出を語り合えるようにしたらいいんじゃないのか? 少なくとも僕らはそうしているぞ?」

「そ、そうだね! ここでの出来事を未来で楽しく話せるように、もっとアリスと思い出を作らないと!」

「まあ、アリスのそばにはリイルがいるからお前は近づけないわけだが」

「くぅぅぅぅぅ!」

苦悶の表情を浮かべたエンデがテーブルに突っ伏す。いかん、からかい過ぎたか。

「あー……。えっと、確か今日のアリスの淑女教育はピアノだったかな? どれだけ上手くなったか今から見学に行くか?」

「行くっ!」

がばっ! とエンデが今度は鬼気迫る表情で復活した。必死過ぎだろ……。こいつ、アリスが来て本当にキャラ変わったなあ……。

子供ができると人が変わる、とかよく聞くけど……。僕も変わったのかな?

あまり実感は無いけど、ふと気がつけば、いつも子供たちのことを考えている自分がいる。

あの子たちの幸せのためならなんだってできそうな気がしてくる。エンデもたぶん同じ気持ちなんだろうな。

ピアノの練習にはリイルはついてこないから、彼女はメルたちと家で留守番しているはずだ。エンデも気兼ねなく会えると思う。

「よし行こう! すぐ行こう! さあ行こう! 冬夜、城へ【テレポート】だ!」

「わかった! わかったから、手を離せ!」

僕の腕を取って一刻も早く店を出ようとするエンデを落ち着かせる。ホントに必死過ぎる! アリス 分(ぶん) が不足しすぎだろ!

「ネイはどうする?」

「ふむ。私はケーキを買いに来たのだが……ま、エンデミュオンが暴走しても厄介だからついていこう」

「あ、じゃあケーキをアリスのとこに持っていくか。差し入れで」

「それ採用! すみません! ショートケーキのホールを持ち帰りで!」

僕らがそう話すや否や、エンデが速攻でウェイトレスさんに注文する。ホント、落ち着けよ……。

アリスの好物であるショートケーキを手土産に持って、僕らは城の音楽室へと【テレポート】する。

突然現れて驚かさないように、部屋の隅に転移した僕らは、ピアノの前に座り、辿々しくも一生懸命にピアノを弾くアリスを見つけた。

淑女教育の中には楽器演奏という項目もある。貴族令嬢たるもの、楽器の一つも嗜みとして弾けないといけないらしい。

これはプロのレベルとまでは求められていないので、ある程度弾ければいいらしい。

ちなみにうちだとユミナ、スゥ、ルーの三人はそれぞれ楽器をそれなりに弾ける。桜は歌う専門で、楽器はあまり得意ではない。

ヒルダも貴族令嬢(というか王族)なのだが、レスティア騎士王国ではそこまで楽器演奏に重きを置いてはいないようで、彼女は早々に諦めたらしい。

本来なら、リュートとかフルート、ハープなどを嗜むのだが、せっかくなのでアリスの楽器はピアノになった。

基本、ピアノはうちでしか作ってないからな。以前は僕が【プログラム】で作ったなんちゃってピアノだったが、奏助兄さんとドワーフたちの協力を得て、ちゃんとしたピアノを生産することができるようになった。

今では各国の宮廷音楽家たちからピアノの注文が相次いでいる。そのうち、この世界独自のピアノ演奏曲がどんどん生まれてくるだろう。

アリスの弾くピアノの旋律が音楽室に響く。指導しているのはユミナと奏助兄さん、そしてヨシノだ。

基本的にユミナは貴族としての所作を、奏助兄さんとヨシノは単純に演奏技術を教えている。

今弾いているのは僕が教えた初心者用の童謡曲だな。森でクマに会うやつ。

これって日本語訳と元の歌詞が全く違うんだよな、確か。昔ピアノの先生に聞いた。

日本語訳では『森の中でクマに出会う』、『クマの忠告に従って逃げる』、『なぜかクマが追いかけてくる』、『落とし物を届けてくれる』というほのぼのとしているが、ストーリー的にはよくわからない展開である。

一方、元の歌詞は『クマと森で出会う』、『クマは言った。「銃を持ってないな。君、逃げないでいいのかい?」「逃げる!」』、『クマが追いかけてくる』、『命からがら木に登り助かった』、ってなストーリーだったはずだ。

そもそもクマが自分で『お逃げなさい』というのがよくわからん。

これには『実は小鳥が言った』、『この森は危険だから逃げなさい、という意味』など諸説あると先生は言っていたが、やっぱり日本語訳は説明不足だと思う。

スタコラだトコトコだ言ってないで説明しろと言いたい。

辿々しくも両手の指できちんと最後まで弾いたアリスに思わず僕らは拍手を送ってしまった。

振り返ったアリスが驚きの表情を浮かべる。

「お父さん? ネイお母さんに陛下まで……いつの間に?」

「ついさっきね。ずいぶん上手くなったじゃないか、アリス」

「そ、そうかな? えへへ」

僕が褒めると、アリスは照れたようにはにかんだ。

「当たり前だろ! アリスは天才なんだ!」

「うむ。さすが我らの娘。当然だな!」

ったく、こいつらは……。

「少し休憩したら。エンデが差し入れのケーキ持ってきたから」

「わ! ありがとう、お父さん!」

お礼を言われてエンデのやつが小さくガッツポーズを取っている。いや、それくらいで喜ぶなよ……。どんだけコミニュケーションないんだ、お前んち……。

リイルがいないからか、エンデがいつもより弾けている気がする。ま、いいんだけど……。

メイドのラピスさんに頼んで、食器と紅茶を持ってきてもらった。音楽室の隅にあるテーブルでケーキを切り分け、みんなで舌鼓を打つ。うん、美味い。

今日はちょっといろいろと考えすぎたから、甘いものが脳に沁みるや。

◇ ◇ ◇

「なんだ、ありゃあ……?」

ガルディオ帝国の南に位置する漁村・マリウ。

その村で小舟に乗って漁をしていた男が、遥か沖に奇妙なものを発見し、網を手繰り寄せる手を止めた。

初めは鳥かと思った。だが、鳥にしては大きいし、何よりもキラキラと輝いている。

それに太陽を背にしているせいでよく見えないが、翼が四つあるように見える。

二羽の鳥が重なってそう見えるのか? と男が目を細めた瞬間、輝く鳥から閃光が放たれた。

矢のような光が浜近くにある村に突き刺さり、大爆発を起こす。

爆風による余波で海に大きな波が生じ、漁師の男は小舟から放り出された。

漁村では突然の爆発に村人たちがパニックに陥っている。

それを上空から眺めながら、『ケルビム』を装備したゴルドは感情のない 眼(カメラアイ) で次の行動に移る。

『【 光子放出(フォトンレーザー) 】』

四枚の翼で浮遊するゴルドの周りにいくつもの光球が出現し、一斉に射出される。

それは光の線となって、逃げ惑う人々を貫き、その命を次々と奪っていった。

『動作確認。問題ナシ。次ノ確認ニ移ル。【 暴食の羽(グラトニックフェザー) 】』

ゴルドの背にある機械的な四枚の翼……そのうちの二つから幾つもの羽根が切り離され射出される。

黄金の羽根は空中を自由自在に高速で飛び回りながら、未だ逃げ惑う村人、あるいは既に息絶えた村人へと襲い掛かった。

「ぐはっ……!」

ドスッ! と、背中に羽根を突き立てられた男性が呻き声を上げると、黄金の羽根はブワッとその形をスライム状に広げ、突き立てた男性を捕食してしまう。

もがく男性を包み込むように広がった黄金のスライムは、うごうごと蠕動を繰り返したのち、少しずつ小さくなっていく。

やがて男を飲み込んだ黄金のスライムが元の羽根に戻ると、再び宙を飛んで引き寄せられるようにゴルドの翼に収まった。

ゴルドがグラトニースライムを改良し、作り上げた追加装備『ケルビム』であったが、この古代魔法生物特有の旺盛な食欲までは消せなかった。

そもそもそれを消してしまっては、 王冠能力(クラウンスキル) を使う際の『代償』を賄えなくなるので、元から消す気はなかったが。

お陰で放置しているとすぐに空腹……エネルギー不足になる。つまりは燃費が悪い。

そんな理由があり、こうしてゴルドは『エネルギー補給』へとやってきたのだ。これはついでにケルビムの試運転も兼ねている。

グラトニースライムの食欲を満たすためだけなら、別に森の動物たちでも、海の魚たちでも、それを捕食させればよかった。

しかし『金』の王冠の目的のためには、多彩な感情を持つ人間の方がグラトニースライムのエサとしてふさわしい。

さらに恐怖と絶望に彩られた負のエネルギーを取り込むことは、同時に邪神の糧となる。ゴルドにとって邪神の復活などどうでもいいが、こちらの戦力が増えることは悪いことではないとその程度に考えていた。

負のエネルギーを回収した黄金の羽根が再び村へ向けて放たれる。

まるで何かの収穫作業のように、村から人々が消えていく。

『テスト終了。問題無シ。帰還スル』

やがて全ての村人を吸収して、『ケルビム』の性能テストに満足したゴルドは南の空へと消えていった。

命からがら海から生還した漁師の男が見たものは、爆発で吹き飛んだ家々と、誰もいなくなった故郷の姿であった……。